GS横島 Step by step   作:カシム0

6 / 32
 以前投稿していた時は前書きはなく、かといって後書きに何を書いていたんだか思い出せず、けっこう適当なことを書いています。
 ワルキューレからの依頼を受けて、初の怪しい依頼を受けた美神。
 果たして遺産が絡んでいるのかいないのか。
 じゃあどうぞ。


第四話 これほどとはね

 

 

 息を切らせて身を隠すが酸素が足りない。荒い息遣いがジメジメとした部屋の中の唯一の音だ。

 駆けずり回ったため汗で服が濡れ、重い体にまとわりつく。

 

「くそ……くそくそっ! なんだってんだ! GSってのは楽して儲かる仕事だぞ! 除霊なんてのは馬鹿な依頼人に適当なこといってりゃすむ話だろ!」

 

 簡単な依頼だったはずだ。霊能力の欠片もなく、金だけは持っている依頼人から大金をふんだくる、いつも通りの依頼だったはずなのだ。

 それがどうして命をかけなければならない。

 

「おかしい……おかしいだろうよぉ……俺は選ばれた人間だろ、悪霊なんて俺の栄光の踏み台だろう?」

 

 昔から普通人には持てない霊能力を駆使して馬鹿な奴らを利用してきた。大人になってからだって金を持っている奴らから定期的に貢がせてきた。

 悪霊どもは金を運んでくるだけの奴らだったはずなのに。

 

「おかしい……おかしいんだ、あの悪霊は」

 

 自身の霊能力は悪霊程度に手こずるほど弱いものではないはずだ。実際あの悪霊にだって攻撃は通じていたのだ。

 

「だってのに……何で……」

 

 頭を抱える。今までの人生でこれほど考えなければならないことはなかった。経験したこともなかった。このような危機など、修羅場など、こんな挫折など。

 

『オオォ……シンデナンカ……オレハ……ナイ……ノー……ナー』

「っ!」

 

 不意の言葉に、隠れているテーブルの下で叫びそうになるのを全力でこらえた。探ってみれば、部屋の入口から件の悪霊が入ってくるところだった。自分が死んでいることを認めず、生きている時と同じように行動するため壁抜けなどはしない。摩耗した意識は言葉すらまともに発することを許していない。どこにでもいる悪霊だ。一山いくらの悪霊で、雑魚中の雑魚といってしまえる。だと言うのに、なぜ恐れなければならない。なぜ、あの程度の悪霊に隠れていなければならない。

 

『オー……レーハーイーキテー……イルー……イヌー』

 

 恐れることなどない。先ほどまでのは間違いだ。このような悪霊は蹴散らされるために存在しているようなものだ。全力の一撃を打ち込んでやれば祓えぬはずがない。

 両拳に霊力を集中させる。まだ悪霊は気づいていない。

 

「うおぉっ!」

 

 隠れている机越しに悪霊へ霊波砲を放つ。間髪置かず悪霊へ接近し、全力の神通棍を叩きこむ。

 

『グォォッ……!』

 

 そうだ。悪霊とはGSに倒されるだけの存在なのだ。この悪霊のようにGSの攻撃を受ければ霊体を霧散させていくしかない哀れな存在のはずなのだ。

 そのはずなのに。だって言うのに。

 

『イキテー……ナイ』

 

 どうしてお前はそこにいるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入院した? 誰が?」

「中堅クラスのGSよ」

 

 美神と美智恵が会話をしているのは美神除霊事務所の応接室である。毎度のことながら、アポイントなど取ることなく急に来訪する母に文句の一つも言いたいところであるが、娘としては強く出られないのである。

 

「わざわざ、知らない奴が入院したってこと伝えにきたの?」

「まさか、ちょっと妙だったからよ」

 

 美智恵は、来訪するなり入院した、と伝えた。唐巣神父がまた栄養失調かと思ったが、聞かされたのは聞いたこともない名前であった。

 

「そのGSね、腕はまあまあだけど根性が曲がってるというか、霊能をもったチンピラというか。オカルトに詳しくない依頼人からお金をふんだくるのよね。害のない雑霊でも退治しちゃうし、被害妄想みたいな依頼人にも適当なこと言ったり、詐欺の一歩手前とかじゃなくて踏み越えていたのよ」

「そ、そう……」

 

 母が生きているとわかってからはばれた時のことが恐ろしくやめていたが、かつて脱税や武器の不法所持をしていた美神にはその言葉はとてつもなく胸に響いた。

 依頼前後はともかく、美神は仕事自体は比較的まじめにやっていたが、そのGSは素人や企業を手玉に取っていたようだ。

 

「ウチも捜査は進めていたのだけど、詐欺って立件が難しくてね。証拠固め中だったのだけど、その矢先に入院しちゃって」

「ママ、話の内容は理解できるけど、結局何が言いたいの?」

 

 どうにも、話がどこに向かっているのかがよくわからなかった。そのような二流GSが入院したからといってなんだというのだろう。

 

「ごめんなさい、ちょっと話がそれたわね。とにかく、そんなGSではあってもそれなりの実力は持ってたのよ。それなりのね。だから彼が怪我をした状況がちょっと不可解なのよ」

「ふーん」

 

 美神は美智恵から渡された書類を手に取る。都内にあるビル内部の除霊の依頼書だ。依頼料は百万円と美神すれば最低ランクの依頼料で、仕事がなければ横島に回して受けてもいいかなといったレベルである。

 被害の状況も大したことはなく、実際見てみないことには確実なことは言えないが神通棍の一撃で事足りるだろう。

 

「確かに、私や横島クンでも怪我せずにどうにかできるレベルだとは思うけど。でも、現場で何が起こるかなんてわからないのが普通じゃない。何で怪しいと思ったの?」

 

 依頼をするのはオカルトに明るくない依頼人である。調べてみれば実際には強力な悪霊だったことなどよくある話だ。超一流のGSである美神はあらゆる対応ができるよう道具を大量に持っていくし、そうでないGSは下調べを綿密に行う。

 

「そのGSは意識不明だから話を聞くことはできなかったのだけど、悪霊を調べた書類は手に入ったのよ。それによれば実際大したことのない悪霊だったみたいね」

 

 ビル内で死亡した中年男性が悪霊化し、暴れているものの霊力は大したことはなく物理的に干渉できる程度である。特殊な能力は持っていないようだ。

 

「私が下調べもなしに動くわけないでしょう?」

「はいはい、わかってるわよ。それでオカGは動くの?」

「ちょっと無理ね。残念だけど西条クンは別件で今イギリスなの。動かせる人員がないけど、私が直に動くとさすがに目立つし。だから令子に任せるわ」

「了解、この依頼受けるわ」

 

 改めて、ワルキューレは厄介な依頼を持ち込んできたものだと美神は思う。何せどんな霊障に遺産が絡んでいるのかわかったものではない。おそらく遺産の性質に沿った霊障だろうとしか想像がつかないのだ。今回のように関係者に話が聞けないような状況であると、遺産関係の異変なのかGSのポカミスなのかもわからない。

 それに何より、たかだか百万円というはした金で依頼を請けなければならないのが一番つらい。

 

「令子、横島クンに押し付けようかなんて考えるんじゃないわよ」

「わ、わかってるわよ!」

 

 考えを先に言われてしまったが、威力偵察という形で横島一人行かせられないだろうか、別にそれで解決してしまえればそれでいいわけだし。

 

「令子?」

「ちゃ、ちゃんと行くわよ?」

 

 しかして考えは母に読まれてしまう。美神が考えを読まれやすい顔なのか、鋭い洞察力を持つ母が恐ろしいのか。さておきただ働きでないことだけが救いだろうか。

 

 

 

 

 

 とは言ったものの、本日横島の出勤日ではないため美神はシロとタマモを連れて除霊現場へ出発した。

 おキヌを留守番に残し二人を連れてきたのは、高い能力をもった犬神をお小遣い程度の金で使えるという打算があったりする。経験を積ませるためというのももちろんあるにはあるが。

 荷物をシロに背負わせているため後ろに回し、前衛には勘の鋭いタマモを配置、美神はその間を六感を集中させて歩く。いかなる現場であろうとも油断はしないのが超一流である。

 そして、ビル内を調べだしてほどなく一体の霊が現れた。

 

『キョーハ……イーテンキー……ピクニーック……イクヨー』

 

 テンポのずれた歌を歌うように、窓の外を見ながら廊下を浮遊している。報告書には、平凡な家庭の大黒柱だった男性が次の休みには家族とピクニックに行くはずだったが、その矢先心臓発作で急死したということらしい。わかりやすい奴である。

 おそらくはその未練からこの世に残っているのだろうが、なるほど、いくら家族思いであってもその程度の未練でいつまでも現世に残っていることもなかろうし、二流とはいえGSを病院送りにできることはあるまい。

 

「美神どの、見たところ普通の霊のようでござるが」

「甘く見ちゃだめよ。確かにどっからどう見てもそう見えるんだけど」

「そう……よね」

 

 外見上も、霊視しても普通の霊にしか見えない。手当たり次第暴れるでなく、ただそこにあるだけ。とはいえ、すでに被害が出ている以上共存は不可能である。

 

「あれだけいっちゃってると説得は無理ね。当初の予定通り力技で行くわよ」

「応でござる! いつも通りに」

「わかったわ、いつも通りね」

「いつも通りを強調しない!」

 

 シロは霊波刀を、タマモは狐火を、美神は神通棍を伸ばす。

 

「この世に彷徨う悪霊よ! すでに死んだ身であるならば、生者に害成すことなく、大人しく輪廻の輪に加わりなさい!」

 

 美神の切った見栄が廊下に響く。

 

『オベントー……バナーナ……オヤツ……ジャナーイ』

 

 空しく。

 

「……」

「……」

「……」

『サーンビャークエーン』

 

 ただ響く。

 

「み、美神どの……ガン無視でござるよ!?」

「なんか痛々しいわね」

 

 犬神の二人の視線が痛い。

 二人に責はない。そう、ただあの悪霊がこちらを気にしていないだけ。それだけが、とにかく気に障る。

 

「フフフ……そう、そんなに逝きたいなら――」

 

 神通棍に流し込む霊圧を上げる。鞭に変わるほどではないが、霊気が充満する。

 

「このゴーストスイーパー美神令子が」

 

 

一撃できれいさっぱりと成仏させてあげるために。消滅するかもしれないが。

 

極楽(ピクニック)へ――」

 

 神通棍を振りかぶり、悪霊との間合いを詰める。

 

「行かせてあげるわっ!」

 

 真っ向から唐竹割に神通棍を振り下ろす。

このとき、美神はまったく油断はしていなかった。霊に無視されたからといって激情に駆られたわけではない。むかつきはしたのだが、その程度で冷静さを失うことはない。

 どう見ても普通な霊ではあっても、何かがあるのはわかっている。だから、様子見の攻撃でどうでるか反応を図ろうとしたのだが、

 

『ギャアアァッ!』

「へ?」

 

 神通棍はあっけなく悪霊を切り裂いた。それは当り前の結果。超一流GSの攻撃が妖怪でもなく魔族でもない人間霊が、そうそう耐えられるわけがない。

 弾き返されるくらいの覚悟はしていたが、全く抵抗なく切り裂かれるとはどうしたことか。

 

「っ、何!?」

 

 一瞬混乱した美神だがすぐに気を取り直す。

 なぜなら悪霊がまだそこにいるからだ。

 

『アアアッ……オウチカエール……カエー……レェェ!』

「させんっ!」

「美神さんっ!」

 

 敵対する存在を認識した悪霊は、目の前の美神へ襲いかかる。だが、察知したシロ、タマモがすかさずフォローに入る。

 距離が近すぎるため防御態勢に入った美神をシロが引っ張り、タマモの狐火がカウンター気味に霊を包み込む。

 

「助かったわ、シロ、タマモ」

「何のこれしき。しかし、何でござるかこの悪霊は?」

「屈辱ね、こんな霊格しか持っていない相手に狐火が効いてない」

 

 悪霊から感じる霊圧は大したものではない。だというのに美神の神通棍や、タマモの狐火も効いていなかった。

 

「いえ、違う。私は確かにあいつを切り裂いたし、狐火は焼いた」

『ヤケドヒヤスー……ヒヤシンスー』

 

 だが、それでも悪霊はそこにいる。攻撃は通じているのだ。

 

「なるほどね。これが何か、か」

 

 美神は土偶羅魔具羅から聞いたアシュタロスの遺産の残りを思い浮かべる。そこから連想される、この異常に関わっているであろう遺産は一つ。

 

「“保持”、かしらね」

 

 地脈から汲み上げたエネルギーを拡散劣化させないための“保持”する鬼械。改造すれば、霊体を補完させることができるだろうか。

 どういったテクノロジーがあればそんなことができるのか分からないが、世界を書き換えることすら出来てしまうのだから、不可能なことではないのだろうか。

 

「シロ、荷物を置いてあいつの相手をして」

「承知!」

「タマモ、あんたの超感覚で何かを探して」

「何かって、何よ」

「何でもいいわ。何か変わったもの、ここになきゃないもの、ここにあるはずないもの」

「人間社会に詳しいわけじゃないけど、やってみる」

 

 タマモが駆け出し、美神はシロの置いて行った荷物を探りながら、シロと悪霊の戦いを観察していた。いや、それは戦いと呼べるようなものではなかった。

 悪霊は戦闘センスが全くなく、シロの動きに全くついていけていない。霊波刀は悪霊の体を確実に切り裂き、悪霊の攻撃はシロにかすることすらない。

しかし、押されているのはシロだ。悪霊は切り裂かれても構うことなく前進し続けるため、攻撃をかわすには後ろに下がるか回りこむしかない。

 その様子を見ていた美神は、荷物からお札を数枚取り出す。

 

「シロ、ちょっと下がりなさい!」

「了……解っでござるっ!」

 

 シロが悪霊を蹴り飛ばし間合いを取る。すかさず美神は三十万円と記載のある破魔札を投げた。

 破魔札はダイナマイトのようなもので、霊力のない人間でもそれなりに効果はあるが、GSが念を込めて投げれば威力は増す。

 破魔札はその通りの効果を発揮し、悪霊はやはり元の姿でそこにいた。

 

「あーもー! これじゃ赤字になっちゃうじゃない!」

 

 今度は持っていた破魔札五枚を一気に投げた。どれも先ほどの三十万円札より金額は高い。

 

『ゴオオォッ!』

 

 悪霊は吹き飛ぶ。しかし、すぐに元に戻る。今投げた破魔札で依頼料百万円は確実にオーバーした。

しかし、依頼人に増額をせびることができない。アシュタロスの遺産は極秘であるし、事務所の名を汚すことになってしまう。

 

「ああああっ! 帰ったら横島殴る! 休みだけど殴る、なんだかんだ理由つけて殴り飛ばすぅぅっ!」

「み、美神どの、それはさすがに」

 

 積もり積もったストレスの発散は後に回すとして、美神は無駄に攻撃をしていたわけではない。複数回の攻撃から、悪霊の状態について推測は立っていた。

 悪霊への攻撃は通じる。しかし、拡散した霊波片は頑なに元の状態に戻ろうとするし、消滅を避ける。

 切り裂いても吹き飛ばしてもだめならばと、美神は吸引護符を掲げる。本来は多数の悪霊を吸い込むためのもので、一度使ってしまえばもう一度使うことはできない。

 

「吸引っ!」

 

 護符が輝き霊体を吸い込み始める。この程度の霊圧ならば抵抗することもできずに吸い込まれるはずである。そしてそうなったはいいのだが、

 

「って、冗談じゃないわっ!」

 

 美神の直近まで接近した悪霊は、吸引に引き寄せられつつも、護符に吸い込まれることはなかった。

 吸引をやめ、悪霊の振り回した腕を回避する。

 

「やばい……何がやばいって費用がやばいっ!」

「そっちでござるか!」

 

 神通棍を構え、同じく霊波刀を構えるシロと並ぶ。

 はっきりと言ってしまえば手詰まりだ。霊体が現世にしがみついているかのようである。残りの手持ちのアイテムは霊体ボウガンと退魔札、精霊石で、威力や効果からすれば意味がない上、何より費用がかさみ過ぎる。

 

「前回とは別の意味でキリがないでござるな」

「前回あんたはどうしたの?」

「先生とはぐれてしまって、ただひたすら朝が来るまで闘っていたでござる」

「犬神のあんたはそれでもなんとかなったか」

 

 だが、人間はそうはいかない。入院したGSはいくら攻撃しても倒せない悪霊相手に心が折れてしまったのだろう。下手したら霊能力がないと思いこんで再起不能かもしれない。所詮、詐欺まがいをするようなエセGSだから万万歳であるが。

 

『スイコムー……カービー……ナンデモー』

 

 さておき、どうしたものか。悪霊は距離を取ってからこちらに興味をなくしたようで、また奇妙な歌を歌いだした。

 

「それで、美神どの。実際どうするでござる?」

「まだ試してないことは、あるにはあるのよね」

「何でござるか?」

「まず、封印。呪縛ロープであいつをふん縛ってここから移動する。攻撃は通じるんだからあいつを縛ることはできるはず。それで何かあいつをくくるものを用意して……だめか、これじゃさっきの吸引護符と同じようになっちゃうわね」

「ではどうするでござる?」

「切る、吹き飛ばす、吸いこむがだめ……でも狐火では焼けたのよね」

「すぐ再生したでござるよ」

「ええ、でも再生したの。私たちは粘土の形を変えただけだけど、タマモは粘土を焼いたのよ」

 

美神の例えにほう、とシロは相槌をうつ。

 だが、問題はある。タマモがいないのは呼べばすむとして、悪霊を焼き尽くすことができるかどうかである。再生にどれほどの、どんなエネルギーが使われているのかもわからない現状では、先行きは全く分からない。

 

「本当に力技でござるな」

「うるさい。とにかく、タマモを呼んで」

「承知でござる。ウォォォォンッ!」

 

 シロの遠吠えがビル内に響く。美神には理解できないが、タマモには通じているだろう。幸いにして悪霊は相変わらずである。時間はあった。

 しかし待っても返事が来ないしタマモも来ない。ビル内にいれば返事があってもいいようなものだ。

 

「まさかあの女狐が逃げるとも思えぬでござるが」

「そんなことタマモがするわけないのはわかるけど……こりゃ、何かあったかな?」

「あやつのことでござる、簡単にどうにかなるとは思えぬでござるよ」

「うーん、こうなりゃ、ちょっと試してみるかな」

「美神どの?」

 

 美神は呪縛ロープを荷物から取り出し、悪霊の周りに置いた。いつでも反応できる体勢でいたが悪霊は反応を見せない。

 

「美神どの、いったいこれは?」

「簡易な結界、ってところかしら。ただ、方向を逆にして、外から中へ干渉できなくするのではなく、中から出られないようにしたの」

 

 中から外へ干渉ができない。つまり、これで悪霊は外へ出ることができなくなったのである。

 あくまで簡易なものであるから長持ちはしないだろうが、今のように悪霊がじっとしているならば問題はない。攻撃さえ仕掛けなければ静かなのだから十分だ。

 

「うーん、これで依頼終了ってわけにはいかないかしら?」

「依頼主どのがこの状態を良しとしてくれるならば大丈夫でござろうが」

「無理よねぇ」

 

 廊下にポツンとある注連縄でくくられた区画がある。学校の七不思議ならぬ、会社の七不思議にノミネートされること請け合いである。

 

「それに、大本の解決にはなっておらぬでござる」

 

 目の前の悪霊を除霊したところで対症療法にしかならないのだ。どうしても原因が分からなければそれですませるところだが、今回はアシュタロスの遺産という原因がわかりきっているのだから、そういうわけにはいかない。

 

「この悪霊は、何度攻撃を受けても元に戻る。けど、それだけで他に変なところはないのよね」

「いや、十分すぎるほど変だと思うでござるが」

「そうじゃなくて、こいつ自身に遺産が埋め込まれてる、とかそういうことじゃないってことよ」

「確かに、そうでござるな」

「遺産の鬼械って、ボーリング玉くらいの大きさだったのよね?」

「山の時はそうでござった」

 

 霊体に物質を埋め込むようなことはできないだろうが、作成者は魔神である。霊体に干渉できる素材で作っていてもおかしくはないだろうが、悪霊自身にはそういったものは見当たらない。

 

「つまり、“収集”の鬼械の時のように、近くか遠くか分からないけど、鬼械がどこかにあってそれが干渉しているってことになると思うんだけどね」

「問題はそれがどこにあるか、でござるな」

「タマモが探しに行ってるから、ひょっとしたら見つけたのかしら?」

「ならば、解決でござるが」

「鬼械をどう止めればいいかわかるならね」

「ううぅ」

 

 推測に推測を重ねた穴だらけの理論であるが、これに従うならば悪霊退治は簡単である。呪縛ロープで縛った悪霊を移動し、鬼械の干渉外へ連れて行けばいい。たが、干渉がどれほどの距離まで通じているのかわからないし、移動中に呪縛ロープが切れてしまえば街中に悪霊を解き放つことになってしまう。

 

「ここはいったん出直してママに相談しようかしら?」

「敵に背を見せるでござるか?」

「そんなことしたくないけどね、実際手詰まりだし。変わったことってのもわかったし、オカGの協力があれば退治法は用意できるんだけど……」

 

 組織として動きづらいのがこの事件である。ICPOの装備を使えれば何とかできるだろうが、組織として動けるのは情報収集の段階までで、実働は事情を知っている者にしかできないのだ。人員がとにかく足りない。

 

「あー、本っ当にストレスが溜まってきたわぁ」

「み、美神どの……あまり先生には」

「殴る……蹴る……潰す?」

「……先生、不出来な弟子をお許しくだされ」

 

 どす黒いオーラを滲みだす美神を止めることはできないと、ハラハラと涙を流すシロ。願うは師が生きていられますように、だけだ。最低限それだけは叶ってくれるだろうか。

 

 

 

 

 

「何やってんの?」

 そこへ、行方知れずだったタマモが現れた。戻ってみれば保護者は恐ろしい顔をしているし、相棒は泣いている。先のセリフも出るというものだ。

 

「タマモ、それはこっちのセリフよ!」

「そうでござる! 遠吠えにも応じないで何していたでござるか!」

「あ、呼んでたの? ごめん、別の建物の地下に行ってたから」

「別の? あんた何やってたのよ、ホントに」

「それは……」

 

 タマモが言葉を続けようとした瞬間、大声に反応したのか、悪霊が暴れだした。近づいても呪縛ロープを周りに張っても反応しなかったのに、どういう行動原理なのか。

 

「もう、後でいいわ! タマモ、あいつを焼き払いなさい!」

「こうなったらオヌシだけが頼りでござる。不本意でござるが」

「お、いい心がけねシロ。皿洗い変わってくれる?」

「っく、こんな時にだす話でござるか!」

「はいはい、冗談よ」

 

 タマモは腕をぐるりと回し、悪霊の前に立ちはだかる。暴れ続けていたため呪縛ロープは焼き切られていた。

 

「んー、たまには美神さんみたいな見栄切ってみたいって思ったりするのよね」

「バカ! 真面目にやんなさい! 一片も残さずに焼き尽くすの!」

「物騒なこと言うわね。でも、任せて」

 

 タマモが人差し指を天に向ける。宙に浮かぶ人魂のような炎の塊は、タマモの指の動きに合わせて悪霊に向けられた。

 

「ご要望通り、焼き尽くしてあげるわ!」

『モーユルー……モユー!』

「こっちの燃えよ!」

 

 タマモの意志に従い狐火が放たれる。一発だけが。

 

「バカ! 一発じゃ足りな……」

『モエー!』

 

 呆気ないものだった。

 タマモの放った狐火は悪霊に突き刺さり、焼き尽くした。美神の言うとおり一片も残さず。

 

「……え?」

「これでどう、美神さん、シロ?」

「タ、タマモ。今のは?」

「ん、ただの狐火よ? なんの変哲もない、いつも使ってる狐火」

「ただの? じゃあ鬼械の干渉が無くなった、ってこと?」

 

 霊気を探ってみるが、悪霊の気配はきれいさっぱり無くなっている。美神もシロも混乱しており、タマモはそんな二人を楽しそうに眺めている。

 

「まあ、依頼が終わったのはいいことだけど……ああ、何かすっきりしない!」

「どういうことでござるか、タマモ!」

 

 頭をかける美神、タマモに詰め寄るシロ。そこに呑気そうな声が届く。

 

「美神さーん、シロー、大丈夫っスかー!?」

「先生っ!?」

 

 三人に駆け寄ってきたのは、本日勤務日ではない横島であった。学校帰りで直接だったのか、学ランのままである。

 その声に反応したのは、シロよりも早く美神だった。跳びつこうとするシロの脇を美神が追い抜いた。

 

「速い!」

「横島クン!」

「え、美神さんが俺に駆け寄ってくる!? やった、ついに俺の時代が来た!」

「横島クン!」

「美神さはーげふっ!」

「げふ?」

 

 何事か。横島と美神の距離が最接近したかと思えば、横島が吹き飛ぶように離れていった。ボディーブローを受けたかのように体をくの字に折り曲げて。

 しかし、それで終わらなかった。

 

「ぎゃあああっ!」

 

 吹き飛んだ横島を神通鞭が捕まえて美神のもとへ引き寄せる。ハイキックで壁に叩きつけ、無呼吸乱打が始まった。

 ただ働きでこそなかったが大幅に赤字であり、悪霊をしばいてストレス解消もできなかったからこその行動だろうが、はたから見れば撲殺現場である。

 

「あああ、せんせぇ……」

「ちょ、美神さん! いきなり何事なの!?」

「美神どの、悪霊のせいで不機嫌でござったからなぁ。止められぬ弟子をお許しください、せんせぇ」

「バカ! その悪霊を退治できたの横島のおかげなのよ!」

 

 ピタリと、タマモの言葉に美神の凶行が収まった。間に合ったのだかどうだか、横島はすでに白目をむいていた。

 

 

 

 

 

「あのー、横島クン?」

「……なんスか」

「いや、ほら、ね。機嫌直して」

「美神さんの性格は知り尽くしていたつもりだったスけど、問答無用でストレス発散されちゃたまんねえっス」

 

 胡坐を組んでそっぽを向く横島は珍しく強気で、しかし美神は強く出られない。

 何せ、美智恵からの連絡を受け応援に向かった先でいきなり失神するまで殴られたのだ。さすがの横島も不機嫌になろうというもの。しかし、常人なら入院していてもおかしくないだろう攻撃を受け、すでに体に埃が付いていることしかその名残が見られないとは頑丈な男である。

 横島は現場に到着してすぐ、この場にいてはおかしい横島を見つけたタマモと合流し、事情を聞いて文珠で“保持”の鬼械を探し出し、“障”の文珠で鬼械に誤作動を起こさせた。

 そしてタマモを美神とシロの元に走らせたというわけだから、全く殴られるいわれなどない。

 

「うー……」

「……ま、当のGSみたいに入院なんてならなくてよかったっスよ。無事で何よりっス」

 

 とはいえ、美神の性格を知り尽くしている横島は、美神が素直に謝罪をできるとは思っていない。これ以上不貞腐れて美神を困らせるようなこともしたくなかったので、いつも通りおちゃらけた。

 結局、美神に殴られるのはいつものことだから慣れているといえば慣れているのだから。

 

「あ、当り前よ! 私は美神令子よ。二流と一緒にしないでよね」

「こらまた失礼しました」

 

 照れ隠しなのだか、これこそがツン状態なのか。頬を紅潮させつつも見せないように強がる美神、それを見つつも見えないふりをする横島。それはいつも通りのようで。

 

「うーむ、先生はなぜあんなことをされて怒らないのであろうか」

「わかんないわね、ホント」

 

 犬神二人が不思議そうにその様子を見ていた。付き合いのある人間の中では一番付き合いの長い三人であるが、この場にいないおキヌを含めて関係が単純なようで複雑である。

 

「でも、見てて飽きないのは確かよね」

「ん、何でござるか?」

「別に、何でもない」

 

 

 

 

 

「あんたって子はホントに……」

「言わないで、自分でわかってるから」

 

 美神らが事務所に戻り、状況を報告してもらった美智恵は、横島を殴り飛ばしたことを聞いた途端に呆れた。心底から深いため息が出てしまう。

 

「しかし、厄介な案件とわかってはいたけど、これほどとはね」

「うん、私もそれとわかっていなければ撤退するしかなかったと思う。というか、やりあってた時もその場の人員と装備では無理な解決策しか思い浮かばなかったし」

 

 とりあえず、それはさておくとして。親の贔屓目なしで見ても、娘の実力は超一流である。その場で解決できず、撤退を選ばなければならないとなると、仮にオカGの精鋭メンバーで挑んでも解決できたかどうか。

 

「悪霊一体でそれだけの効果が出せるなら、強力な悪霊や妖怪に使えばもっと混乱がおきるでしょうに」

「そうね。黒幕の考えが全く分からない。今回は助かったけどさ」

 

 情報源であるワルキューレら魔族組は機密の一言で情報を漏らしてはくれない。黒幕退治は彼らの仕事であるから、情報が漏れることの重要さを知っているから強く言えないのだが、どうにももどかしい。

 

「正直、公開捜査に切り替えたいところだけど……」

「依頼主のご意向しだいってところね」

「少なくとも、被害の少ない現状では無理かしら」

 

 そのワルキューレ達だが、美神たちが事務所へ戻る前に連絡を入れておいたため、事務所に到着する頃にはすでにワルキューレとベスパが待機していた。

 ベスパは横島から鬼械を受け取り、停止するための措置をしていた際、その状況を覗きこんだ横島の顔が直近にあることに動揺し、殴り飛ばしていた。

 その光景を美神の報告を聞きながら見ていた美智恵は、ベスパの頬が紅潮しているのを見逃さなかった。

 

(さすが人外キラー横島クン。姉だけでなく妹まで)

 

 そして今、ワルキューレがこれ見よがしに横島にひっついて介抱しだし、ベスパがもどがしげにその様子を見ている。

 ふと周りを見てみれば、おキヌやシロ、そしてどことなくタマモも気にしているようだった。傍らの娘に目をやれば、案の上機嫌が目に見えて悪くなっていた。

 

(訂正。天然の女殺しかも)

 

 横島忠夫について説明するならば一言で済む。すなわち煩悩の化身。欲望に素直な彼は、美人と見れば飛びかかって口説き、覗きやら何やら犯罪行為に手を染めていた、らしい。

 美智恵はその状況を見ていないので何とも言えないが、彼を迷惑防止条例や強制わいせつで逮捕などしたくないので自重してもらいたいところだ。最近では犯罪行為は行っていないそうなので一安心である。

 そんな彼だが、底抜けの優しさと大きな器と強さを持っているためか、当人たちが表に出す出さないとあるが、男女問わず好意を持たれることが多い。

 一番彼との付き合いが長い娘は、一番彼のことを理解し、理解されているのだから、母親としてはぜひとも一歩進んだお付き合いを始めてもらいたいところだ。しかし、付き合いが長いからこそか、娘は自分の気持ちに気づこうとしない。根っからの意地っ張りであるから周りが唆しても無駄であり、自身で気づくしかないのだろうが。

 

「それにしても、本当に横島クンは成長したわね。最初に会った時の貧弱さがウソみたい」

「……そうね」

 

 無駄だろうと思いつつ横島のことを褒めてみたが、不承不承といった感じであるが肯定した。

 珍しいこともあるものだと娘を見てみれば、やはり不機嫌な顔。

 

(意地っ張りは変わらないけど、それでも少しずつは変わっていってるのかしら?)

 

 だとすれば、それは一番影響を与える横島のせいだろう。

 

(いい傾向、なのかしらね)

 

 早く初孫の顔を見てみたいものだと、美神が聞いたら怒髪天を突くだろうことを思い浮かべていた。

 美神は原因不明の悪寒を感じていたが。

 

 




 強さはなんてことなくてもめんどくさい、とか特殊能力を持っているとか、妖怪悪霊ってそんな感じですね。マネキンにしてしまうとか映画の中に取り込んでしまうとか。
 アシュタロスとか上級神魔を映画に閉じ込めてフィルムを焼いてしまうとどうなるんでしょうかねえ。
 じゃあまた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。