珊揮は、戒莉の前にみっつのものを差し出した。
ひとつは、携帯食の包み、水筒、そしてもうひとつは剣だった。
戒莉は、その剣をまじまじと見る。
間違いない。それは、例の柳の官吏の収集品。その名を法輪刀。別銘を『天涯』という。鞘はいぶし銀。玉などははめられていないが、こまかな文様が打ち出されていて、美しい。
戒莉は、それに魅入られたように、すっと受け取った。
右で柄を握り、左で鞘を支え、少し抜いた。
抜いたのは、わずかに一寸。それにも関わらず、その白刃の輝きは、戒莉の心を引き寄せた。
「お前にやるよ」
戒莉の心をこの世に連れ戻すように珊揮は、言った。
即座に、戒莉は剣を鞘に納めた。
「いらん」
「いらないのかい?」
「あんたのものじゃないものを、あんたから貰うわけにはいかない」
「では保源のものなのかい?」
そうでは、ないだろう。
「俺には重過ぎる」
自分の言っていることが、ただの言い訳にしか聞こえない。
最悪な状況に、珊揮が追い討ちをかけた。
「そうだね。だから、お前が持った方がいいんだよ」
「どういう意味だ?」
珊揮の真意が掴めない。戒莉は、珊揮の瞳を今度は真っ直ぐに見た。
「これは人の命を売って保源が手に入れた剣だよ。その重さを背負うには、お前は相応しいと思うね」
「食べておきなさい。何も食べてないんだろう」
「ああ」
この携帯食は、あまり美味いしろものではない。日持ちがして、携帯に便利で、栄養価が高い。それだけだ。
卓には豪華な料理が並んでいる。時間がたってしまっているので、すっかり冷え切ってしまっているが、この携帯食よりはずっと美味であろう。
しかし、明要も言っていた。この店で出るものは、何も口にしてはいけないと。
「静かだな」
珊揮は、見えない壁の向こうに視線をやった。
「ああ」
いくら客がいないからといって、娼妓たちが皆寝てしまうには早すぎる。だが、廊下を歩く音もなく、他の部屋からは女たちの声も気配も感じられない。
「今夜は、来るみたいだね」
「ああ」
戒莉は同じ言葉を返した。
本当は、賊が来なければいいと、戒莉は思っていた。何ごともなければ、その方がいいとすら思っていた。
「今夜の沈翠楼の酒という酒には、たっぷりと眠り薬が入っているようだよ」
珊揮は、ぺろりと舌の先でその酒を舐めた。
実を言えば、この手の薬は、珊揮という男には全く効かない。
どこまで化け物じみているのかと、戒莉は苦々しく笑った。
「俺が、これを入れるまでもないってことだな」
戒莉は、青い薬包を差し出した。
毒々しいまでの青だ。
あとで調べたところによると、籐香が戒莉に渡したその包みの中身は、沈翠楼中の花娘を朝まで眠らせた薬と全く同じものだったそうだ。
「トウカ……」
その名を呟くと、頭の奥から女の叫びが、聞こえたような気がした。戒莉にしか聞こえない、その声はこう叫んでいた。
『何が悪いの?それ以外にどうやって生きればよかったのよ』