そこで出会った、【ユン=カーファイ】と名乗る老剣士(※見た目は青年)。
目を覚まさない少女。
彼女のために、【一夏】の旅が今始まろうとしていた。
〜〜一夏視点〜〜
さっきまで幽霊のような姿だったはず。しかし次に目を覚ませば、普通に身体がある。だが周りは突然見知らぬ空間で、目の前には【ユン=カーファイ】と名乗る老人。頭から被った外套で全身は見えないが、老人というには見た目や声はあまりにも若い。
一夏
「どうも、【織斑 一夏】です。それで、【ユン】さん。あんたは何者だ?そして、ここはいったいどこなんだよ?それに、確か俺さっきまで身体が幽霊に……」
ユン
「そう一気に聞くな。言ったはずじゃ。ワシはただの散歩好きの老いぼれと。ホッホッホッ♪」
飄々とした立ち振る舞いだが、一切の隙を感じさせない。実力はそれこそ、俺が知る中で達人と呼べる、【千冬】姉や【柳韻】さん以上。いや、あの人たちとは比べ物にならないほどの強さの次元が違うくらいに。
ユン
「さて、この場所はそうさな、夢と現実の狭間。時間と空間を超越した世界。始まりと終わりの地。様々な呼び方はあるが、早い話、一切の概念から外れた場所じゃな」
一夏
「概念から外れた?」
ここがどんな場所か教えてもらったが、ますますわからなくなる。
正直、いま自分が立ってる場所が上なのか下なのか。右なのか左なのかもわからない。かろうじて、【ユン】さんと向かい合っているおかげで話が出来ているくらいだ。でなければ、正直酔いそう。
ユン
「さよう。概念から外れている故、上下左右といった方向から時間の流れ。果ては生と死の概念すら外れているのじゃ。
じゃからワシもこの場所を長いこといる故、
まぁ、言うなれば、自分達が暮らす世界とは正反対の裏の世界。
本来世界は自分の暮らす世界とは別の世界が並んで存在している。いわゆる、並行世界があると言われているのは知っとるか?」
一夏
「ええ、まぁ……」
パラレルワールド。普通だったら信じられないが、現在自分がそれを経験しているのだから信じざる得ないのだから。
って、サラッと凄いこと言わなかったかこの人?
ユン
「そしてそれは、己の選択次第で無数に存在する。しかし、そんな世界が自分達のすぐ横にあるというのに、1つとして自分達はそんな世界があることを知らず、互いに干渉することはできない。それはなぜか?」
一夏
「言われてみれば……」
確かに。自分達のすぐ横に別の世界が存在するなんて言われても、普通だったら信じない。それは、その存在を誰も確認したことがないからだ。
ユン
「それは、互いの世界の狭間にこのような場所が壁のようにあるため、お互いに干渉することはおろか、普通の人間はこの場所自体訪れることはできず、その存在を知ることは本来ないのじゃ」
一夏
「なるほど。って、そもそもなんで俺がそんな場所にいるんだ?」
【ユン】さんのこの場所の説明を聞いて、話が振り出しに戻ってしまう。そもそも俺はさっきまで別の場所にいたのだ。ただ、幽霊みたいな姿だったが。
ユン
「まぁ、普通ならの……しかし、例外もある。それは、己と世界との存在が不安定になると稀にその壁を越えてしまうことがあるのじゃ」
一夏
「自分と世界との存在が不安定になる?」
ユン
「そうさな、例えば世界そのものを揺らすほどの強い衝撃などが発生したとしよう。その際、衝撃を受けた者は、自分と自分がこの世界に存在するという定義が不安定となり、そのまま壁を飛び越える。稀にこの場所すらも飛び越えてしまう者もおるがの。
して、少年は覚えはないかの?」
世界そのものを揺らすほどの強い衝撃。それを聞いて一番に連想したのは、あの時【アリシア】と俺が、【プレシア】さんの研究所から見たあの光を思い出す。
一夏
「じゃあ、俺が幽霊みたいな姿になってたのは……」
ユン
「おそらく、衝撃の中心近くにいたのじゃろう。強すぎる衝撃がお主からココロとカラダを分け、ココロが抜け出し彷徨っていたのが、カラダがこの場所に流れ着き、その後お主のカラダがココロをここまで引っ張ったのじゃろう」
つまり、一種の幽体離脱をしていたってことか。
ユン
「しかし、お主は運が良いの。こうしてココロとカラダが互いに引かれ合い、無事1つに戻ることができたのじゃからな。しかし、この娘は……」
一夏
「・・・!!!?」
【ユン】さんが外套から抱えていた人物が姿を見せる。
その人物を見た瞬間、俺は何も言葉が出なかった。
一夏
「【アリシア】⁉︎」
【ユン】さんが抱えていた人物は、俺と同じようにあの光に巻き込まれた【アリシア】だったのだ。
俺は慌てて【ユン】さんから【アリシア】を引っ手繰り、呼び掛ける。
一夏
「おい、【アリシア】⁉︎目を覚ましてくれ、【アリシア】⁉︎」
しかし、【アリシア】はどんなに揺すっても目を開くことがなかった。
ユン
「残念じゃが、その娘は……」
一夏
「そんな……」
目を覚まさない彼女の様子に、俺の脳裏に最悪の結果が過ぎる。
ユン
「すまん。少し意地の悪い言い方だったな。その娘はまだ命を失ってはおらん」
一夏
「は?どういうことだよ⁉︎現に【アリシア】は⁉︎変な冗談だったらあんたでも……」
【アリシア】が死んでいないと言う【ユン】さんの言葉に信じたい気持ちと信じられない気持ちがせめぎ合う。その所為で俺も声を荒げた。
ユン
「その娘は、お主と同じカラダからココロが抜けておるのじゃ」
一夏
「な、なら、【アリシア】もそのうち目を……」
ユン
「じゃが、お主と違い、眼を覚ますことはないじゃろう」
一夏
「・・・へ?」
俺と同じようにカラダからココロが一時的に離れているのなら、いずれココロがカラダに戻ってくるはず。しかし、【ユン】さんは目覚めないと言う。
すると、【ユン】さんは【アリシア】に手をかざすと、彼女から光の帯が現れる。
一夏
「その光は?」
ユン
「この光は、この娘のココロの
【アリシア】のココロの残滓の残光だという光の帯は4本。それは確かに、まるで水中を当てもなく漂うように、宙を揺らめくだけ。
ユン
「さらに、先も言ったように、この場所から外の世界は、数多の時間の流れ、選択によって生まれた世界が無数に存在する。そんなところから、たった一人の人間のココロの残滓を見つけるのは至難の道じゃぞ」
【アリシア】のココロの残滓を見つけるにしても、それがどこにあるのか見当もつかない。
それでも、俺は【アリシア】のココロを見つける。その覚悟は揺るがない。
すると、一本だけ光の帯が俺の元へと伸びてきた。
一夏
「え?な、なんだ?突然光が俺の方に?」
ユン
「お主、それは⁉︎今すぐそこに入れているものを出してみよ」
俺は言われるままに、光が当たっていた場所に入っているものを取り出す。
そこに入っていたのは、見たことのない青い宝石だ。こんなものいつのまに?
一夏
「・・・っ⁉︎」
俺は自分の手にある青い宝石を握りしめた瞬間、俺の中になにかが流れ込んできた。
プレシア
『ごめんね。今日も仕事で遅くなりそうなの。だから先にゴハン食べて、寝てていいからね』
アリシア
『うん!わかったよ、ママ!』
あれは、【アリシア】?電話の相手は、【プレシア】さんか。
プレシア
『いつも寂しい思いさせてごめんね』
アリシア
『ううん。ママはお仕事なんだから、しっかりね』
プレシア
『ええ。じゃ、戸締り忘れないでね』
アリシア
『うん!』
そして、【アリシア】は電話を切る。
アリシア
『ママ……』
電話口では悟られないようにしていたようだが、通信を切った途端寂しさから目に涙を溜め、その声は震えていた。
一夏
「はっ!今のは……」
ユン
「お主に見えたもの、それはおそらく、その石に込められたこの娘のココロの記憶じゃろう」
一夏
「ココロの記憶?」
我に返り、先程見た【アリシア】の記憶を思い返す。あの時見た【アリシア】の涙。それもそうだ。【アリシア】はまだ幼く、家族は【プレシア】さんのみ。寂しくないはずがない。それでも、母親に心配をかけまいと、必死で感情を押し殺して……
ユン
「珍しいものじゃ。その石は人のココロに反応し、ココロの一部を取り込むことで、手にした者に力を与えるのだろう。この娘の場合、ココロだけの存在故、そのままこの石に封じ込められておるのじゃ」
一夏
「つまり、この光の先に同じように、【アリシア】のココロが封じ込められた石があるってことなのか?」
ユン
「そう考えていいじゃろう」
【アリシア】の他のココロがどこにあるかわからないが、手がかりが全くゼロというわけじゃない。少し希望が見えてきた。
一夏
「でもなんでココロの1つが俺のところに?偶然、なのか?」
ユン
「この世に偶然など無い。あるのは、必然のみ」
一夏
「え……?」
ユン
「なに、いつだったか立ち寄った世界で、酒を飲み交わした者からの受け売りよ。もしかしたら、その娘がお主なら必ず自分を見つけてくれると信じ、引き寄せたのやもしれんな」
一夏
「【アリシア】が……」
もしそうなら、【アリシア】のココロを必ず見つけ出す。それが俺が今やるべきことだ。
ユン
「さて、お主の目的も決まったところで、次はワシに付き合ってもらおうかのぉ?」
一夏
「へ……?」
ユン
「なぁに、悪いようにはせん。ちとワシの
【ユン】さんの遊び相手という言葉に、俺は背中に嫌な汗を感じてしまう。
ユン
「なにぶん数千年以上もこの世界を旅しているからのぉ。1年分くらいの退屈は晴らさせてもらうぞ。まぁここでは時間の概念がない故、意味も無いがの」
一夏
「いや、ちょっと……!」
【ユン】さんはそのまま腰に
一夏
「俺、まだ心の準備が……!」
ユン
「《八葉一刀流》創始者、【ユン・カーファイ】参る!」
俺はその一瞬で、意識が飛んだ。
・
・
・
・
・
いったいどれくらいの時間が経ったのだろう。そして俺は何十、いや何千何万回くらい殺されかかったのだろうか?いやもしかしたら本当に死んでいたのかもしれない。
この場所が死の概念すら無いという【ユン】老師の言う通り、遊び相手という、一方的な死合を繰り広げ、俺は何度も死を経験したのだ。
俺が感じていたように、【ユン】老師の強さの次元は規格外。最初のうちは太刀を抜くことなく、ほとんど無手で瞬殺。それを数十回繰り返し、ようやく避けられるようになり、数百回くらいで相手の太刀を運良く奪えるようになった。
けどあの人、太刀に代わって煙管を刀代わりにまで使って来たのだ。
数千回くらい相手の技をくらい、おかげで基本の型は身体で覚えることができたが。
それでもこっちは一太刀も与えることは叶わず、数え切れないほどやられ続け、記憶が完全に飛んでいる。
ユン
「ほっほっほっ。ここまでやれば良いかの。まぁ、小指の先分くらいは満足したわ」
ここまでしておいて、言うことはそれかよ。この鬼老師は。
俺は【ユン】老師から奪った太刀を杖代わりにヨロヨロと立ち上がる。
ユン
「じゃが、ワシが気まぐれで編み出した剣術を初伝まで身体で覚え込み、己がものとしたのじゃ。誇って良い。
よって、【織斑 一夏】!お主には、《八葉一刀流》初伝皆伝とする!
いずれ、お主も《理》に至ることを願っておるぞ」
【ユン】老師からの激励に胸が熱くなった。俺は太刀を【ユン】老師に返し、正面に向き直る。
一夏
「【ユン】老師、大変お世話になりました!」
俺は【ユン】老師へと一礼。そして踵を返し、手に持つリボンを握りしめた。
さすがに意識の無い女の子を常に背負っているわけにもいかず、【ユン】老師の計らいで特殊な術を使い、【アリシア】のカラダを彼女が付けていたリボンに封じ込めたのだ。
俺はリボンから伸びた光に従って歩き出す。
伸びた光の先、希望を思わせるような眩い光が【一夏】の姿を包み込む。
〜〜ユン視点〜〜
ユン
「・・・行ったか……」
【一夏】の姿は光の向こうへと消えた。無事に着くことを祈る。
ユン
「《八葉》は数多の強者を引き寄せる。じゃが、決して臆するな。
しかし、この地に入り、ワシが編み出した《八葉一刀流》を、初伝とはいえワシが直々に教えることができたのは、ワシの望みの1つが果たせたか」
いや、こればかりは忘れん、ワシの不肖の時代。己1人で強さを追い求めていたころ、ワシより強い者がいなくなり、弟子になりたいという者たちしか現れんようになった。そんな者達の願いすら断り続け、ついにはワシとは反対に、世界の全てを探求せんと、数多の叡智を積み重ねた友に頼み、まだ見ぬ強者を求め、並行世界を渡る絡繰を作らせ、数多の世界を渡り歩けるようにはなった。
しかし、ワシ自身がどの世界にも存在しない、世界の概念から外れた存在となってしまった故、世界そのものに存在することはできず、特定の弟子を取るということができなくなった。
まぁ、転々とワシが残したものは残っているやもしれんが。
ユン
「いやぁ、己の強さのみに執着した故の若かった軽率な行動だったか」
つまり早い話が、【一夏】がワシが教えを授けた最初で最後の弟子じゃ。
ユン
「どうかあの者が歩む道に、幸多からんことを」
せめてワシができることは、弟子の無事を祈るだけじゃが。
すると、どこからともなく鍔鳴りの音がした。
ユン
「ん?ほほ、これもまた縁というものかのぉ。ワシ以外ではてんでじゃじゃ馬じゃったのに。それとも、ワシに代わって【一夏】の道を見守ってくれるとでも言うのか?」
見ると、【一夏】に使わせていた太刀がワシの手から消えていたのだ。
ユン
「さて、ワシも気ままな散歩を続けるとするかの」
【ユン】は再び、当てのない旅を続けるのだった。
To be continude
再び目を覚ました少年の目の前には、どこか見知った街の森。
そこで出会う別の世界からの来訪者の少年。
互いに求めるものを同じとする2人。
足りない部分を補い合うことができる2人に負けはないか……
次回リリカル・ストラトス第5話
『俺は剣、きみは盾』