「ただ、待っているだけしか能はないのだろうかね?」
丁慈は、いやみを込めた声音で言ったつもりだ。
だが当の本人は丁慈の嫌味など、通じぬという風だ。
「そうですね。まあ、それはそうと、この妓楼内部に賊に通じている者がいるんじゃないかと思うんですけどね。心当たりありませんか」
さらりと流して、英俊は飄々と問いかける。
「この沈翠楼は、身元の不確かな者は雇っておりませんよ。皆、地元の者ですし、古くからの使用人ばかり」
「娼妓はどうです? まさか、この地元だけという訳ではないでしょう」
「確かに、出生はそれぞれ。けれど皆幼い頃からここで育った者がほとんどで、他とて、数年であれほどここの内部を探れるような者は、おりませんよ」
「私どもも、ですか?」
こちらの嫌味は、丁慈に通じた。
やや気後れした丁慈は、それでもようよう返答を搾り出した。
「あなたたちは、例外です」
「他にも例外はないのですか? 今はなくとも、過去に杖身を臨時で雇うようなことはありませんでしたか。私たちのようにね」
「……」
忌々しい。というのは、こういうことなのだと、丁慈は再認識させられる。
この、なんの特徴もない若造に、不夜城の主である己れが絶句させられるとは。
「絶対ということはないのですよ。もちろん、そのようなことは、よほど丁慈さまの方がよく御存知でしょうが」
憎らしいことも、さらりと言ってのける。
さすがに、あの珊揮の手の者だとしか言いようがない。自分が相手にしているのは、目の前のこの男ではないのだと、丁慈は思い込もうとした。
「それで、この後はどうするおつもりだ?」
「これは丁慈さまにご協力いただかないと、ならないのですが」
この前置きを、丁慈はまことに嫌な心持ちで聞いていた。
仕事といってもまともな仕事の出来ない戒莉は、梅林に籐香の装飾品を磨くように言いつけられ、中庭に面した小さな部屋で黙々と仕事をしていた。
と、ふつうに杖身として雇い入れられた明要の姿が見えた。実に羨ましいと思った。
「気になるの?」
背後で戒莉の仕事に目を光らせていた梅林が、ふいに問いかけてきた。
戒莉は、手を休めたことを咎められたのだろうと思い、振り返り、頭を下げておいた。そうして、直ぐに金の地金に玉を花のようにはめ込んだ櫛のひとつを手に取った。
だが、梅林は、話をそこでおしまいにはしなかった。
「好きな男を作るのは良いわ。ここで生きていく張り合いになる。でもね、何もかも男に与えてしまっては駄目」
戒莉の脇をすり抜け、梅林は戒莉の見ていた方向へ視線を投げている。
明要が、娼妓の一人と話している。
なにごとか、冗談を言い合っているようで、娼妓がコロコロと笑っているのが見受けられる。
戒莉は、昨夜のあれを梅林に見られたのだと気付いた。
戒莉は廊下で明要に腕を捕まれて、納戸へと連れ込まれた。そう、梅林は見てとったに違いない。
とんでもないことだと力の限り否定したいところだが、本当のことに気付かれるよりはましだ。それに、戒莉はそれを否定できる言葉を持たなかった。
「杖身は、長くは居着かない。あなたもあまり深入りしないことよ」
梅林は戒莉の顔を見てそう言ったが、本当は違うものを見ていたような気がした。