車椅子探偵えりか   作:ざんじばる

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ということで、クロス先は『FLOWERS』でした。
とりあえずコナン最初期の名エピソード『ピアノソナタ月光殺人事件』を舞台に描いていきます。

ハーメルンで『FLOWERS』を検索しても他に扱っている他作者様は一人しかいませんでしたのでそのマイナーさは理解しています。
そのため原作を知らなくともオリ主感覚で読んで楽しんでいただけるようにするつもりではおりますが、『Innocent Grey』の公式ホームページを見て、キャラクター確認だけでもしていただければより楽しめると思います。美麗なキャラクター絵が見られますので是非。

もちろん原作ゲームをプレイいただければ更に楽しめることは言うまでもありませんが。


ピアノソナタ月光殺人事件
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 ■Side C

 

 ドッドッドッドッ。低く重い音を立てながら、分厚い霧の中を一艘の船が往く。

 

「———ったくよ———……」

 

 その船の甲板上でタバコを吹かしていた男は、口からタバコを離すと誰にいうでもなくぼやいた。歳の頃はおそらく40手前。そろそろ中年に差し掛かる年代だが、スーツに身を包んだその体は細身ながら引き締まり、鍛えられているのだとうかがわせる。オールバックに綺麗になでつけた髪と小粋に整えたちょび髭が目を引く男だった。

 

 男のぼやきは続く。

 

「世間じゃゴールデンウィークだっていうのに……なんでこの名探偵・毛利小五郎(もうりこごろう)がわざわざあんな島に出向かなきゃいけねーんだ」

 

 その言葉の通り、男、毛利小五郎は探偵業を営んでいた。もともとは『ヘボ探偵』『迷探偵』などと揶揄される、いわゆる自称探偵であったが、最近、警察も扱いに困る難事件を立て続けに解決。その独特な推理のスタイルから『眠りの小五郎』との異名も定着し始め、名探偵の末席に加えられるようになっていた。

 

 そんな男が、この船、とある島への連絡船に揺られているのには訳がある。小五郎は懐から一枚の紙を取り出した。この紙切れこそがその理由。そこには。

 

『次の満月の夜 月影島で再び 影が消え始める 調査されたし 麻生圭二』

 

 新聞の文字を一文字一文字切り抜いて作られた古式ゆかしい怪文書。それが一週間前に送られてきたのだ。それだけではない。おとといには月影島の麻生圭二を名乗る男より、依頼料を振り込んだので必ず来るようにとの電話があった。用件を一方的に伝えて即座に切られた怪しい電話ではあったが。

 

 そのことが小五郎には気に入らないのだ。

 

「———ったく…自分勝手な依頼人だぜ」

 

 なおもぼやき続ける小五郎。そんな彼に後ろからなだめる声がかけられた。

 

「でもいいじゃない。おかげで伊豆沖の小島でのんびりできるんだから! ねー、コナン君?」

 

 声の主は女子高生くらいの女の子。癖っ毛の黒髪をロングヘアーにしており、その跳ねた前髪が活発そうな雰囲気を醸し出している。スタイルはスレンダーだが出ているところは出ている。おそらく学校のクラスの中でも有数の目を引く少女であろう。

 

 その少女———小五郎の娘、毛利蘭(もうりらん)の問いかけに「うん!」と元気に答えるのは小学生くらいの少年。黒縁眼鏡が目立つ好奇心旺盛そうな男の子、江戸川(えどがわ)コナンだった。彼は毛利家へ居候の身であるため、今回の道行きにも着いてきたのだ。

 

 二人のそんな様子に小五郎は鼻を鳴らす。

 

「あれがのんびりできる島に見えるかよ……?」

 

 小五郎がそう漏らすとおり、ようやく見えてきたその島、月影島は霧に包まれ、上空では大量のカラスが鳴くという不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 島に上陸したコナン一行がまず向かったのは村役場だった。麻生圭二なる人物の居所を突き止めようとしたのだ。けれど。

 

「麻生圭二?」

 

 村役場の窓口に座る、まだ年若い職員に聞くも、彼は知らないようだった。そんなはずはないと詰め寄る小五郎。その職員は先月この島に来たばかりらしく、事情をよく知らないようだった。住民名簿を端から端まで見てその名前がなかったことから、小五郎の間違いだろうと判断したらしい。

 

 その騒ぎを聞きつけて年配の職員がやってきた。何かトラブルだとおもったのだろう。窓口の職員へどうかしたかと声をかける。それに対して「麻生圭二」という人物から依頼を受けたらしいという話をすると。劇的な反応が返ってきた。

 

「あ、麻生圭二だとぉー!?」

 

 戦慄とでも言えそうな驚愕をその顔に貼り付けると、村役場中に響き渡る声で絶叫した。それだけではない。「麻生圭二」という名前を聞いた周囲の中年、老年に当たる村人たちが一斉にザワザワし出したのだ。なにやら動揺しているらしい。コナン一同は訳も分からず周囲をキョロキョロ見回す。その理由は年配の職員の次の一言で明らかになった。

 

「そ、そんなはずはない……だって彼は10年以上前に……死んでいるんですから……」

「「ええっ!?」」

 

 まさかの事態に驚きを禁じ得ないコナン一同。そんな彼らをよそに年配の職員は話を続ける。それもまた常軌を逸した内容だった。12年前の満月の夜。村の公民館で演奏会をやった後、突然家族を連れて家に閉じこもり、火を放ったというのだ。そして自分の妻と娘を刃物で惨殺した後、燃えさかる炎の中で何かに取り付かれたように家のピアノで何度も同じ曲を弾き続けたのだと。ベートーベンのピアノソナタ「月光」を……。

 

 息を呑んで年配の職員の話を聞き続けるコナン一同。そんな彼らを三対の瞳が見つめていた。一対は村役場のガラス戸の向こう側から、酒を一呷りした後で無言で立ち尽くす中年の黒いキャップを被った男。そしてもう二対は———

 

 

 

 ◇

 

 

 

 コナン一行は村役場を辞すると、その入り口の前でここまでに得た情報を整理しだした。死者からの手紙をタチの悪い悪戯と決めつける小五郎に対して、振り込み済みの依頼料と月影島の消印が入った手紙を根拠に、この島の誰かが麻生圭二について調べて欲しいのだと主張するコナン。その主張には小五郎も一考の余地を認めざるを得ない。蘭の取りなしでとにかく麻生圭二の友人だったというこの島の村長に聞いてみようということになった。その時。

 

「なんだ、ずいぶん面白そうな話をしてるじゃないか」

 

 キィキィと蝙蝠が鳴くような音を響かせながら村役場から出てきた人物が声をかけてきた。少女の声で男性のような言葉遣い。コナンたちが驚き振り向くとそこには二人の少女がいた。いずれも非常に目を引く少女たちだった。

 

 まず車いすを押している少女。160cm台と日本人女性の平均から見るとやや長身。大人びた顔つきは造形が素晴らしくまるで創り物めいて見える。長いまつげに縁取られた釣り目がちなまぶた。薄桃色の唇。透明な肌。萌葱色(もえぎいろ)の瞳。全てが黄金比で調和し、その美を形作っている。華やかな芸能の世界でもちょっとお目にかかれないような美人だった。

 

 そして先の声を放った車いすの少女。小さな頭。深い緑色の瞳にきめ細やかな肌。唇は少年のように薄く淡い色を為している。そしてすました猫の笑み。全体的に小作りに繊細に作られていながら、その瞳が彼女の内包するエネルギーを表していた。背後の少女のように絶世の美貌というわけではない。けれどツンとすました黒猫のような、思わず構いたくなるような愛らしさ。けっして並んで見劣りしない存在感を放っていた。

 

 突如現われた二人に圧倒されているコナンたちをよそに、少女二人は掛け合いを始めた。

 

「ちょっと、えりか。初対面の人に急に失礼でしょ。それに変なことに自分から首を突っ込まなくてもいいじゃない」

「なんだよ千鳥。せっかく山奥の学園から出てきたってのに、どこに行くのかと思えば、こんな辺鄙な所に連れてきやがって。退屈なんだよ。いいだろ? ちょっとぐらい」

「ちょっとって……それで熱中して他のことにかかり切りになっちゃうのがえりかでしょ。前に第二外国語を教えてくれる約束を二度も反故にされたこと忘れてないわよ」

「おいおい、それは……執念深すぎるだろ……」

 

 戸惑うコナンたちを放って、少女二人の掛け合いは軽妙だ。パパパッと話が展開していき止めどない。小五郎もコナンも割っては入れないところに、おずおずと声をかけたのはなんと蘭だった。

 

「あのー、もしかして考崎千鳥(たかさきちどり)さん、ですか?」

「え? ええ……そうよ」

 

 車いすの少女との会話を突如止められた彼女———考崎千鳥は硬質な表情を作ると興味なさげに頷いた。車いすの少女相手との態度とは随分違う。よそ向きの愛想はあまり良くないらしい。

 

「やっぱり! あの、以前舞台で見ました! すごかったです!!」

「そう。ありがとう」

 

 蘭の称賛にもやはり感心なさげだ。見かねた車いすの少女に「おい、愛想」と脇腹を小突かれている。

 

「蘭姉ちゃん、そのお姉ちゃん有名な人なのー?」

「うん。舞台とかで活躍してる芸能人さんだよ。歌もダンスも凄かったんだから。……でも、あれ?」

 

 そこまで蘭が説明して、何かに気付いたのか首を捻っている。その内容については考崎千鳥の言葉で説明された。

 

「ええ。今は学業に専念するために休業中よ」

「で、GWの長期休暇を利用して学生寮のルームメイトと旅行に来たってわけだ」

 

 そして、その後を車いすの少女が引き取った。コナンの目が車いすの少女の最も象徴的な部分へ行く。

 

「お姉ちゃん、その足……」

「なんだ坊主? タップダンスでもキめられるように見えるかい?」

「あ、ゴメンなさい……」

「あー、いや。こっちこそ悪かった。ただの軽口だよ。真面目に受け取らなくていい」

 

 しくじったと言わんばかりに癖っ毛を掻く車いすの少女。がさつな仕草だが彼女がするとなんとも愛らしく見えるのだから不思議なものだ。

 

「あのー。その制服ってもしかして」

 

 ばつが悪そうな二人の空気を変えるため、蘭が助け船を出した。二人は同じデザインの服を着ている。おそろいというわけではなく制服なのだろう。紺色のドレスのような制服。華奢で清楚な、一般的な女子学生服とは一線を画すものだった。

 

「うん? ああ『聖アングレカム学院』っていうところだ。知ってるのか?」

「やっぱり!」

 

 車いすの少女がその助け船に乗って話題を変えた。蘭はその答えに手を打って感嘆する。

 

「蘭姉ちゃん、その『聖アングレカム学院』って有名な学校なの?」

「全寮制のミッションスクールよ。お嬢様学校として有名なの」

 

 全寮制女子学校『聖アングレカム学院』。明治3年に建てられた由緒正しいミッションスクールだ。良家の子女が通う、いわば花嫁修業のために誂えられた場所。

 

「世俗から切り離されたと言えば聞こえはいいが、実際は辺鄙(へんぴ)な田舎の、そのまた森の奥にある陸の孤島みたいな場所だぜ?」

「そ、そうなんだ」

 

 評価は人それぞれである。

 

「秘境は学院だけで腹いっぱいだってのに、わざわざ旅行で今度は文字通りの孤島に連れてきやがって」

「なによ。いいじゃない、孤島。空気は澄んでるしとっても静かだし」

 

 車いすの少女の不平不満に対して噛みつく考崎千鳥。それを軽くあしらって。

 

「持ち込んだ本の数にも限りがあるし、さあどうやって退屈と戦うんだって辟易してたところで、あんたたちが興味深い話をしてる場面に出くわしたってわけだ」

 

 そう言って猫のような笑みを浮かべる少女。

 

「そうなんだ。お姉ちゃん、謎解きというかミステリとか好きなの?」

「将来はローレル・キャニオン地区のユッカ街に住みたいと思ってるぜ」

「フィリップ・マーロウ!」

「なんだ、その年で知ってるのか? なかなかやるじゃないか坊主」

「えへへ」

 

 共通の趣味が見つかったことで意気投合してしまったコナンと車いすの少女。やがて英国パズラー・ミステリと米国ハードボイルド・ミステリのどちらが至高かで喧々諤々の議論を始めてしまった。それで面白くないのは放置された小五郎と考崎千鳥である。

 

「おい! 遊びじゃないんだぞ、ガキんちょども!!」

「えりか!!」

 

 その時。一台の街宣車が猛烈なスピードで駆け抜けてきた。車道と歩道の区分けが明確でない田舎道のこと。議論に夢中の二人に接触しかねない危ないコースで迫る。とっさに蘭がコナンを。考崎千鳥が車いすの少女を引き寄せた。街宣車は「島の漁場を守るために、この清水正人に清き一票を!」とお決まりの文句を垂れ流しながら、止まることなく去っていった。

 

 急に引き寄せられた二人。コナンはよろめくだけで無事だったけれど、車いすの少女はそうはいかなかった。車いすは横倒しになりその主は投げ出されてしまった。

 

「えりかッ!?」

「大丈夫ですかッ!?」

 

 その様に考崎千鳥が悲鳴を上げる。そこに白衣をきた人物が飛び込んできた。車いすの少女を慎重に抱き起こす。そして我に返った考崎千鳥が車いすを起こし、そこにそっと座らせた。その白衣の人物は医療従事者なのか、テキパキと車いすの少女を診察していった。

 

「うん。大丈夫そうですね。外傷もありません」

「あ。看護婦さん、ありがとうございます」

 

 一同を代表して最年長の小五郎が礼を言う。それに対して。

 

「私は医者の浅井成実(あさいなるみ)!! ちゃんと医師免許も持ってます!!」

「あ、ドクターでしたか……」

 

 憤慨したように言う白衣の人物———浅井成実医師。小五郎は失言に恐縮していた。続けて考崎千鳥が礼を言った。

 

「えりかを診てくださってありがとうございます。浅井先生。……ほら、えりかも」

「あ、ああ。ありがとうございました」

 

 なぜか訝しげに浅井成実医師のことを見ていた車いすの少女も考崎千鳥に促されて礼を言う。浅井成実医師は「どういたしまして」とニッコリ笑って返した。

 

 次に騒動の一因となったコナンが車いすの少女に謝る。

 

「えっと、えりかお姉ちゃんゴメンなさい……」

 

 しょげるコナンを見た車いすの少女は猫の笑みを取り戻すと、「名前呼び気安いぞ」と言いながらコナンの額をピンと弾いて。

 

「坊主のせいじゃない。気にすんな」

 

 そう言った。やがてコナンも笑顔を取り戻す。

 

「名前呼び気安いぞって言われても、お姉さんのこと名前しか知らないし」

「……ああ。そうだな。名字は八重垣(やえがき)。八重垣えりかだ」

「八重垣お姉ちゃん、じゃ響きが変だよー」

「あー。……じゃあいいよ。好きに呼んで。ミステリ仲間に特別だからな」

「ありがと。えりかお姉ちゃん」

 

 一転和気藹々とした空気が流れる。けれどそれで収まらない人物が一人。考崎千鳥だ。

 

「そうよ。その子……コナン君だっけ。コナン君は悪くないわ! 悪いのはさっきの街宣車よ! 見つけ出して一言文句言ってやるわ!!」

 

 ルームメイトのことがよほど大事なのか、阿修羅さえも凌駕するといわんばかりに激怒している。落ち着けと八重垣えりかが取りなすも一度点いた火は収まりそうになかった。

 

「えっと……公民館に行けば会えると思いますよ」

「え?」

 

 そこに一石を投じたのは浅井成実医師。事情を聞くと今夜は前の村長、亀山勇(かめやまいさむ)の三回忌の法事が公民館で行われるのだと言う。そこに現村長の黒岩辰次(くろいわたつじ)、先ほどの街宣車の主、清水正人(しみずまさと)、おまけに残り一人の村長選挙候補者川島英夫(かわしまひでお)も参列するはずだという。奇しくもコナンたちの目的地も考崎千鳥たちの目的地も同じになったのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「———ったく……いつまでこんな所で待たせる気だ?」

 

 公民館を訪れたコナンたち一同に更なる同行者二人。公民館を遠巻きにして現村長への抗議活動を行う村民たちをよそに中へと入った一同は通路に二人がけのソファーと灰皿のみが設置されただけの簡易な待合室で待たされていた。今は村長の秘書を名乗る人物に村長を呼び出してもらっていた。街宣車の主———清水正人はまだ到着していないとのことだった。

 

 その待ち時間もそれなりの長さにおよび、焦れ始めた小五郎が漏らしたぼやきが冒頭の台詞だ。コナンも退屈したのかテテテと室内を歩き回り始めた。やがて何か気になるものを見つけたのか勝手にドアを開けてしまった。

 

「あ、コラ。コナン君……」

 

 コナンを叱り止めようとした蘭も開いた扉から中をのぞき込んだ所で言葉を止めた。なんだなんだと全員が後を追う。

 

「ピアノ……」

「でけー部屋だなあ……」

 

 ガランと広いその部屋の中には一台のグランドピアノが鎮座していた。コナンと蘭がピアノへ向かう。小五郎は部屋に入って右手へ進み、なんとなく窓の外を見た。

 

「ほー。公民館の裏はすぐ海か……」

 

 小五郎の言うとおり、窓のすぐ外には波が穏やかに打つ寄せる砂浜が広がっていた。

 

「こっちの扉からはその海にすぐ出られるみたいだぜ」

 

 小五郎の言葉に応えたのは、車いすを操ってピアノの奥まで進んだ八重垣えりかだ。彼女の前には片開きの小さな扉。直接外へと出られるようになっているらしい。

 

「演奏会をするための部屋、なのかしら?」

 

 部屋を見渡しながら考崎千鳥が誰に聞くとも無しに呟いていた。蘭はこの部屋の主役と言っていいだろうピアノをしげしげと眺めて。

 

「でもこのピアノきったないわねー! 少しは掃除すればいいのに……」

「ダメです! そのピアノに触っちゃ!!」

 

 素直な感想を述べた蘭の背中に突如大声が投げかけられる。不意打ちに肩をびくつかせて振り向くとそこにいたのは村長の秘書だという平田和明(ひらたかずあき)だった。平田は畳みかけるように言う。

 

「それは麻生さんが死んだ日に、ここで行われた演奏会で弾いていた呪われたピアノ!!」

 

 そんな大げさなと苦笑する小五郎へ、けれど平田は言う。ことはそれだけではないのだと。今日の法事の対象である前村長亀山勇。二年前、麻生圭二の事件の時と同じく満月の夜。明かりが消え誰もいないはずの公民館の中から美しいピアノの音色を聞こえ、誰かいるのかと声をかけたらピタリと止んだ。中に入って確認するとそこには鍵盤の上にうつぶせになって死亡していた亀山。死因は心臓発作。そして彼が死ぬ直前まで弾いていた曲も麻生圭二が焼身自殺しながら弾き続けたベートーベンの『月光』だったのだと。

 

 それ以来、この島の住民はこのピアノに触れるのを恐れ、いつしか「呪われたピアノ」と呼ばれるようになったのだという。

 

 壮絶なエピソードに一同、声を殺して聞いていた。重い沈黙が広がるそこに、不意にパラピンポンポンと軽快かつ珍妙な音が鳴り響く。下手人はコナンだった。一切空気を読まず「別になんともないよ。このピアノ」などと言いながら気ままに鍵盤を叩いていた。

 

 制御の利かない集団に困り果てたと言わんばかりの表情の平田に一同追い出されることになった。法事が終わるまで玄関で待っているようにとのことで、ついに公民館の中からも追放だ。よほど腹に据えかねたらしい。

 

 コナンは廊下を歩きながら、後ろからぎぃと鈍い音を立てて付いてくる人物に問いかけた。あるいはつい先ほどミステリ仲間となった彼女を試すように。

 

「ねえ、えりかお姉ちゃん気付いた?」

「ああ。坊主は世界的なピアニストになれるな。才能あるぜ」

 

 コナンはジト目で振り返る。その表情を見て猫のように忍び笑う八重垣えりか。

 

「あまりにいい音を鳴らすからさ」

 

 その一言でコナンは彼女も気付いていたのだと悟った。

 

 ———八重垣えりか……なかなかやる!

 

 コナンは八重垣えりかについて、少なくとも洞察力や観察力はかなりのものだと認めた。単なる好奇心の徒ではないらしい。

 

 

 先頭を歩く蘭が玄関へ出る扉へと差し迫ったその時。逆に外側から開き、二人入ってきた。そして目の前の蘭に気付き、そのうちの一人、黒いワンピースを纏った人物が声をかけてきた。

 

「あら、あなた達まだいたの? ってそりゃそうよね」

「あ! 成実さんこそどーしたんですか? 二人で……」

 

 浅井成実医師と連れだって入ってきた男性は、かっちりとした体型に爽やかな笑みを浮かべているが、成実のパートナーというには年が離れているように見える。

 

「ああ、清水さんとはたまたま道でいっしょになったのよ!」

「はじめまして。清水です!」

「えっと、清水さんって……」

「そう! 考崎さんが探していたあの清水さんよ」

 

 紹介された清水は、八重垣えりかと考崎千鳥の前に歩み出ると「申し訳ない」と言いながら勢いよく頭を下げた。一言申してやろうと息巻いていた考崎千鳥は、いい大人の思わぬ態度に困惑している。構わず清水が続けた。

 

「事情は浅井先生よりうかがいました。あの街宣車は漁師仲間が私のために走らせてくれていたんです。気のいい連中なんですが粗忽なところも多く。皆さんを危険な目に遭わせてしまったと。本当に申し訳ない!」

 

 そう言って清水はまた深々と頭を下げた。漁民の出の故か一本筋が通った人物らしかった。そのような相手を責め続けることもできず。考崎千鳥のほうから頭を上げてくださいと申し出ることになるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 玄関の外で法事が終わるのを待つ一同。八重垣えりか、考崎千鳥の両名は目的を完了したのではあるが、せっかくだからということで付き添っていた。八重垣えりかのほうは何か期待しているようでもあったが。

 

 コナンは玄関の戸にもたれながら物思いに耽っていた。

 

 ———おかしい……

 

 疑問点は大きく二つ。あのピアノは何年も使ってないはずなのに音は正確に出た。これは誰かがこっそり調律していることを意味する。その目的が分からない。そして『麻生圭二』なる人物から出された怪しい手紙。その文面の意味が分からない。

 

 そんな時。公民館の中からピアノの音が聞こえてきた。真っ先に八重垣えりかが面白がるような声を上げる。

 

「おいおい……コイツは……」

 

 ———月光!!!

 

 コナンは己の失策を悟り即座に公民館の中へ突入した。法事を行っていた部屋からは何事かと奥をうかがう人達が身を乗り出していた。それを無視して駆けるコナン。ピアノがあった部屋の扉を突き破る勢いで開く。

 

 

 その部屋には。未だ『月光』を奏で続けるグランドピアノと。その上にもたれ掛かるようになって微動だにしない男性の姿があった。

 

 ———お、遅かったー!!!

 

 悔恨と怒りに歯を食いしばるコナンであった。

 




ひとまず1話目はコナン視点です。2話目からえりか視点になります。3話目からコナン達と別行動を始める予定ですので原作にない(作者の妄想の)シーンも増えてきます。

■FLOWERS用語解説
FLOWERS:猟奇ミステリ美少女ゲームメーカー『Innocent Grey』が送り出した百合ミステリ作品。春・夏・秋・冬の4作品から構成される。本作品登場の二人は夏編の主役級キャラクター。

フィリップ・マーロウ:現実に存在するハードボイルド小説の主人公。私立探偵。ローレル・キャニオン地区のユッカ街という架空の街に住んでいる。
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