Prologue
何もない空間。光と闇すら境界なく入り混じった空間。そんな空間に、2つの『意志』が存在した。
「ねえ、クロノス?」
「何だ? オリジン」
そのうちの1つ、『オリジン』と呼ばれた意志が、もう1つの意思、『クロノス』に話しかけた。いや、2つとも意志だけの存在なので実際に言葉を交わしたわけではないが、兎も角、意思の疎通を行った。
「やっぱり、僕は『彼ら』に罪滅ぼしをすべきだと思うんだ」
オリジンの話を聞いて、クロノスは「またか」と思った。もし実態があれば確実に溜め息を吐いただろう。
「その話はもう済んだはずだ。『奴ら』は我々との『賭け』に勝った。それで十分だろう」
「確かに『彼ら』は賭けに勝ったよ。けど、それとこれとは別だと思うんだ」
『奴ら』、『彼ら』とは、かつてオリジンとクロノスが、世界の命運を人間に任せるか否かを見極めるために、その血筋に宿命を背負わせた、『クルスニクの一族』の末裔達のことであった。クルスニクの一族は、その身に受けた『宿命』と『呪い』に、時に一族同士、血で血を洗いながらも、長い年月を経て打ち勝った。
「では、どうすると言うのだ? 既に『時間因子化(タイムファクター化)』してしまった者達はどうしようもないぞ? 彼らは魂の輪廻からも外れてしまったのだからな」
「そうだね。それに関しては流石にどうしようもないね。けど……『彼』なら間に合うと思うんだ」
『彼』それは、原初の三大精霊、その二柱の課した『審判』、そして一族の宿命に終止符を打った青年のことである。
「奴、か。だが奴も娘を助けるために時間因子化してしまったはずだが?」
「そうだね。けど、そうじゃないんだ」
「どういうことだ?」
クロノスはオリジンの言っている事が今一つかめなかった。確かに彼は、自分の相棒を助けるために自らの命を犠牲にし、時間因子化した。それはクロノスもオリジンも文字通り眼の前で見ていたのだ。オリジンが『まだ間に合う』と言い切れる訳がない。クロノスはそう確信していた。今の今までは……。
「彼は確かに時間因子化した。けど、同時に時間因子化『しなかった』」
「……どういうことだ?」
オリジンの語った矛盾じみた言葉に、クロノスは疑問と驚愕を込めて聞き返す。
「簡単に言うと、彼が時間因子化した後、いやその瞬間と言っていいかな。彼の意思と肉体、それから魂を分離して別の世界に送ったんだ」
「……は?」
思わず間抜けな声が出た、と表現すればよいのだろうか? クロノスはオリジンの言ったことが理解できなかった。いや、理解できるはずがない。時間因子化した人間の、意思・肉体・魂を同時に分離し、あまつさえ別の世界に送ることなど不可能である。例え、それが『分史世界』を消し去ることのできるオリジンだとしても。
「今『お前は何を言ってるんだ』って思ったでしょ?」
「当たり前だ。そんな事できるわけないだろう」
「そうだね。僕『だけ』じゃ無理だっただろうね」
あっさりと肯定するオリジン。だが、クロノスは彼の言葉を聞き逃さなかった。
「僕だけなら、だと? 協力者がいたとでも言うのか?」
「ご名答。流石はクロノスだね。まあ。『者』と言っていいのか分からないけど」
「それは言葉のあやだ。で、何なんだ、お前に手を貸した存在は」
「さあ?」
もし今クロノスに肉体があったとしたら、彼の顔は恐らく相当間抜けなものであろう。
「ふざけるな!」
クロノスが声(意志)を荒げる。それも当然。オリジンはたった今協力者がいると言ったが、本人はその協力者について何も知らないと言うのだ。怒りの一つも覚えないわけがない。
「まあまあ。そんなに怒らないでよ」
「これが怒らずにいられるか! 何なんだその適当さは! 仮にもお前は一人の存在を左右したんだぞ!」
「それを君が言う?」
元々審判はヒトが『黒匣(ジン)』により精霊を滅し、世界が破滅しかけた時にクロノスが仕掛けたものなのだ。そしてその審判は先に述べた様に、ある一族の、それこそ幾多の命の運命と存在を左右してきたのだ。そんな彼が、今更一人の存在について熱く怒ったところで説得力がない。
「……まあいい。で、何でお前はその協力者の事を知らないんだ?」
「正確には知らないんじゃなくて『掴めてない』んだよ」
「というと?」
「『彼女』……ああその協力者のことね。彼女については彼女が自分で話したこと以外は知らないんだよ」
「それはある程度知っていると同じではないのか?」
オリジンの台詞からすると、少なくとも最低限の情報は有している様に感じる。
「まあそうだよね。けど、僕が知っているのは彼女の名前と能力。彼女の居る世界。彼女がこちらに提示した条件。これだけなんだよ」
「名前、能力、世界、条件、か。では目的は何だ?」
「それが分からないんだ。こちらから聞いても『こっちの世界で必要なんです』って答えるだけでさ」
「何だか胡散臭いな。本当に大丈夫だったのか?」
目的も告げないで要求する場合は大抵碌な事ではない。これは人間、精霊問わず共通の認識の様だ。
「それに関しては大丈夫。僕も彼の存在が向こうに移ったのを感じたから」
「お前が言うならいいが。で、その協力者の名は?」
「それは――」
――とある森の中――
「お、『ウズマキフスベ』じゃないか! こりゃ珍しい」
鬱蒼と木々が生い茂る深い森の中。一人の少女が木の根元に生えていた、渦巻きがボール状になっている不思議な形をしたキノコを拾い上げていた。少女は茂みを掻き分けながら進んでいたのだろう、服や髪の彼方此方に枝や葉っぱが引っ付いていた。
「これで新しい魔法薬が……うん?」
キノコを手に提げていた籠に入れた少女が、木の影に倒れている人を見つけた。
「行き倒れか? それとも死体か?」
近づき、手に持っていた箒の先でその人(青年)の頭を突いてみる。
「……」
「お、生きてる」
声は出なかったが、少し身じろぎをした。取り敢えず生きてはいるようだ。
「しっかし、よりによってこんな所で行き倒れかよ。それに……里じゃあ見かけない格好だな」
改めて少女が彼の姿を観察する。その格好は、少なくとも少女の交友関係の中にはなかった。
「ま、いいか。取り敢えず運んでやるか」
少女は懐からロープを取り出すと、それを彼の両脇に通し、両端を結んで大きな輪を作る。
「よっと……結構重いな……」
そして自分もその輪の中に入ると、所謂『電車ごっこ』の要領で青年を引きずって行った。
――とある家――
少女が青年を運搬(?) し始めてから数十分。少女は一軒の洋館にたどり着いた。
「よう、アリス! 邪魔するぜ?」
「邪魔するんなら帰ってよ」
「まあ遠慮すんなって!」
アリスと呼ばれた少女の返しに、「あいよー」と返すわけでもなく、少女はズケズケと部屋の中に入っていく。勿論、青年を引きずったまま。
「何? マリサ、貴女また何か拾ってきたの?」
「相変わらず失礼な奴だな。人助けだよ。ひ・と・だ・す・け!」
「気絶した人を引きずって、何が人助け、よ」
ドヤ顔をひけらかしながら答えるマリサに、アリスは溜め息で返す。
「まあ細かい事は気にスンナ!」
「貴女は少しは気にしなさい。で、その人は誰? 見たことないけど」
「森の中で倒れてたから連れてきたんだ」
「答えになってないわよ。まあいいわ。取り敢えず、シャンハイ達に運ばせるから」
そう言って少女が指を繰ると、無数の人形達が青年の身体を抱え上げ、二階へと運んでいく。
「流っ石、アリス。話が早いぜ!」
「はいはい……じゃあ私はタオル準備するから、貴女は彼の事看ておいて」
「え~」
「嫌なら出て行ってちょうだい。勿論、彼を連れて」
「ちぇ。仕方ないな~」
口を尖らせながら二階に上がっていくマリサ。アリスはマリサが二階に上がったのを確認するとタオルと桶を用意するため洗面所に向かった。
――とある空間――
「……何なんだそのふざけた能力は? それに、そんな条件を出して一体何がしたいんだ?」
オリジンから協力者について説明を聞いたクロノスは、開口一番にそう言った。
「何でも、僕らの世界を見つけたのも彼女の能力のおかげらしいよ? 彼女曰く『暇つぶしをしていたら見つかった』だって」
「増々ふざけているな」
もしこの場にその協力者がいたら、クロノスは彼女を怒鳴りつけていただろう。意志だけの存在なはずなのに、そんな雰囲気が満ち溢れていた。
「それにさっきも言ったけど、彼女の目的は分からないよ」
「それは聞いた。だから余計に気になるのだ。ソイツがそんな『自分の世界を危機に貶めるような条件』を出した事に」
「だよね。いくら『自分の世界の為』とは言っても、あんな条件は想像できないよ」
彼女の出した条件は、オリジンらも理解できない程『あり得ない』ものだった。
「けど彼女は出した。だから彼女の世界の為にはなるんだろうね」
「……『存在を忘れられた存在が行き着く世界』、か。まあ奴が辿りつくには丁度良い世界だろう」
クロノスがポツリと呟く。彼の存在はまだ忘れられたわけでないが、此方では『ないもの』になってしまったのだ。忘れられた存在とある意味同義でもある。
「もう歯車は回りだしたのだな?」
「うん」
「そうか……」
オリジンはクロノスが瞑目した、様に感じた。
「では。奴の新たな人生が、幸多きものである事を祈るとしよう」
それはクロノスが見せた、人に対する数少ない『優しさ』であった。
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