八雲紫のおっぱいを揉ませてもらうために土下座する話 作:織葉 黎旺
「お久しぶりです、紫さん」
「ええ、お久しぶり。しばらく見なかったから、どこかの妖怪に食べられちゃったのかと思っていたわ」
「いやあ、俺は紫さん以外には食べられませんよ」
「お腹を壊しそうだから遠慮しておきたいわね」
「あ! 人を毒物みたいに言って!」
久々にやってきたマヨヒガの縁側で、スキマから顔を出した紫とそんなくだらない話で談笑する。
彼女はここに住んでいる訳ではないのだが、俺がここに来ると
いや、本音を言えば毎日会いに来たいが。
「そうだ。これ、お土産です」
「あら、珍しい。明日は雪かしら」
「もう春ですよ」
だからこんなにポカポカだし、だから久しぶりなのだ。毎度の事とはいえ、彼女が冬眠している冬の期間は寂しくて堪らなかった。来年こそは一緒に冬眠させてほしい。
「人里で有名なお菓子屋さんのお煎餅でございます」
「いいセンスじゃない」
素直に褒めてくれた辺り、ちゃんと彼女のお眼鏡に叶ったらしい。ラッキー、それなら
「ささ、早速お召し上がりください。いまお茶も淹れてきますからね」
「気が利くわね」
心なしか上機嫌の紫を見て、本日の勝利を確信する。
井戸水を汲み、古びた
そこそこいい茶葉を用意して、鼻歌を歌うこと数分。お茶完成。熱々の湯呑みを手に縁側へ向かう。紫は、割れた煎餅を片手に俺を待っていた。
「ありがとう。丁度いいタイミングだわ」
「あー! なんで先に食べちゃったんですか!」
「貴方が早速お召し上がりください、って言ったんじゃない」
そういえばそうだった。俺、痛恨のミスである。貴重な一口目を聞き逃すとは。
まあいいですけど、と言って、湯気がもうもうと立つお茶を啜りながら、彼女の手元を見る。煎餅は口元に徐々に近づいていき、そして──パリッと小気味のいい破壊音を響かせる前に、止まった。
「え? た、食べないんですか?」
「それはこちらの台詞よ。持ってきた割に食べないのね」
「先にお茶が飲みたくて……」
「いつもは猫舌だからと茶請けを先に食べるでしょう?」
「たまにはそういう気分の時もあります」
「その割に羨ましそうに──いいえ、違うわね。羨望というより期待、私に煎餅を食べさせることが目的……?」
まずい。紫のスパコン並の頭脳が、俺の浅はかな考えを見透かそうとしている。
「何か入れるならお茶の方でしょうから、お煎餅である可能性が高いわね。でもこれは個包装だし、特に細工がされていた形跡もなかった……」
「そ、そんなに疑います!?」
「何より、貴方の態度がどことなく変だったもの。そう──いつも何か、変な
「!」
「そう考えると、私に何かをさせることが狙い──お煎餅を食べさせること? いいえ、少し違うわね。私が一口食べる瞬間に居合わせたかったということは、
「……はぁ」
思わず溜息を吐く。とんだ
「流石ですね、すべて正解です。俺は今日、紫さんにASMRしてもらうためにお煎餅を買ってきました」
「……?」
紫は眉をへの字にして、小首を傾げた。
「何の略語かしら?」
「 の略です」
「成程、聴覚や視覚への刺激によって快感反応を得るということね。言い方が癪だけれど」
「そこがいいじゃないですか」
概要は理解して貰えたらしいが、感覚まで理解してもらっているかは怪しい。あくまで彼女は妖怪であり、いくら共に同じ物を味わい、喋ろうが、感覚のすべてが同じ訳ではないのだから。
「言いたいことは分かるわ。お煎餅を噛んだ時の、パリッと小気味のいい破砕音──アレを聞きたいってことよね?」
「その通りです!」
「まあ、その程度であれば構わないでしょう」
「やたっ!」
初めてまともに要求が通った気がする。ガッツポーズと共に「いつでもどうぞ!」とその時を待つ。
「じゃあ、いただきます」
「はいっ!」
紫の華奢な手が煎餅に伸び、そして口へと向かう。西日がキラキラと照らす彼女の姿を目に焼き付け、訪れるその瞬間を──その快音を待つ。
──バリッ、ガリッ、ボリッ。
「あ〜〜〜たまらん」
「その情けない顔で此方を見ないでもらえるかしら?」
「もうその冷たい囁きすら気持ちいいですからね」
一個刺激がやってくると、もう脳全体がそのモードになる身体になってしまったのだ。しかし一つの刺激程度で満足する俺ではない。
「あ、もーちょい音立て気味でお願いしていいですか? 時々お茶啜るのも挟む感じで。飲み切ったあとは湯呑みをタッピングしてほしいんですが──」
「良い音が欲しいなら、丁度よく砕けそうな骨が二百六個もあるじゃない?」
「いやっ、たぶん音より先に声が出ちゃうかも……ッ!」
「いいじゃない。良い声で鳴くのよ?」
「ちょっ、人体はそっちには曲がら……ああああああ!?!?!?」
この日以来、俺はASMRを見る頻度を減らした。