八雲紫のおっぱいを揉ませてもらうために土下座する話 作:織葉 黎旺
「お願いします!」
膝を折り、地に頭を擦り付けるようにして腰を落とす。それは俗に言う土下座の体勢だった。それを見て、向かい合っている女性は、嘆息する。
「頭を上げてくださいな」
知的で品のある綺麗な声。しかし、俺は顔を上げない。
「いいえ、俺は頼み事をしてるんです。物を頼む立場として、この姿勢を崩すことは出来ないです」
「大の大人が往来で、衆前に痴態を晒しながら何を頼むというの?」
そう、ここは往来であった。正確に言えば人里のお団子屋の表の食事スペース。そこの赤い椅子に座る彼女――八雲紫に向かって、俺は土下座していた。
「貴方にしか頼めないことなんです」
「……ええ、まあ友人の頼みですし、私に出来る範囲であれば無碍にはしませんわ」
俺の真剣な様子に押されたのか、紫はゆっくり頷いた。
「ありがとう」
「!? え、ええ」
感謝の気持ちを込めて飛び着き、手を握ると、突然の行動に驚いたのか、聡明な紫にしては珍しく動揺しているようだった。寒いからか、頬が赤みを帯びて見える。
「まだ力になれるか分からないのだから、お礼を言われても困るわ」
「あ、そうですよね。早とちりしちゃってすいません」
「……で、頼みごとって何かしら?」
「はい。おっぱいを揉ませてほしいんです」
ドゴォッ、という盛大な音が頭上に響いた。頭上というか頭中までゴンゴングワングワンと響いてきた。グラグラする視界の中で周りを見ると、ヒビの入ったお地蔵さんが倒れていた。
「いったあ……なんて罰当たりなことを……」
「ごめんなさいね、私としたことが手を滑らせてしまったわ。ついでに頼み事も聞き逃してしまったみたいだから、もう一度言ってくださる?」
「年ですか?」
サッ、と横に回避。元いた場所に今度は要石が降ってきた。危ない危ない。素早く姿勢を正して(土下座に直って)元気よく言った。
「お願いします! おっぱいを揉ませてください!!」
言い終わるが刹那、俺の体は宙に吹き飛ばされた。見ると、スキマから飛び出した古びた列車が俺の体に直撃しているのだった。殺意が見えるな、と思いながら衝撃をいなし、一回転して着地する。
「いきなり何するんですかあ!」
「それは私の台詞よ!」
「まだ何もしてませんよっ!」
「これからしようとしてるでしょう!?」
「え、させてもらえるんですか!?」
バチン、といい音が響いた。ビンタだった。すごく痛かった。紫の顔は、恐らく俺の今の頬と同じくらい赤かった。
「そ、そもそも何でいきなりそんなこと……」
紫は未だかつて見たことがないほど動揺している様子だった。俺は真っ直ぐ紫を見て叫ぶ。
「好きだからです!」
「ええっ!?」
「おっぱいが!!」
ドゴォッ、とほっぺたに拳がめり込んで殴り飛ばされる。それは少女にあるまじき力であり、大妖怪の風格を感じさせる力量だった。ただ、様子が様子なので威厳みたいなものは全くなかった。紫は、こちらを睨みながら言う。
「そんなに好きなら彼女にでも頼みなさい……!」
「嫌です、俺は紫ちゃんのおっぱいだから触りたいんだ、揉みたいんだ、あれこれしたいんだ!! そもそも彼女いないし!!」
「……ッ!」
足元に浮遊感。スキマが開いたらしい。無抵抗のまま落下すると、畳の上に出た。もしやここは八雲家だろうか。
「ということは、その気になってくれたんですね!」
「違うわよ、道端であんな話をして辱められたくなかっただけ!」
「なあんだ」
「露骨に嫌そうな顔しないで頂戴、それ私がしたい顔だから」
「違います、これは抑えきれない悲しみに嫌気が差して呆れた顔です」
「ほとんど同じじゃない」
紫さんは呆れ顔だった。俺と同じですね、と言いたかったが怒られそうなのでやめた。
「そもそも、その……そういうのは、親しい男女が時間をかけてゆっくりと踏み切っていく行為だと思うのだけれど……」
「俺たちももう、十分親しい間柄じゃないですか!」
「男女の仲ではないじゃない」
「わかりました。じゃあ男女の仲になりましょう! 付き合ってください!!」
「下心が見え見えなのでお断りしますわ」
「下心のない告白なんてこの世の中には存在しないんですよ。告白する男はみんなおっぱいのことだけ考えてます」
「今の私は貴方との友人関係をどう解消するかだけ考えているわ」
「なるほど、解消して恋人に……イエ、ナンデモナイデス」
ジトーッ、とした目で睨んでくる彼女を見て、失敗だったかなあと内心で頭を抱える。いきなり付き合って、と頼むのはハードルが高いから、おっぱいから入れば敷居が下がっていけるかなと思ったのだけれど。むしろ嫌われてしまったかもしれない、やってしまったなあ、と頭をポリポリ掻いた。
「紫さん」
「何よ」
「これからも――友達でいてくれます?」
紫さんはきょとん、とした顔をした。今日はこの人の珍しい表情をたくさん見られている。
「さあ、私にはわかりませんわ」
いつものような胡散臭い感じではなく、ぶっきらぼうで冷たい感じに彼女は言った。
「だって――関係の境界なんて、誰にもどうなるかわからないもの」
進むにせよ、戻るにせよ――――
「――え、つまり期待していいってことですか? ですよね?」
「ご想像にお任せしますわ」
照れてるのか何なのか、紫は扇子で口元を隠した。無論俺は、前者だと解釈する。
「よーし、散歩にでも行きますか!」
「あら、浪漫のないデートプランですこと」
「紫さんと行くのなら、何処だって最高のデートスポットですよ」
キザすぎるわね、と紫は笑った。その笑みはやけに胡散臭くて、とても美しいのだった。