Muv-Luv The alteration 作:詩仙堂黒猫
「とりあえず先に結論だけ伝えておく。純夏嬢はお前の婚約者として書類上記載されたから、今後はその様に振舞え」
あの絶叫の後、正気に返った武は和哉を追いかけ、純夏の態度やあの発言の意味を問い質した。
だが、和哉から返ってきた答えは武の想像外のものであった。
「な、えっ、おま!?」
「驚くのも理解できるが、とりあえず落ち着け。ちゃんと説明する」
和哉は混乱する武を落ち着くように言い聞かせる。
武が深呼吸して少し落ち着いたのを見ると、口を開いて簡潔に言った。
「純夏嬢にはPTSDの可能性がある」
武はその言葉に、自分の顔が青白く血が引いていくのが理解できた。
PTSD、Post-traumatic stress disorderの略称で心的外傷後ストレス障害を意味する、一般的にはトラウマという言葉の方が聞き覚えがあるかもしれない。
具体的にはその出来事の記憶が1ヶ月以上にわたって薄れることなく、突然怖い体験を思い出して不安や緊張が続いたり、その影響で酷い頭痛や眠れないといった心身に様々な症状を引き起こす病気である。
武もかつてであるが、このPTSDを経験しており、いまでは突発的な精神的発作は一応克服している。
しかし武がPTSDを克服できたのは、様々な世界を何度となくこれを上回る強烈な出来事を経験するという荒療治の末である。
それまでは薬物による強制的鎮静か後催眠暗示による精神的対処でやり過ごすしかなかったと言えば、基本的に克服または治療できるのは困難な症状であると理解できよう。
純夏のPTSDが発覚したのは武らと別れて、都内の施設で母親と再会した際にBETA警報のサイレンが鳴り響いたかと思うと、いままでは普通だった純夏が突然呼吸が激しなり、青白い表情でその場に座り込むという態度の急変したことで分かった。
この事は即座に鑑純夏の周辺警護に当たっていた中尉から極秘裏に真耶経由で和哉へと報告された。
だが、冷静に考えればそうなってもおかしな事ではない。
一晩で自分の父親を含め親しい人間が多く亡くなり、帰るべき家と故郷をも失くした。
これで精神的に異常をきたさぬ方がおかしな話である。
本来ならば彼女は母親と共に東北方面に住んでいる親類を頼って疎開する予定だったが、純夏のあまりにも情緒不安定な面が問題だった。
そう、だった(・・・)のだ。
それは4日前に和哉が時間をつくり彼女と直接会って話している最中に見つけた。
鍵となったのは意外にもというか一人の名前が話題に出たことだった。
「それがお前だ、武」
「オレ?」
彼女との会話中、お前の話題になった時の食いつきぶりとお前への異常なまでの好感的な印象。
話し巧みに聞き出せば、あの僅かな間に出会った武の事が何故か忘れられないらしい。
大して知らない筈の武の事を考え、僅かに聞いた言葉を、微かに見た姿を思い出すだけで心に安心感が満ちてくるとまで言っていた。
和哉は直感的に悟った。
これは使える(・・・・・・)と。
その時に思いついた考えを口には出さず、武へ話を続ける。
「まあ、刷り込みに近い依存と言えば解るだろう。だが、お前と共に歩んでいくのならば大した問題あるまい」
共に歩いていく事で安心感が得られるのは武でもなんとなく理解ができる。
だが、それがそのまま結婚となると武には複雑な心境になる。
純夏と共にいられる事は嬉しいが、心的依存を利用しているのが納得できないでいた。
「けど結婚って」
「結婚じゃない、今は婚約者だ」
未成年の婚約は親もしくは親族の承認が必要である。
純夏の場合は母親にその権利がある。
もっとも結婚でも問題はないのだが、と和哉は心の中で付け加える。
武はどうやら忘れているが、帝国議会で男性徴兵対象年齢の再修正法案可決した際に結婚に関する年齢も改正されている。
これは条件付だが男性は15歳、女性は14歳にまで引き下げている。
その条件は男性の場合は帝国軍の軍籍を持っている事であり、条件対象外の男性は改正前と同じく18歳とされている。
女性の場合は現実的な話であるが結婚相手に養えるだけの収入があるかどうか、つまりは定職を持っていないと認可が下りない。
考えてみれば当たり前の話である。
BETA進攻の状況下で確実な定職を持っているのは一部を除けば軍人、もしくは軍関係者になる。
またBETA進攻による人口の激減を考えれば結婚年齢の引き下げも当然の話である。
直接確認した訳ではなかったが、前の世界では最終的には一部の国を除いて結婚年齢はほぼないに等しかった。
まあ、それでも戦時中の緊急法案と考えれば納得するしかなかったが。
現在武は肉体年齢的には20歳の頃に戻っているが、今回の件では問題はない。
定職の方もほぼ帝国軍衛士は確定している。
よって結婚しても問題はなんら生じないだろう。
せいぜい殿下が本気(・・)になっても、一夫多妻になるかもしれない程度だ。
一人で背負うより二人で背負った方が良いなら、それが三人、四人になればもっといいだろうと和哉は本心で思った。
しかし、こういう事になると武は鈍いというか、臆病になるからなと和哉は武を見ながら考える。
「純夏嬢の母親の事なら問題ない。彼女には今回の件は伝えてある」
もっとも武は知らないだろうが、和哉は母親への説明で武の事を”純夏の事をかつての恋人を重ねている節があるが、不器用でお人好しなところもあるけど誰かを護るための戦いにおいて右に出るものはいない”などと話してある。
娘からの話で良い印象もある性か、結婚に関しては乗り気であったことも付け加えておく。
「後は純夏嬢には次のように説明している。話をあわせておけ」
曰く、婚約者の件は、鑑純夏の父親と懇意にあった武の親代わりになった上官が取り決めた事である。
武は国連軍に出向中の次世代戦術機に関係する開発衛士であり、和哉は技術廠の関係者である事。
その武が評価試験の為に国外にいて襲撃のあった次の日に日本へ帰還する予定で、和哉は報告のために一足先に帰国していた。
和也があの場に現れたのは帝国軍白陵基地に報告する為で、助けられたのは偶然。純夏を知っていたのは白銀の婚約者の話を知っていたから。
武が上空から突然現れたのは、輸送途中に緊急出撃し減速が追いつかずにそのまま着地したことによる錯覚である。
現在、二人が帝都城にいるのは軍務違反行為をした為の沙汰を待つためだったが、結果は二人の降格及び減棒で済むことがほぼ確定している。
ただそのために、軍全体に評価を見せるための模擬線を行うことになったという事。
「まあ、わかる(・・・)奴ならツッコミのオンパレードな建前だが、表面上はこれですでに処理されているから問題ない」
スゴくイイ笑顔を浮かべながら言い切った和哉を、げんなりした顔を浮かべながら見ていた武は、それらを細かく聞かない事を心に決めた。
「しかし・・・運命というやつはどこまでも優しくないな」
げんなり顔の武を横目に和哉は、どこかやりきれなさを含めた思いを静かに呟くように口にした。
それから数分後、和哉ととりあえず純夏の事は後に考える事で気を取り直した武の二人は目的の場所までたどり着いた。
保養施設の奥部屋前の通路で立ち番をしていた帝国軍の警備兵に事前に渡されていたI.D.を提示すると、警備兵は奥部屋の中へ声をかけ確認する。
中からの了解を取ると、警備兵は奥部屋の扉を開けて二人を誘導する。
「失礼いたします」
「失礼します」
二人が中に入ると、目的の人物、香月夕呼は来客用のソファーに足を組みながら出されたコーヒーを優雅に味わっていた。
正確にはそのように振舞っているが正しいのであろうが。
彼女の背後には国連軍の軍服を着た女性が直立不動の状態で立っていた。
チラッとだが大尉の階級章が見えたが、二人の記憶の中では今まで彼女を見た記憶がなかった。
和哉は情報消去された過去のVFA-01メンバーかとだけ何となくの予想をして、頭の片隅に追いやった。
「お初にお目にかかります、香月博士。自分は国連軍独立特殊任務部隊所属、楠木和哉中佐であります」
「同じく国連軍独立特殊任務部隊所属、白銀武少佐であります」
夕呼はそれに応えず、背後に立っている部下の女性に何事か小声で告げると、無言で頷いて部屋から出て行き、扉を閉めていく。
「あんたたち、いつまでぼーと突っ立ているの?座ったら?」
敬礼をしたままの二人に軽い口調で話しかける夕呼。
二人は敬礼を解くと、対面のソファーに座る。
「私の知っている限り」
夕呼はそれだけ口にすると二人を胡散臭そうな視線で見た後、言葉を続ける。
「国連軍では独立特殊任務部隊なんていう特別扱いな連中はいないし、在日国連軍内で貴方たち二人とも見た事ないんだけね」
夕呼から投げかけられた疑問に、和哉は顔色変えずにサラッと返す。
「ええ、でしょうね」
その返しに武は驚きを見せそうになるが、和哉のアイコンタクトで平静を保ち、この場の流れを任せた。
「あら、自分たちは身分を詐称していると認めるのかしら」
「いえいえ、博士ならばご存知なのではないでしょうか?」
夕呼と和哉は互いに澄ました顔で腹の探り合いを言葉でする。
「何の事かしらね」
「どうやら烏は無事に渡った様ですね、いや蝙蝠かな?少なくともツバメではないでしょうが」
夕呼は心の中で舌打ちをする。
やはり、この男は鎧衣が自分の所に行く事を確信していたのだと。
夕呼の表情は変わらないが一瞬の間が空いたことを感じ取った和哉はニヤッとだけ微笑みと言葉を続ける。
「さて、互いの腹の探り合いはまた今度にでもしておきましょう」
「そうね、時間も勿体無いからね」
和哉の言葉に夕呼はあっさり同意を示す。
ここまでのやり取りが挨拶代わりだったのかーと武は半分思考を放棄しながら思った。
「本題に入りましょう」
その言葉の後に和哉は実にいい笑顔をしながら、篝火欲しいですか?と何でもない事のように夕呼に告げた。
それを横で聞いていた武ははぁ!?と本気で驚いた表情で見た。
夕呼は一瞬呆けるものの表情には出さず、何でもないように返答する。
「あれ、こわれちゃったんでしょう。そんなの欲しいとも思わないわ」
燃えるゴミにもならない廃棄物寄越されてもね、と夕呼は笑いながら和哉に言う。
それは強がりではなく本音である。
内心は欲しいと思うが、あれを貰っても使いこなせなければ意味がない。
それができる自分の手札は今はないと夕呼は冷静に判断した。
また、こんな気軽に言葉に出してきた和哉への警戒もある。
一体、あの戦術機で私に何を求めているのか、それを判断してからでも遅くはあるまい。
そのように和哉の事を含めて、あのように返答したのだ。
その返答を受けても和哉は心底残念だという表情とポーズと取るだけであった。
「そうですか、残念です」
「もっと私に利益の」
「あれには博士の研究結果(・・・・)が転用されていたのですが、必要ないですか」
空気が変わった、と武は思った。
夕呼は和哉に確かめるように静かに聞く。
「あんた・・・今、なんて言ったの」
夕呼の問いに和哉は軽く答える。
「研究結果と」
「何の」
虚偽の発言は許さないという強い意志を感じる夕呼の問いかけに、和哉はやはり何でもないかの様に軽い口調で答える。
「勿論、博士の研究ですよ、いえ正確には人類の悲願になるんですかね」
夕呼の空気がさらに変わる。
空気が張り詰めるような緊張感が部屋全体から感じる中、和哉は夕呼の求める答えを言う。
「第四計画」
夕呼の目の色が変わった。
「その技術の集大成、それが篝火なんですよ」
そこまで言った和哉はいやはや、しかし残念だとポーズをとると言葉を続ける。
「それがゴミですか、ではあれは処」
「待ちなさい!」
夕呼は和哉の言葉を遮った後、一瞬の間何かに悩むも口を開く。
「・・・何が目的、いえ望みなのかしら」
和哉は手を組み、口元を隠すようにしながら微笑む。
その様子を横から見ていた武は悪魔の微笑だ、とどこか呆然としながら思った。
篝火の引き渡し方法やら部品の製造に関するあれこれを和哉と夕呼がやり取りじめて武は完全に置物の気持ちでお茶を淹れて飲んでいた。
(本当、オレって技術の話になると蚊帳の外になるよなぁ)
淹れたお茶を静かに飲みながら、そんな事を考えていた武は部屋の近くに誰か来た事を何となく感じ取れた。
程なくして扉をノックかれ、外にいた警備兵から声がかけられた。
「斯衛の月詠中尉がお見えになられましたが、中へ入れてもよろしいでしょうか?」
その言葉に会話していた夕呼が入れても良いわよと返事をする。
警備兵よ失礼いたしましたとの言葉とともに、扉が開けられて真耶が疲れた様子を見せることなく毅然とした態度で入ってきた。
服装はすでに強化装備を脱いでおり、斯衛の赤服に着替えていた。
「紅蓮大将がお呼びなのですが」
壁に掛けられていた時計を見ると、かれこれ2時間近く話していたようだ。
和哉はまだ本命を終わらせていないのだがと思いながらも真耶に確認する。
「今からかな?」
「はい」
「それは二人一緒でないと駄目かな?」
「先の模擬戦について話が聞きたいとのことですので、説明ができるのあればお一人でも問題ないかと」
真耶の返答に和哉は少し考えると、武の方を見て話しかける。
「ふむ・・・武、悪いが先に行ってもらえるか」
武は和哉の言葉に首を傾げて考える。
「?和哉、お前も何かあるのか」
その武の疑問に和哉は何でもないことのように答えた。
「まあな、大事な話(・・・・)がある」
武は何となくだが、その話は自分に関わる事なんだろうと察した。
だが、和哉が遠まわしな言い方をしたのにも何かあると考え、聞かないことにした。
何だかんだ言っても和哉は大切な事ははっきりと言葉に出す。
言葉に出さないのなら、自分は関わらない方が上手くできるのだろう。
そう考えた武は何でもないように告げる。
「オレにもできることがあるようになったら教えてくれよ」
和哉はその言葉に内心驚くと同時に武の配慮に感謝した。
「ああ、その時は頼りにさせてもらう」
「じゃあ、先に行ってるから」
その言葉に嬉しそうな表情を浮かばせると、扉を開けて出て行く。
武が扉の向こうに消え、足音が遠ざかっていくのを確認した和哉は夕呼の方を振り向く。
その顔には何の表情も浮かんではいなかった。
夕呼は和哉のその急激な変化に戸惑いを隠せなかった。
「さて、香月博士。少し大切なお話があります」
「それでは香月博士、よい返事を待っています・・・では」
和哉はそう言って夕呼へ綺麗に敬礼をすると部屋から出て行った。
夕呼は出て行った扉を睨み付けるように見ながら、誰に言うでもなく呟いた。
「あの男の真意が見えないわね・・・」
そう考えるように呟く夕呼は和哉から渡された二つの書類の束に視線を落とす。
その書類の束の表紙にはそれぞれ次のように書かれていた
”次世代戦術機管制システム『EES』開発計画書”
”国連軍及び帝国軍における次世代統一規格量産型戦術機開発計画提案書”と
歴史は動く
旅人は”かつて”を新たな力として
魔女は”これから”を新たな導きとして
だが
「さて、舞台はまだこれから。ならば次に打つ手は」
楠木和哉
彼はこの世界において何をなしていくのか
そして何を見据えているのか
それは未だ語られていない
それでも
物語は開幕の時を告げ
まだ見えぬ未来へ向かい
静かに、確実に
全てが動き始めた
次回予告
始まりの火はこの地に宿った
それに託された想い
それに込められた願い
それに残された意志
それが必然ならば
新たな風を呼ぶのもまた運命
次回
Muv-Luv The alteration
01-12:シンカの運命