天涯~雁編~   作:清夏

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『不自然』

 遡ること、3日前のことだ。

 

 

 楼主は、俊英から例の図面を見せられると、直ぐにことの次第を理解した。そうして、即座に護衛を依頼した。

 楼主は丁慈という。小柄な男だ。

 丁慈は先ず、役人が沈翠楼へ入り込むことを拒否した。『犬どもが私の見世を嗅ぎまわるなど許せない』と一刀両断。お上を信用していない、というか毛嫌いしているようだ。そして次に、無骨な杖身がうろつきまわるのをもお断り、と言い放った。

 そうして州都までの旅の埃をかぶった戒莉と真佳、そして急遽助っ人を頼まれ連れてこられた明要をねめつけて、丁慈は全員に先ず風呂に入ることを命じた。

 

「あの者たちを雇うのですか?」

 女将の芳蘭は、丁慈に問うた。

「珊揮さまのご紹介だ、身元と腕は確かなはずだろうよ」

「そうですが、賊がここを狙っているなどと、信じているのですか?」

「あの図面を見たら、腹立たしい話だが、認めるしかあるまいね」

 丁慈は、本当に忌々しそうだ。

 それもそうだ。役人に見世の中を探られることを嫌がる楼主のことである。いつの間にか、妓楼の詳細な図面が作られており、しかもそこには隠し蔵の位置までが正確に書きこまれている。腹を立てないでいられるはずがない。

「蔵はもちろん、見世の子や、大事のお客様の身に何かあってはこの沈翠楼の名折れだよ」

 丁慈の細い眼には、力がこもっていた。

 丁慈のなみなみならぬ様子に、芳蘭は重々しく頷いた。

 

 丁慈が戒莉たちに命じたのは、旅の垢を落とし、髭などを剃ること、そして髪形をととのえること、そして丁慈が用意した着物に着替えることだった。それはもともと彼らが着ていたものに比べると幾分か、ものは良かったが、ごく普通の男子が着るものだった。

 こざっぱりとした戒莉、真佳、明要の三人を前にして、丁慈は衝撃を受けた。正しくは、戒莉に度肝を抜かれた。

 長いこと楼主をしてきたが、今まで見てきたどんな娘たちよりも、戒莉というのは美しい形をしている。

 キレイな女はいくらでもいる。だが、こう魂の奥底から、揺さぶられるような人間にお目にかかれるのは、一生のうちで、そうはない。

―― 何だ、こいつは……

 その美麗にしばし魂を抜かれると、次に丁慈は他の誰もが陥る疑問に囚われた。

―― こんな者に護衛が勤まるのか?

 

 それにしても、と丁慈は思う。

 それにとても、この美しさを包むのが無骨な男ものの服であるのが、丁慈には我慢ならない。

 そうして、その苛立ちが思わず口をついて出た。

「不自然」

 

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