プロローグ [〇四五〇]
オレたちは、「艦娘」。
突如、海の底から出現した人類を脅かす謎の敵、「深海棲艦」と、唯一渡り合うことができる存在。
午前5時前。
陽が昇る前から、オレたちの朝は慌ただしく始まる。
うるさく鳴り響く目覚まし時計を止め、重たい瞼をこすり、欠伸をする。
「ふあぁぁぁ……」
「あら~天龍ちゃん、おはよ~」
続けざまに伸びをしたオレ--天龍型軽巡洋艦一番艦「天龍」は、同室の相棒に声をかけられた。
「おう龍田、もう起きてたのか」
彼女は、オレの同型艦の龍田。天龍型軽巡の二番艦で、オレの妹にあたる艦娘だ。
彼女は既に着替えを終え、ストレッチを始めていた。頭の上に浮かぶ輪っか形の電探が、フワフワと上下しながらゆっくり回転している。
「何せ朝一番の遠征だもの、あの子たちを起こさないと~」
「そうだな、さっさと準備すっか」
オレはそう言うが早いか、ベッドから飛び起き、着替え始めた。
カーディガンのボタンを留め、袖を捲りグローブを手にはめる。眼帯を左目につけ、特徴的な獣耳風の電探を頭にセットすれば、準備完了だ。
「……ぃよしっ! チビ共起こしに行くか」
肩をグルグルと回しながら、オレは龍田と一緒に部屋を後にした。
艦娘寮の南側、一階部分は駆逐艦娘が寝泊まりをしている。その駆逐艦寮の突き当たりが、オレの部下の駆逐艦四隻の部屋だ。
オレはその部屋のドアの前に立ち、中に聞こえるように声を張り上げた。
「おーいお前ら起きろー! ちゃっちゃと準備して遠征行くぞー!」
コンコンとドアを叩く。
すると、5秒も経たないうちにドアが開き、金髪の少女が出てきた。
「おはよう、天龍さん!」
「おう皐月、早いな。もう起きてたのか」
この少女は睦月型むつきがた駆逐艦の皐月。オレの部下の筆頭で、明るく前向きな駆逐艦娘だ。
「へっへーん! ボクのこと、見直してくれた?」
オレの言葉を褒め言葉と捉えたのか、彼女は胸を張って言った。
「バカ、このくらいで調子に乗んな」
「でも偉いわね~、自分たちでちゃんと起きたんでしょ~?」
「うん、ボクが皆を起こしたんだ!」
龍田に褒められ、皐月は得意げに言う。彼女の言った通り、後ろには同型艦が三隻、準備を済ませて並んでいた。起こしに来る必要はなかったようだ。オレは口元に微笑を浮かべた。
「よーしお前ら、点呼とるぞ。皐月!」
「はいっ!」
「よし、いい返事だ。次、文月!」
「ふあぁぁい……」
皐月のすぐ後ろにいる茶髪の少女、文月が眠そうに答える。
「オラ、しゃきっとしな、しゃきっと! ……よし、長月!」
「いつでも出れる!」
文月の後ろの緑髪の駆逐艦娘、長月が威勢よく返事した。
「よし、いいな……菊月!」
「問題ない」
一番後ろの白髪の少女、菊月が物静かに答えた。
「よーし、全員起きたな? 行くぞ!」
オレと龍田は四人を引き連れ、足早に埠頭へと足を運んだ。
艦娘たちは、格納庫に併設されている出撃施設から海に出る。陸側から見て右から三つ目、壁に大きく"参"と書かれた出撃施設。この鎮守府では、週に二回ここから水雷戦隊を週替わりで輸送任務に向かわせており、今週はオレたちが当番だ。
この施設は一ヶ月ほど前に開設されたばかりなのだが、ここの凄いところは、自動で艤装を装着してくれることだ。
以前は艤装を自分たちで装着し、桟橋などからスロープで直接海面に降りるのが当たり前だった。今でも訓練や演習の際はそうすることも多いが、初めてこの施設を利用したときはオレも驚いた。
出撃施設では"出撃"と書かれたパネルを踏むと、艤装が全て自動で装着された後、いきなりカタパルトで射出されるのだ。
初めこそ射出された直後にバランスを崩し海水を被ったことも多々あったが、今ではそんなこともなくなった。慣れると楽でいいが、出撃パネルを踏んだ瞬間にどうやって個々の艦娘を識別しているのかは謎だ。
「よしお前ら、出発前にもっかい確認するぞ」
「今日の私たちの任務は何だったかしら~?」
オレと龍田は後ろを振り返り、四隻の駆逐艦娘に尋ねた。
「遠征さ! 南西諸島海域の輸送任務!」
皐月が真っ先に元気よく答える。
「輸送船団を護衛するんだ。深海棲艦に襲われないように」
まだ眠そうな幼い声で言う文月。
「積み荷は主に弾薬と鋼材。資源の備蓄を増やすためだ!」
ハキハキとした言い方は長月。
「何も無ければいいが……いや、船団護衛も大切なミッションだ……」
見た目に反して大人びた物言いは菊月。
四者四様の答え方だ。
「上出来だ! 行くぜチビ共!」
「出撃しますよ~」
「「「「了解!」」」」
六隻で一斉に踏み出し、出撃パネルを踏む。
「抜錨だ! しっかりついてこいよ!」
艤装を装着した後、カタパルトによって打ち出され、佐世保させぼ鎮守府港湾に出る。
「両舷前進半速。船団と合流するぞ」
後続の艦娘たちに号令しつつ、停泊している輸送船団に『我、出航準備完了セリ。貴団ノ出航可能ナルヤ?』と信号灯で送り、返事を待つ。すると10秒も経たずに、『我、直チニ出航可能ナリ。目的地マデ護衛サレタシ』と先頭の輸送船から返ってきた。この船団の乗組員たちはいつも対応が早くて助かる。
「よし、船団の両脇に付け。いつも通り右はオレ、左は龍田が先頭だ、いいな?」
「「「「「了解!」」」」」
輸送船に『了解』と短く返し、オレは皐月と長月、龍田は文月と菊月をそれぞれ従え、船団の両側に並ぶ。これは側面からの敵襲に備える船団護衛の基本陣形だ。
側面の守備を重視するのは、敵が側面から攻撃してくることが多いからだ。一般に船という乗り物は船体が前後に長くなっており、投影面積は必然的に前後にかけてのものが大きくなる。これは側面からの攻撃が前方または後方からのそれより被弾しやすいことを意味する。
深海棲艦もそのことを理解しているようで、発見時に前方にいても横に回り込もうとしてきたことが何度かあった。それに対応するために、この陣形が編み出されたというわけだ。
他の五隻が位置についたのを確認し、オレは即座に号令をかけかけた。
「両舷前進微速! 船団の速力にピッタリ合わせろ!」
「「「「「了解!」」」」」
それぞれの返事が返ってくる。隊内無線を繋げているので、反対側にいる三隻の声も聞こえる。
輸送船は加速に少し時間がかかるので、オレたちが速力を調節しなければならない。輸送船もまた、一隻ずつゆっくりと、少しずつ加速していく。
「前進半速! このまま湾内を出る!」
同じ旨の信号を輸送船に送り、やや増速する。
全ての輸送船と護衛の艦娘が湾を出た瞬間、オレは下命した。
「両舷前進原速! 先は長ぇが、気ぃ引き締めて行くぞ!」
「「「「「了解!」」」」」
増速して佐世保の島々を抜け、海上を駆ける。
目的地までの所要時間は約3時間、現地での積み込みを考えると往復は8時間以上はかかる。
大丈夫だ、輸送ルート上の敵はこの前撃滅した。今考えられるのは潜水艦の待ち伏せくらいだ。焦るこたぁねえ。
オレは、自分の考えを頭の中で反芻し、目的地の港を目指した。
東からは、太陽が光を放って昇り始め、オレたちの背中を照らしていた。