[習作]超科学級の落第生の補習記録   作:夜草

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幻想御手編 トリック

幻想御手編 トリック

 

 

 

ファミリーサイド

 

 

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 木原円周。

 棚町中学一年生で、部活なし。

 黒髪のお団子を左右に揃えた髪型、動物で言えば、豆狸。

 見た目がトロそうだが、運動神経は良い。

 学業は、残念ながら中学生のくせして、小学生低学年レベルと、最低……だが、頭は良い、頭だけは良い、あんまりにも頭が良過ぎて、目を離せば、高確率で事件を起こすので、最悪。

 IQが高くて、常識知らずの馬鹿なんて、そこらの犯罪者よりも性質が悪い。

 スーパーの食材や薬局にホームセンターの売り物で新種の毒薬や爆薬を調合したりするので迂闊にものを与えられないし、かといって不満が溜まれば何を起こすか分からない。

 <警備員>で駆り出されるより、日常がハードで、人生がベリーハードだ。

 あの人の親族だけあって、いつか『あ、ごめんねー、ちょっと内臓見せてコージおじちゃん。ブスッ』と解剖(バラ)されるかもしれない。

 とある事情で引き取ってから、満足に休めた試しがない。

 以上、一言でまとめれば『超科学級の落第生』

 

 

「<落第防止>に…労災とか…おりないよなぁ」

 

 

 学生寮ではない、教育者用の住宅ファミリーサイドは試験的にだが最新設備の整った高級マンションで、セキュリティの方式が突然変更される面倒なところもあるが、その分大学からモニター代として家賃が割り引かれ、公務員の安月給でも何とか生活可能。

 自分一人ならそこらのぼろアパートでも十分なのだが、子供一人を、しかも問題児を抱えるのだから、仕方がない。

 それでもここが快適なのは変わらず、窓からこの13階からの高さの絶景をぼんやりと満喫する。

 

「きっついよなぁ…」

 

 思わず口を開くと愚痴や溜息が漏れて、それが恥ずかしくて朝食の食パンを食んだ。

 まだ夏休み前だが、蝉の声がちらほらと聞こえ、開け放した窓からは陽光が強く照りつけてフローリングを熱す。

 いくら割り引かれようと電気代までただになる訳ではなく、冷房代を節制しているため、暑さに汗をたらしながら、涼をもたらさない怠け者、鳴らずの風鈴を睨む。

 だが、風鈴は周囲に迷惑をかけないからマシだろう。

 

「で…円周は…何をやってるんだ?」

 

 正面で朝食のこれでもかとイチゴジャム一瓶を塗ったくった食パン片手に、もう片手にこの前買ったばかりのタブレット型の携帯機器をいじっている。

 早速、何かソフトでもダウンロードしたらしいな。

 とても楽しそうで、何かに夢中になっている無邪気な笑顔というのは普通、癒されるものだが、円周の場合は嫌な予感がする。

 もとい、嫌な予感しかしない。

 どこでかは知らないが種を拾い、日差しに負けず元気にベランダに菜園を始めた時。

 今と同じようにご機嫌で、最初は健全な趣味に目覚めたのか…まさか、と不気味に思ったが、まさにその通りで。

 その種は何だと訊いてみれば、

 

『んー。乾かして噛んだらイケナイ類のハーブ?』

 

『そんなモンを…仮にも<警備員>のベランダに…植えるな!』

 

 そんな前歴があるので、まさか違法なデータとか取得した訳でないよな、と思うのも無理はなく。

 頼むから<警備員>として少年院にぶち込む事がないようにと願うばかりだ。

 そんな憂慮する保護者を前に、円周は『へぇ~』とか感心しつつ、ヘンゼルとグレーテルでもないのに机にひときしりパン屑を落していた。

 そして、時刻はそろそろ。

 

「おい…時間だ」

 

 学生にはまだ余裕があるだろうが、教師である自分と合わせているため、というか、一人にできないので円周の朝は早い。

 ひょい、と――簡単そうに見えて、夢中になっているのに隙のない豆狸との細かなフェイントの応酬を制して――携帯機器を取り上げて、出かける準備をしろ、と発破をかけてやる。

 すると、円周ははっと顔を上げて、今度はハムスター的に頬袋を膨らませるアピールをした。

 

「食事の時は…ゲームをするな」

 

「コージおじさん厳しい! 頑固親父!」

 

 携帯機器を取り返そうと手を伸ばすが、互いの身長差と机が邪魔で届かない。

 

「わかった…わかったから…口を見ろ口。…ジャムがついてるぞ」

 

「? ジャムってるの?」

 

「ジャムるって…お前の口は弾丸を飛ばすのか? …そんなわけないだろ…自動小銃じゃなくて…女の子なんだからもっと身嗜みや言葉遣いには気をつけなさい」

 

「でも、お隣の愛穂お姉さんはたまにご飯粒つけてるよ?」

 

「あれは…悪い例だ…反面教師にしなさい」

 

 あの基本方針が『ジャンジャンいこうぜ』な<警備員>の先輩は、尊敬できるが、真似してはいけない。

 ここに引っ越してきた時も、これから仮にも女子中学生と共同生活を送る後輩が、世間体とか、女の子ってどういう風に接すれば良いんでしょうかね、と相談すれば、『妊娠させなきゃ別に何でもしていいんじゃん』と、実に保健体育教師らしい助言をくださった。

 かなりスタイルも良いし、たまにお裾分けしてくれるご飯は美味しく家事力もあり、おまけに性格は明るい姉御肌なのだが、残念だ。

 そして、学習能力が高く、頭空っぽな円周はとても周りに影響され易いので、将来は残念な女になるかもしれない。

 現に、物理的暴力で奪還しようと、何やら皿を持ち上げて殴りかかろうとしているし。

 

(黄泉川先輩…恨みます。あと…何でお姉ちゃんと呼ばれてる先輩の方が年上なのにこっちはおじさんなんだ? いや別に先輩がおばさんだって言いたいわけじゃなく)

 

 どうどう待て落ち着けと手で制しつつ、口を開く。

 

「ちゃんと女の子らしくしたら…返してやる」

 

 途端、皿をまとめてシンクへと持っていき、ついでにちゃちゃっと顔を洗った後、円周は口元をパジャマの袖でグイッと拭う。

 あー、素直なのは良いが、もう影響されてたのか、なんと男前な思い切りのよさだ。

 

「にしても…ゲームは一日一時間だと…約束させたはずだが」

 

「ゲームじゃないよー。これダメ、あーしろとか、コージおじさんって、考え方が古臭いよねー。前時代的ー」

 

「お前は…突っ走り過ぎだ…少しくらい自重を覚えろ」

 

 こちらをまるで意に反さず、円周はぱたぱたと慌ただしく制服に着替え始めた。

 パジャマを脱ぐと、滑らかな肌とスポーツブラとパンツ。

 

「ここで…脱ぐな! 自分の部屋に行け!」

 

「急げって言ったのはコージおじさんだよー」

 

 所詮は女子中学生で、可愛かろうが、下着なんてただの布としか思わない。

 思うのは、パジャマにジャムがついちゃってるし、シミになる前に洗濯しないとなー、くらいだ。

 だが、頭の中身が幼児同然とはいえ、年齢的に思春期に入ってるんだから、もっと気にしてほしい。

 誰か身近に相談できるキチンと良識のある大人の女性はいないだろうか。

 円周はそのスカートが膝丈くらいまである野暮ったい制服に身を包み、準備完了。

 ただいつもと違うのは、耳にイヤホンを装着している。

 

「…円周。何を…聴いてるんだ?」

 

「面白い曲ー」

 

 面白い、って言われても感性は人それぞれだ。

 だが、興味を持ったということは、嵌ったのだろう。

 ということは、女子中学生の流行に詳しくないが、気の合う同士を集めて、軽音系バンドを作っちゃうんだろうか。

 だったら、『ふぁっきんふぁーきん♪』とかそんな物騒な鼻唄しちゃってるこの豆狸はヘビメタル系もしくは電波系に突き抜けてしまいそうで、不安だが。

 友達はいるのか、と憂いている身としては、共通とした話題づくりに流行に関心をもつのは良いのかもしれない。

 

「学校では…聴くんじゃないぞ」

 

 少しくらいは大目に見ようと許可すると、木原円周を連れて部屋を出た。

 

 

 

「あ、電池が切れそう。充電するから戻っていい?」

 

「時間がないからダメだ…我慢しろ」

 

 

棚町中学

 

 

 黒板に、チョークで切りつけるように、クラスに一学期の途中に転校してきた女子学生が、問題の答えを書いている。

 黒髪を左右に2つにまとめたお団子が、小動物の耳のように、ピクピクと動く。

 木原円周は、ときどき手を止めて真剣に考えてはいる様子だ。

 だが、この何の特色もない平凡な学校に通う普通の学生が見てすら、よくここに編入できたのか、とありえない奇蹟に思える。

 能天気な転校生が――クラスメイトの頭も真っ白にもさせた――チョークを置いた。

 

「うん、うん。できた」

 

 まだ若い数学教師が、どこが致命傷かすらわからない惨殺死体を検察するように、この黒板の表面積50%以上を記号で白く塗り潰すほど隙間なく書かれた数式の解答を見て、泣き笑いの表情を浮かべる。

 

「木原さんの解答ですが………答えだけは合ってますね。ですが、最初から説明し直しますので、よく聞いてくださーい!」

 

 人間、勉強じゃないとよく言うけれど、本当にダメだと普通ちょっとくらいは卑屈になるものだ。

 この転校生は、クラスのバカの地位を築いてしまっているが、変な開き直りすらせず、堂々としたものだ。

 数学教師は一度黒板消しで、自分が書けるだけのスペース分の元の黒さを確保している間に、クラス最後方の窓際の席に戻っていた。

 能天気で、破天荒な、まず成績は中間テストの結果はクラス最下位で、能力強度(レベル)無能(0)

 この学園都市では、間違いなく劣等生の部類に入るだろう。

 それでも、常人とは浮世離れさせた雰囲気が、何者にも木原円周を侮ることを許さない。

 

「それじゃ、最後に夏休みの宿題が教科書のどの範囲か教えるから、みんな、ちゃんと覚えておけよ~!」

 

 結局、ひどすぎる答えは見なかったことにして、一から答えを書いて、数学の授業はギリギリ一学期分の学業進行(カリキュラム)を終えた。

 でも、その無駄に長過ぎる暗号のような数式も、解読できる唯一の怖い(といっても見た目だけだが)副坦が見れば、とても高度な理論が展開されているのだそうだ。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「はぁー……中々上手くいかないものですね」

 

 職員室。

 草食系眼鏡男の大圄先生がお茶で一息をついてから、また息を吐く。

 学業成績。

 学園都市特有なのが、レベルだ。

 それに悩むのは何も生徒だけではない。

 ここ棚町中学はかの五本の指に入る常盤台中学のようなエリート校でもないし、特別何かに力を入れていることもないが、この手の悩みは尽きないものだ。

 

「この学園都市に来る子たちは、能力というのに憧れてますからね。それをかなえさせてやりたいとは思ってるんですが、こればっかりは個人差があり、どう指導すべきか答えがありません……」

 

 大圄先生が苦々しく見つめる、机の上に置かれたノートパソコンに表示されているのは新入生達が初めて行われた能力強度のテストの結果。

 その大半は、0で埋め尽くされている。

 しかし、これは当たり前なのだ。

 能力者として活躍できるものなど、学園都市では少数派だ。

 お偉いさん達が指定したLevel6は誰もいないし、現段階で事実上最高評価のLevel5でさえも7人しかいない。

 シビアなことに学園都市ではこのレベルに比例して、学生らに支給される奨学金の額が決まるため、優等生と劣等生の格差は広がる。

 レベルで全てが決められる。

 レベルが上がる魔法のアイテムがあれば、多額のお金を支払ってでも跳び付いてしまうほど、能力者でもある学生にとってステータスなのだ。

 そこをつけこんで、学生らから金を巻き上げたり、また違法な研究の実験動物にさせられる詐欺も横行している。

 

「教師としての力量不足なのが不甲斐ないですよ」

 

 後輩として先輩の湯呑みに茶碗が空なのに気付き、お茶を入れ直そうとしたが、眼鏡を机の上に置き、頭を抱えるのを見て手を止める。

 

「そんな…先輩は…よくやっています」

 

 この大圄先生は、研究者として能力開発の力量はとにかく、世間で言えば良い教師だ。

 こうして真剣に悩めるのがその証拠だ。

 平凡だと自覚していても他の教師が開発術のレポートを読み漁ったり、また、休日には、あすなろ園という<置き去り(チャイルドエラー)>――学園都市に捨てられた子供達の保護施設へ手伝いに行っている。

 

「ほら…佐天さんが…レベルが上がったじゃないですか」

 

 佐天涙子と表示された名前の下にある数字は、1。

 彼女は入学当初の身体検査では『貴女には全く才能がありません』だった学生だ。

 

「そうですね。私達がここで諦めるわけにはいきません」

 

 頑張りましょうね、とこちらと固い握手を交わす大圄先生。

 

「はい…先輩!」

 

 最初は驚かれたものの、自分にも普通に接し、先輩として、優しく厳しく接してくれた。

 こうして受け入れてくれただけで、どれだけ感謝しても足りないほど、大圄教師ら棚町中学の教師達には感謝している。

 だからこそ、言えないことがあった。

 言ってはいけないことがあった。

 内心の複雑を顔に出さぬよう努力する。

 この街の闇は、深い。

 

 

裏路地

 

 

 どこか湿った感じのする路地は薄暗く、人気もあまりない。

 ある程度進んでみてもそれは変わらず、ここらで引き返すかと踵を返そうとしたところで。

 

「―――」

 

 路地の先、陰になっている部分から人の声らしきものが聞こえたような気がした。

 

「コージおじさん、どーしたの?」

 

「(円周…ここで静かにしろ)」

 

 コク、と円周は頷くと両手を口に。

 前回を反省して、能天気な豆狸に『待て』と『静かにしろ』のハンドサインを覚えさせた。

 携帯充電器を餌にしたせいか、えらく言うことを聞く。

 それを確認すると足を止め、耳を澄ます。

 

「そんな……と話が違う……ですかっ……!」

 

 今度は確かに聞こえた。

 それもあまり穏やかではなさそうな感じだ。

 気配を消してそっと様子を窺ってみると、建物の陰で女の子が一人、複数の男達に取り囲まれていた。

 球技でいえばエースを封じ込める密集した3人のマーク。

 あいにくと服装やら面構えやら諸々がスポーツマン的な爽やかさには程遠かったが。

 というよりも、有体に行って堅気の姿ではなかった。

 

(あれは……)

 

 しかも驚いたことに、片側は見覚えがある。

 女の子――クラス内でアケミと呼ばれる生徒で、Level0の子。

 そして、男達の服装からして<スキルアウト>で、その手に握られているのは数枚の万札。

 となれば、この状況はつまりそういうことなのだろう。

 

「ガキ、良いことを教えてやる。何の力もねぇ非力なヤツにゴチャゴチャ指図する権利はねーんだよ」

 

「そうそう。まあ、恨むんならお前の才能のなさを恨むんだな」

 

 男達は、3人がアケミを囲み、1人はそれを後ろで見ている――おそらくリーダー格だろう――全部で4人。

 そのあしらいに慣れた感じからして常習犯。

 ウチの生徒も面倒なのに引っ掛かったものだ。

 わざと物音を立てて物陰から姿を現した。

 

「な、なんだテメェ! って、<警備員>!?」

 

 男の一人がこちらに気がつく。

 思いの外反応がいいが、それよりも早かったのは意外にもアケミだった。

 彼女はこちらに視線が集まり、一瞬戸惑いが走ったのを見て、男の一人にぶつかると自分の元に駆けていき、

 

「ごめんなさい―――」

 

 そのまま頭を下げて、この場から走り去った。

 薄情に思われるかもしれないが、正しい。

 数ヶ月前まで小学生だった子供はとっとと逃げるべきで、大人が逆に応援を期待するのは間違っている。

 それに、教育上よろしくないものは見せたくない。

 説教はあとだ。

 

「うむうむ。やっぱり客観的に見れないと効果のほどが分からないよねー。誰かいいのがいないかなー?」

 

 そして、どういうわけか地面に落書きを始めた豆狸も退散させるべきだろう。

 

(……仕方がない)

 

「(円周…)」

 

 走り去った方角を指差す。

 まだこのハンドサインは決めてなかったが意味は伝わったのだろう。

 元より興味のなかった不良達など見もせず、円周はアケミの後を追う。

 この曲がりくねった路地は逃げるには最適かと思うだろうが、実際はその逆だ。

 まるで土地勘のないものにはどこが行き止まりかも分からないが、男達はこのあたりの路地を知りつくしているだろう。

 逃げれば捕まるし、ここで自分まで逃げれば生徒が捕まる。

 出来る限り、ここで抑えよう。

 数の有利に気を大きくしたのだろう。

 また顔を見られたのは、今後の稼ぎにも影響が出る。

 1人残された大人を見て、少年達は最初はビビっていたがニヤニヤと嘲笑いを浮かべている。

 下品な口笛をしているのもいる。

 

「おいおい…おっかないから止めてくれ。俺は暴力が大嫌いなんだ」

 

「はっ! ビビってんのかよ、アンチスキルさんよぉ!」

 

「助かりたかったら、金を払いな。財布の中は言ってるの全部な。そうすりゃ見逃してやっても良いぜ」

 

 <警備員>を相手にするために自分達に発破をかけているのだろう。

 精一杯凄んでいるつもりらしいが―――あまりにも可愛くて、薄く、嘲笑を浮かべてしまう。

 

(やはり…あそことは…大人と子供以上に…格が落ちるな。あの人なら…即射殺だ)

 

 アケミと円周らが十分離れるだけの時間を数え終わる。

 これから大変格好悪いことをするのだ。

 教師としての今後のためにも、なるべく聴かれない方がいい。

 何かを守るためには、まず自分を守れ。

 ぞろぞろと向かってくる不良の姿を真正面に捉えながら、肺いっぱいに大きく息を吸い込み、そして、あらん限りの声を振り絞り―――叫んだ。

 

 

「たーーーすけてーーーーーっっ!!!」

 

 

「……なっ! テメ! ふざけ―――」

 

 普段、どんなに練習していても、いざとなったら、怖くなって身体が動かなくなる時もある。

 なので、下手な格闘術とか覚えて変な自信をつけるよりも、まずは大声で人を呼ぶ練習をするのが一番だ。

 人頼みかもしれないが、決して間違っているわけではなく、大声で人を呼べば、大抵の相手は動揺する。

 急に大声を出されれば誰だってびっくりするものだ。

 実際の路上強盗などの場合でも、大抵の犯人の最初に言う決まり文句は『大声を出すな』だ。

 それに転ずれば、大声を出されれば仕事にならないからである。

 犯人に逆らわず、大人しく言う通りにしていればいいという考え方もあるが、一度犯人に『コイツは逆らわない奴だ』と舐められれば、要求は次第にエスカレートして、最悪、殺害に至るケースも少なからずある。

 そこでまずは大声を出す。

 大きな声を出されれば、相手は必ずびっくりして、人を呼ぶ面倒な相手だと認識する。

 自棄を起こして相手に怪我をさせるより、このまま何もしないで逃げた方がいいと考えるかもしれない。

 

「早く応援来てくれーーーーーっっ!!!」

 

 だが、諦めの悪い、また己の実力に過剰な自信を持つ犯人であったり、周りに誰もいない、もしくは集団であるような状況だったら、その可能性は望めない。

 

「……クソッ! デケぇ声出しやがって! 見かけ倒しかコラッ!」

 

 それでも、大声を出すことで全身の筋肉が適度にほぐれて、緊張や恐怖で委縮していた筋肉が動くようになる。

 スポーツ選手が試合前に声を出すのもそういった効果があるからだ。

 それから、こちらが相手をビビらせればいい。

 喧嘩は相手をビビらせた方が勝ちだ。

 幸い、この顔は睨めば、大抵の相手は視線を逸らす。

 

「お、おう……今更、脅したって無駄だぜ腰抜け<警備員>」

 

 この狭い路地だ、複数同時に襲うことはできない。

 先頭に立つ相手から、利き腕の右手を体の後ろに隠す。

 

「……む?」

 

 今のでまず、『コイツ、何か武器を隠し持っているのか?』と、一瞬警戒した。

 相手は<警備員>だ。

 警棒もしくは銃器の類を携帯していてもおかしくはない。

 そして、ジリジリと焦げ付くような睨み合いが続く間も、犯人は強行するか、逃亡かで悩んでいる。

 悩みながらも、身体の後ろに隠されたこの手の動き、肩の動きに意識が集中する。

 なにが飛び出してくるか分からない、例え携帯電話でも投げつけられれば隙はできてしまう。

 考えれば考えるほど相手は術中に嵌り、こちらの動きから目が逸らせず、より集中する。

 

「……くっ! <警備員>だからって調子に乗るな! こっちには能力があるんだぜ」

 

 右腕一本を隠すことで、相手の動きを牽制しつつ、相手の思考すら支配する――これが代々伝わる手品師の護身術。

 そして、念動力で鉄柱を浮かばせた、その時―――

 

「―――ゴフッ!!」

 

 締めは黄泉川愛穂直伝の肉弾攻め(ボディランゲージ)

 素早く相手の懐に肉薄し、鳩尾、顎、鼻など人体急所を目がけて、強烈な頭突き、それも硬いヘルメット装備をブチかます。

 

「一瞬消えて……ゴホッ……!」

 

「まず1人…」

 

 これは『ずらし』と『縮地』。

 人間は意識を集中すればするほど焦点は小さくなる。

 その狭くなった相手の意識外にスッと体をズラしてしまえば、一瞬見えなくなったと錯覚してしまう。

 前回は、円周が良くも悪くも人目を引いてくれたので付け入る隙が見えたが、なくても作ることはできる。

 手品とかで使われる視線誘導(ミスディレクション)のようなものだ。

 

「ぐっ! このぉ!」

 

 相手が逆上して襲い掛かってきても、ここで引いてはいけない。

 忍びの短刀はその名の通り短いが、それならば一歩踏み込めばいい。

 相手は能力という飛び道具を持っているようだが、まだ不慣れ。

 咄嗟の反応には、喧嘩殺法でこちらと同じ土俵だ。

 だから、こんな時は、むしろ相手に向かって更に一歩前進する。

 

「……うぁ……!」

 

 相手は、仲間を一撃で眠らせた頭突きを警戒して自然と上体を引く。

 そこを、相手の体重が上半身に乗っているのを見て、両肩をポンと押してやれば、

 

「うぉっ! わっ!」

「お、おい、こっちに倒れんなっ!」

 

 簡単にバランスを崩す。

 このまま荷重の抜けた下半身にタックルで潜り込み、膝の裏を掴んでグッと持ち上げればこれまた簡単に倒せるが―――ここはあえて助けてあげよう。

 後ろに倒れないよう踏ん張っている相手の襟首を掴んで、引き寄せる!

 

「……へっ!? あ、ちょ……!!」

 

 引き寄せてやると、相手の力も加わりかなりの勢いで引き寄せることができる。

 あとは、相手の顎に横合いから盾で(防具なのに)ぶっ叩くのが黄泉川先輩のやり方だが、掌でも軽くパンと叩けば、勝手にカウンターとなって、脳震盪を起こす。

 

「……ごっ……!」

 

 相手の眼球がブルンと揺れて、目を開いたままばったり倒れこんだら、装具ブーツを履いた足で、その喉を思い切り踏みつけて呼吸器官を潰すか、腹を蹴って内臓を破裂させるのが、『猟犬』のやり方……さすがにそこまでは過剰防衛になるのでやらないが。

 

「これで2人…」

 

「テメェッ!!」

 

 落ちていた鉄パイプをハンマーのように振り上げた男に向かって、先に右手で取っていた前に拾ったカードをピン、と弾き飛ばす。

 

「うおぉっ!?」

 

 男は顔面に突如飛んできた物体に慌てて手を盾にする。

 マヌケにもカード一枚にビビってしまう。

 がら空きになった男の下半身――その股間を、下から蹴り上げた。

 

「おゲェッッ!!」

 

 咄嗟に股間を押さえ、打撃を受けた箇所を庇った男は、蹴ってくださいとばかりに顎を前に突き出すので、遠慮なく―――

 

 スパン、と。

 

 肺に溜まっていた空気をフッと鼻から噴き出すと、眼球をグルンと回して顔面から地面に崩れ落ちた。

 

「カ、カカカカッ。やり慣れてるねー、<警備員>。けどよ、そいつら力に目覚めたばっかの初心者(ビギナー)とオレを一緒にすんじゃねぇぞ」

 

 仲間たちが呆気なくのされ、ついにリーダー格の不良が腰を上げる。

 

「盗みや暴行。恐喝にクスリ。他にも色々あくどいことして楽しんできたけどよー。いっつも<風紀委員>や<警備員>に邪魔されてな、ウザってー目に遭わされてきたんだ」

 

 携帯したフォールディングナイフを取り出す。

 

「だからデケェ力があればよ。正義の味方ぶった貴様らをギッタギタにぶっ潰してやりてーと思ってたんだぜ!」

 

 不良がこちらに打ちかかった。

 思い切りはいいが、こちらへの距離がありすぎる。

 力任せの強引な大振りが繰り出される。

 風が唸る音が聞こえてくるほどだ。

 だが、当たらない―――そう思いかけた時、腕が関節とは逆に、ありえない方向に曲がった。

 

「っ!」

 

 外れるはずなのに、重い音を立てて、脇腹に刃が当たる。

 切り裂かれたジャケットの隙間から、細かい金属の網目が露わになる。

 

「ちぇっ、防弾防刃チョッキかよ。だったら、顔面を狙うしかねーな!」

 

 言われなくても。

 その右手がナイフを振り上げ、もうあと一挙動で刺してくると――それが見当違いの方向だろうと――地面に身を投げだすように転がった。

 

「必死だなぁ、<警備員>よぉ? けど、こっちはまだまだ遊び足りねーぜ!」

 

 転がるついでに石や砂を握り、目潰しに投げつけた。

 

「カカカッ、どこ狙ってんだよ間抜け」

 

 目潰しは風に流されたわけでもないのに急に曲がって不良を避けていった。

 だが、それで大体は予測がついた。

 この不良は周囲の光を捻じ曲げ、誑かす能力者。

 腕が不自然な角度に曲がり、目潰しがありえない軌道で飛んでいった。

 つまりは、光を曲げて誤った位置に像を結ばせ、距離方向感覚を狂わせる――<偏光能力(トリックアート)>……

 

「はっ! ビビったか正義の味方さんよぉ!」

 

「たかが視覚だけを…誤認させる程度で…いきがられてもな」

 

 仕掛けがバレたら、手品師は廃業しなければならない。

 しかし、これに仕掛け(トリック)もなく、また、見えやしない。

 

 

「本当の恐怖は…見れるものではない。…意識さえもできない」

 

 

 不良のナイフが、真っ向から頭部を刺し貫いた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 パンッ! と先投げたカードが種も仕掛けもなく破裂。

 

 

 いきなりの破裂音に集中が途切れて<偏光能力>がブレ―――意識がズレた時には、<警備員>の姿が不良には見えなくなっていた。

 突然に。

 これが現実だと、何気なく見ている光景も、ただそこにあるものが見えているわけではない。

 景色は、視界から入ってくる形、色、角度、といったものを、人間の脳が拾ったり捨てたり組み合わせたり、取捨選択で必要だと思う情報だけで再構成した映像だ。

 眼球は硝子窓ではなく、世間は素通しで見えているわけではない。

 人間は見たいものだけを見ている。

 そして、人間は恐怖からは目を逸らす。

 

「消え、た? 違ぇ! 逃げやがったのか!」

 

 呆然と固まってしまう。

 刺したはずなのに、<警備員>が消えていた。

 感触が嘘のように、ない。

 無造作に突き出されたその手を、まるで握手でもするかのように、スッと何かが優しく掴んでいた。

 そこでハッと目の前にいたことに気づく。

 

「…どこを見ている」

 

 不良でも人の子だ。

 ナイフはパッと見でハッタリの効かせられる道具だが、殺したことがない人間には、殺傷への躊躇いが無意識に出て、逆に扱いが難しいことがある。

 チラつかせて脅しにかけるだけならまだしも、振るって下手をすれば殺人という重い罪に捕らわれる。

 そう、切り捨ててしまうほどの恐怖。

 

「……おいっ! テメ…ッ! 手を握りやがってホモかこのヤロウっ!!」

 

「………」

 

 失礼な奴だ。

 こっちだって野郎の手を握って喜ぶ趣味などない。

 何気なく握られているように見えて、実のところ、不良のナイフを持った右手の“ツボ”に当たる部分を捉えている。

 ここを握られてしまうと、押し込むことも引くこともできない。

 <偏光能力>も捕まってしまえば、意味がない。

 体重をかけて引けば掴みを“切る”ことも可能だが、その体重の重心をこちらが文字通り掌握しているのだから、それもままならない。

 

「クソッ! 放せよっ!」

 

「仮にも教師だ…良い事を教えてやる…こちらは特に力は入れてない…瓶の中の小銭を手いっぱいに取ろうとして…狭い口に引っ掛かる馬鹿と同じだ…欲張らなければ手は抜けるぞ?」

 

「ングッ……!!」

 

 こちらの言葉に、不良は一瞬、ナイフを握る手の力を弱める。

 強く握られていた右手、手首の基節骨が不意に緩むのを感じて、掴んでいた不良の手首を捻じり上げると同時に、そこに親指をめり込ませるようにして押し込む。

 

「……ンぎゃぁぁぁっ!?」

 

 手首の関節を伸ばされ、指を押し込まれて崩されれば、握力を失った手からナイフがスルリと落ちる。

 

「おっと……」

 

 不良の手から零れ落ちたナイフを受け取り、そのまま手首を返し上げて肘関節を押さえ込み、そのまま壁に体ごと押し付けた。

 

「痛でぇぇぇぇっっ!!!」

 

「………」

 

 手首を極められたままノーガードで頭から壁に突っ込み、地面にずり落ちた。

 それでも慌てて身を起こし、逃げようとするもその背中に片膝を突くように乗せているため、両脚をバタバタとさせるしかできない。

 

「……グゥッッ!! ガハッ……!!」

 

 体重をかければ肺に圧力がかかり、呼吸ができなくなり、涙をボロボロと零し始めた。

 暴れるな、と忠告するも、酸素不足でパニックになっているのか無駄な悪足掻きを続けるので、

 

「苦しそうだな? 肺に穴を開けてやろうか? そうすれば…肺の圧が下がって…呼吸くらいはできるようになる。なに…肺は2つもある…1つくらい萎んでも…平気だ」

 

「っっっ!! っっっ!!!」

 

 提案に、男はブンブンと首を横に振る。

 脅しに頭が冷えたのか、ようやく暴れるのを止めたので、仕方なしに力をかけるのを緩める。

 代わりに不良の首筋にナイフを押し当てると、その冷たさに今度は不良の呼吸が止まってしまう。

 

「や、やめろ…やめてくれ! 何をする気だ!? 俺を殺すのか!?」

 

「大袈裟だな…冗談だよ…心配しなくても…俺に人は殺せない。まあ…あの人なら…死んだ方がマシだと思うことはあるかもしれないが…」

 

「ひぃ!!」

 

 十分屈服させたと見て、手にしたフォールディングナイフのブレードロックを外すと、刃を折り畳んだ。

 

「…素直な君に…教えてやろう…こういうオモチャは…あまり持ち歩かない方がいい…持ってると…つい使いたくなるからな」

 

 こんな物を持っていれば、それだけで態度が大きくなり、他人との関係に余計な軋轢を生み、醜い言い争いの結果、ついカッとなって取り返しのつかないことになる。

 格好付けているかもしれないが、こんなアクセサリーに依存している時点で相応に格好悪い。

 

「能力も同じだ…能力が使えるだけで強くなったと勘違いするのは調子の乗った馬鹿だ…本当の恐怖は見えない」

 

 ただ、自分も自分が最も目を離すべきではない彼女から目を離してしまっていた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 この学園都市では、レベルが全てだ。

 そして、レベルは才能が全てだ。

 どんなに補習したって、才能がなきゃ劣等生からは抜け出せない。

 ……そう、思っていた。

 

『佐天涙子―――Level1』

 

 私と同じ中学生で、私と同じ年齢で、私と同じ女の子で―――私と同じLevel0、だった。

 

『ル、ルイコ。やったじゃん。能力使えるようになったんだ』

 

 喜ぶよりも前に、友達が、自分の世界から離れていく、努力してもどうにもならない壁の向こうへ行ってしまう、そう、思った。

 能力者と無能力者では何もかも違う。

 それが、イヤだった。

 そして、この気持ちが、友達の成長を素直に喜べないのが、とてもイヤだった。

 だから、どうしても、得体の知れないものに縋ってでも自分もルイコに追い付きたかった―――

 

「……欲しかったな、<幻想御手(レベルアッパー)>」

 

「欲しいの?」

 

 きゃっ!? と突然後ろからかけられた声に驚き、アケミは尻もちをついて転んでしまう。

 

「木原、さん……」

 

 そこにいたのは、不良達に絡まれていたときに先生と一緒に現れた同級生。

 そして、アケミと同じ万年補習組の無能な劣等生。

 

「ご、ごめん! さっきは逃げてちゃって……」

 

 もう一度、ごめん! とアケミは円周に頭を下げる。

 本当に謝らないといけないのは自分を逃がすために残ってくれた副坦だ。

 そのことに気づき、慌てて携帯で通報を―――とそこで、同級生が、ひどく落ち着いていることに気づく。

 自分と同じで、あの修羅場から逃げ出したはずなのに、心配も、罪悪感も、何も抱いていないように見える。

 

「コージおじさんなら大丈夫。あの人、あの程度なら1人で処理できるよ」

 

「そ、そうだよね、<警備員>なんだし」

 

 なんだろうか。

 自分と同じ立場のはずなのに、まるでシンパシーが湧かない。

 アケミは、円周が自分が取り出した携帯を見ていることに気づく。

 

「欲しいの?」

 

「えっ、と、なに……?」

 

 すっと円周は彼女の携帯機器を取り出し、

 

 

「―――<幻想御手(レベルアッパー)>」

 

 

 え―――と、アケミがその言葉の意味に気づくには、少し時間が必要だった。

 円周の携帯機器の画面に表示される文字は、『LeveL UppeR』

 

「それって……ホンモノ、なの……?」

 

「うん。これを聞けば、脳はネットワークに組み込まれて、演算能力が向上するよー」

 

 円周が何を言ってるかは理解できないし、あまりの棚から牡丹餅に考えられなかった。

 ただ、そこに魔法のアイテムがあることは分かった。

 

「あ、でも、私、お金……さっきの奴らに……」

 

「そんなのいらないよ。このサイトでコピーしてダウンロードするだけだからタダでできるよ」

 

「本当に!」

 

 ああ、そうか。

 きっと彼女も自分と一緒で劣等生の気持ちが分かるんだ。

 だから、高額で取引されるモノを無料で、何より劣等生から抜け出せる裏ワザを無償でくれる。

 今更だけど、彼女とは友達に………

 

「ありがとう、木原さん。ううん、円周!」

 

 アケミは<幻想御手>をダウンロードし、そして、木原円周と連絡先を交換した。

 そして、2人は副坦からの連絡にこの場をあとにした。

 しかし、アケミは、木原円周の、<木原>としての性質には、気づかなかった。

 

 

「うん、うん。<木原>ならこうするよねー」

 

 

 

つづく

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