東方悠幽抄   作:アグサン

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 明けない夜に出会った悠子・幽々子と藤原妹紅。共に協力し、レミリアと咲夜を撤退させることに成功した。しかし、異変はまだ終わらない。そんな異変の最中、妹紅は語る。行者・藤見義清(西行)との出会いを。
 東方悠幽抄、第二十二話です。批評、コメント等ありましたら、ツイッターでも感想でも気軽にお寄せ下さい。


第二十二話「不死を求めた者」

 ◇

 

 

 ――――私は、今生きているのだろうか?

 

 私、藤原妹紅は洞穴の岩肌を見つめ、ふと思った。

 

「……」

 

 ――しかし、薄暗い洞窟からはその答えが返ってくることは無い。

 山奥に籠って、既に幾十年経っただろうか。

 ある日から意識が途切れて、それから――――わからない。

 そろそろ皆、私を忘れただろうか。

 私が最後に過ごした村を去る時、村人たちが私に向けた言葉を反芻(はんすう)した――

 

『化け物……』

 

 村人は自分たちの常識から逸脱したものを――『私』をそう呼んだ。

 

「化け物――か……」

 

 ――私はポツリと呟いた。

 そして、私は自分の手を見つめた。

 そこにあるのは真っ白な、まるで死人のように透き通った手であった。

 私は頭を振った。

 

「――化け物と言われることは、慣れている」

 

 私は呟き、むくっと起き上がった。

 

 ――くぅ……

 

 すると、私の腹の虫が小さくなった。

 私はお腹を押さえ、洞窟の入口に目を向けた。

 

「はぁ…… おなか減った……」

 

 私はずるずると重い体を引きずりながら、日の光のもとへと踏み出して行った――

 

 

 ◇

 

 

 ――――私は近くを流れている小川に入り、体を清めていた。

 

「冷たっ! 数日振りに体を清めると気持ちいいなぁ」

 

 私は冷たい流水に触れることで、生きていることを実感していた。

 そして、小川から川辺に上がり、大きく伸びをした。

 

「うーん! 少し体がなまったかな?」

 

 私はそう言いながら、ぐりぐりと腕を回し、手に力を込めた。

 ――すると、手から小さな炎が上がった。

 その炎を見つめ私は大きく頷いた。

 

「よしよし、なまってない、なまってない。 ――さて、そろそろ人里に向かうかな!」

 

 私はすぐ下向きになろうとする気持ちを抑えるため、わざと明るく叫んだ。

 そして、ゆっくりと山から人里に向かい歩き始めた。

 

 

 ◇

 

 

 ――――私が山を下り人里に差し掛かろうとしたところで、男とすれ違った。

 

 私は村人かと思い、反射的にスッと顔を下げてしまった。

 そして、横目でチラッとその姿を見ると、その風貌から村人ではないことに気付いた。

 

(ああ、行者か。こんな山奥でご苦労なこった)

 

 仏道修行のためとはいえ、こんな山奥まで来ているのだ。

 ――様々なものを捨てて。

 私はその時、ある種の共感を覚えた。

 

 しかし、共感を覚えようが赤の他人。

 私の腹を満たすという目的とは全く関係がなかったので、スッと通り過ぎようとした。

 

 ――だが、行者の方は違った。

 あろうことか、山の中を歩く、気味の悪い女(私)に声をかけてきたのだ。

 

「申し訳ない、少しお待ちいただけないだろうか」

 

 私はその声を聞き、ピタッと足を止めた。

 

(何? 私に声をかけてきた?)

 

 全く予想していなかった。

 まさか、私に声をかけるとは思っていなかった。

 私は警戒しながら振り返り、聞き返してしまった。

 

「私か?」

「そうです。他に人はいらっしゃらないので」

 

 その行者は非常に丁寧な言葉を私に投げかけた。

 私には、こんな山奥でたまたますれ違った気味の悪い人間に、声をかける理由が思いつかなかった。

 私はその行者を軽く睨みながら、問い返した。

 

「なんだあんたは?」

 

 ――まさか私のことを知っているのか?

 私はとっさに身構えた。

 その行者はみすぼらしい格好をしていたが、ただならぬ気配を感じた。

 ――この『化け物』と呼ばれた私を退治しに来たのか?

 

 その行者は私の顔を見て、ゆっくりと問うた。

 

「あなたが――不比等殿の娘であらせられるか?」

 

 私はその言葉を聞き、まるで頭を殴られたような衝撃が走った。

 

(不比等……だと!?)

 

 そして、続く心臓を締め付けられるような感覚を覚えた。

 その懐かしい響き、父の名前を聞き、ここ数百年ぶりに私の心が大きく揺さぶられた。

 

(しかし、何故そんな言葉が突然出てくる?)

 

 私は、はやる鼓動を抑えながらゆっくりと尋ねた。

 

「――どこでその噂を聞いた?」

 

 私の質問に対し、その行者はゆっくりと言葉を返した。

 

「私は藤原の末裔、『藤見義清』、号は『西行』と申す者です。我が一族の過去を調べさせていただきました」

 

 行者はそう言って笠を脱ぎ、深々と礼をした。

 私はその行者からサッと目をそらした。

 行者は私のそんな様子を気に掛けながら、話を続けた。

 

「我が祖先、藤原不比等殿があの『竹取のかぐや姫』に求婚し、断られたこと。 ――そして、その不比等殿に富士の薬とともに行方知れずとなった娘がいらっしゃったことを」

 

 私はその言葉を聞き、反射的に言い返した。

 

「人違いじゃないのか? こんなみすぼらしい女が――」

 

 しかし、行者は私の言葉を遮るように続けた。

 

「いえ、私にはわかります。 ――麓の村の言い伝え通りだ。 『透き通ったような白髪をもち、幾年を経ても老いることのない娘』――やはりいらっしゃったのだ!」

 

 私はその言葉を聞き、村人たちの顔を思い出していた。

 ――いつの間にか言い伝えになっていたか。

 数十年間山に籠ったつもりだったが、実際はもっと長かったようだ。

 私は行者に向かって吐き捨てるように言った。

 

「で、もし私がそんな気味の悪い娘だとして、一体何の用?」

 

 私がそう問いを投げかけると、その行者の雰囲気が変わった。

 

「ここまで来たのは他でもない。分家・藤見の名をもって――あなたの力、いただきに参った」

 

 行者は突然、懐から小太刀を引き抜いた。

 その鮮やかな装飾された小太刀からは、何故だか不思議な力が感じられた。

 そんな小太刀と行者の姿を見て、別の意味で私は笑いがこみあげてきた。

 

「はははっ!」

「何がおかしいのだ?」

「私から『不死』を欲しがる人間は何人目か! ――だが、そういう人間は全て不死を得る前に焼きつくされたきたんだがな!」

 

 私は火の鳥のような炎の羽根を広げ、その行者に向かって炎を放った!

 しかし、その行者はひるまなかった。

 

「私も藤原の末裔。この数百年で培われた知略・計略を舐めないでいただこう!」

 

 そう言って行者は手にした小太刀で私の炎を切り裂いた。

 すると、小太刀に向かい私の炎が吸い込まれていった。

 

「なっ!?」

「見てわかりますか? このように、妖(あやかし)に近い力であっても、私は打ち消すことができる」

 

 そのとき、私の中で不思議な思いが湧き上がってきた。

 ――ああ、やっと終わりになる。この苦輪から。

 私は声をあげて笑いはじめた。

 

「ははっ、私を殺すのか? そいつはめでたい! ――さあ、私を殺してみてくれよ」

「私はあなた様を殺めることはしない。この小太刀の力でその不死身の根源を封印させていただく」

 

 そう行者が言うと、その小太刀に力が満ちていった。

 そのとき私は感じ取った。

 この行者、本当にその力を持っている。

 

「 『封印』って、どうするつもり? 私を不死でなくしてくれるのなら喜ぶけど」

「私の中にあなた様の力を封印します」

「それじゃ、あんたはどうなるの? 不死身になるの?」

「十中八九、そうなるやもしれぬ」

 

 私はその言葉を聞き、サッと行者に背を向けた。

 

「気が変わったわ。私を殺すのは諦めてよ」

「そうはいかないのだ。家族を捨て、やっとここまで辿り着いた――ここで逃すわけにはいかないのだ!」

 

 その行者はそう叫び、斬りかかってきた。

 しかし、所詮は『人』。

 ――本気で不死の炎を操る私には手も足も出なかった。

 

「くっ、南無三!」

 

 行者は炎を斬り裂き、恐れず飛び込んできた。

 ――無謀な……

 私は素早く行者の突進を避けた。

 行者は目をつぶっていたらしく、その勢いのまま地面に転がった。

 私はサッと反転し、その行者の背に足をついた。

 

「ぐっ!?」

 

 行者は苦しげな声をあげた。

 私は行者に向かい、冷静な声で言い放った。

 

「家族がいるって? それなら、なお諦めなよ。不死になんてなっても、得られるものは何もない」

 

 私の雰囲気の変化を感じ取ったのか、行者は私に問いかけてきた。

 

「あなた様は不死になって――苦悶したのですか?」

「私は決して変わらないのに、周りはどんどん変わって行く。全てが私の手から離れて行く ――まるで世界の傍観者になった気分だった」

 

 行者は何も答えず私の言葉に耳を傾けていた。

 私はふと呼吸置き、ゆっくりと語り聞かせるように続けた。

 

「これは私の業だ。人は、人の中で生きてこそ、人なんだ――私はすでに人ですらない」

 

 私はそう呟き、行者の背から足をどけた。

 行者はゆっくり立ち上がり、小太刀を仕舞った。

 私はその行者の目を正面から見つめた。

 

「立派な夫、そして父親であってほしい――それが、藤原不比等の娘が子孫に残す唯一の言葉だ」

 

 晴れ渡る空の下、私と行者の間に一陣の風が吹き抜けた――

 

 

 ◆

 

 

 ――――妹紅さんはそこまで話し、息をついた。

 

「ふぅ…… そんなこともあったんだよ」

 

 私は何も言うことができなかった。

 この話は――幽々子の父の話。

 そう思うと、溢れる気持ちを抑えることができなかった。

 

 静かに話を聞いていた幽々子が問いかけた。

 

「で、その行者は――その後どうしたの?」

「さぁ? その時は私には何もせずに去っていたけど」

「そう……」

 

 幽々子はもう興味を失ったように指をくるくると回し始めた。

 私はハッとして妹紅さんに続けて問いかけた。

 

「私も一つ聞きたいわ。その小太刀はもしかして――」

 

 私は言葉を言いきる前に小太刀をつきだした。

 妹紅さんはじっと小太刀を見つめた後、ポンと手を打った。

 

「ああっ! そう、その小太刀だよ、行者が握りしめていたのは!」

 

 妹紅は小太刀の装飾をまじまじと見つめ、私に問うた。

 

「『藤見』っていう名字といい、悠子はさぁ―― その行者の子孫とかかい?」

「そう、かも…… しれないわね」

 

 私は曖昧な返事をした。

 すると、さっきまで黙っていた幽々子が不思議そうに私に尋ねてきた。

 

「どうして悠子はそんな話を気にしているの?」

「それは……! ――――いや、何でもないのよ。幽々子」

 

 私は幽々子の問いに対して、お茶を濁した。

 

 ――なんて寂しい話なんだろう。

 実の父親の記憶を失うということは。

 記憶も奪われ、亡霊となり朽ちない体となり存在し続ける、幽々子。

 記憶が唯一の家族との絆であった幽々子は、記憶を失ったと同時に『家族とともにありたい』という願いを失ってしまった。

 そして幽々子は、不死になりたいという父の『誤った願い』を、違った形で成就させてしまったのだ。

 ――――そんなの悲し過ぎる……

 

 そんな中、私の考えていることを知ってか知らずか、妹紅さんはゆっくりと私に語りかけてきた。

 

「行者の子孫なら、私とも関係が――あるっていっても、もうないようなもんか…… 千何百年も昔のことだからなぁ」

 

 妹紅さんはしみじみと言った。

 

「……」

 

 私は静かに妹紅さんの言葉に耳を傾けていた。

 

「でももし、悠子が私の子孫なら、一つ忠告。 ――不死は勧めないが、生身の人間が無茶するもんじゃないよ」

 

 そう言って、私がレミリアに噛まれた傷跡を指差した。

 私はその傷をおさえ、妹紅さんの目を見つめた。

 今の言葉はさっきの話の中のものとは少し異なり、深い優しさが込められているように感じた。

 この数百年で妹紅さんも変わったということだろう。

 ――だったら、私のも誠意をもって答えよう。

 

「はい、わかりました。心配してくださって、ありがとうございます―― ご先祖様」

「うむ、よろしい! ――はっはっは!」

 

 妹紅さんは笑い声をあげた。

 ――心配してくれる人がいる、こんな遠いご先祖様にも。

 

(私たちは見守られているんだ…… こんな現実からも遠い幻想郷でも)

 

 妹紅さんからもらった言葉を反芻すると、先ほどの戦いの傷も気にならないほど気持ちが高揚してきた。

 妹紅さんはそんな私の様子を見て安堵の息を漏らした。

 そして、スッと指を天に向けた。

 

「それより、あんたらの目的はこの夜を―― いや、この『狂った月』をもとに戻すことでしょ?」

 

 妹紅さんは月を指差していた。

 私は月を見上げて静かに呟いた。

 

「その手掛かりがついさっき、途絶えてしまいました―― 私たちには、もうどうすればいいかわからないです……」

 

 そう言って、私は俯いた。

 ――すると急に、妹紅さんが私の後ろに目をやり、微笑んだ。

 

「ははっ! ――やれやれ、わたしはそろそろお暇しようかね」

「えっ?」

 

 私が急に笑いだした妹紅さんに驚いた瞬間、妹紅さんから突然火が噴き出してきた!

 

「突然どうしたの、妹紅さん!」

「悠子には面白い相方がいるな! 健闘を祈るよ」

 

 そう言って、妹紅さんは私たちの前から姿を消した。

 突然のことに私は唖然としてしまった。

 そして、私は『相方』の幽々子に話しかけた。

 

「どういうことかしらね、ゆゆ――」

 

 私が振り返ると、今度は幽々子の行動に唖然としてしまった。

 私たちが真剣な話をしていた横で、幽々子は呑気そうに落ちていた咲夜さんのナイフを拾って、手の上で弄んでいた。

 

「くるくるくる、っと」

 

 そう言って、地面にしゃがみこみながらナイフを回して見せた。

 私は幽々子の姿を見て、ため息をついてしまった。

 

「はぁ…… 何やってんのよ、幽々子」

「こういうときは占いに限るわ。ほらあっちを指したから、向かうわよ」

 

 幽々子はナイフが倒れた方向を指差した。

 そして、そのナイフを手に持って、シュッとその方向に向かって投げた。

 私は闇に消えるナイフを見て、再びため息をついた。

 

「はぁ、幽々子…… そんなふざけたこと言ってないで――」

 

 すると突然、暗闇の中から女の子の声が響いた!

 

「ぐあっ!? まさか――感づかれたか!?」

 

 その声を聞き、私と幽々子は素早く臨戦態勢に入った。

 私は闇に向かって叫んだ。

 

「誰――!?」

 

 すると目の前に突然、ウサギ耳のついた少女(妖怪?)が姿を現した!

 そして、彼女の指は私たちの頭に狙いを済ませていた。

 

「動くな! 私の名前は、『鈴仙・優曇華院・イナバ』! 感づかれたからにはしょうがない! ここで、終わりにしてやる!」

 

 鈴仙というウサギ妖怪は、私たちに向かってそう叫んだ。

 そんな彼女の姿を見て、私と幽々子は顔を見合わせた。

 そして、私は妖怪の目を見据え、幽々子は口もとを覆い隠した。

 

「あらあら…… 飛んで火にいる――」

「――夏の虫、ってことね! 行くわよ、幽々子!」

 

 私は『小太刀』を、幽々子は『白楼剣』を、鈴仙という妖怪に突きつけた。

 鈴仙の額に一筋の汗が伝った。

 

「あれ? もしかして私、墓穴を掘った???」

 

 哀れな鈴仙という妖怪は、月を背に私と幽々子から後ずさった――




 とうとう異変の元凶へと一歩近づいた悠子と幽々子。竹林での弾幕勝負が再び始まる――
 お久しぶりです! 約半年も更新できず申し訳ありませんでした。私事で忙しく、なかなか書き進めることができなかった『東方悠幽抄』を連載再開です。今後もよろしくお願いいたします。
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