14歳の提督 作:名無しのごんべい
戦争の長期化は、倫理観を麻痺させていくという。
あらゆる事象が戦争を中心に回り始め、戦争に無関係なものは切り捨てられていく。
食料品も日用品も、民間では既に手に入りづらくなっていた。
学校だって、夏休みは勤労奉仕が義務付けられるようになった。
誰かが悪いわけではない。
深海棲艦の侵略がもたらした国家総力戦は、経済的に日本を押しつぶそうとしていた。
誰が指導者でも、この結末は変わらなかっただろう。
戦時統制体制に突入した日本は、逼迫した状況にある。
それは誰の目から見ても明らかで、にも関わらず打開策はどこにもなかった。
だから、仕方ないとボクは思う。
提督適正値が徴用基準を上回ったボクは、親元を離れて海軍に召し上げられることになった。
高校受験を前にした、十四歳の春のことだった。
「緊張していますか?」
運転席に座る陸軍の男が、ボクに声をかける。
彼もまた、ボクと同じように徴用された身なのだろう。成人しているようには見えなかった。
「軍はそれほど悪いところではありませんよ。少なくとも、お腹いっぱい食べることができる」
彼はそう言ってバックミラー越しに笑った。その頬は、少しだけやつれて見える。
彼の好意を無視できず、ボクは精一杯の笑みを返すことしか出来なかった。
窓の外を見ると、軍事工場に動員される女学生たちが固まって歩道を歩いていた。みんな笑顔を見せていて、それがどうしようもなく眩しく見えた。
空には輸送機が飛んでいる。海路が封鎖された今、遠く離れた国家群を支援するには空路しか残されていない。
いま、一体どれほどの国家が生き残っているのだろう。
海外の情勢についての情報統制が始まってから、深海凄艦がどこまで勢力を伸ばしているのか把握する術は失われてしまった。
人類は、滅亡への道を辿りつつある。
「着きました」
運転手の声に、意識を引き戻される。
すぐそこに、正門があった。
「あなたが着任する鎮守府です」
ボクは車から下りて、塗装されたばかりのシミ一つない正門を見上げた。微かに水性塗料の臭いがした。
「一部はまだ未完成ですが……統括機能は問題ありません」
運転手の彼は、そう言いながら車内に残していた荷物をボクに手渡した。
「ご武運を」
どこまでも真っ直ぐで、透き通った瞳だった。
まだ十四歳のボクに対して持てる限りの礼節を尽くそうとする彼に、ボクは出来損ないみたいな敬礼を返すことしか出来なかった。
彼は一度だけ大きく頷いて、それから車に乗り込んだ。
去っていく車体を見送ってから、踵を返して正門をくぐる。
外側こそ立派だったけれど、中はまだ未完成だった。
ボクと同じような年齢の職人見習いたちが、慌ただしく中庭を走っていた。
彼らはボクに気づくと、一様に足を止めて頭を下げた。
それほど年齢も変わらないはずなのに、彼らはどこか期待の籠もった視線を向けてくる。
きっと、ボクが提督だからだろう。
まだ何の実績もなく、ただ提督適正値が徴用基準値を上回っただけだというのに。これだけの建物を作り上げた彼らの方がよほど凄いというのに、彼らは期待の視線を向けてくる。
そのまま中庭を突っ切って、正面エントランスに入る。
中には既に、ボクを待っている人たちが整列していた。
その全てが女性で、最前線で深海棲艦と戦う艦娘だとすぐにわかった。
「傾注」
整列していた内の一人が、凛とした声をあげた。
「提督が着任されました。礼」
彼女たちの視線には、失望の色がある。
まだ十四歳のボクを見て、きっと思うところがあるのだろう。
けれど、最前列をまとめる彼女だけは違った。
「秘書艦の加賀と申します」
落ち着いた低い声とは反対に、彼女の顔には少しだけ柔らかい笑みが浮かんでいた。
ボクよりずっと背丈の高い彼女が、僅かに屈んで手を差し出す。ボクは息を吸い込んで、それから彼女の手を取った。
「よろしくおねがいしますっ!」