「いつもすまないな」
「いいえ、遠慮しないでください。それよりも、凝ってますね。
今日、保健室を訪れてくれたのは、この学園で教師を勤める
「ここの所、デスクワークが多くてな」
織斑先生はマッサージ用の薄い服を着て、ベッドでうつ伏せになって気持ち良さそうな表情を浮かべている。そんな織斑先生の体を、俺はスーツの上から白衣を纏った恰好でベッド横に立ち、タオル越しにマッサージしていた。まだ織斑先生は二十四歳だったはずだから、この体の凝りは年齢ではなく体質だろう。
夕焼けに照らされる保健室。そこにズラリと並ぶ仮眠用ベッド。その一つは今やマッサージ専用になりつつある。冗談半分で学園側に許可を申請したところなぜか申請が通ってしまい、こうして堂々とマッサージ用の環境を整えて今に至る。間仕切りカーテンで囲まれたこのベッドだけを見ると、マッサージ店のようだ。マッサージは結構好評で、保健室を訪れる生徒や教師が最近増えた。利用者が増えるのは嬉しいと思う反面、養護教諭としてこれでいいのかとも思ってしまう今日この頃。
「どうですか?」
「あぁ、いい感じだ。このまま眠りたくなる」
「仮眠しても大丈夫ですよ。もう放課後ですし」
「そうできるといいのだがな。まだ仕事が残っている」
「お疲れ様です」
「こうやって労ってくれるだけで助かる。
「いえいえ、そんな。俺なんて恋愛経験もないですし、結婚なんてほど遠いですよ」
「そうなのか。意外だな。異性からモテそうなルックスと性格のように思えるのだが」
「あははっ、ありがとうございます」
「……失礼だが、幸野先生の年齢をお聞きしても?」
「年齢ですか。今は二十三歳です」
「なるほど。年下か……」
何か考えるように呟く織斑先生。なんだろう。俺を見つめる目が少し変わったような気がする。たとえるなら、草食動物を前にした肉食動物のような。少し違うかもしれないけど、獲物を狙うような眼差しだった。
「織斑先生。どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
「そうですか」
本人は何でもないと言っているのだから気のせいなのだろう。俺はマッサージを続け、織斑先生の全身を解した。
「少し、臀部や足を念入りに頼めるか?」
「はい」
普段は俺に任せてくれる織斑先生は途中で注文し、俺はそれに従って織斑先生のお尻や足をタオル越しに指圧した。本当に綺麗な体だ。女性特有の柔らかを備えながらも適度に引き締まっていて、病み付きになりそう。マッサージをする側の人間として失格だけど、織斑先生に妙な感情を抱きそうになってしまう。
「そろそろ、背中に移動しますか?」
「いや。もう少し下半身を頼む」
「はい」
「あと、これは提案なのだが」
「はい?」
「胸のマッサージは受け付けているか?」
「……え?」
織斑先生の発言に、俺は声を上げた。男である俺に、マッサージとはいえ女性の胸を揉めと言うのだ。驚かない方がおかしいと思う。
この学園の女性は、もう少し男を怖がったほうがいいと思う。確かに今の時代は昔と違って女尊男卑で、男は女性の格下だ。だけど男が性格的に狼であるという事実は昔から変わらず、下半身で物事を考えている男も多い。発言次第では男を暴走されることにも繋がりかねない。
それなのに、一部の生徒や教師は随分と積極的だ。たとえば生徒である
「俺は男なので、そういうのは女性店員のマッサージで受けてください。それかもしくは、彼氏に頼んでくださいね」
「彼氏か。そういうのには縁はなくてな」
織斑先生の言葉は、俺にとってかなり意外だった。織斑先生は誰の目から見ても美人だ。自分にも他人にも少し厳しめな性格ではあると思うけど、理不尽な人ではない。人を人として見てしっかりと尊重し、接してくれている。これほどできた女性は少ないのではないだろうか。
「織斑先生こそモテそうなのに、意外です」
「そうか? 幸野先生から見て、私はどう映っているのか聞いてもいいか?」
「ええ。とても魅力的な人だと思います。特に、織斑先生の人柄に惹かれますね。将来彼氏になれる人が羨ましいです」
俺は思ったことを素直に口にした。
「脈ありか。ここで逃す手もないか……」
すると、織斑先生が何事かを呟いた。
「織斑先生? 何かおっしゃいましたか?」
「いや、何でもない。それと、先程の件は忘れてくれ。胸のマッサージは彼氏にさせるとしよう。将来の彼氏、にな……」
「そうですか」
納得してくれて良かった。でも、少し残念にも思っている。織斑先生は胸も結構大きめで、揉める将来の彼氏がかなり羨ましかった。
俺も、彼女を作ってそういうことができるような関係になりたいと思っている。だけど、なかなか難しい環境にいることもあって、まだまだ先のことになりそうだった。
俺が養護教諭として勤めているここIS学園は、女性にしか動かせない兵器『インフィニット・ストラトス』の扱い方を学ぶために設立された学校だ。そのため、入学する生徒も生徒に授業を教える教師も皆女性だ。例外は養護教諭の俺という存在と、用務員の初老の男性のみ。結構肩身が狭いと感じることも多かった。
だけど、それも来月になれば少し状況が変わる。というのも、来月の四月から男子生徒が一人この学園に入学することになっているのだ。
男子生徒の名前は
一夏君はどういう子だろうか。テレビのニュースで一夏君を見た感じでは誠実そうで、顔立ちは織斑先生に似ていた。前に織斑先生に一夏君のことを聞いたときは謙遜していたけど、きっとよくできた子なのだろうと思う。
もしかすると、ISの操縦技術も凄まじいのかもしれないな。
というのも、一夏君の姉である織斑先生は第一回IS世界大会の優勝者。あらゆる部門の頂点に立ち、『ブリュンヒルデ』という異名まで得た超有名人だ。ISの知識と操縦経験を活かしてこの学園で教師として働くようになったのだ。
一夏君も、将来は織斑先生のように凄い人になるのかもしれない。
そんなすごい人達が平然と集うこの学園に勤めることができたことに、俺は誇らしさすら感じていた。それもこれも全部、俺に居場所を与えてくれた笑顔の素敵なあの方のおかげだ。少し破天荒な性格ではあるけど、やはり俺にとってあの方は俺の人生を明るく照らしてくれた光だった。
今日もあの方に感謝しつつ、仕事に励む。
「織斑先生」
「なんだ?」
「こちらからも提案がありまして」
俺は新しいことに挑戦しようと、織斑先生に告げた。
「耳掻きとか、いかがですか?」
この後、俺は織斑先生の蕩けた顔を初めて見ることができた。その顔がとても可愛くて頭を撫でてしまい、余計に織斑先生はビクビクと体を震わせてふにゃけた顔を見せてくれた。どういうわけか、その後連絡先を交換させられ、早速メッセージアプリの通知が織斑先生から来ている。確認したところ、次のマッサージの予約だった。
とてもいい一日だった。これからは耳掻きも導入しようと思った。