クレマンティーヌ・コンクエスト   作:ク・ドゥ・グラース

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芸達者にも程があんぞっ!

 

 国を裏切り逃亡生活を続ける女襲撃者『クレマンティーヌ』は様々な不運に見舞われて命を落とす。

 ――普通ならばそれで終わりだ。だが、蘇生魔法が存在する世界において続きが発生し、彼女は何処とも知れぬ森の中で息を吹き返す。

 条件によって選ばれたのは秘密のアジト――があった場所。ただし、今は建物などが撤去され、見えるのは深い森の木々のみ。

 

「……クソっ。またか……」

 

 彼女が命を落とすのは一度ではない。

 数えるのも虚しくなるくらいだ。その度に鍛錬を積み、生存をかけた戦いが始まる。それを繰り返して今まで過ごしてきた。

 己の自由意志の為に――

 しかし、世界はとても残酷で彼女に幸せを与えはしなかった。

 だからといって諦める事は出来ない。

 生きている限り足掻き続ける。それがクレマンティーヌの信条だからだ。

 

新生編

 

 蘇生直後は大抵頭がパーになっているので『まあいいか。難しい事はわからねーし』と簡単に考えてしまう。しかもそれを何度も繰り返しては同じ結果に陥っているような――

 思考力が戻る頃には何がしか、手遅れになっている場合がある。だが今回は――今回こそはと期待する。

 

(……な~んか、色んな世界で活躍してたような……。小さくなったり大きくなったり……、変身したり歌ったり躍ったり殴ったり淫らになったり……)

 

 過去を振り返ろうとすると激しい頭痛が襲う。それを思い出してはいけないと言わんばかりに。

 ここまで多岐に渡る複雑怪奇な記憶の混濁は例に無いのでは、と思わせるほどだ。

 極最近では見知らぬメイドと酒の飲み比べをしたり、得体の知れない強者の存在にビビッたり、精神崩壊レベルの衝撃を味わったりしたような気がした。

 あと、何故か『お花が綺麗』という言葉が印象に残っている。

 

(はあ? マジで訳が分からねー。顔でも洗いたいところ、だ、が……。ここはそもそもどこら辺だー? 追っ手の気配は……無さそうだけど)

 

 蘇生直後はいつも混乱する頭の整理から。

 理由は分からないけれど自分は何度か死んでいる事だけは覚えている。

 それ以外は思い出した方がいいのか迷うところだ。もちろん、嫌な記憶は忘れてしまいたいけれど。

 

(……蘇生による弱体化で『武技(ぶぎ)』は使えないかも……。一体私は何度死んだのだろうか……。……とても憂鬱……。こういう時は酒でも飲みたいところだけど……、どうしてかそれはやめた方がいいという気持ちが湧く。……何故だ?)

 

 暗い森の中を歩きながら思考力を付ける為にブツブツと少し漏れ出る小言を無視して思考する。

 現在位置は分からない。けれどもどこかしら抜け出して街にでも行かなければ情報は手に入らない。

 追っ手の事が浮かんだが実際のところ――誰に追われているのか思い出せない。だが、誰かが自分を追っている事だけは分かっている。

 迎撃してはいけないところから強い輩なのは間違いない。

 記憶を失う前の自分は一体どんな悪事をどれだけ犯してきたのか。それも今は全くといっていいほどに思い出せなくなっていた。

 覚えている事は自分の名前と漠然とした処世術程度。

 何もかも思い出せないのであれば森の中で死に続けるか、灰になるだけだ。

 

(……時間経過と共に少しずつ状況が理解出来るところから、ずっと記憶喪失ってわけじゃーないみたい。という事はー、私は結構……冷静に思考できる人間ってこと?)

 

 それが良い事なのか分からないけれど、とにかく光りを求めて進み続けるだけだ。

 今の時間帯が夕方なら何処かで野宿するしかない。

 空は木の枝で塞がっている。光りは僅かばかりある程度。生物の気配は無い。

 手持ちは皮製の軽装鎧と刺突武器が二本。携帯食料は無し。

 空腹は多少は感じる程度――

 

(何度も死んでいるなら途中で餓死したのか? それとも森をちゃんと抜けた後で(なにがし)かの事件にでも巻き込まれた?)

 

 仮に追っ手に出くわせばこんな森の中での復活はしない。

 きちんと本国で拘束される筈だ。そうでなければ――

 復活する意味が分からない。

 少なくとも誰かの意思が働いて復活するのが蘇生魔法だ。自動的に甦るわけがない。

 では、誰が蘇生させてくれるのか。それは未だに思い出せない。

 

(何度も蘇生させてくれる太っ腹な知り合いに覚えが無いんだが……。ありがたいのか、迷惑なのか判断が付かない)

 

 溜息をつきつつ前に進み続けるクレマンティーヌ。

 体調の具合から顔はひどくやつれて全体的に疲労感いっぱいではないかと予想する。

 鏡などで自分の顔を見るのが今はとても怖い。

 

新生編

 

 夜もふけて視界が効かなくなった所で野宿する事にした。

 幸い近くに獣の居る気配は無く、音はとても静かだった。

 事前に集めた小枝を重ねて簡易的なテントを作り上げる。

 

(……野垂れ死にはごめんだが……。疲れが一向に取れないのはなんとかしたいところ)

 

 何度か溜息をつきつつ睡魔に身を任せる。

 酷く疲れていたせいであっさりと眠りに落ち、肌寒さを感じて起きる頃には辺りが薄っすらと明るくなっていた。

 真夜中の活動は生物であれ、人間であれ無理に動くのは危険だ。まして夜目に対する適切な対策を持っていなければ尚更だ。

 感想もそこそこに痕跡を消しつつ身なりを確認する。

 遺失物は無いが、身体の不調はあまり改善されたとは言えない。だが、記憶力はある程度戻ってきたのは分かった。

 

(……エ・ランテルの南方よりの森か……。というか、ここに何度も来ている様な気がする。とても見覚えがある風景だし……)

 

 そして、同じ場所で復活したという事は良くないことが()()起きる確率が高い。

 このまま前に進むべきか、それとも反対方向に進むべきか。

 まずはっきりさせなければならないのは自分の進むべき道だ。

 何度も復活している事を棚上げにして、思いつく事はバハルス帝国への亡命だ。そしてそれは何度も失敗していると見て間違いない。

 国境付近に屈強な存在が居るのか、それとも追っ手に捕まったからか。だが、仮に追っ手ならばあっさりと殺されるよりは拘束が第一目標となる。であればなんだ、とクレマンティーヌは悩む。

 得体の知れないモンスターと何度も出くわす事がありえるのか。それとも全く別の可能性か――

 

(単なる殺しなら一度目で達成している筈だ。何度も、というところが疑問だが……)

 

 とはいえ、いつまでも森の中で自問自答していても何の解決にも繋がらないのは事実だ。だが、それでも気になった問題は解決されるべきだ、とも思う。

 森の中が一番安全ならば出ない方がいい。しかし、それではいつまでも森から出られないことを意味している。

 それを繰り返せば自分は今度こそ復活せずに灰となる可能性が高くなる。もう充分に弱体化しているはずなので。

 

「………」

 

 とにかく森の出入り口まで行ってから考えようとクレマンティーヌは結論を出した。

 なにはともあれ、原因を一つずつ確認してからでも遅くはない。既に――きっと――手遅れだ。

 ならば無理に抗うより受け入れた方が気分的にも楽ではないかと。

 最悪の結果しか無いのであれば今以上に悪い結果はきっと無い。ただただ()()死ぬだけだ。

 それが避けられないなら諦める事も一つの結論だ。だが――もし可能性があるならば――

 足掻き続けるのがクレマンティーヌ()らしくていいじゃないか、と苦笑を浮かべる彼女の口は酷く歪んでいた。

 それはもう耳まで裂けているのではないかと――

 

 


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