八雲紫のおっぱいを揉ませてもらうために土下座する話 作:織葉 黎旺
「もし、そこのお姉さん」
「はい?」
夏でも雨でもないのに日傘を刺した金髪の女は、問いかけに振り返る。濡れた瞳の見返り美人である。
「何か御用かしら?」
「うん、まあちょっと」
煮え切らない態度に彼女は眉を顰める。「いつもみたいにくだらないことなら行くわよ」というので、ちょっと待てと呼び止める。
「アンタ、最近悪いことあったでしょう」
「ついさっきからその通りね」
「……あー、それはよくない兆候だ。よし、俺が占ってしんぜよう!」
「いえ、結構よ」
「そこをなんとか!!!」
平然と俺を置いていきかけた紫の手を握り、必死に引き止める。訝しげな瞳の紫は立ち止まって、「まあ話くらいは聞いてあげますわ」と言った。小さなテーブルの置かれた、近くの椅子に促し、向かい合う形で座る。
「ずっと黙ってたけど俺、手相見れるんですよ」
「妖怪だから、手相とかあんまり関係ないわよ?」
「ある!! 気分とか変わるでしょ!!! 気持ちよくしてあげるから!!!!」
「適当言う気満々じゃない」
バレてしまった。だがここまできたら押し通すしかない。
「まあまあ、お団子あげますから」
「その程度で
なんて嘆息しつつも彼女は、三色団子を串から外し、どこからか取りだしたお箸でもきゅもきゅと食べ始めた。一個ください、と言ったら微妙な顔をされた。
「さて、それじゃあ手袋を外してください」
「ええ──いえ、ちょっと待って」
手袋に手をかけた紫は、動きを止めた。焦りを悟られないように、どうしました、と落ち着いて言う。
「何か企んでいるでしょう?」
「何のことでしょう」
「手を握る……いいえ、違うわね。これまでの傾向を見るに、手袋そのものが目的……?」
まずい。北極星が北斗七星に飲まれるまでの時間すら瞬時に導き出すという賢者の頭脳が、この状況そのものを疑い始めている。顎に添えられた手を、ガシッと掴む。
「紫さん! 信じてください!」
「きゃあっ!」
悲鳴をあげながら普通に振り払われた。俺の心がショックで沈んでいく。絹のような滑らかな感触だけが手に残って──残────
「残っとるやん!!」
そう。俺の手の中には、彼女の手袋が残っていた。どうやら振り払われた勢いで抜けてしまったらしい。危うくノリツッコミしながら地面に叩きつけるところだった。
「うおおおおおおおお!!!!!」
「!?!?!?」
手袋を広げ、顔へと近づけて大きく呼吸する。洗剤と香水と少しの汗が混じって、熟れすぎた果実みたいな香りがする。もう一度吸おうとしたら、手袋ごと顔が陥没した。第三宇宙速度で後方へ吹き飛ぶ。水切りの要領で身体が跳ねる。
「痛あ、何するんですかあ!!!!」
「最低」
柔らかくて華奢なお手手の割に拳は重かったなとか、手袋がなかったから直に触れたなとか、そんな思考を吹き飛ばす軽蔑の視線がこちらを突き刺す。多分このままだったら、『惨たらしく残酷にこの大地から去ね!』とか言われる。それどころか無言で消される可能性すらある。妖怪の賢者はそれだけの力を持っているのである。が、俺は力には屈しない。
「紫さん」
「なんでしょう」
「ご馳走様でした」
「それはそれは、本当にお粗末さまでした」
倒れ込む俺に近づいてきた彼女は、ゆっくりと俺に馬乗りになる。不覚にもドキドキする。優しく手を握った後、大将首を獲った武士よろしく、勢いよく天に掲げられた。ゴキリと肩が外れる音がした。
「いたたたたた!!! まってまって、人体はそんな風には曲がらないから!!!! 俺の手は飴細工とかじゃないから!!!!!」
「私も手相、見れるのよ」
俺の悲鳴は無視して、彼女は淡々と話す。スキマから妙に持ち手が細い虫眼鏡を取り出して、難しそうな顔で俺の手を見る。
「ふむ……これはよろしくないわね」
「な、なにが、でしょうか」
「死相が出ていますわ」
死相。死にそう。殺されそう。
「でも大丈夫、手相なんて簡単に変えられます」
「えっ」
手のひらに何かが刺さった。差し跡は熱を帯びて、たらりと血潮を漏らす。赤くなった虫眼鏡の柄を、紫がちろりと舐めた。
「抗えぬ運命なら、書き換えればいいだけのことですわ」
一点の曇りもない、妖怪じみた静かな微笑。生命線を伸ばしてもらえればいいなあ、なんて思った。
「今際の際に、一つだけお願いがあります」
「何かしら」
「俺が死んだら、面布の代わりに手袋でお願いしていいですか?」
顔面を勢いよく手袋が直撃した。