「ほう、これは……」
その男は、かなり不躾に戒莉を眺め回した。
「あら、駄目よ。その花は売り物じゃないのよ」
籐香は、男の杯に酒を注ぎながら、そっと男の視界を遮った。
「こんなに美しい花を、ただ飾っておくとくとはね。丁慈の考えてることが分からんよ」
男はなおも籐香ごしに、戒莉を見据える。
随分と、無粋な男だ。
「いやね。浮気は許さないわよ」
籐香は、怒っているという顔を作ってみせる。
「焼餅やきだね。あちらの花は、眺めるだけだよ。蜜を吸いたいのは、こちらの花だけだよ」
男は籐香を引き寄せ、耳もとで何事かを囁いた。
籐香は、くすぐったそうに笑い声をあげると、男に身を寄せた。
戒莉は、その様をただ眺めていた。
男は籐香の馴染み客のひとりだ。籐香には、何人もの馴染みがいる。ここに来て、数日、籐香の元に客が訪れない夜はなかった。
籐香は、どの客にもうっとりするような笑顔を見せ、時には可愛らしくすねて、甘えてみせた。
はじめ、戒莉はその様子に目を逸らしがちだったが、程なくそれもしなくなった。
籐香が特別したたかという訳ではない。妓楼では、どの花娘も客を恋人のように持て成す。男たちは、心持ちよく、それに金を払う。
当たり前だが、戒莉はそんなものなのだと、ようやく気付いた。
「海莉、厨方にお酒を運ぶように言ってきてちょうだい」
梅林という女が、きつい声で命じてくる。
梅林は、籐香の付人頭だ。年のころは40で、かつてはここで娼妓として勤めていたと、彩香は言っていた。
海莉は素直にうなづくと、座敷をぬけて厨房へと向かった。
籐香が裾の短い着物を仕立ててくれたので、海莉の歩みも幾分よどみなくなっていた。前裾だけを床に触れるか触れないかの程度に上げ、後ろは引きずるように長くするという工夫のおかげで、それほどみっともない様子はない。
廊下を進でいくと、他の娼妓たちが客を部屋へと誘っているのとすれ違った。客は、つい戒莉に目を奪われ、己の相方に咎められる。
戒莉の頭痛の原因であったきつく結い上げられていた髪は、籐香の支持によって解放された。上の方のほんのすこしを後ろで束ね、小さな髪飾りでとめられているだけで、ほとんどたらし髪ではあったが、どんな凝った髪型よりも戒莉を美しく飾った。
薄化粧なのも籐香が決めたことだ。
「もともとの肌がきれいだから、むしろ化粧で隠してしまっては勿体無いわ」
そんなことを言っていた。
戒莉は様々な思惑を含んだ視線を引きずりながら、ただ前だけを見て歩いていった。
と、人どおりの途切れたところで、その手をいきなり捉まれた。
はっと、手を振り切り、戒莉は身構えた。
果たして、そこには明要がいた。
「しずかに」