「え、宇宙人?」
「ああ。夢の中でジョー=エルと名乗ってた声が、そう言ってた。しかも僕はそいつの息子らしくて、クリプトンっていう故郷の星から宇宙船でやって来たみたいなんだ。両親からも同じ様に言われたし、まず間違いないと思う」
現在、僕とはなは学校へ向かう途中、お互い偶然にもはぐたんの様子を伺う為にハリーハウスへ足を運んでいた。まあ、実際は単に癒される事が目的な訳だけども。
その時ふと、この間の不思議な夢や両親とのやり取りで新たに判明した事を話しておく良い機会だと思い立ち、僕自身について知りうる限りの情報を出来るだけ分かりやすく説明することにしたのだ。
聞き手に回っている彼女は、いかにも興味ありげな目で僕の身の上話に相槌を打ってくれるので、こちらもあまり気負いや躊躇いを感じること無く打ち明ける事が出来た。
「そっか〜。で、そのくりぷとん?って星は何処にあるの?」
「今は爆発してしまったらしいから、もう……」
「そうなんだ……けんとくんの星がどんな所だったか興味あったのに」
「僕は生まれてすぐ飛ばされたみたいだから故郷のことは覚えてないし、少なくともこの地球から遥か遠い場所の筈だから、人の手じゃまず辿り着ける距離じゃないよ」
「え、そうなの?じゃあどっちにしろムリだったってことかぁ……」
「なんか、ごめんよ……」
「んーん、謝る事ないよ、仕方ないもん。それより……」
「ああ、わかってる」
はぐたんへミルクを与えながらあからさまに肩を落とすはなの姿を前にどうしようもない罪悪感に襲われ、思わず謝罪の言葉が口をついて出てしまう。
それはそうと、先程から鳴り止まぬ物音に対し努めて静観を貫いていたが、流石にこれ以上差し置く訳にもいかずはなとともに音の方へと顔を向けると、視線の先でハリーがダンボール箱から様々な道具を取り出しては、またダンボール箱へ飛び込んで物色するという一連の流れをひたすら繰り返している。
「なにしてんの?」
「こっちで暮らす為にも、店を開こうとおもて」
「お店?」
「せや。ヘアメイク…ファッション…その他色々。女子の憧れが全て詰まったショッピング!その名もぉ、ビューティーハリーやぁ!」
「へぇ。結構本格的なことやるのか」
まあ、確かに人の姿をしてれば、あの顔なら美容関係の雰囲気と相俟って結構な集客が望めるに違いない。少々腹立つが。
「それいい!私も、カリスマ店員になる!」
「いや、お前はやることあるやん」
「え?」
いやいや、え?じゃないよはな。可愛いけど。
「はな。ん」
「ほぇ?あ……」
彼女に呼びかけ、テーブル上に置かれた二つのプリハートを指で示す。
「残りのプリキュア探しや」
「そっか……あっ!あの人、いいかも〜っ!」
「あの人?」
「学校でさあやちゃんと一緒に話すよ!」
「そうか。なら、そろそろ時間だから学校に──ぐっ!」
彼女に、そろそろこの場を辞去するよう身支度をすすめかけた刹那、一瞬強烈な痛みが
「けんとくん、どうしたの?」
「ああ、少し頭に痛みがね……でも気にするほどじゃ──」
余計な心配を掛けぬよう、努めていつものように振る舞おうと彼女の方へ再び向き直ると、
「ねぇ、ほんとに大丈夫?」
レントゲン写真のような景色へと移り変わった視界の中、目の前でこちらをじっと伺うように一体の骸骨が首を傾げていた。しかも、顎の関節部分が動くたびにはなと似たような声が聞こえてくる。
「……骨?」
「え?」
一度瞬きをすると元の景色が広がり、先程の骸骨と同じ姿勢のはなが怪訝な表情をしていた。
今のは一体なんだったのだろう……。最近色々な出来事に見舞われたせいか、精神的疲労が募り幻覚でも見えたのかもしれない。
「けんとくん……?」
「あ、ああ……大丈夫。もう平気だ」
「そう?なら、いいけど」
「ほら、急がないと。また遅刻するよ」
「うん。じゃあねはぐたんっ、また後で」
「学校が終わったらすぐ戻るよ」
「はぁぎゅ〜っ♪」
ハリーハウスでの団欒も早々に切り上げ、はぐたんにひとまずの分かれを告げると僕らは学校へ向かった。
「オレにも挨拶せんかー!」
美少女同伴で登校するという今日世界一幸せな朝を迎えたであろう自分へ讃美を贈りつつ教室の扉を開く。室内にはすでに殆どの生徒が登校しており、さあやも自分の席でいつも通り学級日誌を粛々と記入していた。
何気無い日常の一コマであるはずだが、彼女薬師寺さあやにおいては別の話。すらすらと筆を走らせるその姿は、まるで気品溢れる文書をしたためる高貴且つ清純に育った御令嬢と錯覚させる程の魅力を宿しており、思わず彼女の傍にて傅かねばという謎の使命感に駆られそうになるぐらいだ。まあ、九割方個人的感想だけれども。
彼女の姿を見つけるなり、はなは一目散に駆け寄っていき挨拶を交わす。
「さあやちゃん、おはよう」
「おはようはなちゃん。と、けんとも一緒?」
「ああ。ハリーハウスに寄ったら偶然」
「そうなんだ」
それぞれの席に着くと、まず僕から先程はなに打ち明けた内容をさあやにも説明した。
やはり彼女も話の序盤から興味に満ちた視線を送りつつ、僕の話す内容へ真摯に耳を傾けていた。
「まあっ、宇宙人⁉︎」
「ちょ、声が大きいって」
「あ、ごめんなさい……」
「本当は放課後にでも話した方が良かったかも知れないけど、早いに越したことは無いかと思って」
口もとへ手を当てて目を見開かせるさあやに、自分も少し早計だったことを付け足す。
どこで誰が聞いているとも限らないこの状況下で、この話を持ち出したのは安易な考えだった。今後はもう少し慎重に気を配りながら話すタイミングを伺った方が良いだろう。
爪が甘い所は、まだまだ自分も未熟だと痛感させられた。
「じゃあ私からもっ」
こちらの話がひと段落ついたのを見計らい、今度ははなが話を切り出した。
「スカウトしたいと思います!」
「はな、主語が──」
「スカウト?プリキュアを?」
「え、分かるんだ」
なにそれ。プリキュアだけが意思疎通できるコミュニケーション方法でもあるの?
「うんっ、この前のあの人!」
「輝木ほまれさん?」
「そう!めっちゃ美人だしぃっ、すごいオシャレだしぃっ!」
「はぁー、輝木さんをねぇ」
しかし動機が見た目っていうのはスカウト基準としてはいかがなものだろうか。
芸能やモデルの事務所ならまだしも、互いの秘密を共有したり手強い敵とこの先闘っていくのなら、メンタル面で優れている人材を重視して選んだ方が良いような気もするが。
いや、だがしかし。
あのサラリーマンの理不尽な非難に対して物怖じせず言い返した彼女であれば、メンタル面も特に問題はないどころか適性が高かったりするのではなかろうか。
なお身体面については、プリキュアに変身すれば自然と向上するから特に問題はない。
「お友達になりたーい……どこにいけば会えるかな?」
「いや、どこにもなにも──」
はなの疑問を解消させようと口を開いた矢先、再び教室の扉が開かれ、一人の少女がゆっくりと入室してきた。
その少女はこちらの存在に気付いたのか、一瞬目を見開かせて僕らの方に視線を向ける。
「にゃはー⁉︎」
はなが素っ頓狂な声を上げたのも無理はない。
なにせその少女こそが先程まで話中の議題となっていた輝木ほまれその人なのだから。
彼女の登場に、周りの生徒たちも一様に驚愕の表情でゆっくりと自席に向かう輝木さんを目で追っている。
「なんで⁉︎同じクラスなの⁉︎」
「うん……」
「えぇ⁉︎どうしよどうしよどうしよどうしよどうしよ⁉︎」
「どうどう」
思いがけぬ人物の登場に、両手を顔の前でてんやわんやさせているはなの挙動が愛らし過ぎてつら。何故かこのままにしてても良いような気がして、つい手抜きで単純な宥め方になってしまった。
そんなはなの心の準備が出来ぬ内に、輝木さんはしれっとはなの後ろの席へと腰を下ろし頬杖をついている。
しかし、あの時は気付かなかったが、輝木さんもまた二人とは違った芳しい匂いが漂ってくるな。言うなれば、フレッシュな柑橘系の香りが一番近いと思う。さあやはマリン系のような爽やかで瓜っぽい中に瑞々しさを感じる匂いが漂っているし、はなはフローラル系の花を使った柔らかで優しく甘い匂いと、三者三様の香りが嗅覚を刺激するので、正直平静を保っているのがやっとの状態である。
いや、何故長々と匂いの分析をしているんだ僕は。全く、匂いフェチじゃあるまいし…………フェチなのか?
「かっ、かかかか、輝木ほまれさん!」
「ん?」
「あのぉ!お、オハヨウゴザイマス……!」
「……おはよ」
無愛想な態度ながらもぼそっと挨拶を返した輝木さんの姿に、慌ただしかった表情から笑顔に変わるはなはじっと彼女の顔を見つめ始めた。
大方綺麗だとか、まつ毛長いとか、転校初日に漏らしてた印象を反芻してるんだろうなぁこの様子だと。
こちらからは横顔しか伺うことが出来ないが、長く曲線を描いたまつ毛は確かに彼女の艶やかさを演出しており、高い鼻も、はたから見ても大人びていると思うほど綺麗に鼻筋が通っていて、他の女子達とは一線を画した目鼻立ちをしている。また、顎の辺りで切り揃えられたショートカットが、彼女の男勝りな性格を如実に現していた。
ふむ。やはり輝木さんも、はなやさあやに勝るとも劣らない美少女だ。
しかし、これだけの美少女が三人も自分の席に隣接しているとは、僕はこの先どれだけの善行を積めばこの幸福な状況に見合う回数分成し遂げたと胸を張ることが出来るのだろうか。
ただでさえこの中の一人と知り合えているだけでも、「思い上がるなクソチンパン」と罵倒されても可笑しくはない位の恩恵なのだ。いやもう既に周りの男子から過去何度となく言われてたわ。
そもそもそれって僕が悪いわけじゃなくて、話しかけることもなくただひたすら影から僻み続けてる自分への戒めを僕に当てつけてるだけなのでは。何それ腹立ってきた。
蚊帳の外な状況に思わずくだらない長考を続けていると、僕の手をちょんちょんとつつくこそばゆい感触が訪れる。
意識を戻しつつ視線を向けると、さあやが訝しむようにこちらの様子を伺いながら、口元へ手を添え小声で話しかけてきた。
「けんとはどう思う?」
「どうって、まあ……確かに整ってる顔だなぁとは思うけど」
「え?うんと……そうじゃなくて、プリキュアとしてスカウトするって話のつもりで聞いたんだけど……」
「へ?あ、そっ、そっか。スカウトね、スカウト……えーっと……」
「はぁ……考えてないなら、無理に言わなくていいよ」
「ごめん」
少し意外そうな表情をしたかと思えば、今度は呆れたように溜め息をもらすさあやへ、謝る以外の選択肢が何も浮かばなかった。
「ふっ……変なヤツ」
「はぁう〜っ!」
そちらはなにやら楽しそうなやり取りしてますね。良ければそちらの雰囲気をこちらにも分けて頂けませんか。
この時は輝木さんへプリキュアスカウトの話を持ち出すこともなく、HR開始を報せる鐘と共に一時中断し、それぞれの授業体勢を整え始めた。
──て、輝木さん教科書は⁉︎
休み時間。さあやと共にはな主導のもと、現在廊下の曲がり角から数メートル先の輝木さんを観察していた。
「同じクラスだなんて、これはもう運命……!なんてお願いしよっかなぁ」
「ねえ、これ意味あるの?」
「あはは……」
苦笑いから察するに、どうやらさあやも意味を見出せているのか少し疑問に思っているらしい。
だけど、なんだかんだではなの言うことが特に大きな間違いだったこともないから、それなりに彼女の人を見る目に期待してる自分達がいるのも確かなのだ。
「輝木」
「おや、この声」
「梅橋先生」
輝木さんを呼び止めたのは、体育教師の梅橋先生だった。
今日も多分赤ジャージで校内を彷徨くんだろうなあ、あの人生徒指導も兼任してるみたいだし。
「お前だけだぞ、プリント出してないの──あ、おいっ。輝木!」
梅橋先生の呼びかけも意に介さず、彼女は歩みを緩めることもなく先生の横を通り過ぎていった。
ふと、後ろから異様な気配を感じ振り向くと。
「うわ⁉︎」
「うお、十倉さんに百井さんか」
その後、百十コンビの先導で中庭に赴くと、近くのテーブルへそれぞれ腰を下ろして話の続きを切り出し始め……て、あれ。椅子が四脚しか無いじゃないか。
しょうがない、他のテーブルから椅子を借りてくるしか……むう、流石に中休みなだけあってどこも満席で空いている椅子が見つからない。こうなれば立って話を聞く他ないか。
「輝木ほまれに気をつけろ?って、なんで?」
「不良だからよ」
「不良⁉︎」
理由にならないような単純くさい理由なのに、さも確信をついた事を述べたかの様なその表情は何なの十倉さん。眼鏡が反射で光ってるし。
「そういえば確かに、教室でみたの今日が初めてだなぁ……」
あの様子から見るに、普段から屋上登校してたんだろうなあ。
保健室登校にならぶ新しい登校場所が生まれていた。
「ほまれさん、今年スポーツ特進クラスから移って来たの」
「フィギュアスケートをやってたのよ」
「かっこいい!」
「へえ、凄いね」
『え?』
さあやと百井さんからの話を受け、両手を組みながら目を輝かせるはなと同様に僕も初耳だった為、思わず感嘆の声をもらした。
しかし、はな以外の皆はなぜ一瞬丸くさせた目を僕に向けたのだろう。
まるで「え、こいつ何で知らないの?」とでも言いたげな雰囲気出てるよ。
「でも突然やめちゃって」
「学校にも全然来なくなって」
「派手な人とつるんでるって噂だし!」
「さっきみたいに先生を無視するし!」
『コワーイ!』
ひとしきり二人から交互に説明を受けたものの、僕を含めはなもさあやもあまりピンと来ない様子の表情だ。この間の移動動物園の件や、はぐたんを可愛いと愛でていた姿を目の当たりにしている為か、特に恐れるような印象を抱く要素等無かった。
「んー……そんな人には、見えないけど」
「はなの言うとおり、あくまで噂でしか──ゔっ⁉︎」
「けんと⁉︎」
はなの呟きに同調しかけた刹那、今朝と同じ頭痛が前触れもなく牙を向いた。先程よりも強烈に駆け巡るその痛みに、立ち続けられる気力もなく芝生へと膝をついてしまう。
「どうしたの⁉︎」
「あ、頭が……ぐぅっ!」
「もしかしてさっきと同じ……」
「はなちゃん!さっきと同じって、まさかここにくる前も⁉︎」
「うん。でも、もう大丈夫だって……」
「え。大丈夫なの、守鋼くん」
「保健室行った方がいいんじゃない?」
心配そうに気に掛けてくれる皆の声のお陰か、徐々に痛みが治り始めて来た。僕は一度力強く瞼を閉じると、完全に痛みの消えた頭を振って再び皆へと頭を上げる。
「いや、それには及ばない。なんとか治ったみたいだから心配しなくても──」
「良かった……」
「ふう……ヒヤヒヤしたよー」
「そう?ならいいけどさ」
「ほんとに行かなくていいの?」
しかし、僕の視界に広がったのは、何故か下着姿でこちらを気にかける四人の姿だった。
僕の肩に手を掛け誰よりも心配そうな表情のさあやはマリンブルーのブラとショーツ。椅子から立ち上がったままの十倉さんはライムグリーン。椅子に座って横に身を乗り出しこちらを伺う百井さんは……く、黒、だと。極め付けは、僕の前にしゃがみ込んで顔を覗き込んでいるはなの、ピンクの下地に所々に可愛らしい小さな花柄があしらわれたハーフトップとショーツ。
だ、駄目だ。気付かれていないとはいえ、これ以上彼女達の尊厳を傷つけるような愚行を犯すわけにはいかない!
「ぼ、僕用事を思い出したから、先に戻る!」
「あ、けんとくんっ」
「けんと……?」
「おー、相変わらず足速いねぇ」
「流石クラス一の韋駄天」
その後、授業開始のチャイムと同時に視界が戻るまで、僕はひたすらトイレの個室で目を瞑り続けていた。
放課後。僕ら三人はハリー達の生活に必要な買い出しを手伝う為、ビューティーハリー(仮)で合流した後、目的の店へと向かいながら再び輝木さんについて話し合っていた。
「ほまれさん、プリキュア似合うと思うんだけど」
「うーん……」
「あー、まあ……」
「あれ、2人とも反対なの?」
「そうじゃないけど……プリキュアって、誘われてなるようなものなのかなって……」
「さあやの言うとおり、僕もそこが疑問だった。現に、はなもさあやもプリキュアになった時、君たちの強い思いがあのミライクリスタルになって変身出来たわけだろ?仮に輝木さんがスカウトをオーケーしたとしても、プリキュアになれるかどうかはまた別の話だと思う」
かといって、輝木さんがプリキュアになれないと決まったわけではないけども。
「確かに……では一体どうすれば──」
「行こう、もぐもぐ」
『ん?』
ごくごく最近耳にしたような声に振り向くと、動物病院から白い仔犬を引き連れた輝木さんが目を丸くさせてこちらを見ていた。
最早偶然で済ませられる次元のレベルじゃないな、これ。
「にゃははー⁉︎輝木ほまれさん⁉︎」
さっきも見たな、それ。
「……なんでこんなとこに」
「買い出しの途中や」
「はぎゅ!」
「っ!」
思わぬ遭遇によって少し恥ずかしそうに俯きながら問いかける輝木さんへ、初対面のハリーが気まずげな様子も無く返答した直後、いつの間にかはぐたんが目を覚まし、その声を耳にした輝木さんは再び目を見開かせた。
「は〜ぎゅ〜」
「きゃ……きゃわた〜ん……!」
あ、まただ。この間と同じように、彼女の顔がはぐたんの姿を目にした途端綻び始めた。
そんな彼女の意外な一面を目にし、僕等も思わず笑みがこぼれる。
「はぁぎゅうっ」
「はぐたん……いて、いててて……」
その後、途中まで同じ道のりということで、輝木さんがはぐたんを抱え、はなは仔犬を連れて歩くことに。
興味深々に髪を引っ張るはぐたんに対し、当の彼女は顔を顰めるどころか更に表情を弛ませている始末。まあ、何とも羨ましい。
「犬飼ってたんだ」
「拾っただけ。迷い犬なんだ。飼い主を探してる間だけ、あの病院で預かってもらってるの」
「もぐもぐって?」
「と、とりあえず、今だけの名前……っ」
「かーわいいっ!」
もぐもぐか。独特なネーミングセンスだなぁ、輝木さん。可愛いもの好きだし、普段の振る舞いのせいか、ギャップの大きさとバリエーションが豊富で大変魅力的だと思います、ええ。
「あの犬はどこで?」
「こないだ登校してた途中、トンネルで。不思議な出会いっていうか……」
僕の質問に対し、彼女は出会った場所のみならず、経緯までも説明してくれた。
学校へと向かう途中のトンネルの中、道路の真ん中を彷徨よう仔犬を見つけたらしい。その時、後ろから迫ってくる車の音に気付いてすかさずその仔犬を助けるために飛び出した刹那、何処からか赤ん坊の声が耳をよぎったという。
無事に助け出し、身を投げ出した拍子で仰向けになったままの体勢で目を開くと、目の前の車が完全に動きを止めていたらしい。
しかし、すぐに車は動き始め、いつもの景色に戻っていたという話だ。
「っ⁉︎」
「何だったんだろう?」
「あ……⁉︎」
「おんなじだ!」
「まさか、輝木さんまで……」
「ん……?」
話を聞いた僕らの反応に輝木さんが怪訝な表情を浮かべ、どう説明をしたものか考えあぐねていると、何処からか威圧するような声が耳に届いた。
「出てけ出てけ!ここはオレたちが使うんだ。あっちいけ!」
振り向いた先には、道路下の公園の一角にあるバスケットコートで、小学生たちをその場から追い払おうと占有を企てる男子中学生トリオの姿が。
「こらー!」
ふと聞き慣れた声に振り返ると、いつの間にかはなの姿が見当たらず、再び視線をバスケットコートへと戻すと、彼女は怒肩で火中へ飛び込まんとずかずか踏み込んでいた。
まあ、黙って見てる様な性格じゃない事は何となくわかっていたけれど、まさかの殴り込みとは恐れ入るなあ。
「いじわるだめ!」
「なんだ?生意気な小学生だな」
「っ⁉︎小学生じゃなーい!」
我関せず静観。という訳にもいかず、僕等もはなの元へ続き怒りを鎮めるよう一息つかせる。
「はな、一旦落ち着こう。深呼吸だ」
「どうしたの?」
「バスケしたいのに、この人達が出てけって」
「まあ。公園の一人占めは良くないよ」
「じゃあ、オレたちに勝てたらかわってやるよ」
小学生たちから事情を聞き出したさあやが男子中学生達に注意をするも、鼻に絆創膏をつけたリーダー然と振舞う男子が、バスケによる試合の勝利を条件に申し出てきた。
それにしても両脇にいるニット帽×パーカー君と坊主頭なのっぽの二人、注意してきたさあやを目にした途端あからさまに様子が変わっている。何故かやたら必死に顔を逸らす割にチラチラ視線は戻すわしょっちゅう生唾飲み込むわ顔が少し赤いわ。
まあ、無理もないか。可愛い・清楚・優しいの三拍子美少女、薬師寺さあやを前にすれば当然の反応なんだよねえ。寧ろ真ん中の鼻絆創膏男子が動揺した様子も無く平然としているのが驚きだ。
てかこいつホモなんじゃないの。さあやに見つめられてときめかない男なんか皆ホモナンダルォ⁉︎(決めつけ)
「バスケで⁉︎さあやちゃん得意……?」
「球技はそこまで……」
「なんだ?怖気付いた──っ!」
「3on3でいいの?」
あまり自信の無さそうなはなとさあやに対し、強気な態度で煽りかける鼻絆創膏へと勢いよくボールを投げつけたのは、あのサラリーマンの時と同じように毅然とした態度で挑戦を受ける輝木さんだった。
え、なにこの人……かっこよすぎない?
「もちろん」
「ん?お前どっかで……」
「誰だか知らねえけどオレたちの相手じゃねえ」
己の勝利を疑わぬ余裕の表情を見せながら投げ渡されたボールを自慢げに弄ぶ絆創膏からの挑発を意に介さず、輝木さんは一度振り返ると不安げに場を見つめる女の子の頭を優しく撫でる。
トリオは以下絆創膏、ニット帽、デカ坊主と略称。
「大丈夫。勝つから」
輝木さん、素敵過ぎます。僕があの女の子だったら間違いなく惚れてるね。
「まったく、忙しい時に何しとんねんアイツら」
「いいんじゃない?これもプリキュアと同じ人助けの一貫って事で」
「ワゥッ」
呆れた様にげんなりとベンチへ腰掛けるハリーとの間を少し開けて自分ももぐもぐを膝に乗せて腰を下ろす。
うわ、この子めっさもっふもふですやん。
「ディーフェンス!ディーフェンス!ディー──」
「ほーれっ」
「うわ⁉︎」
その場で跳躍を繰り返し、通すまいと発声しながら立ち塞がるはなに対し、絆創膏は相手にもせずサイドへとパスを送る。
ていうか。
「か、可愛すぎる……っ!何あれ、ぴょんぴょん跳ねて何の意味もないのにやる気だけは凄い伝わってくる……っ」
あまりの愛らしい姿に思わずにやけが抑えられず、顔を手で覆い隠すが、余りに衝撃的な瞬間を目にした為か体までもが小刻みに震え始めた。
それを横目に捉えていたハリーは訝しむ様に尋ねてくる。
「な、なんや、どないした?」
「いやあれを見てなんとも思わないの?可愛さと幼さの限界突破だよ?尊ぶしかないでしょうに」
「何でオレ怒られとんねん」
コートへ目を戻すと、絆創膏からパスを受けたデカ坊主がさあやの妨害をなんなく躱し、戸惑いながらも必死に両手をあちこちへ広げるはなの横を通り過ぎる絆創膏へとボールを返す。
「ぬぁー、おっしい!さあや、ナイスディフェンス!」
「いやいや、どこがやねん。どう見ても振り回されとるやんか」
「じゃかあしい!二人ともプレッシャーかけて相手の戦意を削る作戦なんだって!」
「オマエ、とことんアイツらに甘いやっちゃな」
甘くて結構。美少女の為なら何処までも甘やかすさ、だだ甘にな。
「話にならねーな!──ぐぉ⁉︎」
「ふっ」
勝利を確信したようにシュートを打とうと絆創膏が掲げたボールは輝木さんによって弾かれ、そのまま彼女がボールを手に一旦ツーポイントラインの外側までドリブルしながら運び戻す。
「はやっ⁉︎」
「まぐれだ!」
予想外のスティールを受け尻餅をついた絆創膏は、ただの偶然と自分や周囲へ言い聞かせるように吐き捨てながらすぐさま輝木さんの元へと向かい、ディフェンス態勢に切り替えてくる。
「どうかな」
輝木さんは立ち塞がる絆創膏に対し、手前で右へフェイントを仕掛け瞬時に反対側から抜き去っていく。
続けざまに、駆けつけて来ると同時に壁となって立ちはだかるニット帽の股下を通すようにボールをバウンドさせ、自分は即座に相手をいなしてフリーとなったボールへ手を伸ばし、己の元へと引き寄せドリブルを再開させながら背後を振り返る。
「話にならねーな」
「きぃぃぃーっ!」
「ぐ……っ」
「ほまれさんすごーい!」
まったく歯が立たない実力差に、各々悔しそうな声を漏らす男子と目を輝かせて絶賛するはな。
あの動き、一朝一夕で会得出来る程の技術じゃあない。
だが、彼女がやっていたのはフィギュアスケートの筈で、バスケではないとすれば、彼女の類稀なる天性ともいうべき運動神経が一連のテクニックを可能にさせているとでもいうのか。
あんなのを見せつけられたら、長年かけて真摯に技術を磨き上げて来たバスケ経験者も一瞬で匙を投げ出したくなるだろうなあ。僕がそんな立場だったらその場に倒れ込んで「な゛ん゛でだよ゛ぉ゛ー!」と駄々をこねる様に悲痛な叫びを上げているに違いない。決して床はキンキンに冷えていやがりはしないが。
「──っ⁉︎」
ゴール下付近まで誰一人の追随もなくボールを運び続け地面から跳躍する刹那、輝木さんの動きが一瞬止まる。
不自然な挙動に何事かと皆が怪訝な表情を浮かべ始めると共に、あろうことか彼女はゴールへ背中を向けてそのまま空高くボールを打ち上げた。
「え?」
「なんだ?」
「ん」
空中に投げ出されたボールは上昇を終えるとみるみる落下していき、そのまま吸い込まれる様にすんなりはなの手へと球体が収まる。
「だぁ⁉︎」
「え?はっ!うえーいっ!」
数瞬の間を置いて、自身がボールをキープしていることに気付いたはなは咄嗟の事態にやぶれかぶれなフォームでボールを放り投げる。
再び空中へと舞い上がるボールはふらふらと不安定な回転を繰り返しながらも、見事にゴールリングの中心をすとんと潜り抜けた。
正に、奇跡の瞬間である。
「は……!」
『わぁ……!』
「まじかよ……」
自身でも決まるとは夢にも思っていなかった様で、まさかの展開にはなは目を見開いていた。
コートの前では子供達が一様に感嘆の声を漏らし、予想外の結末を迎えたデカ坊主はどうしたものかと後頭部をさすりながら溜息を吐いている。ここに、我らの勝利が下された。
しかし、今回のMVPであろう輝木さんは、嬉しさを表すどころか顔を俯かせて佇んだまま影を落としている。
そんな様子を、さあやもどこか不思議そうに見つめていた。
「やったー!──うあぁぁっ!じゃなかった!めちょっく!」
はなは歓喜に満ちた表情で輝木さんへと駆け寄るが途中で足をもつれさせてしまい、そのままヘッドスライディングの様な体勢で彼女の側へと思いがけぬ形で到着を果たす。
「大丈夫?て、めちょっく?」
「めちょっくは、めっちゃショックの略なの!イケてるでしょっ?」
「……ぷっ。なにそれ」
「えへへへっ」
良い雰囲気醸してるのは構わないが、二人には一刻も早く今の体勢をどうにかしてもらいたい。
彼女達のスカートの裾からけしからん太ももがちらちらと覗いており、誠にハレンチだと思います。
「思い出した!」
『ん?』
「お前、天才スケート選手の輝木ほまれだろ!」
「なにぃ、有名人か⁉︎」
「天才で有名人だと⁉︎」
「逃げろ!有名人には敵わねぇ!」
『ちくしょー、覚えてろー!』
記憶が呼び起こされたニット帽の唐突な発言にはな達が振り向くと、順繰りに茶番を演じたトリオ達がよく分からぬ憤慨を起こしながらそそくさとこの場を後にした。
寧ろあそこまで天才とか有名人等と連呼されると返って馬鹿にされているようで、関係の無いこちらまで少々苛立ちを感じるな。
「言っちゃったわ……」
「一体なんだったのじゃ……」
「お姉ちゃんたち!」
『ん?』
『ありがとう!』
すっかり怖気づいた彼等の挙動を目で追いながら困惑するはなたちへ、呼び掛けた小学生たちは手を振りながら感謝の意を示し、それを受けたはなたちは三者三様の反応を小学生達へ返した。
それにしても映えるなあ、あの三人。そこら辺のアイドルに負けないぐらいの見た目してるし魅力的な性格だし見てるだけで心が潤いに満たされるわあ、眼福眼福。
その後、僕等は荷物を持って公園を後にする。
「ほまれさん超かっこよかった!運動神経バツグン、めっちゃイケてた!」
「あんたの方がイケてるよ」
「え?」
頻りに褒め称えるはなの称讃を受け、輝木さんはおうむ返しにはなを栄やしながらもぐもぐと共に先を歩いて行く。
「ほまれちゃん!」
「ちゃん?」
「私、ほまれちゃんと仲良くなりたい!……またね!」
「……ん」
一度呼び止めたはなはそう気持ちを伝えると笑顔で手を振りながら、小さく返事をして再び歩みを進める輝木さんを見送った。
ークライアス社ー
「データの分析が完了しました」
「サンキューでぇすぅ!ルールーちゃん、残業メンゴねぇ?」
「問題ありません」
これまで幾度も失敗に終わり、撤退を余儀なくされているチャラ男は再びルールーの力を借りて有効的な作戦のアイデアを依頼し、残業を強いらせていた。
しかし、当の彼女は特に嫌がる表情も見せず、抑揚のない返答を口にするのみ。
「対策はバッチリ。ハプニングでもない限り大勝利!」
「ハプニング?」
「例えばぁ、また新しいプリキュアが現れるとかぁ?まっさかねえ!」
万が一にもあり得ないとでもいうように、彼は鼻で笑った。
翌日、僕とはなにさあやはハリーハウスのデッキにて輝木さんの事をミライパッドで調べていたところ、とある新聞の一面を飾る記事の内容が掲載されたサイトに行きついた。
「空飛ぶ期待の星……天才……輝木ほまれ……」
「どうしてやめちゃったんだろうって、ずっと気になってたんだけど……」
「ジャンプ失敗。怪我による長期休養へ……ね。大体のスケート選手が一度は経験する壁に当たったってところか」
「怪我してたんだ。バスケはあんなにすごかったのに……ほんとは、まだ足が痛いのかな?」
「痛いのはきっと……足じゃなくて……」
「ああ。多分……っ⁉︎」
三度前触れもなく襲いかかる頭痛に顳顬を押さえ、その場へとしゃがみ込み力強く目を瞑る。
もしやこの頭痛、あの透視が発動する前兆なのか?だとすれば今までの似たような現象にも説明がつく。
「けんとくん⁉︎」
「けんと!もしかしてまた……」
「あ、ああ……でも、心配いらない。これは多分新しい能力が芽生えるサインなんだ……ぐっ」
「新しい……能力?」
「それって、どんな?」
未だ心配そうに見つめる二人へ、説明を続ける。
お、徐々に痛みが引いてきたようだ。
「今まで頭痛が起きた後、決まって目に映るもの全てが透けて見えてたんだ。一度目は、はなと学校の前にここへ立ち寄った時だ。あの時、僕にははながレントゲン写真のように骨だけの姿で見えていた」
「え、私が骨⁉︎」
「まあっ」
「二度目は、学校の中庭だ。あの時も──あの、時、も……」
「?どうしたの?」
「い、いや……なんでもない。ようするに今回も能力が──」
さすがに下着が見えた話など口に出来ず、誤魔化すように話題を逸らした。
痛みの消えた事を確認し瞼を開くと、やはり前の二回と同じく能力が発動しているのを確認出来た。
ふと、透視能力を介して目に止まったのは、橋の上で何かのやり取りを終えた二人が互いに反対の道を歩き始めたところ、片方がいきなり空中へと舞い上がり意識を失ったように体をだらりとさせた姿だった。
人の体がいきなり浮上するなど、ただ事ではないな。
「二人とも、のびのび橋へ急ごう」
「え、橋?」
「急にどうしたの?」
「行けば分かる。何か良くないことが起こってるみたいだ」
いきなりの事に少し怪訝な様子の二人だが、説明をする時間も惜しいためすぐさま向かうよう二人へ進言した直後、元に戻った視界の先で暗闇に染まる奔流が空へ向かって立ち上る光景を目の当たりにする。あの感じ、恐らくは。
「あれは⁉︎」
「トゲパワワ!あそこにクライアス社がおる筈や!」
「さあやちゃん!けんとくん!」
「うんっ」
「ああ」
いつの間にやらハウスから姿を現したハリーの言葉を皮切りに、はながこちらへ目を配ると、僕は二人を抱え橋の方へと高速移動で急ぎ向かう。
橋の入り口付近まで差し掛かると一度足を止め、抱えていた二人を下ろし、正体を隠す為にポケットから圧縮させていたコートとバンダナを取り出そうと──取り、だそうと…………あれれ〜?おっかしいぞ〜?確かにタワーでの戦闘の後、ポケットに戻して……あ。
それ、私服のポケットでんがな。今頃元気に洗濯機の中で優雅に舞い踊ってると思われ。
やっべ。っべーわ。まじこれ、っべー。今から取りに戻る時間すら惜しいし第一乾いてないでしょうよ。どーすんのよ。
「あわわっ⁉︎」
「きゃっ⁉︎」
「おっと」
その時、大きな地響きと共に辺りが大きく揺れ動き、三人ともたたらを踏むも何とかバランスを持ち直しつつ再び駆け足で黒い奔流の発生した場所へと向かいだす。
こうなったら、もう現場の人に正体バレたら靴舐めるなりなんなり言うこと聞いて頼むしかないかもなあ。
「二人とも早く!」
「待ってはなちゃん、あそこ!」
「あれは……!」
橋の真ん中で立ち尽くしていたのは、近頃幾度となく同じ場所に居合わせることが多い人物である輝木さんの姿だった。
良かった。輝木さんの靴ならぜんぜ──いや何で靴舐める前提で密約交わそうとしてるの?強いて言うなら素足を──いやそうじゃないだろ。
先程の透視で見かけた内の一人は輝木さんか。では、もう一人についてもやり取りをしていた様子から察するに、恐らくは輝木さんに何かしら所縁のある人だろう。
おまけに、あの後体が宙に浮いて意識を失い脱力していた事からも、また懲りずにクライアス社の手先が仕掛けて来たに違いないとの結論に至るのは当然の帰結。
「っ!ほまれちゃん⁉︎なんでここに⁉︎」
「ここは危ないっ。早く逃げるんだ」
「そんなことよりっ、先生が!」
輝木さんが指を差す先へ目を移すと、空中で梅橋先生がトゲパワワに包まれ気絶している。まさか、もう一人が先生だったとは。
「助けなきゃ……!」
『オシマイダァア!』
そうはさせまいと、先程の奔流から生み出されたらしきジャージ姿のオシマイダーがこちらへ近づき行く手を阻む。
「どうすれば……」
「大丈夫」
「えっ……?」
「さあやちゃんっ」
「うんっ」
その巨体も相俟って悍ましい姿のオシマイダーを前に、足を竦ませる輝木さんを庇うようにはなとさあやが敵の前へと立ちはだかった。
「プリキュアに任せて!」
彼女達はプリハートを翳すと一瞬でプリキュアへと姿を変え、戦闘態勢を整える。
「プリキュア⁉︎」
「きたなー!やっちゃってぃ!」
『オォシマイダァア!』
目の前でプリキュアへと変身したはなたちに驚く輝木さん。
少し前から橋の鉄塔で待ち構えていたであろうチャラ男が飛び降りてくると、軽快に指を鳴らした。
その直後、オシマイダーは唸り声と共に片手をあげるとエールたち目掛けて叩きつけてくる。
襲いくる衝撃に備えて身構えた輝木さんを守る為、エールとアンジュは二人でオシマイダーの攻撃を受け止めて弾き返すとそのまま追撃を加えんと跳躍するが、一瞬体勢を崩されたオシマイダーは梅橋先生のトゲパワワを素体としている為か持ち前の運動神経ですぐに立て直すと、向かいくるエールを掴んで投げ飛ばし、横から攻撃を仕掛けようと不意打ちを狙ったアンジュを払い飛ばした。
今度は地面へ上手く着地する事で衝撃を免れたエールに向けて、続けざまに懐から取り出したボールを連続で投げつけアンジュが落ちた場所の付近へと叩き落とす。
「エール!」
「データはばっちりなんだよ!」
まずいな。二人の過去の戦闘を研究しているとは予想外だった。どおりで余裕綽々な態度を見せながら僕等の前に姿を現した訳だ。
あのチャラ男の見た目や性格上、そんな勤勉なことをする様な奴とは夢にも思っていなかったし、何より今回のオシマイダーは今までの奴らよりも格段に戦闘スタイルが確立されており、一筋縄では行かないのは先程の動きからして火を見るより明らかだろう。
プリキュアも油断をしていたわけでは無いだろうが、この戦いはより一層気を引き締めて臨まなければ軍配は向こうに上がりかねんまでの実力差がある。
とはいえ、僕も参加すれば戦況は変わってくるだろうが、衣装が無いのでは迂闊に能力を使う事も出来ない上、戦いの渦中にある一般人の輝木さんを一人にしてもおけず、ただこの場から行く末を見守るのが今僕に出来る唯一の方法だ。
せめて、彼女の側にいてくれるものがいれば……!
「プリキュア!」
そんな願いを聞き届けたかのように、はぐたんを抱えながら遅れて到着したハリーが劣勢に立たされているエール達へ呼びかける。
「あんた!」
「あ?」
「なんか知ってるの⁉︎あの二人がプリキュアって!」
「はぁ⁉︎なんでバレとんねん!」
「彼女の目の前で二人が変身したからだよ。それより、はぐたんと輝木さんを頼む」
そうハリーへ伝えながら、欄干へ足をかける。
「頼むって、まさかお前……」
「二人のピンチだ。助けないわけにはいかない」
「助けるって……あんた、何考えてんの⁉︎プリキュアでも無いのにあんな怪物に勝てるわけ……」
「大丈夫。腕っぷしと速さなら、僕はあの二人よりも上だから。ああ、ついでに打たれ強さも」
「何バカなこと……てか、そんな高さから──ちょ、待っ──」
輝木さんの制止を聞き終える前に、僕は欄干から飛び降りエール達の元へ向かう。
「あいつ、何で……」
「まあ、ケントが行ったんやったら心配いらへんやろ」
「え?」
「弱点をつかれん限り、アイツは誰にも負けへん」
「それ……どういうこと?」
「見とったら分かる」
ハリーがそう促すと、彼女は再び視線を橋の下へと戻す。
丁度その頃、僕は難なく着地に成功すると、プリキュアの元に駆けつけ無事を確かめていた。
「エール、アンジュ、大丈夫?」
「け、けんとくん……」
「何とか……っ!」
すぐに無事を知らせる声が二人から発せられたものの、真正面からもろに受けた攻撃は着実にダメージを与えていたらしく、エール達はよろめきながら上体を起こす姿が見受けられ、すぐさまの復帰はあまり見込めそうもない。
となれば、必然的にオシマイダーへ立ち向かえる者は僕を残して他にはいないというわけだ。僕の場合留めは刺せない為、プリキュアがある程度回復するまでの時間稼ぎをこなすのが役目となる。
「二人は少し体を休めて、必殺技を出せるぐらいに戻るまでは回復に専念しておくんだ。その間、僕が時間を稼ぐ」
「うん、ありがとう……」
「でも気を付けて。私たちの戦い方は研究されてるみたいなの。だから……」
「ああ、分かってる。要は簡単だ」
僕は彼女達の感謝と警告を受けると、身を引き締め直してオシマイダーへと対面する。
「相手の想定を上回るようなビックリすることをやればいいんだろう?いつものことさ」
一度首を鳴らし、オシマイダーと視線の火花を散らす。
「さあ来い。二人が受けた分、そっくりそのまま返してやる」
「出やがったなぁ、馬鹿力のガキンチョ。だが今回はお前のデータもバッチシ研究済みだ!やれ、オシマイダー!」
『オシマイダァア!』
相変わらず己の揺るがぬ勝利を確信しているチャラ男は余裕の笑みを浮かべたまま指令を下し、それを受けたオシマイダーは遂行の為に右腕を後ろへ引き寄せ一気にこちらへと拳を叩き込む。
強烈な風圧と衝撃によって、振り下ろされた拳を中心に砂埃が舞い上がり、地面へ半径一メートル程のひびが走ったことから、その威力の恐ろしさを物語っている。
『オシ⁉︎』
「中々の力だ。でも、パンチに重さがなければ速さもまだまだ足りない」
しかし、砂埃が晴れたそこには、僕が片手で難無くオシマイダーの拳を受け止めており、その手を逃すまいとしっかり掴み込んでいた。
「あのオシマイダーの攻撃を受け止めやがったのか⁉︎」
『オシマ──』
「これはエールを投げ飛ばした分」
『ダァア!』
「これはアンジュを払い飛ばした分」
『ダオォ!』
先程オシマイダーが二人へ行った攻撃の手法を模倣するように、一つ一つ力をのせて相手を追い込んでいく。
はじめに、オシマイダーの手を掴み取ったまま、木の枝をオーバースローの要領で反対側の土手へと投げつけ、高速移動を用いて瞬時にまだ体勢が整わぬオシマイダーの横で足を止めて一気に左腕を振り払い、その巨体を十メートル程先の川下へと弾き飛ばした。
「凄い……あいつ、あんなに強かったの?でも、あの感じどっかで……」
「せやろ?まさに超人の言葉がぴったりなあの力!アイツがおればまず間違い無く勝ったも同然や!」
なぜハリーが自分の事のように自慢話を聞かせているのか。ていうか輝木さん全然耳に入ってないと思う。
「ちぃ!接近戦がダメなら遠距離攻撃だ!ぶっ潰せオシマイダー!」
『オシマイダァ!オシマイ!ダァア!』
近接戦闘が不利と分かるや、チャラ男が怒り任せに吐き捨てた次なる命令を受け、オシマイダーはすぐに立ち上がると再び両手に掲げたボールを二つ同時に投げつけてくる。先程よりも力が込められているのか、あまりにとてつもない速さのせいかボールの形が楕円状に間伸びしており、多色のボールがたった一色しか見えぬ程の凄まじい回転力まで加えられ、常人ならば受け止められる筈もなく無惨に命を散らす威力の豪速球である。
まあ、これはあくまで常人から見た観点の話であるわけで。
「ん」
『オ、オシ……⁉︎』
「げえ⁉︎んな、バカな……!あのボールの速さだったら、お前のスピードを超えてた筈だ……!」
「何をどう分析したかは知らないけど、僕のデータに関してはもう一度洗い直すことをオススメするよ。そらっ、お返しだ!」
『オァ、ダァッ!』
二割ほど力を込め、受け止めた二つのボールを真っ直ぐオシマイダーへ向けて投げ返す。
ボールは、こちらへ投げつけられた際とは比較にもならない速度で飛んでいき、弾丸の様にオシマイダーの顔へと連続で叩きつけられ、奴はその威力に抗えず巨体を地面へと投げ出した。
「やっぱりあいつ、あの時の……」
「良いぞー、やったれー!」
「はぁぎゅー!」
イケメン野郎の声援なぞ微々たるものにもならないが、崇拝する神の御子はぐエルによる神命が下されたのであれば話は別。我が全霊を持って貴方様に仇なす敵を完膚無きまでに屠ってご覧に入れましょう。
そんな気力に満ち溢れる自身の感覚を実感しつつ、未だ回復の為に体を休めているエール達の容態を確かめる為、そちらへ振り向く。
「速い……それに、オシマイダーの攻撃を全て見切ってる」
「けんとくん……すごい……!」
さあやとはな共々、見た限りある程度まで体力は持ち直しているようだが、それでも万全に闘えるとは言い難く一先ずは休息に専念するよう親指を立て、任せておけとの合図を送る。
二人へ心配しないよう無事を知らせると、倒れている敵に再び向き直り、ゆっくりと歩み寄って行く。
「言ったろ。そっくりそのまま返すって」
『オ、オシ……マ……』
上体を戻そうと仰向けの体勢から起き上がりかけているオシマイダーへと近づいて行き、右の拳を力強く握り締める。
「僕の友人達を痛めつけた代償は重い。その重さを、お前自身の体で思いしれ」
そう奴へと語気を強めて言い放ちながら彼我の距離を詰め、握り締めた拳を振り上げたその時。
「っ⁉︎うっ、ぐ……っ!」
前触れなく、再びあの倦怠感と息苦しさが全身を駆け巡り、徐々にわき起こる脱力感によって体が支配され、その場に倒れ伏してしまう。
不安定な呼吸に呼応するように目の前の景色が目まぐるしく移り変わり、やがて敵の正確な位置すら掴めなくなる。
ま、まずいっ。この症状……まさか近くに……っ!
「な、なんだ……?あのガキ、また倒れやがった……?」
「あいつ、どうしたの……?」
「まさか、隕石か⁉︎」
「隕石、って……それが何なの……⁉︎」
「お前は知らへんか……普段はあないに強いけど、隕石に近付いただけでアイツは能力が使えへん様になるどころか、体の自由まで奪われてまう……!恐らく、今アイツの近くに隕石があるんや。それを探し出してどこかへ遠ざけへんと……モタモタしとったら、ケントは死ぬ……!」
「……っ!」
「エール!アンジュ!隕石が近くに落ちとる筈や!探し出してケントから遠ざけるんや!」
やはり、隕石……かっ。恐らくは、川の中のどこか……っ。
ダメだ、体が動かない……っ!
「うん!アンジュ!」
「ええ!必ず見つけないと!」
くそ……こんな時にまた足を引っ張るなんて。一体僕は初めの時に何を学んだんだ……っ!
「何をごちゃごちゃ喋ってんのか知らねぇけど、散々やってくれたお返しが出来るチャンスを逃してたまるか!いけぇオシマイダー!」
『オシマイダァアァァ!』
「そんなこと!」
「させない!」
川の向こうから、何やら青とピンクのかたまりがこちらへと近付いてくるのが見える。
あれは……アンジュにエール?
『ダァ‼︎』
「フレ!フレ!ハートフェザー!」
どうやら、オシマイダーの攻撃をアンジュがハート型のシールドを張って防いだ様だ。
そんな中、僕の後頭部を柔らかな感触が包み込む。ぼやけてよくは見えないが、頭上からこちらを覗き込んでいるようにも見える。
「大丈夫っ⁉︎私の声、聞こえる⁉︎」
「え、エール……?」
「良かったぁ……!アンジュ、意識はあるよ!」
「そう……っ、だけど、こっちはあまりもちそうに……ない、かも……っ!」
『ォシマイダァァア!』
「っ‼︎」
「むぐっ」
『きゃああああああああ‼︎』
オシマイダーの雄叫びが聞こえた直後、今度は顔面を柔らかな感触が包み込み、同時に体を謎の浮遊感が襲った。
えっと、奴に何かしらの攻撃で弾き飛ばされたのは分かるんだけど、この顔に当たる感触は一体……あ、凄い甘い匂い。これはフローラルの香りだろうか。
この嗅ぎ覚えがある匂いは、恐らくはな、いや、今はエールだったか。
首の後ろはしっかりと落とすまいとする彼女の腕に挟まれていることから──あ。
もしや、この両頬に触れる柔らかいものって──
我、極楽浄土へと至らん。
あは……あはは……あははは……あはははは……──
ーはなー
オシマイダーが取り出した金属バットによって打ち上げられた私達は、少し離れたとある広場の中へと落ちた。
強力な一撃を受けたせいか体に力が入らないし、あちこちに痛みが走る。
そういえば、けんとくんは大丈夫かな……?
思うようにいかない体を必死に動かし、左側に首を向けると、私と同じようにうつ伏せに倒れているさあやと二人の真ん中に挟まれる様にけんとくんは仰向けの状態で気絶していた。
「アンジュ……けんとくんは……?」
「呼吸はしてるから……気を失ってるだけみたい。でも、鼻血が出てるから、多分落下の衝撃で頭をぶつけた可能性が高いわ」
「そうなんだ……でも、なんか……」
「ええ……」
『なぜか凄い幸せそうに気絶してる』
けんとくんの無事を確認すると、輝木さんとハリー達が私達を追って来ていたのか、広場の上から見下ろしている姿が見えた。
「プリキュアって、なんでそんな……でも……」
「もう終わりかよ。じゃ、さっさとギブアップしてぇ、ミライクリスタルをこっちにちょーおだいっ」
「そんなの……ダメっ」
「あきらめ、ないっ」
「プリキュアは、あきらめない!」
敵の要求を断ると、何度でも立ち向かう決意を固め、私はオシマイダー達に向かって大きく跳び上がった。
「私も……もう一度っ!」
その時、ほまれちゃんが口にした強い思いに応えるように、彼女の胸から眩しい光が溢れ始めた。
『オシ⁉︎』
「あぁああぁああああ!」
「はぁぎゅううううううう‼︎」
その光と、はぐたんの額の飾りにあるハートから出て来た光が合わさると、真ん中に付いた星の飾りが特徴的な黄色いハート型の結晶が現れた。
「あれって、ミライクリスタル⁉︎」
「わ……っ⁉︎」
「出やがった!」
「何あれ⁉︎」
「走れ!」
「え⁉︎」
「あれはお前のぉ、未来や!」
「はぎゅーぅ!」
ハリーの言葉に背中を押され、ほまれちゃんはミライクリスタルに向かって走り始める。
「奪え!」
『オシマァイィ──』
「はあ!」
『ダァァ……!』
私とアンジュがすかさずオシマイダーへ突撃し、妨害を阻止する。
ほまれちゃんの邪魔はさせない!彼女はその手に、未来を掴もうとしてるんだから!
「行けぇ!ほまれちゃーん!」
だけど、彼女は後もう少しの所でバランスを崩してしまい、そのまま転がり落ちてしまった。
「ああ……!」
「はぎゅ……!」
「消えた⁉︎やったぜ!」
「ほまれちゃん⁉︎」
再び戦闘体勢に戻ったオシマイダーへ、アンジュと共に対面するように身構え、背後のほまれちゃんへ呼びかける。
「むり……わたし……とべない……」
「やっぱり、痛いのは……心……」
「…………」
『マタ……』
「え?」
『ナカセテシマッタ……オレハナンテフガイナイ教師ナンダ……ッ』
オシマイダーが、泣いてる?もしかして、梅橋先生の心が……。
「さっさとプリキュアを叩きのめせ!やれってんだよぉ出来損ないがぁ!」
『ィ……ォォォオシマイダァア!』
「はぁああああ!」
正気を取り戻したオシマイダーは再び攻撃を仕掛け、私はそれを両手首につけたポンポンを大きくさせて正面から受け止める。
「んんぐぁああ!」
「なに⁉︎」
オシマイダーを押し飛ばし、私はもう一度ポンポンを手にほまれちゃんと先生に向けてエールを送る。
「フレ!フレ!ほまれちゃん!フレ!フレ!先生!」
「エール⁉︎」
「フレ!フレ!ほまれちゃん!」
『オシマイダァア!』
背後から襲い掛かるオシマイダーへ向き直り、一度後ろへ跳んで攻撃を躱すとそのまま地面を蹴って前へと飛び出し、ほまれちゃんへ今の私の思いの丈を伝える。
「ほまれちゃん!私まだ……何だか、よく分かんないけど!」
横から迫る右のパンチを避けるように大きく跳びはね、今度は正面から襲い来る左のパンチを跳び越えてそのまま腕の上を走っていく。
「でも!」
鬱陶しさを感じたオシマイダーが私を捕まえようと伸ばして来た右手の平の指の間から抜けるようにまたジャンプし、続けて突き出された右腕の上へハンドスプリングの様に着地すると再び走り出し、払いのけようとする左手の指の隙間を通り抜けるように跳び越える。
「ふっ!」
そのまま一度オシマイダーの頭へと着地すると、すぐさま空高く跳躍して両手を組んでポンポンを大きくする。
「負けないで!負けちゃダメぇぇぇえ‼︎」
今度は落下と共に増していく速度に回転力を加えながら、オシマイダーの頭上目がけて力の込もった一撃を叩き込み、その体を転倒させることに成功した。
「ほまれちゃん!先生も!」
この必殺技に、二人へのエールをいっぱいに込めて!
「フレェ!フレェ!ハートフォーユー!」
プリハートから撃ち出されたハートがオシマイダーを包み込み、トゲパワワの力を浄化させていく。
『ヤメサセテモライマスゥ……』
オシマイダーは満足気な表情で消えていった。
「なんなんだよ!」
そう言い残した男はどこかへと姿を眩ませ、戦いが終わった。
「そういえば、けんとくんは……?」
ふと一番重体の彼を思い出し、さっきまで気絶していた場所に行くと、既にアンジュが駆けつけて目が覚めるのを今か今かと見守っていた。
「けんと……」
彼女は小さな声でけんとくんへ呼びかけると、彼の頬に手を添えながら親指で繰り返しそっと撫でていた。
やっぱり、さあやちゃんは優しいなあ。でも、さあやちゃんってけんとくんといる時はどこか違う優しさがあるような……。
なんていうか、目がいつも以上に穏やかで、こんな風に凄い絵になるぐらい綺麗な雰囲気で……うーん、どうしてかなぁ?
「ん、ここは……」
「気がついたんだね」
「アンジュ……は⁉︎オシマイダーは!どこに行った⁉︎」
「エールがやっつけたよ」
「えへん」
目覚めたばかりで気が動転しているけんとくんを安心させるため、笑顔でピースサインを送る。
「まっさかあないな所に隕石の欠片が転がっとるとはなー。ま、今回は逆にオシマイダーにぶっ飛ばされたんが功を奏したみたいやけど、あのまま河原で戦っとったら、ケントは助からんかったかも知れへんで」
え、いつのまにハリーはここまで来てたの。
「そうか……敵に救われたっていうのは、何とも言えない気分だけどね」
「はぁぎゅ、はぁぎゅ」
「やあ、はぐたん。さっきは応援ありがとう」
「はぁぎゅう♪」
けんとくんが笑顔で感謝を伝えると、はぐたんも可愛らしい笑顔で感謝を受け取った。
「けんと……どこも痛くない?怪我は?」
「ん?ああ……すぐ回復したから問題はない。多分これも能力の一部だと思う」
「ほんでも、ここに落ちて来た時は鼻血出とったらしいで。頭とか大丈夫なんか?」
「んー、特に違和感はないけど……」
『けど?』
「気絶する直前の記憶があやふやなんだ。隕石で弱ってたせいもあるとは思うけど、何かこう……顔を柔らかい何かに包まれていた様な気がするんだ。多分、飛ばされた後もそんな感じのままでいたような無いような……それが妙に引っかかってる」
けんとくんの話からするに、私が彼の頭を抱える様に庇っていた時と重なる気がする。でも顔に柔らかい感触なんて……──っ⁉︎
「んぉ?なんやエール。顔赤くなってどないしたんや?」
「な、何でもない何でもない何でもないから!」
「はあ?変なやっちゃな」
間違いない。けんとくんの言ってる柔らかいものって……!
恥ずかしさのあまり、自分の体を隠す様にしてけんとくんへ背中を向ける。
「まあでも多分気のせ──いでっ!」
一瞬聞こえたけんとくんの痛がる声に気を取られ後ろを振り向くと、アンジュが顔に影を落としながら、ギリギリと彼の手首を握りしめていた。
「あ、アンジュ……ちょっと手首痛いので離しては貰えませんか?」
「またはなちゃんまたはなちゃんまたはなちゃんはなちゃんまたはなちゃんまたはなちゃんまたはなちゃんまたはなちゃん……」
「さ、さあやさん!もげる!手首がもげちゃいましゅうぅぅぅぅぅぅ!」
「落ち着けアンジュ!今度こそケントが痛みでショック死してまう!」
ちなみに、このやり取りはほまれちゃんが先生の様子を見に行きたいと呼びかけるまで続きました。
先生のアスパワワが戻り意識を取り戻したのを見届けた後、私達は再び橋の上へと戻ってきた。
「先生を助けてくれて、ありがとう。それじゃあ、ここで」
「うん……」
「何か、ごめんね……」
「……ほまれちゃん!」
暗い背中のほまれちゃんを呼び止めたものの、私はどんな言葉を掛けていいのか分からず、エールを送る。
「フレ!フレ!ほまれちゃん!」
「やめて!」
「……っ」
「ごめん、今の私には……」
ほまれちゃんから初めて拒絶の言葉を口にされ、私は胸が詰まるように苦しくなり、それ以上応援することをやめた。
「…………っ!」
「今はそっとしといたれ……」
「その場を見てなかった僕が言えたことじゃないけど……多分、輝木さんには、自分自身と向き合う覚悟と時間が必要なんじゃないかな」
「……また明日。また……明日ね!」
徐々に小さくなる輝木さんの背中を、私達はそれ以上言葉をかけることも無く姿が消えるまで見送り続けた。
夕焼けの空は、私達の気持ちを表すように、どこまでも冷たそうな青色と暖かな橙色が混ざりあうように広がっていた。
まさかの本話だけで文字数22351文字。
縦読みにするとページ数幾らになるんでしょう……。
ちなみに、主人公の失神は幸福絶倒であり、けっしてオシマイダー如きのヤワな攻撃や落下による頭部強打ではございませんので悪しからず。