「それで、その女は珊揮の何だったんだ?」
戒莉の苛立ちの原因は何かという話題の中で、けさ寺小屋に押しかけてきた女の話が浮かんでしまった。
戒莉は、それ以上話す気分ではなかったが、明要は興味津々という様子を隠すことなく、戒莉に話の続きを要求した。
「何ってこともない。例の気まぐれだ」
戒莉は戒莉で、苛立ちを隠さない。
「ああ、拾ったのか」
「そう」
珊揮は時折、人を拾う。
拾うというのは聞こえが悪いが、捨てられた犬や猫を拾うように、人を拾うことがある。戒莉も、この拾われた一人なのだが。
そうして、大概は拾ってきたものの、直ぐに手放してしまう。
こう聞くと、物凄く極悪人に聞こえる。
だが珊揮にしてみると、人は犬や猫と違っていつまでも面倒を見られている場合ではないということらしい。
それなりに独り立ちする算段をつけてやれば、自分のすべきことは終るのだと、珊揮は堂々と言い放っていた。
戒莉の場合も、それは同じだった。珊揮は戒莉を堺仁のところに戒莉を連れていくと、あとはほとんど放ったらかしだった。たまたま戒莉に剣の才能があったので、一緒に仕事はしているが、違う道を戒莉が選んだなら、多分二人はたまに顔を合わせる程度の間柄だっただろう。
今朝、門で騒いでいた女の場合は、こうだ。
女は妓楼にいたところを珊揮に身請けされて、いくばくかの金を渡され、『後は君の自由だよ』などと言われたらしい。
女もそのやり方に最初は面を食らったという。だが、特に珊揮となじみであった訳でもないので、まあ自由の身になったのは幸運だったぐらいに考えて、珊揮と別れた。そして珊揮から貰った金で、半年はぶらぶら暮らすことが出来たのだが、その間にその後の身の振り方を決めることが出来なかったのだと言う。
金は無くなるし、どうして良いのか分からなかったので、ここはひとつ珊揮に面倒をみてもらおうと、ここまで来たのだと、女は言ったそうだ。
『だって、もの心ついた時には妓楼にいたのよ、あたし。それ以外にどういう生き方があるのか全然分かんない。妓楼から勝手に連れ出しといて、それっきりなんて、やっぱり無責任だと思ったの。あんだって、そう思うでしょ』
女の主張はもっともらしく響いた。
実際に女の応対をしていたのは、寺小屋で堺仁の手伝いをしている常弘という男だった。常弘は、女の勢いに押されて、困り果てていた。
そこに戒莉は、通りかかってしまったのだ。
「それで、お前はどうやって女を追い返したんだ?」
明要はそう問うと、茶を一口すすった。
「追い返せなかった……」
戒莉が不満気に応えた背後、やや離れたところで元気いっぱい手を振る女がいた。
明要は、にこやかにそれに手を振り返しながら、戒莉をちらと見た。
「その女が何で、ここにいるんだ?」
「珊揮は留守だって言ったら、珊揮のとこに連れてけ、なんて俺に言うから」
「言うから?」
「珊揮がどこにいるのか知らないって、言ったら。嘘だと言われて、ずっと付け回されて、今に至るだ」
もはや戒莉の声は、苛立ちを通り越して無表情になりつつある。
「で、ホントは珊揮はどこに行ったの」
「俺が知るか」
嘘だ。
「ああ、本宅の方ね」
あっさり、明要が言う。
なんで分かるんだと、戒莉は目を見張った。
「彼女、本宅に連れてってあげたら?」
明要があまりに呑気に提案してきたので、戒莉は眩暈をおぼえた。
「じゃあ、あんたが連れてけよ」
「それは御免だ。血を見るぞ。沙苑ってのは、結構、嫉妬深いって話だ」