頑張っていきます。
『
その竜にとって、人間とはこの二種類にのみ分けられる。
無論『それ以外』の中にも強き者、特筆すべきものなどがいることは理解していたが、それを鑑みても、その認識しか持ちえなかった。
生前、その区分を得たのは最後の最期、今際の時。
自らと互角に渡り合い、打ち破り、その命が潰える寸前、そのとき初めて竜に『
一際目障りで、命を奪った怨敵で、この世で唯一認めた
それが彼であった。
そして、再び地球の大地に降り立った時、竜は彼の存在を探した。
幻想種の頂点、その更に頂きにある竜の知覚は万里を巡る。
されど彼の存在を見つけることは能わず。
自らを召喚した、
強制力はあったが、その気になれば拒絶することなど容易く。
しかしそれをしなかった。
竜が真実興味を、意味を持つ人間はただ一人で、それ以外は竜の本能に基づく殺戮対象でしかない。
その
彼が現れたのを感じた。
漫然と暴威を、殺戮を振りまいていたある日、突如として
その瞬間、咆哮が世界に轟く。
そのときに抱いた感情、恐怖と歓喜、そして興奮を乗せて。
つまらない箱庭のような世界が、一瞬で至高の決闘場へと姿を変えた。
彼が降り立った地点は、
何も問題はない、はずだった。
到着した時には、全て終わっていた。
街は原型を留めておらず、内部は死の気配で満ち溢れていて。
そこには様々な人間がいた。
人型の災害に飲まれて殺された
人の軛から外れ厄災へと堕ちた
そして、その
『
そうして、世界は再び色褪せた。
『
世界が自らという脅威を排除したいがため。
そして、我々の戦闘を見たいがため、『
竜はそう確信していて、彼と戦わんとしていた。
それが、竜の望みでもあったから。
それを、
望みを反故にされた以上、憤怒を覚え、何物も無視して暴れまわる可能性もあったが、そうはならなかった。
有体に言ってしまえば、この世の何もかもが、どうでもよくなってしまったのだ。
唯一つ希望していたものがなくなり、この世界への興味が心底失せてしまった。
既に生きる意味はあらず。
ここにあるのは、本能のまま人間を根絶やし、世界を廃人に帰す暴力装置のみ。
故に竜はただ、ひたすらに
彼の竜は、邪竜ファヴニールは望む。願わくば、自らの
「よし!それじゃ、邪竜退治に出発だ!」
「えー!?そんなことよりライブしたーい!歌いたーい!」
「そんなに急がずとも、もう少しこの街でゆっくりしていきませんか、ますたぁ?ざっとあと百年ほどばかり」
「僕も賛成だ。あんな作戦をやるくらいなら、ここで一生引き籠ってフランスと心中した方がマシさ」
ゲオルギウスと合流してから一夜明け。
作戦を練り、十分な休息を取って、いざ行かんと掛け声をかけたマスターの出鼻を挫くのは、人の都合などお構いなしな二人の竜の少女。
清姫の発言に従うと、
昨日に引き続きグダグダわちゃわちゃと、緊張感なく騒ぎ始めた。
それを一歩引いたところから見守るのは、新参者にあたるゲオルギウスと、最古参にあたるクルタの二人。
とはいえ、クルタもサーヴァントとなって数日しか経ってないので、字面が表わすほどの大きな差はありはしないのだが。
ゲオルギウスは昨日に引き続き微笑ましそうに、クルタはいつもの仏頂面のまま、騒ぎを眺めていた。
『おや、以前のように止めなくていいのかいクルタ?そう言えば昨日も制止しなかったね』
そんなクルタに口を挟むのは、カルデアに居るダ・ヴィンチ。
まるで揶うような表情を浮かべているのが、通信越しにでも分かるような声色だった。
「止めたところで無駄だろうが。特にあの王妃には」
『あのマイペースさには、流石の大英雄もお手上げってわけか。とはいえこれからあの邪竜と戦いを挑もうってときに、緊張感ないってのはどうかと思うけど?」
「気負いすぎるより余程ましだ。作戦通りに行くのなら、どうせこの後、否が応でも気張ることになる。今の内にはしゃがせとけ」
クルタはマリー・アントワネットの
『作戦通りに、ね。君はこの作戦に納得したのかい?昨夜は君も随分反対していたと思うけど?」
「納得もクソも、言い出したら聞きゃしなかったろうがマスターは」
『ははは。全くだ。にしても立香くんも大概だよ。各サーヴァントの特性・宝具を考慮した上で、勝算があることは十分に認める。よくもまああんな作戦を思いついたもんだ』
「テメェでも思いつかなかったか?」
『まさか。だがそのメリットを吹き飛ばすぐらい、立香くんのリスクがデカい。正直な所、私もこの作戦には反対だ。君と同じ理由でね。大概だと言ったのは、そのリスクを承知の上で、彼がこの策をゴリ押ししていたところに、だよ』
ダ・ヴィンチが呆れた口調で作戦について物を言う。
彼らが言う作戦とは、昨日の晩にて行われた会議で決定された、対ファヴニール討伐用のプランのことである。
持ち込んだカルデアの戦力、この特異点に集まった英霊たち。
現状の使える全ての手札を最大限に生かす作戦であることは、ダ・ヴィンチも認めるところだ。
だからと言って、全員が賛成だという訳ではない。
クルタのみならず、マシュ、ロマニといった、立香を除いたカルデア勢は、反対を表明していた。
人類最後の希望であるマスターの命を、無暗矢鱈に危機に晒すわけにはいかないからだ。
無論、この状況にあって、完璧に安全などと言ってはいられない。いれらないが、彼を死地のど真ん中に飛び込ませるような策を、素直に飲むわけには行かなかった。
最後には、一歩も引かぬ立香に根負けして決定してしまったわけだが。
ちなみに一番反対していたのはアマデウスである。
『他に作戦がない、とは言わない。だが結局の所魔力供給の縛りがある以上、やはり立香くんには戦場に立ってもらわないとならない。ならばどの作戦を選んだところで危険度に変わりはないんだ。とはいえ今回の作戦はやりすぎだとは思うけどね』
「申し訳ない。私の力は守ることに特化したもの。『竜殺し』としてもっと強力な力があれば、マスターを斯様な危険に合わせずに済んだというのに」
「まったくだ。体たらくにも程がある」
『おいおいクルタ。流石にその言葉ないぜ。言い過ぎだ』
クルタの毒に、ダ・ヴィンチが注意する。
だがクルタにも言い分がある。
「我らサーヴァントの役目はマスターを守護し、戦い、勝利すること。これに尽きる。だというのに、力が足りず、勝利のために、死地へとマスターを連れていかなければならない。この現状を、体たらくと言わず何という?」
『ふっ。なるほど。体たらくなのは、この場に居るサーヴァント全員っていうことか。こりゃ辛辣だ』
「当然だろうが。マスターは意思を示し、そのための指示を出した。それで小僧の仕事は完了だ」
『なるほど。君にとってマスターの役割とは、それなんだね』
「ああ。俺を警戒するのがお前の役目のように、な」
通信越しに息を飲んだのが、傍らで聞いていたゲオルギウスにもはっきりと伝わった。
「それは、どういう意味ですか?」
「どうもこうも、そのままの意味だ。氏素性がハッキリとしない奴を怪しんでいるだけのこと」
『あちゃー、ばれてたかー』
「当然だ」
『……怒ってる?』
「ああ。世界が戻ったら、美術館にあるモナ・リザをズタズタに切り刻もうと思うぐらいにはな」
『それだけは止めてくれ!!芸術と美に対する冒涜だぞ!?』
「クククっ」
ダ・ヴィンチのそれはもう必死な懇願に、クルタは喉を鳴らす。
その態度から分かる通り、彼はダ・ヴィンチの行動に怒りを抱いていなかった。
クルタの言う『当然』という言葉の中には、ダ・ヴィンチの警戒に気付いたことの他に、自分が警戒されるべき存在であることという意味が含まれていた。
人類最後のマスター。その傍に侍るものに、身元の不確かなサーヴァントが居る。警戒されて当然の存在なのだ。
彼からすれば、何の警戒もされない方がおかしいのだ。何もしなかったときの方が、呆れて怒りが湧いてくる可能性すらあった。
「ふむ。そのモナ・リザ、というものが何かは分かりませんが」
『何知らないのかそうかまだ私が生まれる前の時代だからモナ・リザについての知識が与えられていないのか仕方がないならば生みの親である私が解説してあげよう現在通信が不安定で音声だけしか送れない状態なのは実に残念だがこの美声から分かる通りモナ・リザとは美の極致にして即ち私であり――」
「分かりませんがっ!クルタ殿に一つ聞いておきたいことがあります」
「あ?」
突如として始まったダ・ヴィンチによるモナ・リザ解説マシンガントークに驚愕しつつも、ゲオルギウスはクルタの質問を投げかける。
「今回マスターを戦場に連れて行くのは、作戦上仕方がないから、ですか?」
「足りめぇだろうが。誰が好き好んで足手纏いを連れていく?」
「それでは今後、貴方はマスターを戦場に連れ回す気がない、と?」
「土壇場ならそうなるだろうな。だからどうした?何が言いてぇ?」
「ふむ。マスターの意思を無視して、ですか?」
「……」
返事がなくとも、ゲオルギウスは言葉を続けていく。
「戦闘においてサーヴァントが主力になることは間違いありませんし、マスターが出来ることも、確かに数少ないかもしれません。ですが、彼もまた彼の意思で死地に赴こうとしている。ならばその意思を蔑ろにすべきではないと思います」
「今回は作戦上、成り行きだ。そこにマスターの意思はない」
「それは違うでしょう。この作戦を推し進めたのは、他ならぬ彼だ。周りの者が危険性について説き、忠告し、それを理解した上で選択した道だ。例え他に道がなかったとしても、彼がその道を選んだことは、疑いようのない事実です」
ゲオルギウスは視線を騒ぎの中心へと向ける。
「危険と分かっていながら、そんな選択をした彼です。今後も必要に迫られたら、いえ、その必要がなくとも、君たちと共に戦場に立とうとするのではないでしょうか?それこそ明確に足手纏いにならない限りは」
『だろうね。我々もまだ出会って短いが、それが分かる程度には、深い付き合いではあるね』
ダ・ヴィンチは彼の言葉に同意を示す。
冬木からこっち、常人が足を止めるには十分な絶望が揃っている。
経験豊かな戦士ならば、優秀な魔術師ならば、敬虔な代行者ならば、立ち止まることはないのかもしれない。
しかし藤丸立香は、そのどれでもない。たまたまレイシフトの適性が高かっただけの一般人だ。
泣いて喚いて挫けてしまってもおかしくないような、普通の人。
『そーんな可愛げのある人物じゃあないっていうのは、君も十分分かってるよね。クルタ』
「……」
否定の言葉がクルタからは出ない。
当然だ。そんなこと初めて出会った時から分かっている。
『迷う時はあっても、恐怖に飲まれかけるときはあっても、彼は地に足をつけ、歩んできた。選択肢がないときも、考える時間がないときも、それでも自分が道を選んできた。断言する。例え今回必要がなくとも彼は付いていったよ。マスターだからね。マシュと、君の』
マシュとクルタのマスター。
それが立香が選んだ道。
そしてマスターだから、最後まで共に戦うと、付いていくと決めているのだ。
「ッチ、面倒な話だ」
『はっはっは!まあそう言わずにさ。現実問題、特異点っていう危険地帯のど真ん中に、マスター一人だけを離れた場所に置いておくっていうのも、出来ないわけなんだし!』
「ご安心をクルタ殿。先ほども言った通り、私の力の本質は守護。貴方たちのマスターには、毛ほどの傷もつけないことを約束しましょう」
「当然だ。出来なければ殺す。覚悟しておけ」
「無論です」
クルタは鼻を鳴らし、マスターたる藤丸立香へと視線を向ける。
ダ・ヴィンチたちの言葉を振り返り、クルタは苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
まったくもって面倒な人物が己のマスターになったものだと。
それこそ『座』に居る己ならば、嬉々として仕えたマスターなのだろうが、と。
顰めて、歪めて、口の端を引きつったような表情をしながら、そう思っていた。