日本の夢を見たときは、目を開けると一瞬、日本に居るかのような気がした。
こちらに居ることが夢だったのだと、みんな夢だったのだと。
それは錯覚だ。
それに気付いたときに抱く感情は、こちらに来たばかりの時と、今とではかなり変わってきている。
夢ではなかったのだと、今、戒莉はほっとしている。
同時に襲ってくる頭の痛みに、顔をしかめながら、奇妙な幸福を感じる。
更に、
「また、やった…か」
安堵や幸福とは、また違う感情も押し寄せてくる。
戒莉は、また自分が血を浴びて気を失ったことを悟った。体全体のだるさが、独特だ。
今回は、それがまたいつもよりも重い。
多分、戒莉を介抱してくれたのは、珊揮ではないのだろう。珊揮ならば、こんな風に血の匂いを髪に残さない。
ここで戒莉は、はっとした。身を起こそうとしたが、うまくはいかなかった。まだ、体が回復していないようだ。
介抱してもらって文句を言うのも何だが、血はもっと丁寧に流しておいて欲しかった。
その介抱者が誰であるのか、戒莉はそれを早く確かめなくてはと思った。体が思ったように動かない今、敵なのか味方なのかを見定める必要がある。 もっとも、それが分かったところで戒莉に何かできる訳ではない。それに敵ならば、戒莉が意識を失っているうちにどうとでもしただろうし、そもそも介抱などしないだろう。
そう考えると、戒莉は無理に体を動かそうとするのを止めた。
目だけで周囲を見回してみると、見たことのない部屋だ。ただの寝室というには広すぎる部屋で、戒莉が寝かされている寝台は朱塗りで、もちろんどこも剥げてなどいない。寝台の天蓋からかけられた帳の隙間から見える調度品は高価そうで、ピカピカに磨き上げられている。部屋全体もきちんと掃除がされていて、戒莉にかけられている上掛けも、清潔で心地よい。
とにかく、豪華な寝室だ。ただ、少し華美過ぎるような気もする。
戒莉は、ひとつ深く息を吐いた。
戒莉の頭の中には霞が詰まっているようで、それ以上のことを部屋から感じることはできなかった。
戒莉は、次に自分が意識を失う原因となったことに思考を向けた。
思い出しながら、戒莉は重大なことに気付く。なぜ、今まで気付かなかったのかが、とても不思議だ。考えることを避けていたのかもしれない。
思い出せないのだ。
自分の名前も分かってはいるし、自分が海客と呼ばれる存在であることも、今は剣で身を立てていて、珊揮という相棒がいて、ちょっと前まで柳で仕事をしていて、今は雁に戻ってきている。
そういうことは分かっているが、どうして自分が血を浴びるようなことになったかという、いきさつが分からない。
戒莉は今まで何度も気を失ったり、寝込んだりしているが、意識を失うまでの記憶が抜け落ちてしまうことはなかった。
「参った……な」
その一言に尽きた。
戒莉は、自分の足元が揺らぐのを感じた。 横になっているのだから、実際にぐらぐらしている訳でないのだが。
ほんのわずかの記憶がないだけだが、それがとても自分を覚束なくさせるものなのだと、戒莉は知った。
この状況で、呑気に寝ていていいものだろうか。
とんでもないことに巻き込まれてはいないだろうか、いや、自分自身が何かをしでかしている可能性もある。
戒莉が失っている記憶の中で、確実にしたことは、誰かを斬ったということだ。
戒莉自身は、ほとんど怪我はしていないし、他人が斬って流れた血では、こんなに体調を崩さないはずだ。
ただ、誰を、何故斬ったのかが分からない。それが問題だった。
その時、戒莉の横になってる部屋の扉が開いた。