Muv-Luv The alteration 作:詩仙堂黒猫
10月23日
BETAによる横浜強襲・制圧の報から1日経過した今現在でも帝都城には行方不明者や運良く脱出できた生存者の確認などの報告が入ってきていた。
現在確認されている生存不可と判断されている行方不明者は約200万人、ほとんどの者が中心地となった柊町近辺や沿岸付近に住んでいた者たちであった。
そんな中、地獄の釜となった横浜、しかも被害の中心地柊町から戦術機随行とはいえ脱出してきた者たちと日本帝国の象徴たる政威大将軍および五摂家との会談が秘密裏に行われようとしていた。
それが何を意味するのかは、それを知るものはまだいない・・・
時刻は夕刻を回った頃、帝都城謁見の間には奇妙な空気が漂っていた。
現在、謁見の間には政威大将軍である煌武院以外の五摂家、斑鳩、九條、崇宰、斉御司が、招待客として内閣総理大臣榊是親、情報省外務二課課長鎧衣左近が集まっていた。
また、警護と進行役という名目で斯衛軍から紅蓮大将が参加している。
その中で、謁見の間の中央に二人は座っていた。
二人はここに入るまで今回の謁見についての話し合いは済んでいるらしく、黙ってはじまりを待っていた。
和哉は目を閉じて、ごく自然に時が来るのを背を正して待ち、その横で武は同じように背を正して座っているが緊張して肩に力が入っているのがよく解った。
対照的な二人を興味深く他の参加者たちが見ている。
榊は和哉を見て感じたことを考えていた。
あきらかに慣れていると、思った。
度胸があるとか、肝が据わっているとかではない。
あれは見知らぬ格上の者との会談など場数をそれなりに踏んでいる人間の態度だ。
少なくとも榊には直感的にそう見て取れた。
「政威大将軍様のお成りです」
謁見の間の外に控えていた侍従の言葉が聞こえた。
その言葉と共に、その間にいた全員が頭を伏せる。
静々と歩く音だけが聞こえていた。
上座の席に座る音と気配が武と和哉は感じ取った。
「面をあげよ」
少女の、されど凛とした声が謁見の間に静かに響き渡る。
二人は顔をあげた先の上座に座る若き政威大将軍の少女を見た時、一瞬懐かしさを思い出した。
政威大将軍、煌武院悠陽(こうぶいんゆうひ)。
前回とは違い、今はまだ”お飾り”の立場にすぎない少女。
だが、それでも、二人は感謝と再会の意を心の中で送る。
それと同時に心を引き締めて、”初めて会う”政威大将軍への挨拶として名乗りでた。
「お初にお目にかかります、殿下。自分は国連軍独立特殊任務部隊所属、楠木和哉中佐であります」
「同じく国連軍独立特殊任務部隊所属、白銀武少佐であります」
和哉、武の順に答えて頭を下げて礼をする。
崇宰は階級を聞き、内心でほぉと思った。
見た目の若さに反して階級が佐官、これが意味するものはどのようなものか。
コネか実力か、もしくは軍機に直接関与する存在か。
斉御司は部隊を聞き、何やら訝しげな表情を一瞬浮かべた。
「さて、ご参加いただく五摂家よび客人の方々を私、紅蓮醍三郎より紹介させていただきたいと思います」
紅蓮はそう言うと前に少し出て、悠陽と五摂家の方を向き、深く頭を下げる。
それを受けると、悠陽は頷く。
なお、この場に紅蓮しか帝国斯衛軍から参加していない理由は、横浜制圧後のBETAの動向に対する警戒ゆえにである。
斯衛軍総司令である神野大将は紅蓮に今回の件を一任すると、自分は万が一に備えて斯衛軍の全体の指揮を執っている。
もっとも武だけは気が付いていないようだが、この会場内には城内省や斯衛軍からの警備の者が何人か潜んでいる。
紅蓮は気が付いていながらも平然と姿勢を正している和哉を、やはり大した者だと思いながら招待客から紹介していく。
「情報省外務二課課長、鎧衣左近(よろいさこん)殿」
大柄なスーツ姿の男性、鎧衣が頭を軽く下げる。
二人でそれに返すように頭を下げつつ、武はさすがに帽子とトレンチコートは脱いだか、と思った。
帽子とトレンチコートを着たスーツ姿=鎧衣左という方程式が頭の中で固定観念としてあった。
さすがに五摂家の前でその姿のままというわけではありえないが、どこか衝撃を受けた武だった。
「内閣総理大臣、榊是親(さかきこれちか)殿」
呼ばれた眼鏡を掛けた細身の中年、榊が頭を下げる。
武は頭を下げる時、二度目の時のような事はもう起こさせない、と誓った。
和哉は頭を下げながら前回も会った時に感じたことを何気なく考えた。
千鶴嬢は父親似だよな、とわりとどうでもよい事であったが。
「斑鳩頼成(いかるがよりなり)様」
冷徹な視線を二人に向けて放つ青年、斑鳩が軽く頷くように頭を下げる。
二人はそれに合わせるように、頭を下げ伏せる。
(この人があの噂の『鬼臣の斑鳩』か・・・なんか納得した)
武は斑鳩を見て、心の中で納得した様に呟く。
京都防衛線で最後までBETAと戦い、殿としての役目を果たした若き英傑にして斑鳩家現当主。
前回では武は直接顔を会わせることはなかったが、衛士たちの話は聞いたことがある。
曰く「敵を屠る姿は正に鬼神なり、国を想う心は正に忠臣なり」
京都防衛戦において参加した衛士が斑鳩の戦う姿を例えたこの言葉が『鬼神の忠臣』の二つ名へ、後に『鬼臣の斑鳩』と呼ばれるようになっていた。
それにこの場には帝国斯衛軍第16大隊指揮官としてではなく五摂家斑鳩家当主として参加らしい。
「九條美智羽(くじょうみちは)様」
妙齢の女性、九條が呼ばれ軽く頭を下げる。
同じように二人も頭を下げ伏せる。
女性は顔はにこやかであるが、目は笑っていなかった。
二人は心の中で同じような事を思っていた。
あいかわらず底が知れない怖い人だ、と。
「崇宰憲明(たかつかさのりあき)様」
壮年の男性、崇宰が鋭い眼光とともに頭を下げる。
和哉は前回はご子息の方が家督を継がれた後だったななどと思いながら頭を下げる。
武は頭を下げつつ、前回会った崇宰の当主を思いだしていた。
(ああ、確かに顔つきは親父さん似だな・・・性格は違ったみたいだけど)
タコマ租借地で子供が生まれた事に一喜一憂していた彼を思いだし、武は元気にしてるかななどと場違いな事を考えた。
「斉御司忠嗣(さいおんじちゅうじ)様」
白髪頭の好々爺といった感じの男性、斉御司が頭を下げる。
和哉は頭を下げながら、前回での斉御司の事を思い出していた。
(やれやれ、こちらでも相変らず喰えない爺様のようだな・・・)
帝国斯衛軍の暗部ともいうべき独自の隠密部隊や諜報部隊を束ねる裏の長。
政威大将軍を影から守護する「斯衛の闇」と畏怖される象徴。
それが斉御司忠嗣であった。
(あちらでは悪い人でないのが救いなのだったが・・・ここではどうかな?)
「政威大将軍で在らせられる煌武院悠陽様である」
それを受け、二人は上座に座る少女―――悠陽に向けて深く頭を下げる。
「では、始めにおぬしらが持っていたこれらの物について訊きた「お待ちください」・・・何事か、楠木和哉」
紅蓮が横に置いてある台座を持って進行しようとするのを、和哉が止める。
斑鳩の眉が少しつり上がるが、気にせず口を開く。
「それらについてお話しする前に、少し昔話をしたいと思います」
ニコッと和哉は微笑みながら言った。
唐突な申し出に悠陽は一瞬、目を瞬きさせるも和哉へ確認するように尋ねた。
「・・・それは必要な事なのですか」
「はい、とても重要であり必要な事です」
その返答の速さは木霊のようだ、と場違いな感想を鎧衣は思った。
なおかつ頭の回転も口も良いらしい。
「それを聞いていただければ、それらの物を何故私が持っていたか理解できます」
これは聞くしかないな、と鎧衣は思うと同時に和哉に対して警戒度をひとつあげる。
同じ様に斉御司もやはり、ただの士官ではないなと和哉に対する認識を改めた。
「・・・良いでしょう。話す事を許可いたします」
「ありがとうございます」
和哉は悠陽に頭を深く下げると、隣の武に目線で合図する。
武は軽く深呼吸すると頷いた。
「これから話す事は荒唐無稽な話に聞こえましょうが、紛れもなく事実です。また言葉が荒くなってしまう事もありますでしょうが、ご了承ください」
武は静かに、それでもはっきりとした声色で語り始める。
自らの始まりとも言える記憶を。
「自分はこことは違う世界、BETAの存在しない世界の横浜に生まれました」
自分が歩んだ過去、あいとゆうきのおとぎばなしを。
「その世界の歴史は、この世界とはBETAの存在しない事を除いてもそれなりの差異はありますが、ここではあまり関係ないことだと思いますので省かせていただきます」
誰もが聞けば突拍子もない話だと笑うだろう言葉を、この場にいるものは皆黙って聞いていた。
別に信じているという訳ではない。
だが何かがあるのだという思いもないわけではなかった。
「世界のどっかでは戦争や紛争をやっていたりしましたが、日本は、自分の知る範囲で言えば割と平和な国でした」
武は自分がいた故郷ともいうべき世界を思い返しながら話す。
あの時は思わなかったが、今なら思える。
あの世界は平和だったと。
あの世界は幸せだったと。
「自分はその世界では、級友と騒がしいながらも楽しい日々を送る平凡な一学生として暮らしていました・・・あの日までは」
榊千鶴がいて、彩峰慧がいて、珠瀬壬姫がいて、鎧衣尊人がいて、御剣冥夜がいて、そして------鑑純夏が隣にいた。
みんなともに笑い、怒り、悲しみ、騒ぎ、歩んでいたあの頃を想うと望郷の念が思い出される。
だが、今はその想いは必要ない。
「2001年10月22日」
何故なら武は決めたのだ。
話を聞いていた者たちは思った。
今から3年後の話なのか、その日に何が?と
「目を覚ました自分は少し違和感を感じました」
あの時、二度目のループを自覚した時に
「外に出た自分が見たのは、どこまでも広がる廃墟となった故郷でした」
この世界を救う、と
ガキだった自分が世界を理解していないのに、掲げた理想
「動揺しながらも自分は通っていた学園、白陵大付属柊学園へと向かいました」
はじまりはガキ臭い理想かもしれない。
それでも―――
「けど其処に建っていたのは国連軍横浜基地でした」
(オレは此処にいる、オレは此処まで来たんだ・・・)
武は自分の心が静かに、けれど激しく奮えるのを感じた。
紅蓮は武の言葉に疑問を感じた。
横浜に”国連軍”基地はなかったはずだと。
あそこに在ったのは”帝国陸軍”基地だったはずだと。
確かに第4計画のために施設を国連に開放したが、名目上”帝国陸軍”の施設である。
それを軍人であったと者が言い間違えるだろうか?
これは何かあるのだろうなと、紅蓮はとりあえずの結論を出して、この疑問を置いておく事にした。
(何であれ、この者の語る事は我ら帝国軍において重要な札になるかもしれんからな)
聞き逃しては大変だ、と紅蓮は心の中で思った。
「そこでいろいろあったのですが」
武は言葉を区切り、和哉をチラッと横目で見る。
和哉は黙って頷き、何事かを目で伝える。
それを見た武は正面の悠陽に視線を戻し、再び口を開く。
「この場では伏せさせていただきますが、結果的には国連軍の訓練兵として配属されました」
斑鳩が厳しい視線で和哉を睨むように見るが、当の本人は涼しい顔で受け流していた。
九條は何か感じたのか、考えているのようであったが。
「自分が配属された部隊は207B分隊は少し『特別』でした」
斉御司はその言葉を聞いて「ん?」と思った。
『特別』
一体その部隊の何が特別なのだろうかと。
第4計画についてはある程度調べて(・・・)知っていた斉御司は、ここにいる五摂家の誰よりも第4計画の実態を知る人間だ。
その斉御司よりも機密を詳しく知るだろう人間が言う『特別』という言葉が気になったのだ。
もっとも、その疑問はすぐに答えられる事になった。
「榊千鶴、彩峰慧、珠瀬壬姫、鎧衣美琴」
突如として挙げられていく名を聞いて全員がハッとする。
榊千鶴、この場にいる榊是親総理の娘ではなかったか。
彩峰慧、あの『光州の悲劇』の彩峰中将の娘の名も同じだったはず。
珠瀬壬姫、この場にはいないが国連事務次官珠瀬玄丞斎の娘の名前ではないか。
最後に鎧衣左近は自分が何故ここにいるのか、呼ばれた本当の理由を察した。
鎧衣美琴、自分の娘のことではないか。
「そして・・・殿下の妹君である御剣冥夜」
その言葉を、名を聞いた瞬間、全員の息を呑む音が聞こえた。
中でも悠陽の表情は目に見えて酷かった。
(今、この者はなんと言ったのか?私の妹?御剣・・・冥夜?あの冥夜が国連に?)
動揺をするなという方が難しいだろうが、それでも気丈に頑張っているのが解る。
少し青ざめているが、内心の動揺は手に力を入れて堪えているようだった。
それほどまでに御剣冥夜の名は日本帝国内においては機密情報に近いのだ。
そして煌武院悠陽にとっては常に気をかけている存在でもあった。
「彼女らが207B分隊に所属する訓練兵でした」
武の言葉で空気が張り詰める。
「彼女らの背後にある事情は今では知っていますが、当時の自分には理解できませんでした」
だが、場の空気を察することなく、武は淡々と話す。
「彼女らと日々訓練に勤しみ、総合戦闘技術演習を越え、戦術機教習課程に入りました」
最初はぎくしゃくとした歪みを感じた部隊内の関係。
ひとつ、ひとつの壁を乗り越えていくうちに絆はできていった。
あの世界とは違う、けれどあの世界とも変わらぬ絆。
武は語りながら、それを思い出す。
だが、それでは――――
「2001年12月24日」
あの世界では力不足だった。
どこまでも世界は無慈悲なまでに残酷だった。
「オルタネイティヴ4は凍結、オルタネイティヴ5へと移行しました」
それはある意味で決定打となった言葉だった。
オルタネイティヴ計画。
それは世界の行く末を賭けた一大計画で、中枢もしくは暗部に関わる上位の人間以外には知られていない重要度の高い機密情報である。
一佐官が知っている事とは思えない。また知っていたとしても、冗談でもこのような事は口に出来ない。
この場にいる人間たちの話を聞く態度にも力が入ったのを、和哉は何となく察した。
「自分達207B分隊が任官して、二年程戦い、朧気ながらにしか覚えていませんが、おそらく自分はその世界で死んだんだと思います。そして再び2001年10月22日に戻りました」
サラッとながら、ある意味爆弾発言を口にする武に崇宰は唖然とした後、何か苦虫を噛み潰したような渋い顔をする。
それは何に対する感情なのか、崇宰にしかわからないが和哉は何となく「怒り」だと思った。
何も手を出す術がなかった事への「怒り」なのか
何もしてやる事がない自分への「怒り」なのか
武が自分の死に対して感慨のない事への「怒り」なのか
武をそういう風に仕立てた何かに対する「怒り」なのか
あるいは、それら全てへの「怒り」なのか
(前回の世界でも感じたが、親子揃って人情深い方々だ・・・)
和哉はそんな崇宰親子に対してそう考えていた。
「この現象は因果律量子論という理論の因果導体という事で説明ができますが、後で述べさせていただきます」
因果律量子論、因果導体
この言葉に榊と鎧衣は聞き覚えがあった。
確か香月博士の掲げる理論ではなかったか?
彼女もまた関係しているというのか?
そのような疑問が沸き起こる。
「だけどこの現象を利用して、自分は世界を救えると思いました」
武は自分で口にしながら、心の中では思い返してみても当時の発想はガキそのものだったよなと昔の自分に苦笑する。
それはどんなに苦難の道なのか、それは何を代償にしなければいけないのか。
そんな事を一切考えなかった、いや、考えつかなかった。
上手くやればみんな救える、そんなガキみたいな考えしかなかったのだ。
「だから知った未来を良い方向へ変えていこうとしました」
だが当時はそうと出来ると信じた、ゆえに進んだ。
その先にあるものを知らずに。
「だけど、それは苦難や試練の連続でした」
12・5事件と呼ばれる沙霧尚哉を中心とした青年将兵による軍事クーデター
恩師を失い、自分の弱さに向き合ったXM3トライアル中に起きたBETA逃走事件
愛した者、鑑純夏の真実と死、そして00ユニットとA-01への配属
多くの装備と人命を失った佐渡島ハイヴ攻略作戦
そしてある意味BETAを甘く見ていたツケによる横浜基地防衛戦
「多くのものを失い、それでも進みました」
それでもまだ戦いは終わらなかった。
それでもまだ苦難の道は続いた。
「伏せなければいけない事がありますので大分省きますが、最終的にはオリジナルハイヴを落とす事までできました」
人類の未来を賭けたあの世界における自身最後の戦い、桜花作戦
BETAの頂点ともいうべき重頭脳級、あ号標的との接触、そして破壊
それは成功を期した。
だが、その代償は大きかった。
「207B分隊の皆の命と引き換えに」
そして、愛した者の命も――――
口には出さないが、武は心の中で呟くように付け加える。
斑鳩は目の前にいる武を見て、何も言えなくなった。
悲しみも苦悩などをその瞳からは読み取る事はなかった。
その瞳の力は失われず、目の前の悠陽の瞳を捕らえてはっきりとした目線で語っている。
(こいつらは、今までどんだけの死を、想いを背負ってきたんだ・・・)
それは斑鳩には見覚えがあった。
亡くなった先代斑鳩当主、彼の祖父の瞳だ。
父が逝ったときも兄が逝ったときもあの瞳で、自分に語った事を思い出す。
(死にとらわれるな、想いにとらわれるな、それにとらわれ迷えば自らが死ぬ・・・だから背負っても歩けるだけの強さを、心を育め・・・)
言葉にすると簡単に聞こえるが、心を強くするというのは並大抵のことでは出来ない。
いや、だからこそなのかもしれない。
迷い、間違い、悔やみ、嘆き、それでも自分を見失わずに進む。
だから人は強くなれる。
「オレは因果導体から開放され、世界から消える事になりました」
そして話は佳境に入る。
何時の間にか、感情が高ぶっていたのか”自分”から”オレ”になっていたが誰も気にしなかった。
武自身も気が付いていないようである。
「身体が世界から消え去り、意識さえ曖昧になっていきました」
あの桜の木の下での事を思い出す。
先生の最後の励まし、霞との別れの言葉。
そして――――
「消え往く中で、オレは願ったんです。」
まだ何かできるんじゃないか?
まだ誰か救えるんじゃないか?
まだ誰か護れるんじゃないか?
いや、そんな願いはなかったといえば嘘になるだろう。
だが、あの時、あの瞬間、願い望んだものは
「みんなの笑顔がもう一度見たかったって」
ともに歩んだこの世界の仲間の笑顔だった。
それを誰が非難できよう?
それを誰が馬鹿にできよう?
消え往く者の微かな未練ともいう願いを誰かが何かと言う権利はない。
「それを最後にオレはあの世界からは消えました」
武はその言葉で話を閉めた。
場を奇妙な沈黙が覆う。
「さて、話は一旦ここまでで切らせていただきますが」
それを払うかのように和哉は全員を見回し声をかける。
「ご質問はございますか?」
その言葉に一同何か考える。
そんな中、九條が手を上げ質問する。
「何箇所かぼかして話していたのは何か事情があるのかしら?」
どうやら彼女は伏せていることについて気になるらしい。
あいからず頭の回転と切り替えは速い方だ、と和哉は思いながらも答える。
「はい、少々事情がありましてこの世界における不確定要素を減らしたいと思い、今は伏せさせていただきました。ご理解ください」
他には?と和哉が声をかけるが、特に質問しようという者はいないようであった。
話を先に進めようと和哉が思った時、すまないが、という声とともに手が上がるのが見えた。
「・・・ひとつ、質問と言うべきか、聞きたい事があるがいいかね」
榊が何やら神妙そうな顔で手をあげていた。
「どうぞ、榊総理」
和哉は特に気にする事もなく、榊に質問を促す。
それを受けて榊は言葉を選ぶように質問した。
「白銀武君に関しては理解できた。だが君に関しては触れられていないのだが、これはどういう事なのかね?それとも、この続きがあるのであれば、次は君の話になるのかね」
その言葉に、紅蓮は確かに思った。
深く聞き入っていて気が付かなかったが、彼、楠木和哉の名前が出てきていないではないか。
「いいえ、私の話はありません」
和哉の思わぬ否定に場の空気が再び張り詰める。
「何故か理由を聞いても良いかね?」
榊が問いかけると、和哉はそちらの方へ身体を向けて口を開く。
「簡単な事です」
和哉はニコッと微笑みながら
「私、楠木和哉は白銀武とは同郷の者ではありません」
軽い口調で全員に告げたのだ
「私、楠木和哉は」
ある意味、残酷なまでの真実を
「元は、ただの死人ですので」
その言葉を、意味を瞬間的に理解できた者は何人いただろうか。
和哉の横で武が苦い表情で唇を噛み締めているのが解る。
あっけに取られた表情の参加者の顔を見ながら、悠陽に向けて姿勢を正す。
「では話の続きを・・・私と彼、白銀武との出会いからお話しましょう」
和哉は静かに語りだす。
その瞳は何かを懐かしそうに思い浮かべて遠くを見つめているのがわかる。
「全てはあの出会いから」
そう、はじまりはあのとき
「あらゆる世界の可能性に繋がる場所」
全てが肯定された光の粒子に満たされた世界
「世界の海ともいえる場所ではじまりました」
あらゆる可能性が許される世界の海
それはとてもすばらしい世界
それはとても残酷な世界
あらゆる希望も絶望も等価値で存在する世界
全てはそこからはじまったのだ
次回予告
男たちは歩む
その旅は出会いと苦難の物語
だが、男たちは歩みを止めない
その旅は別れと試練の物語
だが、男たちは歩みを止めない
それが男たちの生き方だから
次回
Muv-Luv The alteration
01-05:記憶の旅路