冬木のクリア特典が星5だった件について   作:和尚我津

12 / 44
お久しぶりです。
本日一話目です。


竜退治だ

 オルレアンの城。その内部にて、一人の少女が微睡んでいた。

 百年戦争の折、この城を陥落させ、その偉業からオルレアンの聖女と呼ばれた乙女が微睡んでいた。

 

 彼女は夢を見ていた。

 啓示によって戦場をへと赴く夢を。

 仲間たちと喜びを分かち合った夢を。

 そして、火に()べられ処刑された、残忍な最期を迎えた夢を。

 

 幾度も、幾度も、同じ夢を見ている。

 栄光を、歓喜を、絶望に満ちた、僅か二年間の夢を、幾度も。

 

 ――何故、これ以外の夢を見ることはないのかしら。

 

 そこに映る己の顔もまた、最早見飽きたものだった。

 決意に固めた顔も、喜びに満ちた顔も、全てを受け入れ果てる顔も。

 

 ――まるで、他人から見た私のように、はっきりと表情が分かるのね。

 

 周りにも沢山の人々が居た。

 共に戦場で駆けた者も、私のおかげで生き残れたという者も、私の最期を見届けた人々も。

 

 その夢は全てを映していた。彼女が駆け抜けた二年間の全てを。全ての活躍を。全ての表情を。全ての関わった人々を。

 

 ――そういえば、ジルの姿を見たことが、ないわね。

 

 ただ一人の人間の姿を除いて。

 

 

 

「――奴らが来たわ。ジル」

 彼女――ジャンヌ・ダルクを起こしたのは、城に迫るいくつかのサーヴァントの気配であった。

 

「ほう、それはもしや」

 応えるのは、ジルと呼ばれたキャスターのサーヴァント、ジル・ド・レェ。ここに居る彼は百年戦争の英雄としてではなく、ジャンヌ・ダルクを失ってから外道へと堕ちた、青髭という名で歴史に刻まれる反英雄である。

 

 

「ええ。以前仕留めそこなった連中よ。もう一人の私もそこに居る。この城に一直線へと向かってきてるわ」

「それは僥倖。向こうから近づいてきてくれるとは、なんと有り難い。飛んで火に入る夏の虫とは、まさにこのこと!」

「そうね、ジル。こんな時のために、わざわざオルレアンに戦力を固めていたんですもの。あと一日経ってたら襲撃を再開しようと思っていたところに、わざわざ攻め込んじゃうなんて。彼らの不運に思わず、神へと祈りたくなっちゃうわよ」

「ジャンヌ!この世に神などは――!」

「分かってるわよジル。この世に神はいない。だって居たのなら、こんな私を放っておくはずがないんだもの」

 

 黒のジャンヌは自らの言葉に嘲笑う。それは何に対しての笑みなのか。

 素早く身を翻した黒のジャンヌは、外へと出る道を闊歩する。

 ジル・ド・レェもその背に付いていく。

 

「行くわよジル。あの世界が何たるかを分かっていないジャンヌ(ワタシ)に、真の絶望って奴を教え込んであげましょう。そのための戦力、そのための英霊、そのための邪竜。華々しく散るなら涙を流しましょう。見苦しく這いつくばるなら笑ってあげる。つまらなく果てるのなら溜め息を。フランスが滅びる場面を見せずに引導を渡すのは、私から送るせめてもの慈悲。私が行う、最後の善行を、貴女に授けてあげる」

「おお、ジャンヌよっ!何という寛大な御心!このジル、ほとほと感心奉りました。さあ聖処女よ!貴女の行軍を遮るものはなにもない!貴女の望むままの戦場を駆け抜けましょうぞ!」

「フフっ。言われなくともそのつもりよ」

 

 城内を邁進する二人の背後に、幾人もの人影が連なる。

 かつてラ・シャリテの街でカルデアの面々と相争った者たち。さらには未だ姿を見せていないサーヴァントたちまでが、その場に居た。

 都合九体もの英霊が集う空気は、もはや壁に等しい質量を見る者に与えるだろう。

 

 黒のジャンヌを先頭とした集団は、やがて外に出る。

 空は雲一つない晴天でありながら、地には数多の影が落ちている。

 その数はすなわち、空を舞うワイバーンの数に他ならず。

 群れが城の周囲を旋回する様は、まるで地面からは生える黒い入道雲のように。

 

 数多の英霊、ワイバーンの群れ。

 それら全てを凌駕する威を放つ、(いわお)のような存在が一つ。

 

 何もしていない。ただ置物のようにそこに佇んでいるのみ。

 身体どころか、思考も、感情すら揺さぶることもなく。

 ただ纏う気配が、放つ存在感が、それだけで他を隔絶していた。

 

 これこそが、真の竜なのだと、なによりも雄弁に語る。

 これこそが、ファヴニール。最悪の邪竜なのだと。

 

 その竜ににこやかに、気軽に飛び乗る黒のジャンヌ。

 自らがその竜を支配しているのだと言わんばかりに。堂々と。

 

 真実は、竜の真意はどうであれ、ファヴニールは彼女を受け入れている。

 重要なのはその事実のみ。

 

 サーヴァント達も思い思いのワイバーンに乗り、彼女の背後に付き従う。

 さながら騎士の如く。

 

 黒のジャンヌが旗を掲げ、一点を指し示した。

 その先に見据えるのは、否定すべき自分。

 

「これから何も知らない、哀れにもこの世の露と消え去らんとする愚か者どもがやってくる。もてなしてあげなさい、盛大にね!」

 

 黒のジャンヌの檄に応えるものはなにもなかった。

 武器を打ち鳴らす音も、咆哮や雄叫びの一つもなく。

 

 オルレアンの城は、不気味な静寂に包まれていたのだった。

 

 

 

 

「あーーーーっ!!もう嫌だ『(おうち)』帰るぅ!!」

「落ち着きなさいまし、アマデウス。そんな子供のような駄々をこねてはだめよ」

「そんな幼稚な叫びじゃない!これは音楽を守るための抵抗なんだ!聖戦なんだよ!」

「もー、さっきからうっさいわねー。男ならウダウダわめくんじゃないわよ。ちゃっちゃと覚悟きめちゃいなさい」

「誰のせいでこうなっていると思っている!?」

「お、落ち着いてくださいアマデウスさん!」

「む・り・だ・ね!止めたきゃ殺してみるがいい!むしろ本望さ!」

「た、助けてください先輩!」

 

 一路オルレアンへと向かうガラスの馬車の内部は、紛糾していた。

 我慢の限界を迎えたアマデウスが一方的に喚き散らしているだけだが。

 ジャンヌもマシュも止めようとはしているが、努力が足らずワタワタとしているだけに留まっている。

 天然(マリー)アイドル(エリザベート)は止めようとしているのか、油を注いでいるのか判別が付かない。

 

「――っ! あーくそっ!向こうに動きあり。やっぱりばれたようだ」

「!」

 

 アマデウスは突如として奇行をやめ、端的に状況を伝える。

 彼の耳がオルレアンに居る黒のジャンヌたちの動きを捉えていたのだ。

 

 未だ距離がある段階で、クルタたちの接近がばれたようだ。

 

「ここまでは作戦通り、ですね」

「そうさ。忌々しいことにね」

 

 マシュの発言に、本気で嫌そうに返すアマデウス。彼だけは最後までこの作戦に反対していた。極めて個人的な理由で、だが。

 

「それでは、これから全力で飛ばしていきますね」

「ええ、出来る限り私たちに気を引き付けるようにしなければ」

「ま、そこは大丈夫でしょ!アタシっていうアイドルの力で釘づけよ」

 

 マリーが馬車の速度を上げ、ジャンヌが引き締めるように旗を握り、エリザベートが軽く答える。

 

 マシュも盾を握りしめる。その手の力に陰りはない。

 ないが、何か、自らを支える力が足りていないと感じていた。

 それはきっと――

 

「シールダー」

「っ!は、はい!なんでしょうか、クルタさん?」

 

 一人、馬車の騒ぎから我関せずの姿勢を崩さずにいたクルタから声が掛かる。

 彼は何事もないように、軽く言葉を紡ぐ

 

「テメェがどう思っているか知らねえが、何時如何なる時も、今この瞬間も、テメェはマスターの盾だ。こっから先、全ての戦場でテメェが守りきれなかったときが来た瞬間、そのときが、マスターの命運が尽きる時だ。それだけは分かっておけ」

「……はい、ありがとうございます」

「礼を言われるほどのことじゃない」

 

 クルタは笑みを浮かべる。

 いつもの、嘲笑うかのような笑みだ。

 

「さあ、いくぞ。敵は全員皆殺しだ」

 

「ええ、ますたぁと私の仲を引き裂かんとする害虫たちは、ちゃぁんと焼き尽くしてあげないと」

 

 俯いて自分だけの世界に閉じこもっていた清姫が、ハイライトの消えた瞳で、同意するのであった。

 

 

 

 

 

 

 待ち受ける黒のジャンヌ。馬車の足を速め、近づいていくガラスの馬車。

 ルーラーとしての特権で、音楽の神から授かった耳で、互いが互いの存在を把握している。

 距離が狭まり、ついに目視が可能となる所まで近づきーー

 

「――蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 馬車から跳びはねる人影から、開幕()を告げる宝具(呪い)が放たれた。 

 

「GYAAAAAっ!!!」

 伝承に残る、影の国にて授かりし一刺し(槍の雨)が、雲を成していたワイバーンたちに、待ち構えていたサーヴァント達に食らいついていく。

 断末魔の数だけ墜落していく数多の亜竜。

 ただの一撃が齎した戦果としては望外といっても過言ではない。

 

「あらあら、いいのかしら。そんな無駄なことをして」

 

 通常ならば(・・・・・)

 

 確かに、ワイバーンはその数を大きく減らした。

 殲滅と言っても過言ではないだろう。

 

 だが、黒のジャンヌの主力はワイバーンではないのだ。

 

 

「払いなさい、ファヴニール」

 黒のジャンヌの言葉に従い、ファヴニールが翼を動かす。

 命令されたから動かしたと言わんばかりに、機械的に。

 それだけで、黒のジャンヌと、彼女が率いるサーヴァント達、そしてファヴニールに迫ってきていた魔槍の鏃は払い除けられた。

 

 亜竜ではない、完全なる邪竜がその身に蓄える桁外れの神秘によって、必殺の鏃は悉く空に散った。

 

 

 

 

 

 邪竜はおろか、サーヴァントの一人すら仕留めることは出来ず。 

 その事実に舌を打つクルタ。

 

「やるじゃない黒いの!このまま一気に突っ走りましょう!」

「ええ!全速前進ですわ!」

 しかし、本来の狙いは露払いの役目。

 数に任せた攻撃は馬車の速力は落としかねなかった。

 それを防ぐための、宝具の一撃。

 

 それも全て、可能な限り邪竜に近づくため。

 

 

 

 

 

 

 

()きなさい聖処女に仕える勇者たちよ!ジャンヌに勝利を齎すために、あの馬車を止めなさい!」

 それを見たジル・ド・レェはサーヴァント達を嗾ける。

 馬車は見晴らしのいい平野部を駆けていたため、ファヴニールのブレスで吹き飛ばすことも考えていたしその方が確実だと思っていたが、彼には懸念があった。

 敵は邪竜を討伐できるだけの、何か(・・)を用意しているのではないか、と。

 

 天敵たるジークフリートは確かに討ち取った。

 並みの竜殺しでは邪竜を狩ることなど不可能である。

 

 だがそれも単体ではの話。

 

 複数の要素が合わせれば如何な邪竜といえど討ち取られない道理はない。

 数とはそれほどの力を秘めているのだから。

 

 であるならば、邪竜のブレスで消し飛ばされかねない平野部を、敵が堂々と走行しているのも、何かしらの狙いがあるのではないか?

 例えば、あの馬車が実はまだ全力を出しておらず、邪竜がブレスを放った瞬間、それを回避。

 ブレスを放った直後、身動きが取れなくなった所を、何か(・・)で狙い撃つ。

 

 そのような狙いがあるのではないかと、ジル・ド・レェは懸念していたのだ。

 

「ならばそれに応じた手を打てばいいだけの話」

 

 サーヴァントへの攻撃命令はその懸念を払拭するためのものだった。

 彼からすればサーヴァントというのは、強力ではあるが補充の利く兵力でしかなった。 

 少々時間はかかるが、聖杯を使えば再び召喚することは可能な便利な駒だ。

 彼らが討伐できればそれでよし。敵わなくとも、馬車の足を止めてさえくれれば、その時は諸共撃てばよいのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「Arrrrrrrr!」

「があぁっ!!」

 

 平野を駆けるガラスの馬車。

 最初に襲い掛かるのはバーサーカー、ランスロット。

 ワイバーンを圧殺する程の踏み込みで馬車に迫り、車を牽く馬の首を刎ねんと振り落とされた(つるぎ)は、馭者席から突き出された槍に受け止められた。

 

 馬車とワイバーン、その二つの相対速度ゆえ、噛みあう刃が立てた歯軋りが大きく響き渡る。

 

 空に居る狂戦士は如何なる身のこなしか、慣性の法則を書き換えたが如く、ひらりと馬車のルーフに降り立つ。

 それを追い、クルタもまた身を翻し、ランスロットと対峙する。

 

 一見頼りない、すぐに割れてしまいそうなガラスの天井。

 そこで両者は激しく剣戟を交える。

 元が宝具ではない剣を使っている故、武装に大きな差が生まれているが、クルタもまた魔力が万全とは言えぬため、拮抗した状態が続いている。

 

 そのクルタの死角から襲い掛かる人影が二つ。

 カルデアと黒のジャンヌとの初戦闘時に居合わせなかった二人の英霊、ファントム・オブ・ジ・オペラとシャルル=アンリ・サンソン。

 

 共にアサシンのクラスを与えられた彼らの攻撃を、クルタは体勢を崩しながらも間一髪で回避する。

 その隙をついてランスロットも攻撃を仕掛けたが、尾の一撃で逸らされた。

 

「三方向からの攻撃を捌くとは、話に聞いていた通り、あなどれぬ人物のようですね」

「ああ、クリスティーヌ。血に飢え、死を乞い、絶望に満ちた世界なれど、我が愛は貴女に。ああ、クリスティ――」

「――うるさーいっ!!ちょっと本番前なんだから少しは静かにしなさい!集中できないでしょ!!」

「ふふ、愛を語るのは結構ですが、人の恋路を邪魔するものは、蛇に絞められても文句は言えませんのよ」

 

 敵の語りを遮る様に、馬車の中から現れたのが清姫とエリザベート・バートリー。

 

「テメェらの仕事はまだ先だろうが。出てくんじゃねぇよ」

「アンタがさっさとこんな奴ら仕留めないのがいけないんでしょーが!!楽屋に近づけるとか守衛の仕事もロクに出来ないの!?」

「ご心配なく。ますたぁの敵は全てわたくしが一人の例外もなく焼き尽くしてあげますから、うふふふふ」

 

 馬車の上とは言え、そこはかの事件に聞くベルリン馬車。

 広いとは言えないが、六人の英霊が対峙できるだけのスペースは存在していた。

 

 

 誰ともなく動き出そうと一歩踏み出し――。

 

「刃を向ける不忠、申し訳ありません、王妃。――百合の花舞う百花繚乱(フルール・ド・リス)!」

 

 ――突如、百合の花びらが舞い散る。

 

 これこそが、シュヴァリエ・デオンが秘めたる宝具。

 本来なら50人もの相手を同時に手玉に取ることが出来る絶技。

 しかし、マリー・アントワネット(フランスの王妃)に、百合花の幻惑(フランスの象徴)が効くわけがなく。

 馬車に乗るクルタ達も、マリーの宝具により守られている。

 

 出来ることはただ一つ。

 

「っ!前が!」

 

 大勢を魅了する花びらを一点に集めることで、馬車の視界を塞ぐことだけだ。

 

 宝具の効果は発揮できずとも、花弁が視界を塞ぎ、その魔力が周囲の魔力を覆い隠す。

 

幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)

 

 そんな馬車の前方で、血に飢えた鉄の乙女が、腕を広げて密かに待っていた。

 白百合の美しさに目を奪われた者たちには、気付くことは出来ぬ一撃。

 

「右だマリア!」

「はい!」

 

 だが、いかに美しくとも、神の耳を塞ぐことは能わず。

 

 アマデウスの声に応え、馬首を横に向けるマリー。

 巨体に見合う重量を携える馬車を、無理やり急旋回させる。

 ルーフで対峙する者たちの中に落車するものは居なかったが、急な動きに足は取られた。

 普通では考えられない軌道、挙動を取りながら、乙女の抱擁から間一髪逃れることに成功した。

 

「あー!やっぱり駄目だ!キッツい奴が来るぞ!避けられない!真っ直ぐ駆け抜けろぉ!」

 

 急旋回直後。

 一瞬、速度が鈍ったその瞬間、太陽に影が差した。

 

「ごめんなさい、貴方たち。――愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)!」

 

 竜が、堕ちる。

 

 聖女の杖により撃ちだされた円形の巨体()が、唸りを上げて馬車に迫り来る。

 

 馬車の上に仲間たちが居ようが構うことなく。

 速力(あし)が落ち、左右に逃げる時間もない。

 故に選択はただ一つ。迎え撃つのみ。

 

「蜥蜴の次は亀ですか。まったく、竜というのは、こういうものをいうのですよ。――転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)!」

 

 清姫の身から浮かび上がった青い焔が、蛇の如く細長い竜を象り、襲い掛かる(タラスク)へと牙を剥く。

 全てを弾き飛ばさんとする竜と、全てを焼き尽くさんとする竜が、喰らい合う。

 

 激突する竜と竜。

 その拮抗は長く続かず。

 

 マスターが傍に居らず魔力が十全ではない者と、聖杯から潤沢に魔力を受ける者。

 その一撃は対等になることはなく、焔の竜は弾かれ霧散した。

 

「敵の攻撃、後方に着弾!」

 されど軌道を逸らし、その下を潜るだけの時間は稼げた。

 

 巨竜をやり過ごし、見上げる彼らの視界に――降り注ぐ矢の雨が現れる。

 

 訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)

 アタランテから放たれた宝具が、その雨の正体。

 それはまるで、開戦の一撃の再現。

 神への祈りにより齎された矢の雨が、馬車に降り注ぐ。

 

「ここまで、ですわね」

 マリー・アントワネットが目を閉じて呟く。

 

 ――彼女が言う通り、彼らの行進もここまでだ。

 

「ああそうだ。ここまでだ。……最悪だ」

 アマデウスは同意する。深い絶望を湛えながら。

 

「ええ、ええ。何人か仲間外れになってしまうのが悲しいですが、あちらのお相手はマスターに任せましょう」

 仲間はずれがいるという事実に、残念そうに眼を閉じていたマリー・アントワネットが、目を開く。

 常に変わらない爛漫さの上に、いつも以上の笑みを浮かべている。

「ふふ。それでは貴方の演奏も楽しみにしていますわ。アマデウス」

「ああ分かっているさ、ここまで来たらもうヤケだ! さあマリア、ここに城を立ててくれ(・・・・・・・・・・)……!」

 

 ――そう、古来より馬車の目的地なんて、昔から決まっている。

 

「それではみなさん、ご覧くださいな。これこそが、私が愛したフランス、その輝き!」

 それは、自慢の物を見せる、子供のような笑みだった。

 

 ――盛大なパーティが開かれる、豪華絢爛な城の前だということは!

 

「ヴィヴ・ラ・フランス。愛すべき輝きは永遠に(クリスタル・パレス)!」

 

 

 

 

 

 

「こ、ここは……?」

 

 舞踏会場。

 マルタが最初に思いついたのは、その言葉だった。

 

 馬車から放たれた輝きに飲まれたのち、風景が一変した。

 ワイバーンが泳ぐ蒼穹の下に広がる草原から、荘厳かつ壮麗、しかしどこか包み込むような安心感齎す、ガラスで出来た大広間に一瞬で移動していたのだ。

 

 周囲には先程まで共に戦っていた、名目上仲間と言えるサーヴァント達も居た。

 全員ではなくアタランテやジャンヌたちが居ないのは、馬車から離れていたためだろうと、彼女は推測する。

 

 他のサーヴァント達が――狂っているランスロットとファントム・オブ・ジ・オペラを除き――警戒を最大限にしている中、ただ一人彼女だけが、その景色に見惚れていた。

 

 時代の違いがある。身分の違いがある。そもそもこれが何なのか知っている者も居る。

 経験と知識により、他のサーヴァントはこの景色に心を乱すことはなかった。

 

 しかして、彼女の生涯にて、このような場所に訪れたことはなかった。

 通常ならば、彼女の心が揺さぶられることはなかった。

 されど今は、彼女の意に沿わぬことを強制されている今は違う。

 

 見たことのない美しき景色に、一瞬とはいえ心を奪われる。

 

「――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

 

 そしてその一瞬は、戦場に置いて致命の隙に他ならず。

 

 背後を取ったクルタは当然、その隙を見逃さなかった。

 

「……慣れないところには来るものじゃないわね。やっぱり」

 

 自らの胸から生えた赤い槍を見下ろしながら、聖女マルタは光となって消えた。

 

「あらあら、クー・フーリンともあろう者が、気を取られた女性を背後から刺すなんて、如何なものなのかしら?」

「……何を勘違いしてやがるのかは知らねえが、鉄火場で呆けてるなんざ、殺してくださいって言ってるようなもんだろ」

 

 クルタの襲撃を受け散開し、隙を窺うサーヴァント達。

 そこに、ガラスの靴の音が鳴り響く。

 

「もう、クルタさんもせっかちですわね。まだご挨拶も済んでいませんのに、すでにパーティを始めてしまうなんて」

 

 階段を一歩一歩、優雅に降りてくるのは、この城の主マリー・アントワネット。

 エスコートにはアマデウスが付いている。――表情が死んでいるのは気のせいだろう。

 

「それでは改めて、ヴィヴ・ラ・フランス。この度はパーティ会場にご足労いただき、真に感謝いたしますの。マダム・ムッシュー」

 

 スカートを摘まみ、優雅に一礼をする。

 

「やあ、あえて嬉しいよマリー。でもダメじゃないか。こんなところで宝具()なんか出したら」

 サーヴァントの中から一歩マリー・アントワネットに向けて踏み出す者が居た。

 アサシンのサーヴァント、シャルル・アンリ・サンソン。

 生前、マリー・アントワネットを殺した張本人。

 

「この城がどれだけ頑丈なのかはわからないけど、あの邪竜の目前で出してしまっては、狙い撃ちされて終わりだよ。勝ち目のない籠城戦だ。――もしかしたら、君の首を刎ねる前に、僕ら諸共ブレスで消え去るかもしれない。そんなことは許されないよ」

 

 君に二度目の処刑を与えるのは、僕なんだから。

 

 爽やかでありながら歪な笑みを顔に張り付け、そう宣言するアンリ。

 

 殺害宣告されたマリーはしかし、どこ吹く風だ。

 

「ふふ、忠告どうもありがとう。でしたらアマデウス、早速お願いします」

「……ああ、分かっているさ。もうどうにでもなれコンチクショー!死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)!」

 

 現れたのは天使か悪魔か、はたまた死神たちによるオーケストラ。

 聞く者を死へと誘う音楽が、舞踏場内に響き渡り……そして止まった。

 

 止まった演奏に、訝しむ黒の聖女のサーヴァント達。

「撃つならさっさと撃ちやがれー!このアバズレ聖女がー!」

 指揮者たるアマデウスは、ガラスの向こうにぼやけて映る邪竜を睨んで、口汚く罵っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なにあれ?ガラスの城?」

「ふむ、おそらく、何者かの宝具ではないかと」

「ま、それ以外ないでしょうね」

 

 遠方から相手と自分の手駒(サーヴァント)たちの戦闘を見ていたジャンヌとジル・ド・レェは、突如として現れた城を前に話し合っていた。

「こちらのサーヴァントは……」

「あの城に取り込まれた者とみて、間違いないでしょうなぁ」

「中に入ったサーヴァントが奴らを殺すのを待つか、それとも面倒だから諸共ブレスで吹き飛ばすか」

 話し合いの内容は至ってシンプル。

 ファヴニールのブレスを撃つかどうか。

 ただそれだけだ。

 

 これが二、三人の犠牲ならすぐさま撃っていただろうが、如何せん取り込まれた数が多すぎる。

 補充できるとはいえ時間もかかるため、残せるなら残しておきたいのも事実。

 

「まあでも、面倒だから、もう撃っちゃうわね。いいでしょ、ジル?」

「勿論、構いませんとも」

 

 面倒だからという理由で、無視される程度の事実でしかないが。

 

「さあファヴニール、私の可愛い邪竜よ。目の前にあるウザったいガラスの城を、ブレスで吹き飛ばしなさい!」

 黒のジャンヌの指示を聞き、咢を開くファヴニール。

 

 竜の心臓に加え、もう一つの魔力炉心(・・・・・・・・・)からも汲み上げた魔力が、口内に収束していく。

 膨大な魔力が荒れ狂い、行き先を求めて暴れまわる。

 

「撃て、ファヴニール!」

 指向性を与えられた魔力が、破壊の奔流となり(パレス)へと向かう。

 空気を、空間を裂いて、今、城壁へと着弾する――

 

仮想宝具(ロード) ()疑似展開/人理の礎(カルデアス)!」

我が神は(リュミノジテ・)ここにありて(エテルネッル)!」

 

 城壁の上に立つマシュとジャンヌの宝具によって、新たに二つの壁が顕現する。

 

 それは、地に根を張る大木のように泰然と聳え立ち。

 それは、全てを破壊せんとするブレスを受け止め。

 それは、壊されることなく、その威力を散らしていた。

 

 一つ一つでは、邪竜のブレスによって、あっさり破られていたであろう。

 しかし、愛すべき輝きは永遠に(クリスタル・パレス)我が神は(リュミノジテ・)ここにありて(エテルネッル)、仮想宝具《ロード》 ()疑似展開/人理の礎(カルデアス)

 これら三つの宝具を合わせ技により、邪竜の攻撃を防ぐことを可能としたのだった。

 

「あらあら、頑張るわねぇ。もう一人の私も」

 邪竜のブレスを受け止められた黒のジャンヌには、焦りはなかった。

 膨大な魔力を繰る邪竜の一撃は、確かに称賛に値するが、それもいつまで続けれるか怪しい物。

 ならばこちらはその壁が壊れるまでブレスを放ち続ければいいだけの話。

 ファヴニールには、それが可能だ。

 

 彼女はこう考え、勝利を確信していた。

 

 それは隣に立つジル・ド・レェも同様であった。

 相手が穴熊を決めこんだ段階で、こちらの勝利は揺るがないと。

 

「……ねぇ。あれはなにかしら、ジル」

 向こうが限界を迎える様を高見の見物しようとしていたところ、妙なものが目に映った。

 

 ガラスの城の、一番高い場所。

 そこに、全身鏡を持った少女と、それを見てポーズを取った少女の二人が立っていた。

 

 黒のジャンヌは、無性に嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

「あー、もう始まっちゃった!えーと、可笑しなところは……ないわね!よし!」

 

 準備を終えたエリザベートは本番に臨む。

「それじゃ行くわよ!鮮血魔嬢《バートリ・エルジェーベト》!」

 その宝具の発動と共に、ガラスの城の上に、新しい城が展開された。

 

 城の上に城が立つという、可笑しい(見慣れた)光景に、流石の黒のジャンヌも目を張る。

 

 戦場に響くのは、あまりに場違いな珠玉の旋律。

 聞く者に否応なく高揚と期待を与える、そんな協奏曲は、しかして主役にあらず。

 そう、この至上の調べは、このステージを独占する主役の登場を出迎えるのオープニングの曲。

 

 なるほど、音楽のみで英霊になった男は伊達じゃない。見事な演奏だ。

 エリザベートは確信する。

 この素晴らしき演奏に、私の歌が乗る。

 脳裏にあるのは成功のイメージのみ。

 間違いない。今この瞬間、ここが、世界の中心だ。

 

 世界よ。聞け。私の歌を!

 

「ぼえ~~~~~~~!!!!!」

 

 その瞬間、世界が、ジル・ド・レェが、黒のジャンヌが、耳を塞いだ。

 

 

 

 

『あはは、音楽って、アイドルって一体何なんだろうね?こういうのを聞くと、やっぱりネットアイドルが最強だって思えてくるよ。立香くんもそう思わない?』

 遠方でもよくエリザベートの歌声は響く。

 彼女の歌声を聞いたロマニの感想だが、なかなかきわどい発言を繰り出している。

 本人が聞いたらブチ切れそうな発言の数々だ。

 

『でも、ライブが始まったということは、こちらの作戦通り言っているということだ。立香くん、準備はいいかい?』

「勿論。それじゃ、やってくるよ」

 ロマニを横に押しのけたダ・ヴィンチの質問に、即答する立香。

 異常すぎるほどに、平然と。

 

 遠方から小さくしか見えていないのに、その存在感をはっきりと伝える邪竜。

 彼にとっては、これからが正念場だ。

「俺なんかが乗っちゃってごめんな。今から君の主人を呼んでやるから、許してくれ」

 言葉と共に、立香は跨った馬の鬣をそっと撫でる。

 その馬は返答するように軽く嘶き、そして駆ける。

 

 速く、されども丁寧に。

 揺らされることのない体と視界に、立香はまるで地面を滑っているような感覚にさえ至る。

 

 空から一条の矢が立香に迫る。

 接近に気付いたアタランテから放たれた迎撃の一矢。

 

 その数瞬前、指から矢が離れる直前。

 立香は右手を翳し、吠えた。 

 

「令呪を持って命じる!来い、ゲオルギウス!」

 

 直後、二つの光が激突した。

 前方から迫った光、必殺の矢は明後日の方向に散り。

 後方から立香の前方に回り込んだ光はそのまま、立香が騎乗する馬に乗る。

 

 主人の到来に、二人を乗せた馬――ベイヤードは、歓喜の嘶きを挙げた。

 

「礼装起動、コード『全体強化』!」

 

 遠く離れた仲間たちへ、行動の開始と、僅かなりともの助力を伝える。

 

「行きますよ、マスター!」

「ああ、竜退治だ!」

 

 二人の声に応え、ベイヤードはさらに速度を上げていった。

 




本日第二話は18時ごろ投稿する予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。