短編なのにもう一つ連載してる作品のUAを上回りそうな勢い。ありがとうございます。書き捨てでも注目してくださった読者の方々にお礼申し上げます。
それでは本編をどうぞ。
衛宮士郎。十三番隊所属の死神。霊術院にて特に斬術の成績が優秀だったが、鬼道が全く使えない関係上、卒業すぐに席官になることなく一隊員として働くようになる。
業務ではごく平均的な成績を納めるも、十三番隊隊長である浮竹十四郎に才を見抜かれ席官への勧誘を受ける。しかし本人に昇進の気はなく、何度勧誘されても「鬼道が使えない」「始解が出来ない」「死神としての総合的な能力は席官としての資格に満たない程未熟」等を理由として辞退する。
隊長の勧誘を断り続ける衛宮隊員に業を煮やした自称:浮竹隊長の右腕である、十三番隊第三席の小椿仙太郎に決闘を申し込まれる。
始解と鬼道が出来ない衛宮隊員に合わせ、木刀を用いた勝負。衛宮士郎とは霊術院時代の同期である朽木ルキア隊員の立ち会いで行われた。
結果は衛宮隊員の圧勝。正面からの勝負で己の主張を押し通した衛宮隊員を認めた小椿第三席は、犬猿の仲である同第三席の虎徹清音と談判した上で衛宮隊員に昇進するよう強要しない事とした。
実力は高いものの、平隊員としての地位に拘り続ける変わり者。周囲からの認識は概ねそこで落ち着いている。
しかし、四楓院夜一の見解は違う。
始解は既に秘密裏の内に習得しており、元から天賦の才があった斬術に加えて歩法と白打を努力で極めた衛宮隊員は、既に護廷十三隊所属の副隊長では誰も敵わない域にまで成長している。
その彼が、もし卍解を習得したならば。
あるいは現護廷十三隊隊長にも並ぶ実力を手にするだろう。
夜一の考え通り、彼女の目の前では衛宮隊員と彼の斬魄刀が隊長レベルでないと割って入れない程の熾烈な争いを繰り広げていた。
~・~・~・~
「卍解を習得する際には、私を屈服させねばならないらしいな」
干将を僕の懐に捩じ込みながらヤツは話しかけて来る。余裕な表情が凄くムカつく。コッチは必死だってのに。
捩じ込まれた干将が腹に刺さる寸前、こちらの莫耶で弾いてそらす。瞬間、刀身にヒビが入る。
その勢いを維持して莫耶で腕を狙うも、すぐさまヤツの莫耶が合わせてきた。実体が無いとは思えない程の腕力で手元の莫耶が跡形もなく砕け散る。
「――チッ」
両足に力を込めて跳ぶ。砕けた莫耶を手元に再構築。息を吐く間もなく遠距離から干将と莫耶が飛来してきた。
互いに引き合う性質を持った斬魄刀。空中で軌道を捻じ曲げて正確に首筋を狙ってくる二刀を叩き落とす。
――ヤバい、死ぬ。
直感で限界まで身を屈め、片手の干将をデタラメに振るう。振るった干将の剣先が何かに掠って乾いた音を響かせた。
「ほう、何本か受けた上で傷は浅いか。初見にしては良い反応だったな」
裂けた右側の頬と左足の太腿から、熱い血が垂れる感覚がした。傷はまだ浅い方だけど、ギリギリで逸らしたもう一本を食らっていたら背中を貫かれていただろう。
「――なんだよ、この技は」
「『
躱せない攻撃という能力を持つ斬魄刀は、この広い尸魂界、悠久の歴史を振り返れば何人か持ち主が居ただろう。しかし直接的な能力としてではなく、繊細な工夫で体現した者はそうそう居ない。
「全く……僕の斬魄刀とはいえ強過ぎないかな」
「それはお互い様だ。貴様の強さは一隊員としての器として収まるものではない」
目の前の赤外套は、ニヒルな笑みを浮かべて笑った。こうして喋っている間も僅かな隙を伺っているのに、全然見せてくれない。余裕しゃくしゃくだ。
「しかし、貴様はそれ程の強さを持ちながら私の本質を知らず、己の本質すら見誤っている。それではこの先、死ぬぞ」
死ぬぞ、と言い切ったヤツは一転して厳しい表情で再び斬魄刀を構えて襲い掛かってくる。自分のソレより丈夫で鋭い干将・莫耶。打ち合わせてもこちらが消耗するだけで、このままだと霊力が底を尽きて負ける事は目に見えている。
必要だ。もっと強い斬魄刀が。もっと強い自分が。
「そう、その通りだ。もっと強い自分をイメージしろ」
僕の思考の隙を突くように、干将と莫耶がリズミカルに襲いかかってくる。先程は驚くべき技を見せつけられたけど、斬術としての才覚は完全に互角だ。唯一の差異は斬魄刀の性能だけ。
「いいか、お前は常に争いを避けてきた。平和な生活を夢見ていた。しかし今は強くならなければならない。己だけを守るのであれば必要無かった強さが求められている」
今度は干将が砕ける。すぐさま再構築。また莫耶が砕ける。再構築。
「イメージするのは、全てを守れる自分。即ち
ヤツの剣戟のスピードが上がった。次々に砕ける干将莫耶。必死の再構築も段々追いつかなくなっていく。
そうだ、今の僕には……もっと強い斬魄刀が必要だ。
目の前のコイツを倒せる斬魄刀。別に強度で上回る必要は無い。互角の斬術を超えていけばそれで十分だ。
ではどうやって超えればいい。
どうすれば勝てる。
考えろ。
イメージだ。
――もっと速く。
――もっと強く。
――もっと鋭く。
そういえばそんな卍解があった。己の高まる霊圧を極限まで小さく濃縮して、始解の時よりも戦闘能力が大幅に上昇した卍解。あの六番隊隊長である朽木白哉を倒した男の、黒い卍解。
――アレだ。
~・~・~・~
夜一は既に半ば士郎の卍解習得を諦めていた。具現化された斬魄刀の姿は夜一をも凌ぎそうな強さを誇っており、士郎の身体は傷だらけだ。スピードの上がった剣戟に対応し続ける士郎の斬術は尊敬に値するが、手に持つ斬魄刀の質がまず違う。
傍目から見ても、何度砕かれようが元通りになる士郎の始解は異質だ。砕かれても大丈夫な斬魄刀は実例こそあるが、粉々になっても戦闘継続出来る斬魄刀は中々ない。しかし、砕かれれば砕かれる程に士郎の敗北は明確に近付いてくるのだ。
(四十六室が壊滅しておったのは幸いじゃった)
もしこの斬魄刀の存在が明るみに出れば、士郎は死神を辞めさせられ、最悪の場合は処刑されていたかも知れない。涅マユリ率いる十二番隊は浦原喜助が手を回したので、実験対象になる事は回避出来ている。
「己を超える意志を持て、我が主よ」
男が三十二回目となる斬魄刀の破壊を行い、士郎に肉薄する。士郎は膝を着き顔を俯け、じっと動こうとしない。
目に見えて霊圧が尽きそうな士郎。その様子を見て完全に観念したと見たのか男の斬魄刀が今にも振り下ろされようとしていた。
夜一は唇を噛み締めて霊圧を解放する。強さは確かに夜一に迫るが、不意打ちであればギリギリ転神体に戻せるだろう。
手元に雷を呼び出し、足を踏み出す夜一。しかし士郎の霊圧が再び高まる気配を感じて足を止めた。
急激に高まる霊圧。気圧されたように斬魄刀の男もたじろぎ、周囲の空間も僅かではあるが振動している。
(――なんじゃ、こいつは)
夜一ですら冷や汗を流してしまう程の高まり。しかも霊圧の質すら徐々に変わってきている。
俯いていた顔を挙げた士郎は、その真っ直ぐな眼で斬魄刀の男を射抜く。誰かが傷つく所を見ても、立ち向かってみせるという決意。彼の人生を通して得た覚悟が宿った目線だった。
「……卍解」
壮絶な霊圧が収束し、巻き起こった風の中から黒いコートにも似た死覇装が姿を現した。片手には短い鎖が着いた黒い長刀が握られ、鍔のデザインは「卍」の形をしている。
空座町にて死神代行を務める青年。その彼が身につけたはずの卍解だった。
(なん……じゃと……!?)
夜一は自らの目を疑った。尸魂界にて全く同じ斬魄刀は極めて稀だ。ましてや始解の形は別々だと言うのに、卍解の形が同じというケースは聞いたことがない!
「
霊圧の嵐が完全に収まったそこには、間違いなく黒崎一護の卍解を纏った衛宮士郎が立っていた。
「……正解だ」
ニヤリと笑った斬魄刀の男は、手元に次々と干将・莫耶を呼び出して投げつけた。その上さらに巨大化した干将・莫耶を呼び出した。
『鶴翼三連』+『干将・莫耶 超過刀身』。
同時に飛んでくる白と黒の斬魄刀を、士郎は落ち着いた目で眺めながら片手に持つ黒い長刀に霊圧を喰わせる。
「
本来のそれより小規模ながらも、黒い斬撃が連続して三回飛翔して周囲の干将・莫耶を吹き飛ばした。
そして真っ向から振り下ろされた巨大な刀身を、瞬きするよりも速い動きで躱して男の背後に回る。
「……いいか、本質を見誤るなよ」
男が微笑を維持したまま体全体を回転させ、白と黒の巨大な刀身を士郎の胴体目掛けて切りつけた。充分な速度が乗った一撃必倒の斬撃。それを士郎は思い切り振りかぶった黒刀で受け止め、同時に先程の斬撃を飛ばす技を発動した。
力押しで跳ね返された二本の刀は、もう防御には間に合わなかった。
「……ありがとう。干将莫耶」
肩口から心臓まで剣先が達し、男の膝が崩れ落ちる。
「礼を言うのは、まだまだ、だ……衛宮士郎。後でこっちに…来い。お前は、卍解を偶然使いこなせたに過ぎない……。卍解を模倣する卍解。一筋縄では……いかんぞ」
最後に言うだけ言った男は、満足気な表情で足元から消えて行った。
後には傷付いた転神体だけが転がるだけだった。
~・~・~・~
「夜一さーん……どうしましょう」
自分の斬魄刀の本体と戦うことが、こんなにも疲れることだとは思わなかった。全身が鉛のように思いし、携帯している薬のうち疲労に効く物を飲んでも効き目がハッキリ感じられない。虎徹副隊長が特別に作ってくれた貴重品なのに。
「その『どうしましょう』というのは、あの卍解のことかの?まあワシが手を回してお主が卍解を隠せば何とかなるじゃろうが……四十六室が再建された上でバレたら処刑物じゃな」
ひえっ。
「しかもアレで不完全かぁ。『卍解を模倣する卍解』ってだけでも強そうなのになあ」
「そう、それじゃよそれ。お主は何処まで再現できるんじゃ?」
夜一さんに聞かれたので、試しにやってみることにした。全身の疲労は抜けてないけど霊圧は回復しているので、精神的なものが原因だろう。それなら卍解ぐらいチョロい。
「あ、すまぬ。お主はさっき戦った時点でまだ疲労が――」
「卍解 『
頭の中で固めたイメージをそのまま右手に再現した。サイズそのものは砕蜂隊長の始解だが、試しに「ていっ」と天井に向けて発射させると筆サイズのミサイルが驚異的なスピードで飛んでいき、一泊置いて空色の塗料が塗られた欠片が降り注いできた。
「お主は何処までワシの寿命を縮める気じゃ……」
「いや、すみません。つい」
「しかも先程まで死力を尽くした戦いをしておったじゃろう。何故気軽に卍解できる」
そう聞かれて、言われてみれば確かにそうだと思い直した。虎徹副隊長の薬は特別に作ってもらったとはいえ、戦闘にすぐさま復帰出来る程の回復量ではないはず。前にも使ったことがあるから分かる。
となれば……燃費かな?
「多分、卍解に費やす霊力は少ないからだと思います。長時間の使用に耐えうる卍解となれば話は別ですが、先程みたいに卍解の精度を粗くすれば行けるのではないかと」
「卍解の精度を……粗く?」
はて、と首を傾げる夜一さん。僕もはて、と首を傾げる。
「え?卍解というか始解も含めて丁寧にやるのと雑にやるのとでは違いが出ませんか?」
「何を言っとる。卍解は卍解、始解は始解じゃ。長年にわたり卍解を極めれば封印状態からいきなり卍解も可能じゃが、始解や卍解に精度があるという話は聞いた事もない」
へぇ、そうなのか。いつも使っている干将・莫耶とか。雑に解号を省いて始解するのと丁寧に解号を言いながら始解するのとでは凄い違いなんだけどな。
「じゃあ……僕の斬魄刀は凄い特殊ってことなんですかね」
「恐らくはそういうことになるの」
まったくもって面倒な事態だ。厄介事に立ち向かうために卍解を習得したのに、卍解そのものが厄介事だった。
「しかも卍解の名前、聞けてないじゃん……」
模倣する卍解によって名前がコロコロ変わる可能性もあるけど、あれ程強烈な個性の本体だ。卍解としての名前があっても良いはずだ。
「その辺りはこれから斬魄刀に認めて貰う過程で深めていけばいいじゃろ。そもそもお主は怪我の手当が先じゃろ」
「あ、すみません」
されるがままに夜一さんに薬を塗られ、包帯を巻かれ……単なる噂がソースだけど、仮にこの場面を砕蜂隊長に見られたら殺されるかも知れない。マジで。
しかし怪我の手当がやけに手慣れているし、この雰囲気は何だかアレだな。自分は孤児で一人っ子な訳だけれど……。
「ひょっとして夜一さん、妹か弟がいたりしますか?」
「ほう?確かにワシには弟がいるが、どうしてそう思ったんじゃ」
「いや……雰囲気的に」
普段は気まぐれな夜一さんが、膝枕をして慈しみのある表情で手当してくれる様子は、何だか手のかかる下の子をあやしているようにも見えた。今現在は家族でも何でもない異性の僕が膝枕状態の訳だけど、不思議と動機はしない。普通に姉って感じだ。
「そうか。ワシとしては姉らしく在れたか不安なんじゃが――何せ自分勝手な行動でいつも困らせとったからの――」
僕の懐から出した塗り薬を頬に塗りつけられた。何だかくすぐったい。
「しばらく会ってはおらぬが、ひょっとしたら勝手に家を出て幼なじみを優先したワシを怒っておるかも知れぬ。アッチはアッチで四楓院家の当主じゃしな。おいそれと会いにも行けぬ」
ほんの少し。ほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべた夜一さんは結構珍しかったし、浦原さんとの新しい話の種にもなったと思う。
やっぱりこの人も、一人でいるようで実は色々な物を守ろうとしているのだろう。
「そうですか。だったら僕がその弟さん代理になるのはダメですか」
「ふむ。弟っぽい奴としては認めてやらんでもないが、実の弟はまだおるからダメじゃ」
「ケチ」
「言ってろ」
家族らしい会話をしたことが無い僕だけど、多分この日夜一さんと交わした会話がそれに近いのだろうと感じた。
……よし、今までの「鬼ごっこ相手」という認識を改めよう。
「じゃあ『夜一姉さん』って呼ぶのはセーフですか」
「……ギリギリアウトじゃ」
この日から僕は夜一さんを姉っぽい存在として認識するようになった、
因みに夜一さんと二人きりでいる場面を目撃し、怒り狂った砕蜂隊長との追いかけっこが始まるのはまた別の話。
~・~・~・~
「お主の見立てはどうじゃ、喜助」
傷の手当を終えて退出した士郎を見送った後、夜一は独り言のような調子でもう一人の立会人に呼びかける。
「いやぁ、黒崎サンについて調べている時も驚きの連続でしたケドね。アレはある意味黒崎サン以上の器じゃないですかねェ」
岩山の後ろ、鬼道や道具を用いて完全に気配を消していた浦原喜助が姿を現した。事前に夜一の呼び掛けでコッソリ侵入していたのだ。この“遊び場”はそもそも浦原と夜一が造り上げたもので、取っておきの中の取っておきでもあるこの地下には現世直通の穿界門が設置してある。
「卍解を模倣する卍解……どうする喜助。技術開発局の連中は抑え続けれるのか」
「サア……涅サンには前から目を付けられていますからねぇ。彼が外で卍解しなければギリギリ誤魔化し続けれるとは思うんですがね。ボクとしては彼の卍解は近いうちにバレると予想してますよ」
浦原と夜一は知っている。虚圏に行った愛染達が近いうちに攻めてくる事を。迎え撃つためには多大な戦力が必要となるはずであり、一隊員である士郎も呼ばれるだろう。
もし目の前で人々が傷付いていく様子を目の当たりにすれば、彼の性格上必ずや卍解するだろう。
「喜助、あやつは他人を守るために行動するじゃろう。ならばあやつを守る役は誰が務めるのかの?」
「……己をも守る力を身に付けるのが死神っス」
「それでもじゃ」
決意を固めた夜一の顔を眺めた浦原は、右手の杖に体重を預けたままで左手で帽子を深く被り直して溜息を吐いた。
「――黒崎サンばかり特別扱いするのも悪いと思ってたんスよ、丁度」
「すまぬ」
「謝ってばかりは似合わないっスよ。アレは弟みたいなものなんでしょう?家族を守るのは当たり前じゃないっスか」
「そう、じゃな」
浦原からすれば、昔からの幼なじみである夜一は家族も同然だ。それなら夜一が認めた士郎もまた守るべき対象だろう。士郎から姉扱いされた時の夜一はまんざらでもなさそうだった。
「衛宮サンの特異な点はボクの方で調査しておきますよ」
「うむ。では頼んだぞ」
「お任せ下さいっス」
浦原は巫山戯た調子で帽子を脱いで一礼すると、背後に展開された穿界門をくぐって現世に帰っていった。
~・~・~・~
名称不明な卍解を習得してからというものの、僕は夜一さんに頼み込んで“遊び場”を修行用に使わせてもらえるようになった。ただし四楓院家裏手からつながる取っておきの場所は余程の事でもなければ使えないそうで、代わりに双殛の丘の下にある場所を使わせてもらえるようになった。
回復効果のある温泉もあるので、一人で怪我せず霊圧だけ削るような修行には最適だ。毎日己の心象世界に没入して頑固な赤外套と会話するのは精神的にも非常に疲れる。よって温泉上がりに自腹で仕入れたいちご牛乳でメンタルケアも怠らない。飲む際には腰に片手を当てるのがコツだ。
「――で、何時になったら名前を教えてくれるんですかー」
「…………」
ツンとした表情で座り込む干将莫邪。いや、実はコイツの正体が干将莫邪ではないことは予想がついているのだが。
「お前、干将莫邪じゃないんだろ。二刀になる斬魄刀の本体って二人一組らしいな。浮竹隊長に訊いたぜ」
二刀の斬魄刀という点でまず珍しかったので、参考として浮竹隊長にさりげなく訊いてみた。隊長親衛隊である第三席の二人は色々あって不可侵条約を結んでいるので、仕事の手伝いついでの何気ない会話と言う状況を作り出すのも容易だった。
「――ふん、まだそこか。私を引きずり出して今日で一週間、まだそこまでしか辿り着けてないようではこの先苦労するぞ」
自分の斬魄刀に馬鹿にされるというのは中々に気分が悪い。ちくせう。
恐らく目の前の干将莫邪(仮)は、今までに判明している点から正体を探って見せろと言いたいのだろう。現世で言うところの探偵って奴だ。一度任務ついでに空座町の本屋で立ち読みしたけど、中々に面白い内容だった。
さて、今そろっている情報を整理しよう。
一、僕の始解は『干将・莫邪』。能力は自己の複製、番い同士への引力発生、自爆。
二、僕の卍解は名称不明だけど、他人の斬魄刀を模倣し能力を使用できる。
三、目の前にいる男は『干将・莫邪』の本体ではない。
四、発動する感覚や燃費の良さなど、他の卍解に比べても異質な特徴を備える。
……並べてみたところで分からないな。
「貴様は頭が鈍いな」
そしてここは心象風景なので、自分の考えたことは相手にもバレバレである。
「探偵の真似事をしたいというなら、その探求心に敬意を評して幾つか手がかりを追加してやろう」
偉そうに赤外套が言うと、まず周囲の光景を手で指し示した。
「五、心象風景には今まで見たことのある始解・卍解が地面に突き刺さっている」
何処までも広がる草一本無い砂漠。濃い水色と熟れかけのオレンジが混在したような日暮れ時の空。そして地に散らばって存在する無数の刀たち。それが僕の心情風景だ。
僕は己の心象風景に何らかの疑問点を持つことは無かったけど、言われてみれば何故特別な思い入れも無い殺風景が僕の心象風景なのだろうか。一輪くらい花が咲いててもいいのに。
「六、自分が身元不明の孤児である」
僕は東流魂街にて五歳ほどの姿で発見された。近所に住んでいた独り暮らしの奇特なじいさんが身元保証人に名乗りを上げ、僕を育ててくれた。僕にはじいさんに発見される前の記憶がない。東流魂街は特別何か事件があった訳でもなく、じいさんが八方手を尽くしても僕の身元は不明なままだった。
「七、刀を見ただけで記憶でき、始解や卍解の能力を一目で看破できる」
僕の特技の一つ。一度始解や卍解をしたことのある斬魄刀であれば、一目で能力を詳細に看破できる。例えば僕は直に見たことのない京楽隊長や浦原さんの卍解を知っている。流石に名称だけは分からないが、卍解した結果としてどのような能力が発現するのか。どうすれば能力から逃れられるか。そういったことが脳内にイメージとして伝わる。
因みに涅隊長の斬魄刀を見た時は多量の情報に倒れそうになってしまった。あの人、ひょっとして自分の斬魄刀を改造しているのか?僕の斬魄刀も改造してくれないかな……冗談だけど。
「他にも色々あるが、今はこれだけだ」
「――そうか」
「ん?もう何か分かったのか?」
僕は自分の過去を振り返り、始解や卍解について考えを深めたことで一つの推測が浮かび上がった。実は前々から考えていたことでもあり、自分自身では考えようとしたことは無かった。
でも、そろそろ向き合わなくてはダメだろう。
「僕は普通に現世から流れ着いた魂魄じゃない。別の存在だ」
今まで目を背けて来たもの。胸元に張り付けてある肌の色と同化したテープを剥がす。
人差し指程の直径のある穴。
胸に空いた穴は、虚の証だ。
「その通り。お前は子供の頃に特殊な虚と出会い、体の主導権において虚に打ち勝つも、代償として記憶を全て失ったのさ」
皮肉気に口元を浮かべて斬魄刀の本体は嗤う。
「無論、貴様の正体はそれだけに止まらない。所有する斬魄刀『干将・莫邪』の原型は、お前より先に取り込まれた双子の兄妹だ。既に本体の意識は無く、この斬魄刀に本体は存在しない」
そう……断片に過ぎないけれど、思い出したことがある。次々に飲み込まれている仲間たち。大口を開ける真っ白な虚。思考が焼き切りそうになりながら虚としての本能と抗って、そして――。
「これ以上はいずれ聡明な誰かが教えてくれるだろうが、お前の正体は普通の死神ではない。だから斬魄刀が特殊なのさ。シンプルな理論だ」
「じゃあ……お前は誰なんだよ」
「私か?決まっている。斬魄刀の本体では無いのに貴様の心象世界に現れ得る人物と言えば一人しかおるまい」
浅黒い肌。石英の白髪。殆ど互角の斬術。
「私はお前。お前は私だ。私の正体は貴様の押さえつけた過去の念の集合体に過ぎない」
そんな――
「じゃあ、何でお前が『転神体』で具現化されたんだよ!」
「当然だ。私が斬魄刀の本体だからさ」
コイツは、何を言っているんだ。
「いいか。先程言った特殊な虚の性質は浅打に非常に近い。そして虚の虚らしい部分を殆ど削り切ったお前が手にしたのは、己自身が浅打となる力だ」
己自身が、浅打。
「だから一目で斬魄刀の正体を見抜き、霊力で卍解を模倣し、果てには模倣した卍解を弄る事すら可能にする」
模倣した卍解。
初めに模倣した『
戯れに模倣した『
「つまり、今の貴様はさしずめ常時開放型の斬魄刀と言ったところだ。名前?決まっているだろう」
それは僕自身の名前。
「始解『エミヤ』。虚としての体を持ちながら、取り込まれた魂魄の影響で様々な死神の霊圧を再現でき、浅打に近い性質故にどのような卍解でも模倣可能。それがお前であり、俺だ」
「じゃあ……僕の卍解は……」
その声に片方の眉を上げ、心底愉快そうに『エミヤ』は言った。
「自分が斬魄刀であれば、話は簡単だ。自分の心を解放させてやればいいのさ」
~・~・~・~
しばらく後。再び例の“遊び場”を使いたいという士郎の申し出で、もう一度浦原を呼び出した夜一は四楓院家地下通路にて士郎と合流した。
前回とは打って変わって無言の士郎。その表情に思い当たる節があった夜一も、ある程度の覚悟を決めていた。
空色の壁が広がる“遊び場”。夜一と足を踏み入れると同時に士郎は己の事情を打ち明けようとした。
「ごめん、夜一さん。実は今までずっと隠していた事があって――」
「待て。皆まで言わずとも良い」
士郎の話を遮った夜一は、物陰に隠れて待機していた浦原を呼び出した。
「いやあドーモドーモ。久しぶりですねェ士郎サン」
「う…浦原さん!?どうして尸魂界に…」
「夜一サンと一緒っス。アタシもかつては技術開発局に務めていましてねェ。その関係上、夜一サンに頼まれてアナタの事を調べさせていただいたっス」
浦原喜助は尸魂界に並みいる死神の中でもトップクラスの頭脳を誇り、追放された身であるとはいえ未だに現世の死神を支援する等自由に活動している開発の第一人者である。
「アナタの発した霊圧のデータは当然頂きましたし、アナタの過去も中央四十六室のデータをハッキングして調べました。もみ消されてすっかり闇の中に消えた、オリジナルの特殊な虚であり後に愛染の研究により再現されたホワイト。犠牲となった人の中には死神になったばかりだった素質は優秀な双子の死神がいました。彼らの始解はそれぞれ『山を断て 干将』と『水を裂け 莫邪』っス」
淡々と調査結果を述べていく浦原。無表情で青い顔をした士郎が内容を受け止め切れていないことは明白だったが、それでも浦原は言葉を続けた。
「最後の犠牲者でありながらも、身寄りを全て虚に喰われ記憶も喪失してしまった少年。それを預かったのが元二番隊副隊長だった衛宮切嗣っス。『刑軍』の中でも特殊な立ち位置に居た彼は、己の地位やコネを最大限に活用し、死神としての能力を失う代わりに少年を保護し育てる人生を得るっス」
そしてその少年は虚としての証である胸元の穴を隠し、霊術院の試験に挑んだ。
「これまでの様子から見るに、養父であり今はもう亡き切嗣氏の影響と、根底にあった『自分だけ生き残った』という罪悪感が死神を目指すきっかけになったとみていいっスね。しかし故切嗣氏と過ごした平穏な生活も忘れられず、内反する二つの意識が同時に存在することとなった。恐らくは戦いを望む人格が斬魄刀の正体を名乗った男。今のアナタが争いを見たくない、平穏な生活を過ごしたいと望む人格っス」
浦原の断言に、場はシンと冷えていった。
またしても中途半端に終わる内容。設定は綿密に考えましたがストーリーが思いつかない。残念な作者ですよホント。