案の定という言葉は使いたくないが、案の定、気がついたときに戒莉は寝台の中だった。
たとえば、沈翠楼のことは夢だったのだとか、そういうことだったりしないものかと戒莉は思ったが、そうではないことは明白だった。
人を斬ったという感覚が、まだだるい腕に残っている。
そして戒莉の傍らには、剣があった。
法輪刀と呼ばれ、別銘を天涯という剣。
これは、確かに重かった。
だが、隠し蔵にあるはずの金がないことに気付いた賊と対峙することが出来た。
正直、珊揮がいれば大概の者など敵ですらないことが、あらためて分かった。
命は、あっという間に散った。
それでも、すべてを珊揮が引き受けたわけではなく、戒莉は剣を抜いた。そして、おもうさま、たっぷりと返り血を浴びた。
記憶は途切れていない。
ありありと思い出せる。
それは珊揮の賊への警告からはじまった。
「お前達、もう観念した方がいいよ」
正直、こんな警告は無意味だ。言って観念してくれた賊は、あまりいない。
籐香の部屋に入り込み、隠し蔵の鍵を開けた賊は、その中が空であることに呆然としていた。
そこに珊揮の一声というわけだ。
「なんだ、おまえ」
賊の中でも、小柄な男が珊揮を見上げ、呻くように問うた。 勇ましいようだが、実は体が逃げ腰だ。
「私らはここの用心棒だからね。お前達にあまり好き勝手されては困るんだよ」
もの柔らかな口調と、それとはウラハラな珊揮の風貌。いっそう不気味で、恐ろしいものがある。
他の者も、突然現れた大男に一瞬は気おされていた様子だった。
だが、戒莉たちがわずかに六人であるのが分かると、直ぐに体勢を立て直したようだ。
「たった六人で、何ができる」
これが賊の頭だろうか、若い男がにやりと笑った。
戒莉は、この優男風の男を眺めながら、自分が立っている場所を確かめた。
緊迫しているはずの状況なんだか、戒莉の心は静かで落ち着いている。こういうのは、嵐の前のなんとやらというのだろうか。
『ちょっと、違うかな』
堺仁の声が聞こえたような気がした。
「何ができるか、知りたいのか?」
すっと、戒莉は珊揮の背後から前に出た。
戒莉の姿に、賊はむしろ珊揮を見た時よりも驚愕していた。
細身の体に似つかわしくない、ごつい剣。
天女の如く華やかな顔立ちに、険しい表情。
戒莉は、そのまとわりつくような視線を跳ね返すでもなく、そこに立っていた。
「また、お前か」
頭らしい若い男が、戒莉を見咎め、問いかけるように呻いた。
どうやら、面識があるらしい。
もっとも、戒莉にはその男は全く見覚えがなかった。
やはり記憶が曖昧なところで、出逢っているのだろうか。
「お前には、一度礼をしなければならないとは思っていたが」
礼を言うには、物騒な目つきで、男は戒莉を睨んでいる。
「憶えのない礼は受け取らないことにしている」
とりあえず、戒莉は男の礼を拒絶してみた。
「憶えがないとは言わせない。お前に何人の仲間が遣られたことか」
忌々しいと、男の目が言う。
もしも、男の言うことが正しければ、憎まれるのも仕方のないことだ。
だが、戒莉は憶えていない。この男の仲間というのは、ここにいるだけではなかったのか。
戒莉は、あらためて男を眺めてみた。
男は、男前の部類に入りそうだ。もしも、こんなに険呑な表情でなければ、女がころりと騙されるような、甘い香りを放つことだろう。
「御願い、見逃してちょうだい」
突然、戒莉と男の間に籐香が割って入ってきた。
怯えるような目で、それでいて戒莉たちから男を必死で守ろうとしている。
気がつかないのだろうか、その男は守るべき人間ではない。
「それは出来ない相談だよ、お嬢さん」
今まで黙って戒莉と男の様子を見物していた珊揮が進み出た。そうして、籐香の肩にそっと手を置き、下がるようにと微笑んだ。
「この男はね。貴女を利用してるだけだよ」
珊揮の残酷な言葉に、籐香は激しく首を振った。
杖身として沈翠楼に入り込んできたこの優男と、籐香は世にも愚かな恋に落ちたのだ。そうしてこの男を、この金蔵へと導いた。
空っぽの蔵は、この恋の結末に相応しいものだっただろう。