ついに原作キャラの登場です。
正体を知られてはならないとはいえ、走りながら拘束するのはまだ慣れない為か、精神をすり減らすように気が滅入る。今までも何度かこういった人助けを行なってはいるが、いかんせん相手をなるべく傷つけずに無力化するというのは中々に大変なのだと改めて思い知らされた。
ちなみに、この事は父さんや母さんにも話していない。知れば当然激しい剣幕で説教されるのが目に見えている。まあ、それとは別に自分の能力を把握して能力を今よりもっと制御出来るようにしなければならないというのも理由の一つなのだが。
人助けを始めるきっかけは、下校の途中に偶々ひったくりの現場に居合わせた事だった。
女性が肩から提げていたカバンを、スクーターに乗った男が後ろからすれ違いざまにカバンを盗み取り、そのまま走り去って行ったのだ。ショックのあまりその場に泣き崩れる女性の姿を目にした瞬間、自分の中の何かが自然と身体を突き動かした。僕はすぐさま走り出し、数瞬の間に盗んだスクーター男へと追いつき、加減しながら男だけを歩道側へと投げ飛ばし、カバンを回収して女性の目の前に置いて何事もなかったかのように元いた位置から歩いて帰路へと着いた。あの時の不思議そうにしながらも、戻ってきたカバンを確認した後の女性から溢れる笑顔は、今でも鮮明に覚えている。
「っと、そろそろ学校へ着いてなくちゃいけない頃か。昨日先生が何やら頼みごとがあるとか言っていたような」
ふと用事を思い出し、再び学校へ向かい走り出した。
先程の街から学校への距離は十数キロといった所だが、勿論僕にとっては数ミリ程の誤差の範囲でしかない為、退屈の間もなく誰にも見られずに学校へと到着できた。通常の登校時間にはまだ早いせいか、生徒は片手で数えられるほどしか見受けられない。とりあえず、荷物を下ろしに教室へと向かう。
ここ、私立ラヴェニール学園は、初等部と中等部が併設された小中一貫校となっており、互いの間に明確な仕切りなどはなく、学内は一括して利用出来る仕様となっている。その為、一部では小中学生交えての文化行事を行うこともあり、のびのび町内でも有数の私学として人気を集めているらしい。また、校舎自体も私立というだけあってかなりの設備と目新しい外装となっており、そういった一面でも親が子供をこの学園に入学させる一つの目安ともなっているとか。とにかく、義務教育時代を子供に過ごしてもらうなら、ここが一番素晴らしい学校生活を送れると保護者間では共通事項の認識となっているようだ。個人的意見を述べるなら、もう少し普通の場所でも良かったのではと思うのだが、そこは我らが両親。変な所で子供に財を問わない子煩悩っぷりに、小学生ながらに盛大な溜息を漏らしたのが今でも懐かしい。
両親は基本、『最低限普通に幸せな生活が出来る収入があればいい』との考え方らしく、確かに私生活は恐らく他の家庭と変わらないものだとは思う。彼等は酪農も園芸農業も行う、所謂混合農業を仕事としている。両親のこの試みは、国内でも数少ない農業形態として、国から栄誉ある賞と報酬が贈られる筈であったが、彼等は『私たちの仕事を褒めて頂けるのは大変光栄なことです。しかし、私たちがやっていることは他の農家の方々とやっている事は何一つ変わらない。なので、せっかくの機会ではありますが、今回は辞退させて頂きたいと思います』と迷う事なく断ったのだ。
その為、収入自体は一般的な農家とさほど変わらない。だが、それでも彼等の豊かな愛情を受けて育ってきた僕は世界で一番の幸せものだと自負している。
「ん、
「おはようございます、梅橋先生」
我ながら自慢の両親に恵まれていると内心で幸せを噛み締めていると、廊下で赤いジャージを着こなす男性教師に声を掛けられた。体育を受け持つ梅橋先生だった。気さくな性格と抜群の運動神経から、男女問わず多くの生徒から支持を得ている。
「こんな時間に登校なんて珍しいな。もしかして日直当番か?」
「はい。これから教室に荷物を置いてから、内富士先生の所へ」
「あー、なるほど。そういや昨日内富士先生に呼ばれてたな」
「なので、すぐ職員室に向かわないといけないので、失礼します」
「ああ、また3時限目に」
梅橋先生と会話を交わし、自分のクラスへと向かう。二階へと上がり、目的の教室で足を止め。ゆっくりと加減に気を配りながら扉を引くと、
「あ、守鋼くん」
「薬師寺さん、おはよう」
「うん、おはよう」
一人の女生徒の姿があった。髪は暗い青みがかったロングヘアに、向かって右側の側頭部をお団子にしている。赤縁の眼鏡を掛けたその奥からは、なんとも穏やかな優しい瞳を覗かせており、見るもの皆が警戒心を解いてしまう和やかさを感じる。
彼女の名は薬師寺さあやさん。このクラスの学級委員長であり、学年内でも指折りの有名人である。誰にでも優しく柔和な態度で接するその姿から、皆に……いや、これ以上はやめておこう。彼女がそのあだ名を望んでいるとは限らないし、第一男の僕がそんな認識をしていると知ったら彼女は更に嫌悪感に苛まれるやもしれない。知らぬが仏とはよく言ったものだ。
「今日は同じ日直だね。よろしく」
「え?あ、うん。こちらこそ」
まずい、完全に相手が誰かなんて全然把握してなかった。薬師寺さんいつもこのぐらいに来てると勝手に思ってたから、すっかり彼女にも日直の役割があることを失念していた。
ここは気取られないよう、会話に注意せねばなるまい。
「……もしかして、私が今日日直だって、知らなかった?」
「え──いや?そんにゃこと……」
はいー手遅れー。初っ端から注意するどころか見事に噛んでどもってしまった。まあ、あんな純粋で綺麗な瞳をした美少女の質問に饒舌に嘘つくとか出来るわけがないんだよねぇ、当たり前だるぉ?
「ううん、気にしなくてもいいよ。学級委員の仕事ばっかりで、あんまり日直の当番が回ってこないの。だから、日直になる人みんな同じ反応するから慣れちゃった」
「そ、そっか。とりあえず、今日は一日よろしく」
「うん、よろしくね」
お、いい笑顔もらった。これは心のファインダーに収めて──なんか、キャラ崩れてる気がするぞ自分。そんな調子で大丈夫か?大丈夫だ、問題ない。
とりあえず、薬師寺さんと少し今日の仕事の擦り合わせをしとかなきゃ。内富士先生から頼みごとがあるらしいが、まあ、内富士先生<薬師寺さんだから、しょうがないか。
そこから十分ほど、僕は薬師寺さんと少々雑談を交えながら今日の分担を取り決めた後、どうやら薬師寺さんも内富士先生に頼まれごとがあるとの事で共に職員室へと向かう。
「失礼します」
「失礼します」
「お、二人とも来たみたいだね」
職員室に入ると、親切な人と一目で分かるような顔つきの男性教師が、穏やかな声音で僕たちに話しかけてくる。
この人が件の内富士先生。見た目の印象どおり、とても温厚な性格の先生で僕たちの担任である。その人当たりの良さから、梅橋先生とはまた違った人気ぶりがある人で、噂では奥さんがいるとかいないとか。まあ、こんな逸材を発掘出来た女性がいたとしたら、幸せ街道待った無しといったところだろう。
「ちょうど良かった。二人に昨日言ってた頼みごとについてなんだけど、教材室に向かいながらでも良いかな?」
「はい、大丈夫です」
「僕も構いませんよ」
「ありがとう。じゃあ、教材室の鍵を取ってくるから、職員室の外で待っててくれるかな」
「分かりました」
「はい」
薬師寺さんに続き、僕も了承の返事をして職員室の外へ出て一分後、内富士先生が鍵を携えて扉から出てくる。
「じゃあ、行こうか。ちょうど一時限目から僕の担当だから、君たちにいくつか手伝って欲しくてね」
内富士先生に続いて、僕たちも歩き始める。まだHRの開始時間までは時間がある為か、中庭沿いの渡り廊下にさしかかると、中庭周辺ではちらほら生徒が見受けられ、何やら話し込んだりボールで遊んだりと、それぞれが気ままに過ごしているようだ。ボールで遊んでいるのは、背丈と服装からして恐らく初等部の学生たちだろう。自分たちの時も、休み時間はよくドッジボールで熱戦を繰り広げていたものだ。もちろん、自分はあくまで手加減必須の為、不完全燃焼気味ではあったが。
「あ、そうそう」
ふと、何かを思い出した内富士先生が足を止めて僕たちに向き直り、薬師寺さんへ一枚の書類を手渡す。
「今日、君たちのクラスに転校生が来るんだよ。これはその書類。少し目を通しておいてもらえると助かるな」
「転校生、ですか?」
「ほうほう」
「分からないことも多いだろうから……委員長、助けてあげて。もちろん、守鋼くんも協力してくれると嬉しい」
「分かりました」
「僕に出来ることだったら協力するよ、薬師寺さん」
「ありがとう」
と、次の瞬間。
『はぎゅ〜!はぎゅ〜!』
「え?きゃあ!」
「っ⁉︎なんだ……?」
どこからともなく聞こえてきた赤ん坊の泣き声と共に、強風が一瞬吹きすさび、薬師寺さんの手元から転校生の書類が飛んで行く瞬間、周囲の景色が灰色に染まり、周りの全てが動きを止めていた。
しかし、僕が驚いたのは、その現象ではなく、
「え、え……?なに、どうなってるの、これ……?」
目の前で僕と同じく止まっていない薬師寺さんの姿だった。
この現象が僕の能力、高速移動によるものならば、彼女が同様に動いているはずがない。それでは彼女自身も僕と同じスピードで動いていることになるが、僕自身能力は使っていない為、能力によるものではないのは確かだ。であるならば、これは一体……?恐らく、鍵となるのはあの泣き声。あれを皮切りに、皆の動きは止まった。時が止まるほどの現象……時空間移動?いや、まさかね。
考察をやめ、再び薬師寺さんの動向を後ろから眺めていると、彼女は現状に少し戸惑いをみせながらも、おそるおそる宙で止まった紙を手に取る。
するとまた時が再び動き始め、風に煽られて書類がたなびき始めた。景色も一瞬で元に戻っている。
「ん?どうした?」
「い、いえ……」
「じゃあ、よろしく」
薬師寺さんの姿に、不思議そうな表情で声を掛ける先生に、彼女は何でもないように努めて返事をしながら、先生に書類を返した。
「じゃあ、教材室に行こうか。守鋼くんには、机を運んでもらいたいんだ」
「頼みごとってもしかしてそれですか?」
「そうだけど、どうかしたかい?」
「いえ、べつに」
どうやら彼には時が止まっている間の記憶は無いらしい。むろん、彼自身が止まっているのだから、意識も同様にあの数秒ほどの出来事は恐らく彼の中では全く何も感じてはいない。否、感じ取れていなかったというのが正解か。
「ねぇ……守鋼くん」
「ん、どうしたの?」
再び先生の後ろに続いて教材室へ向かう途中、薬師寺さんが僕にだけ聞こえるような声で話しかけてきた。どうでもいいが、さっきからすんごいいい匂いするんだけどこの子。女子って皆こんないい匂いすんの?一体どんなシャンプー使ったらこうなるの?てか正直な話、僕薬師寺さんの後ろの席だけど、ずっと香りが漂ってくるからね?鼻腔が癒しに包まれてるからね?わざと嗅いでるんじゃなくて、呼吸してるだけで入ってくるほどいい匂いが漂ってくるだよ。これはもう兵器だよ兵器。
「守鋼くんは、聞こえた?」
「聞こえたって、何が?」
もちろん、ばりばり聞こえてはいたものの、あんまり自分の能力がバレるような事に関係ありそうなものへ突っ込んで行くのは利口じゃないだろうし、心苦しくはあるが、悲痛の思いで彼女に嘘をつく。本当にすまない、だが、君を少しでも巻き込まない為にも、この身体と同じように鋼の精神で──
「ううん、やっぱり何でもない……気のせい、だったみた──」
「赤ちゃんの泣き声だったら僕にも聞こえた」
鋼どころか紙レベルの薄っぺら精神かおのれェ!とツッコみたくなるぐらいの薄弱な自分に草しか生えないな。しかし、美少女の落ち込む顔見て罪悪感の芽生えぬ男なぞいるものだろうか?そんな奴らがいるんだとしたら、僕は一言言ってやりたい。お前ら人間じゃね──
「じゃあやっぱり……」
「ああ。恐らくあれが聞こえたのも、その後何もかもが止まったと感じたのも、あの場では僕たちだけだと思う」
「でも、どうして私たちだけが……?」
「分からない。とりあえずこの事は僕たちだけの話に留めておこう。無闇に聞いてまわっても、徒労に終わるか混乱させるだけだ」
「そうだね……でも、良かった」
「良かったって、何が?」
「私だけが聞こえてて……他の皆が聞こえてなくて、そう考えたら、何だか私だけがおかしくて間違ってるのかなって……ちょっと不安だったんだ……。でも、守鋼くんも私と同じく聞こえてたんだって分かって、安心したの。…………あと、ちょっと嬉しかったから……」
「そっか、それは良かった。僕も自分だけだったらどうしようかと打ち明けにくくて──て、最後なんて言ったか聞こえなかったんだけどもう一回言ってくれる?」
「んーん、なんでもない♪」
「そうか」
なんて言ったか分からんかったが、何故かどちゃくそ可愛いらしい笑顔だったので気にしないことにした。
「二人って、そんなに仲良かったかい?」
ふと、僕らの姿を背中越しに見ていたのか、内富士先生が疑問を擲つ。
「んー、別に普通だと思いますよ。ほら、席が前と後ろだから、自然と会話が他の人より多いだけだと思います。ね、薬師寺さん?」
まあ、薬師寺さんは優しいし皆に平等に接する人だから、僕にも同様の流れで接してるのは分かっている。そこにプラスαで席が近いと言うだけの小さな違いから、会話が少し皆よりも多くなるだけで、別段薬師寺さん自身に他意は無いに決まってるんだよね。まあ、僕自身は役得ですから?嬉しいのは当然として、嫌なことなどこれっぽっちもないわけですよね。神様まじ神様。
「……そうだね」
「や、薬師寺さん……?なんか、怒ってらっしゃる?」
え、なんで?なんで話振ったら機嫌が悪くなっておりますのん?なんかしましたっけ僕。
「……怒ってない。早く行きましょ」
「ア、ハイ」
それから、教材室へつくと、転校生分の机と椅子を僕が運び、授業に必要な教材を薬師寺さんが教室へと運ぶ。その間不機嫌そうな表情の薬師寺さんと、未だに彼女の笑顔を一瞬で曇らせた原因がわからずに探る僕の会話が、気まずげで重苦しい雰囲気を纏わせていたのは言うまでもない。
「薬師寺さん……?」
「……なに」
「いえ、なんでもありません……」
……誰かSave me。
我がオリ主はチョロい。