《あと 7日》
え…………?
☆ ☆ ☆
最近、放課後にせんぱいと過ごす時間が増えている。いや、増やしている。私から強引に誘っているのだからこっちの言い方が妥当だろう。せんぱいも乗り気ではなさそうだけど、なんだかんだ言いながら付き合ってくれる。そんなせんぱいが気になってはいるけど、それを認めたくないんだよね。なんというか今まであんな男性は避けてきたというか、近寄ってこなかったから自分中のいろはが認めてくれないというか。
けれど、「あんな男性」と言ってもそれは傍から見た姿と様子の話であって、中身は全然違う。いつも面倒くさがりなのに、気がつけば私のことを見てくれている。そんな分かりにくい優しさが良いと思ってしまう。
心では思っているけど、口には出せないのが乙女の心情。だからせんぱいについて聞かれても私はこんな風に言ってしまうだろう。「私ちょっとオタクとか無理なんで…」と。だから今のところは、あのせんぱいは便利な先輩という立ち位置で収めておこう、うん。
「寝る前は変なことばっかり考えちゃうなあ……切り替えて早く寝ちゃおう」
私は部屋の天井を見つめながら、布団を鼻近くまで深く被り、静かに意識を沈めていった。
☆ ☆ ☆
私はニュースの声を聞き流しながら、朝ごはんを食べている。お母さんの作ってくれたトーストと目玉焼きはおいしい。ほぼ毎日食べているのに飽きない。
ふと目をテレビの方に向けると、朝の占いで1位と書いてある。もう占いなど心から信じることが出来るような純情な年齢ではないけど、それでもちょっぴり嬉しい、気持ちのいい朝。今日は早めに家を出よう。
学校には早めに到着したけど平塚先生に見つかってしまい、簡単な生徒会の仕事を頼まれてしまった。
頼まれた物品を1人でせっせと運んでいる。私はなんて立派な生徒会長なんだろう。
そんな雑多なことを考えていると、猫背とアホ毛が特徴的なせんぱいを見つけた。
《あと 25489日》
相変わらず暗い空気を纏ってるなあ。あんな感じの雰囲気だとすぐ幸せが逃げていきそう。
声をかけるだけだと無視されるのは何度も経験済。だからちゃんとせんぱいの横に立って肩を優しく叩くのが大事。ここ、八幡検定2級に出ますよ。
「せんぱい、おはようございます♪」
「……お、おう、なんだ一色か…朝から生徒会の仕事か?」
「そうですよー。今やってるのはもうすぐ終わりますけど、放課後も仕事があるんですよ〜?もちろん手伝ってくれますよね?」
「まあ、なんだ、どうせ俺には拒否権がないんだろ?だから手伝うも何も無いが。奉仕部でも俺は備品らしいしな」
「なんか妙に素直ですねー。はっ!急に素直になって私へのアピールですか。恋の駆け引きになるとか考えてるんですか。捻デレからツンデレに路線変更ですか。せんぱいがツンデレしても正直キモいし、いつものせんぱいと違うのでごめんなさい」
「お願いを了承しただけで振られるのかよ…」
「まあとにかく、放課後に生徒会室へ来てくださいねー♪それでは〜」
今日の楽しみがまた1つ増えました♪
☆ ☆ ☆
────だから、やっぱりお給料は高い方が安心じゃないですかー」
「いやまあ、確かにそうかもしれんけど、一色の場合金目当てが見え見えなんだよな」
「いやだなぁ、そんなの本人の前では見せるわけないじゃないですかー。そんな態度見せたら好感度が下がりますし」
「一色さん、なんて恐ろしい子…てか、一色は仕事やらなくていいのか。また平塚先生に怒られるぞ」
「大丈夫です、今せんぱいのしてる書類で今日の分は終わりですっ、お手伝いありがとうございます♪それが終わったら紅茶を頂きに奉仕部の部室に行きましょう♪」
「マジかよ、そんなに仕事多くないじゃねえか……まあいいけど」
「分かってますよ〜。」
そこまで大量の仕事があったわけではないので、せんぱいが来る前に半分以上終わらせちゃったわけですが。いろはちゃんはデキる子。
「それじゃあ、今日の分は終わったので奉仕部へレッツゴー!」
「おう」
「せんぱいは相変わらずテンション低いですねー、まあいいですけど、行きましょう」
私達は、生徒会室の鍵を閉めて奉仕部の部室へ向かいます。
「やっぱり冬の廊下は冷えますね〜」
両手にほうっと白い息をあててみるけど、数秒後にはまた寒くなってしまう。
「確かにそうだな、俺はカイロあるから少し寒さが和らぐが」
「私もカイロ持ってはいるんですけど、放課後になったら発熱効果無くなりませんか?」
「俺は、それを見越して未開封のカイロをカバンに入れてるぞ。……ほれ」
せんぱいが謎のドヤ顔をしながらカイロを投げ渡してきた。
「おっとととっ、危ないですよせんぱい。もっと優しく渡してくださいよ」
「俺がそんな優しいイケメン見たいな真似できるかよ…」
「はぁ〜」
思わずため息をついてしまう。やっぱりせんぱいはせんぱいですね…。奉仕部部室も近づいてきましたし、切り替えましょう。元気よく挨拶をしなければ。
「やっはろーです〜失礼します〜」
「うーっす」
「やっはろー!いろはちゃん!と、ヒッキー!」
「こんにちは、一色さん」
《あと 23963日》
《あと 26124日》
お二人は綺麗な笑顔で挨拶を返してくれた。相変わらず席も距離も近い。せんぱいは、いつもどおり「おう」とだけ言って私の後ろをついて入ってきた。
「一色さん、後ろにストーカーがいるわよ、今すぐ通報しましょう」
「おい」
「あら、ごめんなさいひっつき企谷君。あまりに目が腐っていたものだから一色さんを狙っている不審者と勘違いしてしまったわ」
「相変わらずひでえな雪ノ下。ここまで安定して毎日のように罵倒を聞いてると逆に安心するレベル」
「ええ、こんなことを言えるのは比企谷君にだけだもの」
むむっ。
「むぅー」
私は眉の変化だけに留められたけど、結衣先輩は思いっきり口に出しちゃっている。
「紅茶を出すわね。2人は少し待ってて頂戴」
そう言って紅茶を入れ始めた雪ノ下先輩。雪ノ下先輩が入れてくれた紅茶を頂きながら、しばらく結衣先輩と最近の映画は何を見たとか、化粧品は何を使ってるとか色々な話をしていた。すると、せんぱいが「教室に忘れ物をした」と言って立ち上がった。
「ちょっくら取ってくるわ」
「あ、せんぱい!ついでに生徒会室の鍵を返してきて貰えませんか?」
「一色さん、あなた生徒会長になったんだかr」
「まあまあ、雪ノ下、俺がついでに行った方が早いんだし、今回は俺が行ってくるから」
「まあ、そうね…」
「一色、次はちゃんと自分で直しに行くんだぞ」
私は少し真面目に返事をして、せんぱいを見送る。せんぱいが部室を出て行ってからしばらくして、結衣先輩が口を開いた。
「いろはちゃんは、さ、ヒッキーのことが、好き、なの?」
急に聞かれて心臓が飛び跳ねるかと思ったけど表情には出さずに済んだ。数秒の沈黙の後、私は嘘をつく。
「いやいや、私オタクとか無理なんで」
「そ、そっか〜。だ、だよね!」
「……一色さん。流石に嘘が過ぎるんじゃないかしら。最近毎日仕事を手伝ってもらうと言う口実で一緒に居るようだし。さらにあなたさっき部室に入ってきた時、私と比企谷君のやり取りを聞いて眉が動いてたわ。」
流石の雪ノ下先輩。表情の変化を見られていたらしい。さらに雪ノ下先輩は言葉を続ける。
「……それに、もう私達はそんな嘘をつく関係ではないはずでしょう?」
……ここまで言われてしまったらもう降参だ。今まで自分を欺いてきたこの気持ちを認めざるを得ない。さよなら、心の中のいろはちゃん。私は俯きながら自分の罪状を吐露するかのように呟く。
「私は、せんぱいのことが、好き、なんだと思います。…いや、……好き、です」
「そう……」
「そっか……」
無言の空気が辛い。
「「……」」
沈黙に耐えかねて顔を上げると、2人の先輩は笑顔でこちらを見ていた。結衣先輩の方のを向くと、目が合う。元気な声でこう言われた。
「いろはちゃん、勝負だね!」
雪ノ下先輩の方を向くと、こちらも目が合う。いつもの凛とした声とはひと味違う力強い声でこう言われた。
「私は負ける気は無いわ」
さらに今度は先輩2人で視線を交差させている。2人が正々堂々と勝負と仰ってくれるのは嬉しい。けれど、お2人より人生経験が少ない私はこうも思うのだ。
「私は、せんぱいとは知り合ってまだ間もないです。せんぱいとの思い出も生徒会選挙とクリスマスイベントぐらいしかないですし、今までせんぱいと一緒に過ごしてきたお2人には敵わないと……」
2人がこちらを向き、私の言葉を遮ってピシャリと言う。
「一色さん。さっきも言ったはずでしょう。もう私達はそんな関係じゃないって」
「いろはちゃん、思い出も時間も関係ないよ。大事なのは自分の気持ちだけだよ」
私は全身が生まれ変わったような衝撃を受けた。
そのとき急に響く、戸の開く音
「うーっす、少し遅くなった」
「ヒ、ヒッキーなにしてたの?」
せんぱいは結衣先輩の質問に返答することなく、こちらを見て目を見開きながら手に持っていた黄色い缶を床に落とした。その衝撃音で我に返ったのか、結衣先輩へ返答している。
「い、いや、まあ、鍵を返した帰りにマッ缶が飲みたくなってな。俺としたことが愛してるマッ缶を床に落とすとは……」
「あら比企谷君、私の紅茶では満足できなかったのかしら。あと比企谷君、見るだけでも痴漢に問われることがあるのよ。心に決めておく事ね」
「……雪ノ下はなんでそこまで俺を犯罪者にしたがるんだ?」
「……比企谷君、なんだか様子が変ね。何かあったのかしら?」
「いや、何も無い。マッ缶欲が高まっているだけだぞ」
「その甘ったるい飲料を飲んで気持ち悪くならないのかしら」
結衣先輩は心配そうな目でせんぱいを見つめている。
「ヒッキー大丈夫?」
「おう、大丈夫だぞ。大丈夫過ぎて早く帰りたいまである」
「そうね、比企谷君もこう言うことだし、そろそろ部活は終わりにしようかしら」
「そうだねー」
「おう」
私はせんぱいのことが好きだと認めてしまった。このことを頭でぐるぐる回しながら帰り支度を済ませた。帰りもせんぱいに元気な姿を見せなければ。緊張している。上手く笑顔になれるだろうか。
「じゃあ、先輩方、また明日です〜」
「ばいばい!いろはちゃーん!」
「また明日」
「おう」
赤い日が廊下の窓から差し込む中、帰路を行く奉仕部の先輩方。ゆりゆりしているお2人の少し後ろをせんぱいが1人でついて行っている。せんぱいは、マッ缶を煽って飲み干した。そのとき、せんぱいの頭上の数字が変わる。
《あと 7日》
え…………?
と、言うわけで、なぜか他人の寿命が見えちゃういろはちゃんでした。
どこかにありそうな設定ですね。