真佳は怪しく光る緑の柱の前で、足を一歩前へ出すことを躊躇した。
よりによって、どうしてここなのだろうか。
「どうした?」
前を行く男が、振り返る。
真佳は、どうしてこの胡散臭い男についてきてしまったのかと、自分自身の行動に疑問を感じた。
真佳が例の血まみれの小路に立っているところ、ひとりの男に声を掛けられたところから、ことは転がり始めた。
「お前、天女みたいに別嬪な剣客を知っているか?」
男は突然そう、真佳に尋ねてきた。あいさつも、前置きも全く無しだった。
いつもならば、この時点で真佳はこの男に警戒をしたはずだった。
「もし、そいつを知っているなら。会わせてやってもいいぞ」
男はとても馴れ馴れしい。
ムッとしながらも、真佳はこれに乗ってみるのもいいかと思った。
「ひとり、知ってる」
そう応えると、男はそれで満足したようだった。
「あんなのは一人で充分だ」
ニヤリとして、男は真佳を導いた。
「ついて来い」
で、着いたところが、この街で一番高級な妓楼だったという訳だ。
真佳は男の後について、妓楼の奥へと進んでいった。
ここに『天女みたいに別嬪な剣客』が居るということなのだろう。真佳が知り得る限り、そんな人物はただ一人、戒莉しかいなかった。
その戒莉が妓楼に居るだろうか。
例えば客として入って、金が足りなくて足止めされているなどということも考えられなくもない。
だとしたら、心配した真佳はいい面の皮だが、堺仁に言わせると、戒莉は妓楼には行かないのだそうだ。
実のところ、真佳はそれを疑い半分で受け止めていたのだが。
気持ちの整理のつかぬままに、真佳はひとつの扉の前に辿り着いた。
「ここだ」
男はぴたりと歩を止め、その扉を押した。
果たして、そこには戒莉が居た。
部屋は真佳が知っている妓楼の部屋とは格が違っていた。
その部屋に相応しい天蓋つきの寝台に、否応なく真佳の視線は釘付けになる。 そこに花娘が侍っていはしなかったが、どんな花も色あせるとか言ってしまいたくなる男が眠っていた。
「戒莉」
思わずその名を呼んで、真佳はその顔を覗き込んだ。
顔色が悪い。どうやら、また返り血を浴びるようなことになったらしい。あの血まみれの小路と関係があるのだろうか。怪我はしているのだろうか。
「カイリというのか、その剣客は」
真佳の直ぐ後ろで、男はそう呟いた。
真佳は、しまったと口を閉ざしたが、次の瞬間には男が戒莉の名すら知らなかったと気付き、驚いた。
「怪我はしておらんよ」
男は、真佳の危惧に応えるように言った。
「していてもかすり傷程度だ。気を失っただけだが、酷く具合が悪いらしい」
そう言葉をつなぐと、男は戒莉の眠る寝台に腰を掛けた。視線は、戒莉から外さない。
真佳は、これ以上の情報をこの男に与えていいものかを迷い、口を噤んだままでいた。
「血が苦手らしいな」
男は、誰の許しを得たのというでもないのに、戒莉の髪を撫でた。
「おかげで何度も髪を洗い直させられた。血の匂いが残っている、などと言ってな」
男の邪気のない笑みに、真佳はなぜか圧倒された。
一息おいてから、真佳は男に向き直った。
「何があったか、お聞かせいただけますか」
わざと丁寧に、真佳は問うた。
男は真佳を見据えると、『いいだろう』と語りだした。