戒莉は一日寝て大分復調してきた。
これ以上横になっていても仕方ないと、床を這い出て、よろよろと身支度をしているところに珊揮がやって来た。そうして戒莉にいろいろ事の顛末を語っていった。
沈翠楼は、しばらく見世を閉めることになったそうだ。
血なまぐさいことがあったせいで、客足は遠のくであろうからという楼主の丁慈の判断だった。だったらいっそ、例の隠し蔵もろともに改装してしまおうということになったのだとか。
もっと早くにそうしておけば良かったのだ、と戒莉は言った。
珊揮は、『確かにそうだ』と言って笑った。
蔵の位置を変えていたら、賊はこの計略を諦めたかもしれないし、籐香は死なずに済んだかもしれない。
「ただ、賊を捕らえることができなかっただろうがね」
珊揮の口調は、軽やかだ。
沈翠楼で捕らえられた賊は、国中を荒らしまわっていた一味だった。
頭目である男がその家の女の一人を口説いて、割りない仲となり、中から手引きをさせるというのが、賊のよく使う手口であったのだという。
それを何とか一網打尽とすることが出来た。と、いうのが結論であるらしい。
「でも柏梨には、恥をかかせてしまったよ」
視線を落として、珊揮は溜息をついた。
総買いを、珊揮が柏梨の客から横取りした上に、柏梨以外の花娘を夜伽の相方としたことを言っているのだろう。
「全く以って、とんだ恥さらしだったわ」
女の声が戒莉と珊揮に割って入った。隣の控えの間から、煙管をくゆらせながらのご登場だ。
戒莉は、やや眉を顰めたが、珊揮は頓着していない様子だ。
「申し訳なかったね」
「あら、ココロのこもったお言葉をありがとう」
柏梨は、細く優雅な煙をひとすじ空に放った。
この短い会話で、珊揮と柏梨の関係が分かるというものだ。
ゆっくりと、珊揮の元に近づいて来る様はさながら女王のようだ。と、戒莉は思った。もちろん、女王など拝んだことはないが。間近で見る柏梨は、やはり美しかった。白い肌には多少の粉飾が施されてはいるが、その下にある真の美しさを妨げるようなものではない。
若草に置かれた朝露のような瞳が、戒莉を見ている。戒莉もその瞳を見ていた。
「不思議ね。女の服を着ているよりも、こっちの方が美人に見えるわ」
柏梨の言葉には、奇妙なトゲがある。
後で珊揮が言っていたことだが、柏梨という女はそこがいいのだそうだ。
「それは、どうも」
戒莉の声もどこかトゲトゲしく響いた。
「戒莉」
沈翠楼の門を出るところで、戒莉は呼び止められた。
声で、誰か分かった。
彩香だ。
「……」
戒莉は声を出しかけて、なんとなく止めた。
そういえば、この娘には一言も声をかけたことがない。
彩香は、戒莉に駆け寄って来た。
「もう、行くのね」
息を整えながら、彩香は戒莉を見上げる。
戒莉は、小さく頷くだけだ。
「また、来るでしょう」
彩香が何故にそんなことを言い出したのか、戒莉には分からなかった。
「改装が終ったら、あたし見世に出るのよ」
その彩香の笑顔が歪んで見えたのは、戒莉の気のせいだろうか。
「あたし、蓮台になるわ。絶対に」
「じゃあ、杖身には気をつけることだな」
その低く、掠れた声に、彩香はびっくりした表情を見せた。そして、直ぐに、今度ははじけるように笑った。
「戒莉って、意地が悪いのね」
落ちたね。これは。