八雲紫のおっぱいを揉ませてもらうために土下座する話 作:織葉 黎旺
「暇ですか?」
「それなりには」
縁側で彼女が、お団子と満月を見比べている。俺に割く程度の時間はあるらしいので、とりあえず隣に座る。月が綺麗ですねとは言わない。
「ならお願いがあります」
「変なのだったら折るわよ?」
「話の腰を?」
「首を」
なるほど。手首か乳首だったらいいなと甘い希望を抱いておくことにする。まあ今回はそんな事態にはならないと思うが。
「本当に些細なお願いなんで、流石に大丈夫だと思います」
「前科があるから信用できませんが、いいでしょう」
「お願いします! これ、持ってみてください!」
「これは──キセルね」
──
「貴方喫煙者だったかしら?」
「いや? 喘息持ちだから絶対吸えない」
「どうして持っていたのよ」
「そりゃあ紫さんに持ってもらいたかったからさ、買ったんだよ」
現代でメジャーではないということは、つまり幻想郷にはそこそこ流入してきているということの裏返しであり、入手も容易で価格もまあまあだった。ちなみに、人里ではむしろ紙巻き煙草の方が少ないとか。
買ったという言葉を受けて、紫の表情は何だか引き気味のそれに変わっていた。
「え、ちょっと待って。俺今回そんなやばいお願いしてないですよね? 軽く煙管持ってみてくれってお願いしてるだけですよね?」
「吸いもせずに小道具としての為だけに買うのは、中々に
中々の言われようである。日頃積み重ねた信頼度が垣間見える。
まあ、コレクション的な意味合いで一本くらい欲しかったので、ある種ちょうどいい機会でもあった。
「いいでしょう」
と紫が頷いた時、持っていたはずの煙管は既に彼女の手の中で弄ばれており、いつも通りの胡散臭い笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます! んじゃ、月をバックにそれっぽいポーズをお願いします」
「だいぶ雑な要求ね」
そう言いつつも紫は、どこか慣れた手つきで右手に煙管を持ち、吹かした後とも吹かす前とも取れるような位置取りで、こちらを見つめた。うん、やはり煙管には導師服の方が合う。香霖堂で買ったインスタントカメラを取り出して、とりあえず一枚パシャリ。
「……なんか違う」
満月、ススキ、美女、煙管。要素は強いのだが、何かアクセントが足りない。むう、と煙管と睨めっこして、欲しかったモノに気づいた。
「あー、煙だ! やっぱ煙管からは紫煙が昇ってなきゃ!」
こんなこともあろうかと一応抱き合わせで買っていた刻み煙草を火皿に突っ込む。マッチを擦って点火して、軽く吹かしてみて思いっきり咳き込んだ。
「何をやっているのよ」
「ゴホッゴホッ! いや、こうしないとちゃんと煙出ないじゃないですか!」
眉を顰めつつも、困ったように微笑んでいる彼女が綺麗だったので、とりあえず一枚撮った。シャッターチャンスは逃さないのが敏腕カメラマンなのだ。
「さ、じゃあこれ持ってポージングしてください。ミロのヴィーナスもかくやって感じのやつを」
「それ、キセル持てないけどいいのかしら?」
少しだけ前掲姿勢になって、紫は片手を顎に軽く当てる。思慮を深めるような難しい表情から察するに、恐らく彫刻繋がりの『考える人』だろう。そのまますぎると流石にキツイからか、結構浅めの体勢ではあるが。
「あーいい! すっごくいいっすよ!」
褒めながら一枚撮ると、紫はどうだと言わんばかりに不敵に笑って、煙管を顔に寄せた。ほんのりと煙草の香りがしたが、普段嗅ぐような鼻に残るようなイヤな匂いではなくて、少し爽やかで芳しい感じがした。
「あら、煙が」
時間が経って煙草の燃焼が落ち着いてきてしまったためか、煙が弱まっていた。彼女は唇を吸い口につけ、深く息を吸い、艶やかに多量の紫煙を吐いた。
「…………ち………………」
「?」
「ちが────────う──────ー!!!」
俺の叫び声が月夜に響く。心底うんざりした顔の紫が、何が違うのよと本当は聞きたくなさそうに聞いた。
「煙管は持ってるからいいんです! 吸っちゃったらもうそれはただのヤニカスじゃないですかぁ!!」
「でも吸わなきゃ煙が立たないじゃない」
「いいんですよ、それは俺がやるんで!」
「……喘息持ちの貴方に、負担をかけさせないようにという判断だったのだけれど──いけなかったかしら」
瞳を濡らし、しゅんとしおらしい様子でこちらを見つめる紫。俺を気遣っていたなんて、そう言われてしまうともう、「ごめん」と謝る他ない。
「ふっ、わかればいいのよ」
そう言いつつ彼女はもう一服。してやったりというニヤケ顔を見るに、さては謀ったな。
「卑怯っすよ、それは。心配してくれたのかと思って不覚にも喜んじゃったじゃないですか」
「心配していたのは本当ですわ。誤魔化す口実にさせてもらっただけで」
「吸いたかったんすね!」
「いえ、まあそれほどは」
酒は好めど、煙にはあまり愛着が芽生えなかったらしい。俺が似合う似合うと褒めそやしたものだから、少しばかり興味を持たせてしまったのだろうか。
「……それにしたって様になりすぎだぜ」
「貴方だって、あと数百年すれば煙の似合う男になりますわ」
「それもう死んでるじゃないですか。燻らすのは煙管ってより火葬の煙ですよもう」
「骨は拾ってあげるわ、つまみ食いしちゃうかもしれないけれど」
「煮ても焼いても食えないもんでね、お腹壊しちゃうかもしれないですけど」
そのときは。
「しょっぱい水で味付けて、よく噛み締めてくだせえや」
「気取りすぎね」
彼女がもう一度だけ、深く息を吸った。煙がもくもくと、満月を内包した星空へと昇っていった。