なので、まだるっこしいかもしれませんが主人公の活躍の裏には霊能力のない人の活動があるんだなとでも思ってください。
じゃあどうぞ。
シロとタマモが泥だらけになって事務所へ戻ったのは、結局おやつの時間を超えてだった。
美神のもうないわよ、との言葉に若干心揺らされたが、シロは自身らが経験したことを捲くし立てた。その勢いの凄まじさに、美神も意識を切り替えるが、シロに論理的な説明が上手くできるわけもなかった。
そして、交代したタマモの説明に合点がいった美神は、おキヌにシロとタマモの世話を任せ隣の建物へ向かう。
美神除霊事務所の隣のビルにはオカルトGメン日本支部の出張所がある。そこには、顧問を務める母美神美智恵と、兄弟子であり兄代わりであった西条輝彦が詰めている。
駆け込むように最上階の一室へ向かう美神の勢いに、職員は皆不審者かと美神の前に立ち塞がり、一睨みで下がらされ、一瞬の戸惑いの後に顧問の娘であることを思い出した。
「ママ!」
「何よ令子、騒々しいわね。それとノックくらいしなさい。そんな礼儀知らずに育てた覚えはありませんよ」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ、ってあら西条さん帰ってたの?」
「やあ令子ちゃん。久しぶりだね」
さすがに、職員らとは違い美神の勢いに押されるようなことはない母と兄である。対応は実に冷静なものだった。
「っと、それはともかく、ママ。重要な情報よ」
「……ともかくって、扱いがひどいな」
歯がキラリと光りそうな笑顔と涼しげな声を美神に向けた西条だったが、つれない対応にショックを受けている。会えない時間が愛を育てるなどと言うが、一方的なものには当てはまらないのである。
「西条クン、それはいったん置いておきましょう。それで、何事?」
「シロとタマモがね……」
その後の説明はタマモの説明を美神が言い換えただけであるので割愛する。
美神の話を咀嚼するように美智恵が顎に手を当て考え込み、しかしそれは時間にして数秒もかからなかった。
「西条クン、班編成と装備の用意をお願い」
「……今動かせるメンツはそれほど多くはありませんよ?」
「後に回せる案件はそうして」
「その山の規模によりますけど、休暇中の奴も呼び出さないとかなぁ」
「時間外増額は要請するわ」
「みんなそんなんじゃ吊られやしませんよ、所帯持ってる奴だっているんですから。僕と一緒にイギリス帰りだった奴もいるのに。ま、恨まれ役は僕が引き受けますけど」
トントン拍子に話が進んでいく。美神がキョトンとしているうちに西条は足元に置いていた荷物を手にしていた。
「それじゃ令子ちゃん。ゆっくり話でもしたいところだったんだけどね。イギリス土産は後で事務所に持っていくよ。みやげ話と一緒に」
「え、ええ。ありがとう」
手をひらひらと振り西条は退室していった。美神も振っていた手を下し、母を見ればすでに眼鏡をかけ端末を開いている。
「あの、ママ……今の話って」
「オカGの実働隊を件の山周辺に配置する手配を西条クンに頼んだの。そのための書類を作らないとだから、ソファに座ってて。確認することがあれば答えてね」
「うん、それはいいんだけどさ……ずいぶんツーカーね」
「彼、いい中間管理職に育ったわよ。話が早くて助かるわ」
「それって誉め言葉?」
それから美神は時折美智恵に話しかけられる以外は座ったきりという、実に暇な時間を過ごした。
母から除霊法を教わったのは美神が先で、密度の濃さも美神が上だろう。だが、組織の一員として動く母を的確にサポートすることができるかと問われれば、いずれはできるだろうが現段階では西条の方が確実である。
じっとしていると、母のことを自分よりも理解している人間が血縁以外にいるという事実に、誰へのものでもない不満が沸々と湧いてくるのだった。
車両設置型結界がズラリと並び、朝の山を緊迫している雰囲気が重々しく包む。だが美智恵はそれだけではない何かを、自らの霊感に響くものを感じた。
「状況は?」
「先着隊の確認は周辺一帯完了しています。霊的磁場の異常はこの山だけに絞られているようです」
搬送車両から降りた美智恵は出迎えた西条と共に、屋根に本部と記載のあるテントへ向かう。中には資機材が設置されており、幾人もの職員が騒々しいほどに準備についている。
「封鎖班は交通整理と住人の避難と聴き込みを、結界設置班も配置は完了していて昨夜からすでに起動しています。観測班からはまだ何も。検索班は地元の山岳救助隊から山の情報をもらっているところです」
「どれくらい?」
「えー、予定では後一〇分ほどですね」
「わかったわ」
二人がテントの奥へと入ると、準備をしていた職員が一斉に敬礼をする。美智恵が小さく頷くと職員は自分の仕事に戻る。
その後ろを通り抜けながら、美知恵と西条の会話は続く。
「見鬼くんの反応は?」
「霊気が濃すぎて特定できませんね。当初の予定通りローラーでやっていくしかないでしょう」
「そうね。無理はさせないように」
「検索班はレンジャー経験のある連中ばかりですから、勝手はわかっているでしょう」
「編成と装備は?」
「六人一分隊で通常の山岳用装備に対生物対霊迷彩、テレパシー無線機、霊視カメラ、登攀用の神通杖、精霊石弾を装填した拳銃ってところです。くわしくはこちらに」
「ありがとう、後で見せてもらうわ。他に報告していないことはある?」
「いえ、こんなものですね。そろそろ山岳救助隊の指示が終わりますので、先生」
「ええ」
美智恵は渡された資料を手にして退出し、西条もそれに続く。
本部のテントを出ると、野外に装備に身を包んだ屈強な男たちがズラリと整列していた。
一人、装備に身を包みつつも隊列から離れて立っていた部隊長が近づく二人に目をやり、号令をかける。
美智恵がボードの前に立ち、令、休めと号令が続く。動作に緩みはなく、きっちりとした規律が行き届いている証拠である。
「おはようございます皆さん。まず、急な召集にお詫びを、そしてそれにも関わらず迅速に動いてくれた皆さんのおかげで素早い対応ができることに感謝を申し上げます」
頭を下げる美智恵。美智恵からすれば、自身は直接的な上司ではなくあくまで顧問であり、さらにワルキューレとの約束で詳しい情報を流すことができないことに対する謝罪でもあった。知る由もない班員達は皆その行為に驚きつつも、顔や態度に出すことはなかった。
「今回の検索の目標は目下のところ不明と言えます。昨日、この山に住む動物たちが不審な行動をとるという情報がありました。情報源は信用できるのですが、何が起こっているのか判明していません。
よって、皆さんには情報を収集してもらいます。対象は動物、発見した際は一報を。対処はその都度連絡しますが、可能な限り観測して情報を持ち帰ってもらうようになるでしょう。そして狂わせた何か、普通の山にはないはずの何かについて、得るものがあればそちらもお願いします。ですが事態が判明していないので、無理は禁物です」
出発前のブリーフィングとしては最低限の、検索対象の説明をした美智恵は、場所を西条と変わる。
西条は各班の出発位置やそこまでの移動方法、開始時間、終了予定時間と、簡単なタイムテーブルを説明する。
実力だけでなく手際の良さも上々、弟子の能力の高さは師匠の誉である。しかし、それに口を綻ばせている余裕はなかった。
これが遺産関連の事件であるならばワルキューレらや娘に連絡し、事と次第によっては美智恵自身も付きっきりにならざるをえないかもしれない。しかしそうではない全く別の事件、もしくは事故であるならば、その解明に捜査本部を設置させなければならない可能性も出てくる。
“大霊障”のように目に見えて世界の危機というわけではないため、通常業務より優先してというわけにはいかない。かといって遺産関連の霊障はどの案件に隠れているかわからないため常に目を光らせる必要がある。美智恵の立場上一つのことに集中するわけにはいかず、全体に集中しなくてはならないという矛盾した状態になっている。
(手が足りなすぎる。実働部隊も、幹部も少なすぎる)
オカルト業界は“大霊障”の後一時的に活性化した。実際に霊障にあった人間しか感じていなかった危機感が人界全体に広まったといってもいい。そのため雨後の筍のように続々と常人より多少強いだけの霊力を持った人間が業界に参加し、あっという間に淘汰されていった。生き残れた一握りも優秀かといえばそうでもない。
結局、オカルト業界の慢性的人手不足は解消されていなかった。その中でもオカルトGメンは群を抜いている。優秀な人材はいても、公務員という職種柄人間的な面も重視しなくてはならない。しかし、業界全体に言えることだが、いわゆる変人が多い傾向にあり、さらに個人主義の人間も多い。
(GS協会との連携だってあの件が通ればやりやすくなるでしょうし、態勢を早急に整えたいものね)
溜息をつきたいところだが、これから山に入る隊員の前では控える。溜息をつきたいのは彼らのほうなのだから。
西条が念押しに無理はしないことを告げ、場を締めた。隊員は配分された装備を手に、出発位置へ移動したのだろう。
準備は整った。後は鬼が出るか蛇が出るか、隊員の報告を待つだけである。もっとも、報告を受けたら受けたで指示をしなくてはならないから、果報は寝て待てとはいかないのだが。
といった経緯で、オカGの実働部隊を動員した山狩りが行われたのが昨日の話である。
そして今、美神除霊事務所応接間に事務所メンバー、オカGから美知恵と西条、そして魔族からワルキューレ、ジーク、ベスパと相変わらず頭だけの土偶羅が集められていた。
各々が手元の資料に目を落としている中、ざっと目を通したワルキューレがため息とともに口を開く。
「……なんだな、これだけの情報をわずか一日でまとめ上げるとは、感心を通り越して呆れるほどだ」
「西条クンが一日とかからずやってくれました」
「ほお、有能なのだな」
「お褒めにあずかり光栄だよ。おかげで寝不足なんだけどね」
昨日の夕暮れに検索を終了させ、各班が収集した情報を報告書として提出しきったのが深夜である。それから報告書の内容を日が昇る前にまとめ上げたのが西条で、美智恵が朝一で上層部へと報告していた。
西条は一睡もしていないどころか、山にも行っているわけだから二日近く寝ていない。だというのに身だしなみはしっかりとしている辺り、性格がうかがえる。
「結論から先に言えば、今回の捜査でわかったことは“何者かの手が加えられなければ起こりえないことが起きている”ということ。遺産関係かどうかはともかくとして、ね」
「遺産が絡んでるか、わからなかったんスね」
「情報制限をしなくちゃならなかったんだ。当然、一般チームの皆に遺産がどういうものか教えるわけにはいかないだろう? 少しは頭を働かせたらどうだい」
「う、うっせえ。それぐらいわかってるよ!」
「静かにしなさい!」
「……はい」
「西条クンもいらないこと言わないの」
「失礼しました」
お前のせいで怒られたじゃないかという視線を向ける横島に、西条はどこ吹く風と資料に目を落としている。まだ続けていた横島は美神の鋭い視線でジト汗を流しつつ沈黙した。
「ところで、ワルキューレさん達は遺産が関わっているかもしれないってだけの情報で動けるのかしら?」
「うむ。私たちの判断で自由に動ける。全く関係のない事件なら別だが、今回のこれに関しては我々も参加させてもらいたい」
「そう、それはよかった。みんな、資料は一通り読んだかしら? 大丈夫なら説明を始めたいのだけど」
頷く面々を前に美知恵が立ち上がり、急遽用意されたホワイトボードに張り付けられた数枚の拡大写真を指示する。
霊視カメラで撮影された写真は、可視光線での画のみならず霊的な現象までをも映す。霊がいれば確実に心霊写真を撮れるカメラである。望遠で撮られたためか小さいものであるが、貼り付けられた写真はどれもが普通のモノではないことがわかる。
「検索班は決定的な証拠を集めることはできなかったけど、動物についてはよく情報を集めてくれました。まず猿なんだけど、おそらくテレパシーでつながっているわ」
美智恵の示した写真に写る猿の頭部からはうっすらながら霊波が流れ出ており、それは別の猿の頭部とつながっていた。
「テレパシー? お猿さんでもできるんですか?」
「猿と人間の違いはそれほど大きいわけではないし出来ないこともないかもね。実際に確認されたのは史上初でしょうけど」
「テレパシーって、念話のことよね。だから連携とって追いかけてきたのかしら」
「それにしたところで動きはただの獣を越えたものでござったが」
「あー、それはだね。その猿たちには一応のリーダーがいるようだけど、それを頂点にみんなつながっているんだ。群れでありながら一匹の猿以上、っていう表現でわかるかな?」
西条の補足説明に、北極で対パピリオ戦を経験したことのあるおキヌがポンと手をうつ。タマモはわかるようなわからないような微妙な表情で、シロに至ってはきょとんと首をかしげている。
「次まとめちゃうけど、猪と熊、霊波で体を覆っているわ。身体能力と防御力の強化といったところかしら」
霊能力のない人間でもいくらかは霊力を身にまとっているものであり、野生に生きる動物はさらに顕著である。だが、写真はいくらかという段階を素通りし、異常なほど体から霊波をあふれ出させている。見ての通りといったところだが、写真を見たシロとタマモは怪訝な顔を浮かべる。
「ちょっと待ってよ。私たちが見た時はこんなにわかりやすくなかったわ」
「そうでござる。これほど霊気が乱れているならば、犬神である我らが見落とすわけないでござる」
「でしょうね。この異変は急激に起こっているの。それこそ、たった一日で二人が見たときとは比べ物にならないくらいほど変わってしまうほどに」
事態の異常さを改めて感じ絶句する二人をよそに、美智恵は説明を続ける。写真は最後の一枚となり、それを見た二人は顔に緊張を見せた。
「最後の鹿、説明するまでもないわね」
「そうね。これは……魔装術の一種かしら?」
こちらもまた見ての通り、鹿の角が異様に変化している。鹿の角とはそもそも鋭く尖るものであるが、これは刃のごとく鋭利でありまた大きかった。
生態から言って、鹿の角は早春に抜け落ちて秋頃に完成するものである。写真の角の成長は明らかに早すぎ、異様過ぎた。
様子から見て角に霊波を纏わせているようで、美神の言うとおり霊波を体に纏う魔装術か、横島の“ハンズオブグローリー”のようなものだろう。
「わかりやすい写真はこれくらいね。この山には他にも動物はいるようだけど、そちらは異常なし。検索班の話では兎やらテンやらも見かけたらしいけれど、そちらには目に見える異常はなかったわ」
「小動物は望遠で撮影できなかった。警戒心が非常に高かったようね。ただ、霊視ができるメンバーが見たところ、猪や熊のように霊波を溢れさせているものも、そうでないのもいたということだよ」
結果報告は終わり、と美智恵が席に戻る。話し疲れたか紅茶を一口すすり、美智恵は魔族組へ問いかけた。
「そして、不幸中の幸いというべきかな?
動物たちは山を降りる素振りは見せず、ただ、山中をうろついているようだ」
「この山へつながる霊脈は正常だったわ。この山で何かが起こっていて、それが人為的に起こされたものと予想はつく。遺産でこのような状況を起こせるもの、というと何があるかしら?」
「と言っても予想は付いているのだろう?」
『この状況は、“変質”の鬼械があれば引き起こすことはできるだろうな』
「エネルギーをアシュ様にだけ使用できるようにすることができるんだから、霊基構造を変えることぐらいは簡単だろうさ」
「だとするならば、動物は魔界の獣のようになっているでしょう。魔族の本質は闘争と殺りくですから、凶暴になっているのも納得がいきます」
その答えに美智恵は満足したように頷く。今度は美神らへと向き直る。
「令子、明日の予定は?」
「あるにはあったけど、後日に回しても問題ないわ。土曜だし横島クンとおキヌちゃんも大丈夫よね?」
「うッス。もともとバイトの予定でしたから」
「私も大丈夫です」
「そう。なら、明日の早朝から取り掛かってもらえる? ワルキューレさんたちも」
「承知した」
「なぜ今行かぬでござるか!」
話がまとまろうとしたとき、それまで黙っていたシロが叫んだ。皆がきょとんとする中、タマモだけはため息交じりにこめかみに手をあてていた。
「こうしている間にも異変は続いているのでござろう? 早々に解決せねば、まだ無事な山の者にも手が及ぶやもしれぬのに、悠長なことを言っている場合ではござらん!」
「シロ、あんたの気持ちもわからないでもないけどね。犬神と違って人間には準備がいるのよ。それに、今から行ったところで山に入るのは夜になる。自殺行為よ」
「なれば拙者とタマモが行くでござる! 拙者らにとってあの山は庭も同然、夜であったとて問題ないでござる」
「私は行かないわよ」
「我らの先発を許して……タマモ?」
シロが同意を求めたタマモは一言のみ否定の意を返した。シロは信じられないといった表情をするが、美神はタマモまでもが言い出さなくてほっとしていた。
「今何と、タマモ?」
「行かない、って言ったの。少なくともあんたと二人だけじゃね」
「何を言うか! 拙者らが修行した山が危機に陥っているのに!」
「わかってるわよ。早くどうにかしたいって思ってる。でも、あんたと二人だけじゃ、前と一緒。襲ってくる動物から逃げるだけ。遺産を探して、見つけられたとしても止め方がわからないし、止めたといっても動物が戻るとも限らないでしょ」
「戻るかもしれないであろう! タマモも見たはず、同族が同族を殺し食らうあの光景を! あれは、あってはならないことでござろう!」
シロの叫びにタマモが顔をしかめる。鹿の狂態はシロとともにタマモも見ている。それに、同族間の絆を大事にするシロの気持ちは唯一ともいえる金毛白面九尾之狐としては理解しづらいものであるが、人間のように絶対数の多くない犬神としては共感できる。
ではあるが、
「あんた、修行したこと忘れたの? 突っ込むだけじゃ全く変化なしじゃない」
「っ……!」
それでもシロが、当の山で修行して得たことを忘れて突っ込むようなことはさせられなかった。
激昂していたシロはタマモの言葉に冷水をかけられたかのように消沈した。それを見計らってか、美智恵がパンと手を叩く。
「それじゃ、明朝山のすそ野で待ってるわ。山の装備はこちらで整えておくから、除霊用具は任せるわ」
「ママ、もちろん」
「費用はこっち持ちよ」
ある意味いつものことであるやり取りをすませ、美智恵と魔族組が席を立つ。見送りのため美神とおキヌが共に席を立ち、横島も立ち上がろうとしたが美神の視線で遮られる。横島を一睨み、そして次にシロを見る。一言すら交わされなかったが、つまるところなんとかフォローしとけ、という意味だろう。
横島が、俺にどーしろっちゅうんですか、と反論しようと美神に視線を投げかけるも、一瞥をくれることもなく退出していく。
(だぁーっ! 完全に丸投げされた)
と恨み事を思ったところで今さら外に出るわけにもいかず、にらみ合い黙りこくったままのシロとタマモという非常に気まずい空間に取り残された横島であった。
事務所外にて、帰所する美智恵と魔族組が見送りの美神、おキヌと向かい合っていた。
「なんか、最後に変なことになっちゃって悪かったわね」
「いや、見たところあの人狼――シロと言ったか――見た目ほど精神が熟していないようだ。感情が優先するのも無理はない」
「気が急くのもわからなくはないですけどね」
「フン、そんなことを言っているからいつまでも半人前なのだジーク」
「はは、きついなあ、姉上は」
魔族の姉弟の会話はさておいて、美智恵は事務所を見上げていた。
「強引に打ち切っちゃった私が言うのもなんだけど、シロちゃん大丈夫かしら?」
「戻ってからもグダグダ言うようならガツンといっちゃうけど」
「み、美神さん。ちゃんとシロちゃんのお話聞いてあげないと」
拳を握り締める美神にフォローを入れるおキヌだが、そうはならないだろうと思っている。無論美神も言ってみただけである。
「ま、大丈夫だろ。ヨコシマが残ってるんだから、何やかや口出ししてるだろうさ」
シロへの、そしてタマモへのフォローとして横島を置いてきたのだ。だからしばらくして戻ればお互いに気持ちを落ち着けているだろうし、シロも無茶を言うことはないだろうと確信がある。あるのだが、口にしたのは誰あろうベスパであった。
「そのためにあいつを部屋に残してきたんだろう?」
「え、ええ。そうだけど……」
「っていうか、あのお人好しがどうにかしないわけないだろうしね」
言って、小さく口元を緩めるベスパの表情をこの場の誰一人とて見逃さなかった。その表情は敵意を持っている相手に向けることはなく、見てとれる感情は信頼――つまりは好意的なものであった。
美知恵と同じように事務所を見上げていたベスパは、自分に向けられる視線に気づく。目を向ければ全員に見られており驚く。以前にもこんなことがあったなと思いつつ、その時と同じように嫌な予感がした。
「な、何だよ」
「いえね。感心してたところ」
「そうだな。ずいぶん奴のことに詳しくなったのだな」
「な、ちょ! わけのわかんないこと言ってるんじゃないよ!」
美知恵とワルキューレは実に楽しそうな笑みを浮かべている。あえて間違った表現をするならば、大きくなった孫を見る祖母のようである。
『そうかー、ベスパがなぁ……』
「ああ、やっぱりそうなんですね」
「土偶羅さまも、ジークも何言ってんだい!」
土偶羅魔具羅とジークは納得したようにしきりに頷いていた。赤面しつつ怒鳴るベスパ、ポンとその肩に手が置かれる。
「へーそーなんだー、随分とうちの丁稚のことをご存じのようねー」
「いつの間にって感じですねー」
「って、あたしはあんたらの代弁したようなもんじゃないか!」
顔は笑っているが、裏には別の顔が潜んでいるとわかる美神とおキヌ。なんとも怖い。
残された横島は困っていた。簡潔に言えばテンパッていた。
横島を含めて三人がいるが、ジッとしているのが何より苦手なシロがいて、師匠と呼び懐いている横島がいるというのに静かである。
先ほどまでにらみ合っていた二人だが、根負けしたかのようにシロが俯き、タマモは何も言わず紅茶を口にしている。
(いったいこの俺に、何ができるって言うんだ)
気まずいことこの上ない空気を何とかしようと、全くノープランで口を開こうとした横島であるが、先に口を開いたのはシロだった。
「先生」
「な、なんだ?」
機先を制されどもってしまう。タマモはシロではなく横島に視線を向けた。
「拙者、間違っているのでござろうか?」
迷いのある声だった。助けに行きたい感情と、無茶とわかる理性がせめぎ合っているのだろう。
考える。人を諭すのは横島の領分ではない。それっぽいことを言って煙に巻こうとしたところで横島の嘘は小学生レベルだ。もとより、師匠である以上そんなことはできないので、考えながら話す。
「……そんなことはねえ、と思うぞ」
「先生!」
「……」
ガシガシと頭をかきながら言った言葉にシロは笑みを浮かべ、タマモは視線を鋭くした。
「お前は間違っちゃいない、けど正しくもないんだろうな」
「って、どういうことでござるか?」
「あー、動物を助けたいっつー気持ちは立派だと思う。後先考えず突っ込んでいくっつーのもお前らしいしな」
「それは、褒められている感じがしないでござる」
「お前らしいってことだよ。ま、それは置いとけ」
話しながら少しずつ考えがまとまってきた横島は、椅子に座りなおしシロと向き合い、柄じゃないよなと思いつつ続ける。
「タマモの言った通り、何が起きてんのかわかんねえとこに策無しで突っ込んでったって前と変わらねえし、下手すりゃ返り討ちにあっちまう」
「でも先生」
「ああ、お前の言う通り、こうしてる間にも犠牲が出てるだろうし、助けられるやつもいたかもしれない。お前たちが見た時とオカGが偵察した時、短い時間で状況は悪化してる。早くどうにかしなきゃいけない事態だってのは、俺達みたいな馬鹿に言われるまでもなく美神さんや隊長もわかってるさ」
「横島、その馬鹿に私を入れないでよね」
「わかってるよ。シロも睨むなって」
苦笑し、空気が柔らかくなっているのがわかりほっとする。
「今から山に行ってどうこうするような、その場限りの対処じゃなくて原因ぶっ潰すのが必要なんだ」
「それは、わかりますが……」
「さっきも言ったけど、今から準備もなしに突っ込んだって、何もできない可能性の方が高いでしょ」
「そだな。明日、みんなで原因をぶっ潰しにいく。そのためにはお前達だけで先に行くとか、やられちゃ困るんだ」
「え?」
「戦力として頼りにされてるんだ。それに、お前たちがいなくなったら心配するだろ?」
言って笑いかけるとシロはうつむいた。見えづらいが赤面しているようだ。自分の言動が周りに与える影響に気づいたのだろうか。
「タマモだってシロが心配だから止めたんだからな」
「っ!」
横島の言葉にタマモは紅茶を吹きだしそうになった。気管に入ったのだろう、しばらくむせていた。
「あんた、何言ってんのよ!」
「違わないだろ? お前何だかんだ言って優しいからな」
「あ、う……」
口をパクパクとさせ絶句するタマモ。隠している本心を暴露されれば恥ずかしくもなるだろう。赤面した顔を見せたくないのか、タマモは膨れたように目をそらした。
いいコンビだな、と思いつつ、これでフォローはできたのかなと一息をつく横島だった。
その後、美神とおキヌが戻り、シロとタマモの様子を見て和解はしたのだろうとわかった。だが、二人の上気した頬を見ればどうにもそれだけではないように思える。
見送ったベスパとの会話から若干不機嫌だった美神は横島に鋭い視線を向け、おキヌは頬を膨らませた。
「頑張ったのになんでじゃー!」
横島の叫びはもっともだが、とかくこの世は理不尽でできている。
明朝、山へ。
むだに話数をかけてるような気がしないでもないですが、書きたいから書いたものなのでご容赦を。
じゃあまた。