天涯~雁編~   作:清夏

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『やはり罠』

 俊英と希央が、妓楼にやってきたのは、夜もふけた頃のことだった。

 妓楼を訪れるには、まことに相応しい時刻であったが、この二人は遊びに来たという訳ではない。

 

 戒莉が、俊英と希央を見るのは、初めてのことだった。

 ふたりは、なんとなく似ていた。顔の造作が似ているというのではない。雰囲気というのだろうか、それが似通っているのだ。

 二人とも平凡な人間という印象だった。痩せている訳でもなく、太っているということもない。整った顔をしているのではないが、これといって醜いというのでもない。まことに曖昧な言い方だが、ふたりは普通なのだ。この二人と群集の中で擦れ違ったとしても、気付くかどうか、戒莉には自信がなかった。

 これがこの二人の特徴であり、最大の武器と言ってもいい。

 人々の中に自然に埋没して、様々な情報を集めることが可能となる。

 戒莉には、これが出来ない。

「さて、どうするか」

 希央の声は、どうということのない普通の男の声に過ぎなかった。ことさらに感情がこもっている訳でも、無感動という訳でもない。

「このまま、何もしないというのは?」

 この真佳の発言に、戒莉は真佳の顔を見た。

 珊揮が、戒莉たちに任せると言った中には、この件に対してこれ以上何もしないという選択も含まれている。

 俊英と希央も知っていたし、戒莉もそれを承知していた。

 だが、戒莉は真佳に問わずには、いられなかった。

「それでいいのか?」

 低い、感情を押し殺したような響きが、真佳の耳の奥を振るわせた。

 痛いほどの沈黙。

 いささか刺激的だった。

 真佳が答えあぐねる中、俊英は、ゆっくりと戒莉の頬に視線を這わせた。

「まあ、乗りかかった船……ということにしておきましょう」

 にやりと、俊英の平凡な顔に非凡な笑みが灯った。

「そうだな、それに何もしないで済む時期は逸した」

 希央が宣言すると、空気は一変した。

「寺小屋に盗みが入った」

 

 

 特に金目のものがあるという訳ではない寺小屋だったが、何者かが侵入してきたと聞けば、薄気味が悪い。

 それに、盗まれたものもあった。

 ただひとつ、それは女……冬果が残していった首飾り。

 寺小屋に入った盗人の目的が安物の首飾りとは考えられない。

 彼らの目当ては、おそらくはその中に隠されていた例の見取り図だ。

「図面は、真佳が元にもどしておいたので一緒に盗まれました」

「え?」

 戒莉は、俊英の言葉に目の前に広げられた図面をまじまじと見た。

「これは、写し」

 その紙片を指して、真佳は言った。

 首飾りを盗んでいった者たちは、おそらくこの図面の元となるものを、首飾りの中からみつけるだろう。

「あちらは、この図面にこちらが気付いていない……と思ってくれたことと思いますが」

 俊英は、語尾を濁した。

 警戒は必要だと、希央はその後を継いだ。

 

 他人の屋敷の詳細な見取り図を、首飾りなどに潜ませていたというのは、おだやかならざる使い道の為にそれが用意されていたことが、想像できる。しかも、この図面にはその屋敷の隠し蔵とおぼしきものの位置が、あからさまに示されている。

 盗賊が、この屋敷の蔵を狙っていることは明らか過ぎるほどだ。

「金の匂いがしますね」

 また、俊英が笑った。

 『金の匂い』がする――よく珊揮が口にする言葉だ。正しくは、『金儲けが出来るという匂い』がするということだ。

 

 

「ところで、この図面の屋敷はどこなんだろうな」

 真佳は改めて、見取り図に見入った。

 かなり大きな建物で、一般的な家とは言いがたいのは一目で分かる。特徴は他にもある。間口が広く、部屋数が多く、廊が奇妙に入り組んでいて、迷路のようになっている。

「舎館のようですね」

 なんとなく皆が考えていたことを、俊英は確認した。

 戒莉もそう思っていたが、それが分かったからといってどこの舎館であるかなど探し当てるのは至難の業だと思いもした。規模からして、かなり大きな舎館だろうが、この規模に絞っても、国中には相当数の候補が挙げられる。それに雁の国内に絞れるものなのかどうかも分からない。

「舎館じゃないとしたら……」

 思い切って考える方向を変えてみる。頭の中だけで考えていたはずだったが、戒莉の口からは、それが零れていた。

 戒莉の言葉に、真佳ははっとした。

 

「これは妓楼か」

 

 ああ、やっぱり罠だった。

 戒莉は、溜息のようなものを落とした。

 

 

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