■Side E
「まあでも……さすがに嘘も二つ目となれば見逃せねえよな?」
連続殺人事件の犯人が分かったというえりか。そのことに驚愕する相棒に猫の笑みを向けながら、そうやすやすと言い放って見せた。
「ちゃんと説明してよッ。えりかッ。そ、それに犯人が分かったのなら早く警察の人に教えないと!」
「まあ……そうなるよな……」
そんな千鳥の反応に、けれどえりかはなぜか乗り気じゃないようだった。
「しゃーないか。千鳥、公民館に行くぞ」
頭を一掻きしてから車いすの向きを変えるえりか。けれどその方向はなぜか先ほど出てきた村役場ではなく、公民館の方向だった。
「え、なんで公民館なのよ。行くなら村役場でしょ?」
「さすがにそろそろ坊主たちも公民館の倉庫の鍵を見つけて楽譜の回収に向かった頃だろ。事件の重大な鍵になる麻生圭二の楽譜が出てくるとなりゃ警察も公民館に向かうはずだ」
「そう?」
「ああ。だから行こうぜ。道すがら私の推理も聞かせてやるよ」
「……分かったわ」
どこか納得できない様子ながらもえりかの言に渋々従う千鳥。えりかの背後に着くと車いすを押し始めた。二人深夜の田舎道を公民館へと向かう。夜道を行く二人を月だけが照らしていた。
「それじゃ早速聞かせてよ。えりか」
「ああ……」
———千鳥に説明する前に今一度、事件の内容を浚うとするか。
えりかは軽く握った右拳を口元へ当て思考を巡らせ始めた。
■Now reasoning.
そもそも事件の起こりを考えてみよう。村長候補最有力の川島某が殺された第一の事件。海で溺死させられた被害者がピアノの前へ座らされていた。あれには過去の麻生圭二の事件に紐付けさせる以外にもう一つ意味があった。それは?
海に放置するのが可哀想だった
⇒溺死させることに意味があった
海に死体を捨てて汚すことが嫌だった
そう———溺死という力任せな殺害方法をとったこと自体に目的があったのだ。
そして、次の変事はコナン達が第一の殺人事件があった日の深夜、公民館で見たという怪しい人影。あれは?
現場に証拠を消しに戻っていた犯人
自分が標的になることを恐れていた西本
⇒殺人犯以外の別のだれか
村長の黒岩が村役場の放送室で背中から滅多刺しにされて殺された第二の事件。ここでは犯人が仕掛けた嘘があった。それは?
犯人の犯行が怨恨だという理由
殺人が行われた場所
⇒被害者の死亡推定時刻
そう。目暮警部が言った6時30分前後というのは犯人が演出した偽りの犯行時刻だ。
最後に、この事件の容疑者の中には一人明確に嘘をついている者がいる。それも自分が容疑者から外れるための嘘を。その者とは?
西本健
江戸川コナン
目暮警部
平田和明
⇒浅井成実
清水正人
ま。こんなところか。頭の中で組み立て終わると、私は中天の満月を一つ睨み、相棒へとこの事件に隠されたものを説明することにした。
■Reasoning end.
口元に拳を当て、しばし思考に沈んでいたえりかが不意に空を見上げたかと思うと、次に口を開いた。
「千鳥。昨晩、第一の事件について私がまず、なぜ被害者を海に放置しなかったと聞いたのを覚えてるか?」
「ええ。過去の麻生圭二の事件と紐付けさせることそのものが目的とえりかは考えてるんだったわよね」
記憶を辿り、すぐに千鳥は答えた。えりかは頷くと話を続ける。
「ああ。だがここにはもう一つ不可解な点があったんだ」
「もう一つ?」
「なぜ犯人は海で溺死させるなんて面倒な殺人手段を選んだんだ?」
「え?」
口をポカンと開く千鳥に更にえりかは畳みかける。
「海で溺死させるなんてのは大仕事だ。大柄だった川島某の抵抗は相当なもんだったろうし、犯人の服装もビチャビチャになっちまっただろう。法事に戻るなら、あらかじめ着替えを用意しておく必要があっただろうし、脱いだ服を見つからないように隠す手間もあったはずだ」
「それは……そうね……」
「そんなことをするくらいなら、第二の事件みたいに刺殺でも、あるいは絞殺でも毒殺でも、もっと楽な方法はあっただろう。わざわざピアノの部屋に運び込む苦労もない。なのになぜ海で溺死だ?」
「そんなの……分からないわ」
ここで一呼吸置いたえりか。そして自分の見解を語り出した。
「つまり海での溺死であることそのものに意味があるんだ」
「溺死であることの意味?」
「そうだ。海で溺死させた後、ピアノの前まで引き摺っていった。この一連の流れから坊主が犯人像を特定しただろ。男の単独犯だってな」
「犯人がそう誘導したんだっていうのね。えりかは」
千鳥の確認に、えりかは声に出すことなくただ頷いた。そして話を進める。
「そして第二の事件。黒岩村長が村役場の放送室で刺殺された」
「ええ」
「殺人が行われたのは、坊主達が発見する直前。18時30分ごろって話しだったが……あれは犯人が仕掛けた嘘だ」
「え? 何を言ってるのよ?」
「村役場で毛利のオッサンが、血の譜面がどうのって話をしてたのを覚えてるか?」
「は? ……ええ。でもそれが何なのよッ」
突然の話題転換についていけない千鳥。ついつい声を荒げてしまう。構わずえりかは話を続けた。
「毛利のオッサンに聞いたんだが、黒岩村長が殺された現場に、血で書かれた譜面があったらしい。おそらく犯人からのメッセージだ」
「最初の事件で残されていた紙と同じでしょ。それが何なのよ」
「その血の譜面の上に坊主が倒れたらしいんだが、譜面は消えなかったらしい」
「だからッ———」
「血はそんなにすぐには固まらない」
「ッ!?」
話が見えないことに苛立った千鳥が抗議の声を上げる前に、えりかはこの事件を揺るがす爆弾を放り込んだ。
「……どういうことよ?」
「人の血液は乾くまで……そうだな。今の気温なら30分近くかかるはずだ」
「……つまり、本当に村長が殺されたのは18時ごろってこと? でも月光のテープが流れていたのは」
「そんなのは予約設定を使うなり何なりどうとでもなるだろ」
「でも成実先生の検死結果は———」
「だからそれが嘘だって言ってんだ」
なおも言い募る千鳥の反論を叩き切るように、えりかが告げた。
「つまり、えりかは成実先生が犯人だって言ってるの……?」
「ああ。そうだ。完全に凝固した血液と検死結果。どちらかが正しくてどちらかが嘘なら答えはそれしかない」
「でも。……でもほら、嘘をついてるわけじゃなくて、検死を間違えただけかも。成実先生は本職の検死官じゃないんだし」
この短い期間とは言え、それなりに親しくした相手が連続殺人犯だと言うことをなんとか否定しようとする千鳥にえりかが諭すように言う。
「その間違いとやらで、アリバイができて容疑者から外れた。……これは偶然か?」
その一言に千鳥は反論できない。だから別の話題をふった。
「えりか、さっき嘘は二つって言ってたわよね。成実先生がついているもう一つの嘘って?」
「あいつは男だ」
「は……?」
そしてえりかは即答した。千鳥の思考は完全に止まる。そしてえりかのだめ押し。
「最初にあった時、倒れているところを抱き起こされたときに触れた身体の感触から。その骨格から、浅井成実が男であることには気付いていた」
「…………最初の事件で、被害者が溺死させられたのは、犯人を男だと印象づけるため。女性のフリをしていた成実先生は、容疑者像から外れることができた。…………えりかは最初から成実先生のこと疑っていたの?」
「ああ。だけど確信が持てなかった。浅井成実の女装は単なる趣味で、それが第一の事件で有利に働いたというのは偶然だったって可能性も捨てきれなかったしな」
「だけど、第二の事件で成実先生は嘘をついた」
「ああ」
ここでえりかは笑みを浮かべて見せた。
「だから言ったろ? 嘘も二つ目となれば見逃せないってな?」
「…………」
「
それはすました猫の笑みだった。
次回解決編