パラレル・ゲート 作:小鳥大軍
「タツ、最初っから全力で行くぞ」
「ああ、思う存分かかって来やがれ!」
タツはニヤリと笑い、俺は一筋の冷や汗を垂らした。いざ対峙したのはいいが、いつ斬り込んでいいのか分からないのだ。いつ斬り込んでもやられると感じるほどに、タツは隙がなかった。
今、俺とタツは家から少し離れた原っぱで剣を手に向かい合っている。なぜこんな状況になっているのか。説明するには、時間を少々巻き戻す必要があった。
「おいナツ。この後暇?」
その日、俺が来てから初めてちゃんと朝に起きたタツは、起きるや否や食卓で朝食をとってる俺にそう聞いてきた。
この後は自主練をするだけだから暇っちゃ暇だが……どうしてだろう?
警戒して睨みながら黙っていると、タツがふふっと上品に笑う。
「そんなに警戒すんなって。私が何した? なんもしてないだろ!」
確かに、ほとんど何にもされていない。が、不満は溜まる一方だった。というのも、タツは雑用のほとんどを俺に任せるくせに修行らしい修行を全くつけてくれないのだ。平和大国日本で生まれ育ったのだから初めから激しい修行とかは嫌だし無理だなとは思っていたが、流石に何も無いのもそれはそれで嫌だった。
「修行つけてやるよ。一応魔法を理解したわけだしな」
思わず二度見した。まさか、タツの方から修行に誘ってくれるとは……目の前にあるご飯を急いでたいらげ、傍に置いてある
ご飯を食べ終わると、俺はタツの次の行動を待った。
「よし! じゃ、行くか」
そう言い扉を開けるタツについて行く。タツはドアの横に置いてあった木刀を手に取ると、家から数分で行ける場所にある原っぱに向かった。そして、今に至る。
「……おりゃあ!」
気が抜けた声で斬りかかるのは、俺だ。人に向かって斬りかかるどころか、喧嘩すらしたことがないのだから上手く力が入る筈もなく、全力のつもりでもヘナヘナとした攻撃になってしまった。
それを見てわざとらしくため息をついたタツは、ヒラリと俺の攻撃をかわす。
直ぐに振り返るのだがそれでは遅く、タツが既に振るっていた木刀は正確に
「オラ! その肩から先に着いてんのは飾りか!! もっとシュバッ! って感じ攻撃してこい!」
シュバッ! っとというのは、もっと力を込めろという意味だろうか。
だとすれば、次はもっと力を込めて……
「おらぁ!」
だが、頭で理解したからといって直ぐに体がついてくるわけがない。
先程と全く同じ軌道を描く
「ぐえ」
背中に一発くらって蹲っている俺に目線を合わせるようにしゃがみ込んだタツは、小首を傾げながら
「だーかーらー、もっとシュバってな、それで分かりにくいならこう
シャキって感じで剣を振れって」
その2つの違いがいまいち分からない。とりあえず力を込めようと、再び立ち上がりタツを正面にとった。そして、地を蹴ると
「オリャ!」
その瞬間、タツが驚きの表情を表に出し、それと同時にタツの瞳の奥に緑色の光が現れた。タツは俺の攻撃をかわすと、その表情のまま俺を見て
「お前、今の…………」
確かに急に力を入れることができたが、そこまで驚くような事だろうか? 俺としてはタツの瞳の奥に一瞬だけ現れた緑の光の方が気になるのだが。
「? いや…………分かんねえならいい」
タツは納得していないような表情でそう言った。その後は今のようなやりとりが数十回以上続き、修行が終わる頃には俺はヘトヘトになっていた。
「よし、終わり! 腹減った」
どうやら修行の終了はタツの気分で決まるようだ。恐らく、今後はとてつもなく長い時もあれば一瞬で終わる時もあるのだろう。そう直感した。
修行の後近くの池で軽く水浴びをしてからダラダラと家に帰った。家に着くと、俺はベッドに潜り込んで泥のように眠った。だがタツはそんなの御構い無しに寝ている俺を叩き起こしてくる。そして机に俺を座らせると、魔力の使い方を教えて来た。
「だからな、魔法ってのはニュルってしたらボッと出し
て、シャってやるんだよ」
ありがたいが、正直疲れているし、タツの説明がバーンだのドーンだのといった擬音ばかりで全く具体性のない説明なので、全然分からなかった。だけどまあ、教えてもらっているので一応分かっている振りはする…………何度も寝落ちしてその度に叩き起こされたが。
そんな生活が、毎日続いた。ある日は早朝に叩き起こされたかと思えば近くの山までランニングに行ったにあと手合わせをし、また別の日は家の近くの森で朝から夜までずっと樵を行なっていた。
そんな修行づくしのある日。大体一ヶ月くらいたった頃だろうか。結構修行をしている筈なのにタツに剣をかすらせることすらできない事に若干のショックを受けていた日のことだ。
この日は朝に手合わせがあったのでタツは朝からちゃんと起きていた。その朝の手合わせが終わり家の中でご飯を食べていると、タツは身体をビクリと震わせた。
「ん? どうした? タツ」
何も言わずにコソコソと家の裏口から出て行こうとしたタツに、俺がどこに行くのか聞こうとしたら
「いいか、ナツ。これから誰が来ても私が何処かに行っていると言え。理由は聞くな。いいな? もう一度言うぞ。これから誰が来ても私が何処かに行っていると言え」
と言い何処かに行ってしまった。一体どうしたのだろう、まあ何時ものことか。そう思考の結果を導き出し、目の前にある朝食を完食すべく、箸を再び動かし始める。
そしてその数分後、俺がご飯をゆっくり食べていると急にドアが勢いよく開けられた。
「タツはいるか!!」
入って来たのは、プロレスラーみたいな体格で目測40歳くらいの角刈りの男だった。全身に黒いスーツのようなものをまとい、身体から発せられる熱で周囲の大気が捻じ曲げられているかのような錯覚をもたらしているその男は、一度家の中を見渡すと俺に向かって
「君は?」
君は? と聞かれた時に正しい答え方はなんだろうか。自分の名前をいうのは違うだろうし、かといって逆にお前は誰だというのも失礼だろう。ならば、自分が何者かとを答えればをいいのだろうか。さて、俺は何者だ? 異世界人、高校生、たくさんの肩書きがあるが、この場で言うとしたら一つだろう。
「タツの弟子です」
その時の目の前の男の反応は、ビデオに収めておきたいくらい面白かった。目をこれでもかと言うほど見開き、口をあんぐりと開け、額に汗を滲ませていた。声こそ出さなかったが、天変地異でもおきたんじゃないかと思うくらい驚いている。何にそんなに驚いてるんだろう。目の前の男は、すぐにコホンと咳払いをして気持ちを切り替え
「すまない。君がタツの弟子だと聞いて少し取り乱してしまった」
少し?
「すまないね。まさかタツが弟子をとれるとは思わなくてな」
タツが弟子をとるのはそこまで意外な事なのだろうか。確かに、あの性格からは弟子をとるとは考えにくいが…………
「俺はシム・ヒムュル。俗に言う…………借金取りだよ」
ああ、納得した。タツがコソコソと逃げた理由も、さっきノックも無くを開けた理由も。となると不思議なのが、どうやってタツがこの人が来たことを感知したのか。動物的な勘か、それとも魔法か。どちらもあり得そうだと思わせるのが、タツの怖いところだ。
「ところで、タツはどこに?」
「タツならさっき何処かに行きましたよ」
実際知らないし。だがそんな俺の心情は御構い無しに、シムは声を張り上げ激昂した。
「あんの野郎! いつもいつも逃げやがって! 仕事持って来てやったのによ!」
すごい声だ。すぐ近くで爆弾が破裂したんじゃ無いかと思うほどの大声。実際、家が揺れた。
そして俺は、声とは別の事でも少し驚いた。今シムは仕事といったか。俺が知っているタツは毎日家でだらけているか修行をつけてくれるタツしかいない。そんなタツの仕事。一体何なのだろう? いきなりの大声で混乱したからか仕事に対する疑問が多いからか分からないが
「タツの仕事って何なんですか?」
思ったことをそのまま口に出してしまった。それを見てシムは俺に呆れているのかタツに呆れているのかよく分からない表情でこう続ける。
「タツはそんな事も教えてないのか」
いいえ、そんなことも教えていないのではなく、教える暇がないだけです。最近は一日修行で終わるし……。
「たまにタツが何処かに行ったりしないか?」
確かにタツはたまにふらっと何処かに行っていた。思えば、俺が一日中一人で修行する日はいつもいなかった。てっきり家で休んでいるのだと思っていたが……そうか、あれは仕事に行っていたのか
「詳しいことは本人に聞けばいいと思うけど、簡単に言えばあいつの仕事は何でも屋だよ」
「何でも屋!?」
何でも屋ってあれだよな。頼まれたことやって金を取るっていうアレ。こう言ったらかなり印象悪いけど、実際はそこまで悪いことではないと思う。普段どんな仕事をしているのか興味が出てきたが、今はシムの持ってきた仕事の方が気になり。
その旨を伝えるとシムは顔をぽりぽりと掻きながらこう言った。
「討伐依頼だ。俺が住んでいる町の付近にゴリラゴというBランクの魔獣が一匹闊歩していてな。村の騎士団では手に負えないそうだからここに持ってきたんだが……」
Bランクの魔獣。魔法の勉強中にタツが言っていたのを参考にすると、ピャーッと行ったらグワーッと倒せるくらいの強さらしい。…….さっぱり分からなかったので流石に調べた。タツがまだ眠っている間に起きて調べた物を纏めると、
Eランク魔獣は街中にもいて、頑張れば子供でも倒せるレベル。ペットにしている人も多いらしいから、猫や犬のようなものなのだろう。
Dランク魔獣は町にこそいないものの町の外には多くいて、武器を持った大人が倒せるレベル。これは見世物小屋にいるらしいから、ライオンのようなもの。
Cランクになると騎士たちが動き出す。町のすぐ外にはおらず、森の奥の方にいるそうだから基本的に一般人には関係がないらしいが……
Bランクは、発見自体が珍しい。だが実力が高く、発見率が低くても被害率が高いらしい。騎士団が動くことが大半だそうだ。
Aランク魔獣は、俺の世界のRPGでいうボスモンスターだ。洞窟やダンジョンの奥底にいて、地方の支配者であることが多い。なのであまり積極的に討伐はせず、放置しているものばかりだそう。
今回のゴリラゴという魔獣はBランクらしいから騎士団が動くレベルか。でもその騎士団が手に負えないらしいから、タツに頼りに来たと。なるほど…………これって結構まずいんじゃね? ここ1ヶ月の修行で俺も実力がついたはついたがまだ魔法も使えないし、魔獣と戦えるほどではない。だが、シムはそのことを知らず、タツは何処かに行ってるから頼む人がいない。でもって今ここにはそのタツの弟子がいる。……十中八九頼まれるだろうな。
「でだ。今ここにはタツがいない。だからこの仕事、君に頼んでもいいか?」
ほら来た。頼まれたよ。俺が行くしか無いのかな? 結構切羽詰まってそうだし。でもなー。俺弱いんだけどなー
「俺弱いですよ?」
「ははは。謙遜はよせ。タツが弱い奴を弟子に取るわけないだろう」
「俺魔法使えませんよ?」
「え?」
「え?」
空気が凍り、音も消えた。下手したら世界が止まったのではないかと思うほどの静寂にかなりの気まずさを覚えたが、なにを言えばいいのか分からずそのままただただ時間だけが過ぎて行く。
最初に口を開いたのは、シムだった。
「ま、まあ、簡単な仕事しか任せないから」
驚いた。魔法が使えない俺にも仕事を回すほど切羽詰まっているのか。事実、シムはかなり悪いことをしたという顔をしながらも撤回だけはしなさそうだ。これは行くしか無いのか。なら、行く前にしたい事があるので、シムには少し待っていてもらう。
「何をしていたんだ?」
「置き手紙を書いてたんですよ。タツに」
ああ、それなら帰ってきた後にこっちにきてくれるかもしれないな。シムはそう言うと、俺を車のようなものに乗せてくれた。
「これは……車!?」
「なんだそれは?」
当たり前かもしれないが、俺の世界の物の名前はこっちでは通じないこともあるらしい。
「いえ、気にしないでください」
「? そうか」
シムは少し眉をひそめていたが、気にしてもどうしようもないと思ったのか、何も言わずに車のようなもの(以下、車)を発進させた。