第一話 新たなる目覚め
「……う~ん……」
爽やかな陽光……を浴びるには少し早い午前5時過ぎ。ベッドの上で青年が目を覚ました。年の頃は二十歳になったばかりだろうか。白髪の先端が黒く染まった珍しい髪形をしている。上半身を起こした為、ずれ落ちた布団の隙間から見える体躯は、歳の割によく鍛えられ、引き締まっている。彼は少し身体に違和感を感じたが、それは起きたばかりだからだろう、と簡単に納得した。
「……」
まだ寝ぼけていてぼやけている視界。目を凝らし、焦点を合わせていく。
「……ここは?」
次第に視界が回復し、自分の居る場所が把握できて来た。どうやらどこかの一室にいるようだ。視界の中に見える調度品は質素ながらも見たところ質は中々。ベッドに掛るシーツも清潔なものであった。
「俺は……っ!」
そこまできて、青年は自分の置かれた『異常さ』に気がつく。
「何故?」
ここは何処か? 自分は誰か? そんな単純な問いとは次元を隔する疑問が、彼の『何故』には込められていた。
「俺は、あの時――」
――コンコン――
「!!」
青年の思考は、突然訪れたノックの音によって中断された。
「入っていいかしら?」
扉の外から聞こえてきたのは女性の声。この部屋の主だろうか?
「ど、どう……ぞ?」
青年が返答した直後、一人の少女が入って来た。赤いカチューシャを付けた金髪のセミショートヘア。青い瞳。白磁の様な透き通る肌。白いケーブを肩にかけ、青いドレスを身に纏ったその姿は、まるでアンティークの人形を連想させる、そんな美少女だった。
「起きてたのね? 気分は如何?」
そう尋ねる少女の腕の中には、縁にタオルが掛けられた桶が収まっていた。桶からは湯gも窺える。どうやら新しいお湯とタオルを持ってきた様だ。
「君が助けてくれたのか?」
「いいえ。貴方を助けたのは私の知り合い。私は看病していただけよ」
青年は少女の問いに答えなかったが、少女は青年の問いに返答しながらベッドへと近づき、脇に置いてあった椅子に腰を掛けた。
「……ふむ。見た感じもう大丈夫みたいね」
「あ、ああ」
少女は青年の顔色から一人納得したようだ。
「自己紹介がまだだったわね。私はアリス。『アリス・マーガトロイド』よ」
「ルドガーだ。『ルドガー・ウィル・クルスニク』」
漸く、という程でもないが、ここで初めてお互いの名前を知ることとなった。
「ルドガー、ね。早速で悪いけどルドガー。貴方は森の中で気を失っていたらしいのだけど、その辺りの記憶はあるかしら?」
「いや……」
アリスの質問に首を横に振るルドガー。そんな彼に、アリスは「まあ当然よね」と言って頷く。
「じゃあ、貴方は何処から来たの?」
「……」
アリスのこの質問に、ルドガーは俯いて黙ってしまう。
「まさか……それも分からないの?」
「いや、そういう訳じゃないんだ……」
ルドガーはそうお茶を濁す。彼は分からないのではなく、どう答えて良いか見当がついていなかったのだ。
「ふむ……何か事情がありそうね」
「ああ。すまない」
ルドガーは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
「別に気にするような事ではないわ」
と、アリスはルドガーに頭を上げる様に言う。
「それじゃあ、逆に貴方から私に質問はあるかしら」
「ああ」
ルドガーは一呼吸置き、
「ここは、何処なんだ?」
と聞いた。
「まあ、そうなるわよね」
アリスもこの質問は予期していたようだ。
「一応聞くけど、『この家が誰のか?』って質問じゃないわよね?」
「勿論だ」
アリスの冗談に、ルドガーは真剣に返す。まあそこで『そうだ』と答えられても困るのだが。
「ここは『幻想郷』。結界によって護られた、『人と妖怪と神々の共存する理想郷』よ」
「幻想郷……」
聞きなれない地名に戸惑いを隠せないルドガー。それも当然、彼が今居るのは――
「貴方からしたら……所謂『異世界』よ」
「……」
アリスの言葉に、ルドガーは両の眼を限界まで見開く……ことはなかった。寧ろ、その表情は、何故かホッとしたかの様にも見える。
「……あまり驚かないのね?」
「まあ、何となく予想はしてたからな」
ルドガーは(自分の感覚で)少し前まで仲間と共に世界中を旅してきのだ。勿論、全ての土地を巡ったわけではないが、『幻想郷』という地名は聞いたことがない。と言うのも彼が驚かなかった理由の一つだが、本当の理由は別にある。
「(今は話す必要もないかな)」
彼は一先ず、本当の理由は告げないことにした。仮に告げたとして、それを信じてもらえるかも不明である。
「……まあいいわ。それじゃあ、私は下に降りるから。貴方も動く元気があればそれを着て降りてきなさい。勿論、もう一度寝てもいいわよ」
とアリスはベッドから少し離れた位置にあるテーブルを指した。テーブルの上には、綺麗に畳まれたルドガーの服が――
「っ!!」
それを見た瞬間、彼は起きた時から感じていた違和感に気がついた。そう彼は今『全裸』なのだ。
「(どおりで何だかスースーすると思った!)」
年下とは言え、女性の前で全裸でいるのだ。ルドガーはそれを意識してしまい、顔を耳まで真っ赤に染める。
「あら? 意外と初心なのね?」
「……そういうアリスは平気なのか?」
年下の女の子に『初心』と言われ、ルドガーの男としての自尊心が傷つく。しかしアリスは平然としたもので、
「ええ。私、『ただの人間』の裸には興味ないの」
と言い残すと、そのまま部屋を出て行った。
「…………」
残されたルドガーは、ただただ唖然としてアリスのドアを見つめるばかり。
「……はあ~!」
ルドガーは大きく息を吐くと、そのままベッドにドサッと背中から寝転んだ。まあ、あそこまでキッパリと『興味がない』とまで言われればそんなリアクションも取るだろう。
「そう言えば、『ただの人間』って言ってたな」
まるでアリスが『人間』でないような言い方。ルドガーはそれを疑問に思ったが、
「……取り敢えず寝よう」
疲労感と睡魔に抗えず、眼を閉じた。
――数時間後――
二度寝を始めて数時間後、眼を覚ましたルドガーは、取り敢えず着替えて下に降りることにした。理由は……
「(……腹減った)」
生理現象(空腹)だった。実際問題、一体全部でどれくらい寝ていたのか分からなった。身体の調子からそれ程長い期間ではなさそうだが、やはり何か食べないと次の行動が出来ない。それに、先程から鼻孔を擽る香しい香りに、逆らえる気がしなかった。
「アリス、何か作っている――」
「よう。漸く起きたか寝坊助」
階段を降りきったルドガーに、アリスではない少女が声を掛けた。ウェーブのかかった金髪ロングヘアを片方だけ三つ編みに纏め、白黒のエプロンドレスを来た少女だ。少女はテーブルに足を掛けた、何とも行儀の悪い格好で本を読みながらルドガーを迎えた。因みに少女はルドガーの視線に対して垂直方向に身体を向けているので、そのスカートの中身がルドガーに見える事はなかった。
「残念だったな。見えなくて」
悪戯っぽく笑う少女に、ルドガーは「何が残念なんだ」という意味を込めて溜め息で返した。
「んだよ。つれねえなー」
「魔理沙。ふざけないの」
少女、魔理沙がルドガーの反応がつまらなかったのか口を尖らせる。アリスはそんな魔理沙を姉か母親の様に窘めた。その手には湯気が漂う盆が一つ。
「はい。魔理沙の分。ルドガーも食べる?」
「ああ」
魔理沙の前に盆を置くとアリスがルドガーに尋ねる。元からそれを頼もうとしていたルドガーは直ぐにお願いした。
「んじゃ、自己紹介といこうか。私は魔理沙。『霧雨魔理沙』だ」
「ルドガー。ルドガー・ウィル・クルスニク」
「よろしくな!」
魔理沙は元気よく右手を差し出し、ルドガーはそれを取った。
「しっかし、意外と早く目が覚めたんだな」
「(さっき寝坊助って言ったじゃないか)」
ルドガーが魔理沙をジト目で睨むが、魔理沙はそんなものはお構いなしだ、と会話を続ける。
「私がお前を見つけてからまだ一晩しか経ってないのにな」
「え?」
ルドガーが驚きの声を上げる。
「何だ? アリスから聞いてなったのか?」
「あ、ああ……」
ルドガーは確かにアリスには聞いていない。彼がどの位寝ていたのかも、誰が彼を助けたのかも。
「まあ私もあと2日は目を覚まさないと思ってたからな~」
魔理沙はルドガーが驚いた理由を前者と判断し、そう続けた。
「それ、多分違うわよ」
と、アリスがルドガーの分の食事を運んできた。
「ありがとう」
ルドガーはお礼を言ってそれを受け取る。盆の上に載っていたのは、トマトスープにパンとシンプルなメニューだった。因みに魔理沙のには、ルドガーのメニューにポテトサラダ、チキンとキノコのバター炒めが追加されていた。
「少ないなあ。それで足りるのか?」
「貴方が見つけてから一晩しか経ってないわけで、実際は何日もいたかもいれないでしょ? 胃が弱っている可能性もあるからよ」
ルドガーのメニューを見て驚く魔理沙に、アリスは淡々と説明した。
「そうかあ? それなら森の動物に喰われててもおかしくないんだけどな~?」
魔理沙が物騒な事を言う。しかし、それはアリスも、ルドガー本人も口にしないだけで思っていたことではある。
「偶然でしょう」
「偶然ねえ」
魔理沙は疑うように言ったが、否定する材料もない、いやあるにはあるがそれを口にしたところで意味がないのでそれ以上は言わず、食事に取りかかる。ルドガーもそれに倣い、スープを一口飲んだ。
「……美味い」
「そう。それはってルドガー!?」
「お前何泣いてんだ!?」
自分の分を持ってきたアリスは、ルドガーの顔を見て驚いた。魔理沙も同じように驚愕する。
「っ!」
魔理沙の声に、ルドガーが自分の頬を触ると、確かに、ルドガーの頬を涙が流れていた。決して多くはないが、両目から一筋ずつ、計二筋の涙がしたたり落ちて、テーブルに丸い染みをつくっていた。これには、ルドガー本人も驚いた。
「アリスの飯が泣くほど美味かったのか?」
「そんなわけないでしょう。けど、一体どうしたの?」
「……俺にも分からない」
魔理沙の茶化しにアリスの疑問。その両方に対して、ルドガーはそう答えた。勿論、この答えは彼の真意ではない。彼は自分の涙の意味を理解している。しかし、まだ彼女らに話す事ではない。彼はそう判断した。
「ま、いっか。それより早く食べちまおうぜ」
「少しは気にしなさいよ」
「……ごめん」
「気にスンナって!」
「アンタは気にしなさいって言ったでしょ」
それからは暫く無言の食事が続き、スプーンとフォークが皿と擦れる音だけが響いていた。
「あ、そうそう」
食事も殆ど終えたころ、アリスがそう切り出した。
「『アレ』、ルドガーのでしょう?」
と言ってアリスが指し示す方には、双剣と戦槌が壁に立てかけてあり、その傍のサイドテーブルに双銃が置いてあった。
「ああ」
「ちょっと待て」
肯定するルドガーに、魔理沙が待ったをかける。
「私がお前を運んだ時、あんなの持ってなかったぞ?」
魔理沙がルドガーを運んできた時の事を思い出しながら言う。
「ええ。そうね」
アリスもそれは見ていたので、魔理沙の意見を否定することはない。
「じゃあどこにあったんだ?」
「出てきたのよ。『服の中』から」
「はあ!?」
魔理沙が信じられないとばかりに叫ぶ。
「そんな服の何処に隠してたんだよ!」
魔理沙の言う通り。その時のルドガーの服装は今と同じ、青いシャツに、黄色いネクタイ。黒のスラックスを少々形の変わったサスペンダーで留めたシンプルな格好。装飾品も腰につけた青い羽根飾りのみ。剣を仕舞う鞘も、銃を収めるホルダーもない。ましてや、戦鎚など隠せるわけがない。唯一の収納は、左足に付けている小型のポッシェットの様なモノだけ。武器を隠す余裕など見られない。
「けど本当よ。彼、夜中凄く魘されて、寝汗も酷かったし服も汚れていたから選択する為に服を脱がしたのだけど、その時に落ちてきたのよ」
「んなもの信じられるか!」
アリスの説明を聞いても否定する魔理沙。まあ、常識的に考えてそんな事はありえない。
「じゃあ仕舞ってみせろよ! 出てきたんなら出来るはずだ!」
「ルドガー?」
「……」
魔理沙の無茶振りに、アリスは「どうする?」と視線を向ける。ルドガーはヤレヤレとため息を吐き、立ち上がった。
「……」
武器の置いてある壁際に行くと、ルドガーはまず双剣を手に取った。動作を確認するように剣を軽く振り、その後背中に手を回すと……剣が消えた。
「……」
「……」
眼の前で起きた事に、魔理沙とアリスは反応が出来なかった。そんな彼女らを他所に、ルドガーは双銃を取る。そしてそのまま背中に回すと、また消えた。
「ぽ、ポケットに入れたんだろう? そうだろう!?」
自分でも苦しいのは分かっているが、魔理沙はそう思いたかった。思わずにはいられなかった。
「ふう」
そして最後、戦鎚にかかる。これは流石に重量があるのか、ルドガーは柄を両手でしっかり握ると、周りに当てないように注意しながらゆっくりと戦鎚を振るい、またしても背後に回し、消し――
「ちょっと待てーー!!」
流石に我慢できなくなり、魔理沙が雄叫びに似た叫びをあげる。
「何でそんなデカいのが一瞬で消えるんだよ! スキマか? お前の服はスキマか何かなのかコノヤロー!」
「魔理沙、静かにしなさい」
魔理沙を窘めるアリスだが、彼女も気持ちは魔理沙と同じだ。あんな芸当、スキマでないとありえない。
「それに、ルドガーのアレより『アッチ』の方が非常識でしょう?」
「……まあな。アレは存在自体が非常識だからな……」
「?」
ルドガーは魔理沙達が何を言っているのか分からなかったが、何となく話題が自分からそれた事は分かった。
「まあいいか。それよりアリス。ルドガーを連れて行くんだろう?」
「ええ。彼には悪いけど、これも一応『異変』だからね。行かないわけにはいかないわ」
「? 何処へ行くんだ?」
テーブルに戻り、二人に行先を尋ねる。アリスはその問いに溜め息を混ぜながら答えた。
「『博麗神社』よ」
「まあ行けば分かるぜ♪」
アリスとは対照的に楽しげに言う魔理沙を見て、ルドガーは自らの行く末に不安しか感じなかった。
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