IS学園の養護教諭   作:早見 彼方

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第4話

 新入生は見ていて新鮮だ。着ている制服は新品で、着慣れていない感じが非常に初々しい。大講堂に集まって入学式を受ける新一年生を見て微笑ましくなり、俺は講堂の片隅に立ちながらにっこりと笑みを浮かべた。

「やばい、格好いい……」

「誰!? あの爽やかイケメン誰!?」

「千冬様も素敵……!」

「二人並ぶと絵になるなぁ……」

「今年は織斑一夏君もいるし、マジついてる……!」

 ざわつく講堂。今、学園長が壇上で話をしているのだけど、何かに気を取られているせいかあまり聞いている人がいないようだ。何だろう、と考えるまでもなく、答えは明白だった。何せ、俺の隣には織斑先生が立っているのだ。超有名人を直に目の当たりにして冷静でいられなくなったとしても不思議ではない。

 しかし、当の織斑先生が睨みつけるように講堂内を見渡すことで、あっという間に静かになった。学園長のゆったりとした話し声だけが室内に反響する。そんな中で、俺はとある一人の生徒に目を向けた。

 女子生徒に囲まれた席に座る一人の男子生徒。長すぎない程度に短くした黒髪と、あどけなさの残る顔の中に男性としての精悍さを持つ爽やかな系のイケメン。彼を直接見るのは初めてだけど、彼のことは俺だけでなくこの場にいる誰もが知っているだろう。

 彼の名前は織斑(おりむら)一夏(いちか)君。織斑先生の弟さんだ。今年の一月頃、IS学園の入学試験が行われていた会場でISを起動させ、ISは女性だけが動かせるという常識を覆した唯一の男性。彼を世界が放っておくわけもなく、世界的な大ニュースとなり、一躍時の人。一般のメディアでも報じられていた通り、彼はこうしてIS学園へ強制入学をさせられたというわけだ。

 入学式中、織斑君はそわそわとした様子だった。居心地が良くないのだろう。周りの女子生徒は近くにいる織斑君へとチラチラと視線を送っている。有名人が近くにいるのだからそれも仕方がないかもしれないが、織斑君は辛そうだ。これからの彼の学生生活を考えると、同情の念を抱かずにはいられなかった。

 とにもかくにも時間は流れ、入学式は恙無く終わった。案内に従って講堂を出て教室へと向かう生徒たちを見送った後、学園長の下へ他の教師陣と共に集まる。学園長から教師陣へ簡単に連絡事項の共有が行われ、教師は持ち場へと戻っていく。

「織斑先生」

 他の教師陣と一緒に講堂から廊下へと出ていく織斑先生を見つけ、俺は声をかけて歩み寄った。織斑先生は立ち止まって後ろを振り向き、口許を軽く上げるようにして微笑んだ。

「幸野先生。どうかしたか?」

「はい。伝言をお願いしたくて」

「伝言? 誰にだ」

「織斑一夏君にです。お手洗いは一階の保健室近くにある男性用の職員トイレをお使いくださいとお伝えいただけますか? それと、学校生活で何か困ったことがあれば保健室を尋ねるように、と」

 織斑君の所属クラスは一年一組で、そのクラスの主担任は織斑先生だ。わざわざ俺から言わなくても、織斑先生もしくは副担任である山田真耶先生から織斑君に伝えてくれると思うけど、念のためにだ。トイレに行こうとして学校内をさ迷い歩くことになったら可哀想だ。

「あぁ、わかった。伝えておこう」

「ありがとうございます。それでは」

 この後はホームルームがあるだろうから、これ以上引き留めるのも失礼だろう。俺は織斑先生に一礼してから歩き出した。

「一夏を使って距離を縮めるという手もありか……」

 何か聞こえた気がしたけど、気のせいだろう。俺は特に振り返ることもせずに廊下を進み、仕事場へと戻った。

 保健室に着き、残っていた書類仕事に励む。今頃はもうホームルームが終わり、新入生たちが授業を受けている頃だろうか。そう考えていた時、窓を通じて賑やかな声が聞こえてきた。外で体育の授業を受けている生徒だろう。三年生が卒業して生徒の人数が減ってしまったけど、一年生が入ってきたことで校内に活気が戻ってきたように感じる。こうした些細なことに喜びを覚えるくらいなのだから、俺はやはり人が好きなのだなと改めて思った。

「さて、織斑君はどういう子だろうか」

 これからのことを楽しみに感じながら、俺は書面にペンを走らせた。

 

 出会いは意外と早かった。

「失礼します」

 二限目の授業終了を告げるチャイムが鳴った後、そう間を置かずに扉をノックする音が聞こえた。直後に保健室の扉が開かれ、室内に入り込んできた少年の声。それを聞いて俺は思わず「おっ」と声を出し、回転椅子ごと体を後ろに向けた。

 視線の先、半分ほど開いた扉から少年の姿が見えた。探るように室内を窺っていたようだけど、俺の姿を見るや否や安堵したように息を吐いていた。まるで、孤独な環境下でようやく味方になれそうな人を見つけたような。いや、比喩ではなく実際にそうなのだろう。

「えっと、保健の先生ですか?」

 俺は椅子から腰を上げると、室内に入ってくる織斑君と向き合った。織斑君の目線は俺より少し下くらいだった。普段は視線をもっと下げないといけないため、少し新鮮な感じだった。

「はい、そうですよ。初めまして、養護教諭をしています。幸野(ゆきの)良助(りょうすけ)です。よろしくね」

 俺は差し出した右手を、織斑君は快く右手で握り返した。

「あ、俺、織斑一夏っていいます。よろしくお願いします。それと、トイレの件、ありがとうございます。幸野先生にお礼を言えと千冬姉――織斑先生に言われまして」

「どういたしまして。織斑先生の弟さんなんだってね。テレビで見たときも思ったけど、やっぱり織斑先生と雰囲気がよく似ているね」

「そうでしょうか」

 織斑君は空いた手で照れたように頭を掻いた。身内と似ていると言われてどことなく嬉しそうな顔をするということは、織斑君は織斑先生に悪い印象を抱いていないということ。それどころか、この反応から察すると尊敬すらしているのかもしれない。織斑先生の口からは語られない姉弟仲の実情を簡単に把握した俺は、握手を止め、部屋の隅に置いていた椅子を織斑君の前に移動させる。

「まぁ、立ち話もなんだ。座って話そうか」

「はい。ありがとうございます」

 勧められるまま織斑君が椅子に座るのを見て、俺も椅子へと腰を据える。

「改めまして、幸野です。IS学園へようこそ。歓迎するよ、織斑君。俺のことは好きに呼んでくれて構わないよ。これから長い付き合いになるだろうからね。フランクに行こう」

「はい。それじゃあ、幸野先生。俺のことも好きに呼んでください」

「うん。わかったよ、一夏君」

 実際に会って話してみたが、やはりいい子だ。

「それにしても」

 俺は一夏君の顔を見つめ、改めて思ったことを口にする。

「いやぁ、イケメンだね、一夏君。中学生のときはさぞモテたんじゃないかな?」

 告白されていても不思議ではないだろう。それくらい一夏君は端整な顔をしているし、性格も社交的だ。いやはや、同性としては非常に羨ましい。

「え? いや、そんなことないですよ」

 冗談ではなく、一夏君は本当に心当たりがないといった表情をしていた。一夏君ほどの子でもモテていた自覚がないというのは不思議だ。

「そうかい? 同世代の女性なら放っておかないんじゃないかな」

 同世代どころか年上からも好かれそうだ。

「いやぁ、恋愛ごととは無縁でして。俺よりも幸野先生のほうがモテてそうですけど」

「え?」

 一夏君の言葉を受け、俺は首を傾げた。そして軽く過去の記憶を探ってみたが、特に女性に特別な好意を寄せられたことはなかった。学園内で異性と身近で話すことは当然多いけど、揶揄われたり冗談を言われたりするくらいだ。

「うーん、俺もモテた記憶はないなぁ」

「そうなんですか? 意外ですね」

「ふふ、俺たちはどうやら似た者同士のようだ。これから楽しくやれそうだよ」

 俺がそう言ったときだった。校内にチャイムの音が鳴り響く。休憩時間が終わってしまったようだ。一夏君は時間を忘れていたのか、「あ」と小さく呟きを漏らして壁に掛かっていた時計に目を向けていた。

「ごめん、もう時間だね。何か困ったことがあれば、いつでもここにおいで。恋愛事以外だったらある程度相談に乗ってあげられるから。生徒相談に加えてマッサージと耳掻き、あとは怪我や病気の治療も受け付けているよ」

「……マッサージ? はい。遠慮なく寄らせてもらいます。それじゃあ、失礼します」

 席を立ち、頭を下げた一夏君。少し慌てた様子で保健室を出ていったのを見ると、話し込んでしまったのが申し訳なくなった。年の近い同性ということもあって、親近感が沸いて話したくて堪らなくなってしまったようだ。まだこれからも時間はあるのだし、焦らず交友関係を深めていこう。俺はそう決めると、中断していた仕事を再開した。

 ふと、そのとき左手に巻いていた腕時計が目に入った。大切な人から譲り受けた唯一無二の腕時計。秒針が時間を刻む様を目にして、俺は思った。

 学生たちの新しい一年間が始まる。去年とは違い、今年は何か少し荒れそうな気がする。そう、俺の勘が訴えていた。

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