冬木のクリア特典が星5だった件について   作:和尚我津

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本日第二話です。



ぶち抜けぇ!クルタぁ!

 室内に優雅なメロディーが流れたと思ったら、一瞬にしてデスボイスに塗り潰されて掻き消えた。

 いや、消えてはいない。悲哀・絶望を引き起こす恐怖の歌声を、歓喜・安寧を与える曲がより一層引き立てる名脇役として、静かにその存在を主張していた。

 スイカに塩を振るが如く、正の感情を齎す音楽によって、負の感情を揺さぶる歌声の力を何倍にも引き立てている。

 調和する不協和音という、相反する二つが生み出した奇跡のシンフォニー。

 ダ・ヴィンチが後にこう評する。『モナ・リザという完璧な美に、吐瀉物を塗りたくっておきながら、何故か至上の名画として完成しているような、イカれた芸術』と。

 

 シャルル・アンリ・サンソンもまた、半端に残った理性のために、この曲に苦しんでいる者の一人。

「くっ!?な、なんだこれは!?」

「これは音楽。そう、まったくもって音楽なんだよ。サンソン」

「これが、こんなんのが音楽だって!?バカも休み休み……なんだ、その慈愛に溢れた微笑みは?」

「ふふふ、なに、世界の真実に近づいたのを感じたのさ」

 

 サンソンは自らの目が可笑しくなったのかと自問した。

 狂った心でもそう問わずに居られない程、彼が見た者は有り得ないものだった。

 彼が思うアマデウスの笑みなど、人を喰ったようなものか、はたまた、そこらの子供のように屈託のないもの。そのどちらかだ。

 

 だというのに、眼前に居るアマデウスはどうしたことか。

 悟りを開いた修行僧のような、遍く全てを愛しむ僧侶のような、そんなアルカイックスマイルを浮かべている。

 生前からの付き合いのため、否が応にもあれがポーズでも表面的なものなんでもなく、心から浮かべた笑みだと分かる。分かってしまう。

 

「普段のお前はもっとクズだろうが、アマデウス!何を真人間みたいな真似をしている!?」

「まあ、何を言っているのですかサンソン!今だけはアマデウスは正真正銘、真人間になっているのですわ!今だけは!」

「な、なんだって!?」

 

 マリー・アントワネットの発言に、驚愕の表情を浮かべるサンソン。その顔から心の底からの驚きだということが分かる。

 

「ははは、酷いなマリア。それだと普段の僕が、マトモじゃないみたいじゃないか」

「ええ、普通に変態ですわ」

「これは手厳しい。でもそれは今までの話だ。これから善処していく僕をマリアには見ていてほしいな」

 

 誰だコイツは?何かどうしてこうなった?

 サンソンの頭は疑問でいっぱいだった。

 

「その顔から察するに、今の僕の様子に困惑しているようだね、サンソン」

「……ぁ、ああ」

 

 サンソンの心情を察して、そう声をかけるアマデウス。

 その行動が尚更サンソンの困惑を深めてはいるが。

 

「何、そんな特別なことじゃないさ。言うなれば、そう、神の愛の深さを知っただけ。それだけさ」

「は、はぁ。そうですか」

 

 サンソンが何故か敬語になっているが、それこれもアマデウスがまともになったせいである。

 

「そうさ。聞こえているかい?この音楽が。この歌声が」

 

 この会話の最中にも音楽は一時も止むことはなく。当然耳に入ってきてはいるし、余りにアレなので無視することもできない。

 

「君はこれを聞いてどう思う?」

「いや、ただ単純に、酷い音楽、としか」

「ははは、率直な意見をありがとう。そして君は今答えを言った」

「……答え?」

「そう、君はこう言っただろう。酷い音楽だと。()ではなく音楽(・・)だと。それが答えだ」

 

 アマデウスは天を仰いだ。

 何かに感謝するように。

 

 それを横目で見ていたマリー・アントワネットが「あ、まずいですわね」とポツリと零す。

 

「この唾棄すべき汚物のような、はたまた至上の奏者たちが奏でる不協和音のような、この旋律ですら音楽なんだ!こんな、こんなクソッタレなものですら音楽だと受け入れる音楽の神の懐の深さに、僕は感動すらしている!」

「あ、ああ」

 

 まるで危ない薬でもキメているかのような感情の起伏に、サンソンはたじろいでいる。

 ここまで動揺するのも、ほかならぬアマデウスだからこそだということを、彼の名誉のためここに付け加えておく。

 

「こんなクソを塗り固めたような、最高に決まった最悪ですら音楽だと神は受け入れた――受け入れやがって!フザケンナ。こんなもんが音楽だというのなら、畜生の小便の音ですら人は感動に震え涙を流すってもんだ!!どんだけ節操ねえんだテメェは!!少しは自重しやがれぇぇ!!!」

 

 狂ったような笑い声を上げ髪を振り乱す姿は狂乱の一言が相応しい。

 

「……そうか、狂化のスキルか」

「いえ、彼に狂化はありません。全て自前ですわ」

「え?」

 

 自らの知識と経験から、狂化スキルの存在を確信したサンソンだったが、マリー・アントワネットにあっさりと否定される。

 

「彼は今、自分が認識していた音楽という概念、それを根底から覆されそうな代物に対して、それを守ろうとしている状態なんですわ。言うなれば防衛反応ですわね。先ほどは概念を拡大解釈して受け入れようとしていたのでしょうが、それを許さない彼の心が、発作的衝動となって表れているのです」

「な、なるほど」

 

 サンソンはアマデウスが嫌いだ。だがそれでも思う。

 見ていられない。

 彼は視線をアマデウスから外し、彼女の方に固定する。

 

「いや、今アイツのことはどうでもいい。問題なのは、このままではマリアが竜のブレスによって焼き尽くされてしまうということだ。その前に僕は君を処刑しなければならないんだ」

「あら。こんな緩い空気の中、そんな急に真面目な話をするのは、無理があると思いませんこと?」

「……うん、まあ、正論なんだが。君に言われると流石に思うところがあるぞ」

 

 まあいい。

 サンソンは改めて向き直る。

 

「マリア。君をもう一度処刑させてくれ。今度は、もっと、もっと、上手くいけるはずだから!」

「ふふ、情熱的な口説き文句ですか、それはお断りさせてもらいますわ!」

「ああ!?悪いのは僕の耳なのか!?僕にこの耳を捨てろというのか!?ふざけたこと抜かすなこのクソ野郎!」

 

 横で何やら元気に喚いているのを華麗に無視しつつ、彼らは戦闘に向けて意識を向けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「――刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

「ああ、クリスティーヌ。どこだい、私の、クリス、ティ――」

 

 そんなコント染みた寸劇を繰り広げた三人を置き去りに、同室内では既に熾烈な戦闘が巻き起こっていた。

 

 サンソンが二人の英霊を引き付けて時間稼ぎ――彼らはそう思うことにした――をしている間、残りの全員でクルタを仕留めるべく襲い掛かる。

 初邂逅したときと似たような状況だが、マスターが身近におらず魔力が不足しがちなクルタの方が不利だと、狂気に染まり切ってないサーヴァント達は判断していた。

 

「……くそっ、化け物め」

 

 そう呟くデオンの目の前では、クルタとランスロットが三度場所を変えて干戈を交えていた。

 

 デオンの思うように、現在のクルタは魔力が潤沢にあるとは言えない。だがそれを補うように展開された幾つもの宝具――マリー・アントワネットのガラスの宮殿がクルタのステータスを上げ、アマデウスの楽団が敵のバットステータスを与えることで、その不足を埋めていた。

 現在のクルタは、マスターが傍に居る時と同程度の能力を持っている。

 

 誤算は誤算を呼ぶ。

 クルタに追随する武力を持つランスロットはしかし、もはや長くは持ちそうにはなかった。

 体力魔力、共に充実しているが、高密度な戦闘に得物が限界を迎えつつある。

 元は魔力も宿さぬただの長剣。ランスロットの宝具によって魔槍と打ち合える強度を持つに至ったが、その結果刀身のダメージが刃毀れとヒビといった形で表れていた。

 並みの相手なら武器に傷一つ付けぬまま勝利することが出来たであろう。

 そのランスロット相手に武器を破壊寸前まで追い込んだクルタの力量を褒めるべきか、はたまたケルトの大英雄相手にそこまで武器を持たせたランスロットの技量を褒めるべきか。

 

 だが、このままでは黒のジャンヌ陣営で現在最強の戦闘力を持つランスロットが実質無効化されることは確かだ。

 いかに名にし負う湖の騎士といえど、彼から槍を奪うことは困難を極める。

 周りを見ても、ガラスの城に舞踏場に、武器になりそうな代物は存在していない。

 

 問題はそれだけではない。

 

「Aaa!」

「ふふ、わたくしを忘れてはいけませんよ?」

 

 僅かに間合いが広がった瞬間、その隙間を縫うように、青い炎がランスロットを襲う。

 清姫がクルタの後方に陣取り、戦況全体を見守るように立っていた。

 

 戦闘に生きたものではないため、全てが先ほどのような的確なタイミングというわけでは決してないが、それがまたデオンたちには不都合に働いている。

 クルタごと(・・・・・)燃やしかねない攻撃であっても、彼女はまったく躊躇せずに炎を放つため、それを常に想定して立ち回らなければならないからだ。

 

 戦闘に置いての基本の一つに、弱い者から順に各個撃破していくというものがある。

 清姫はクルタに比べれば戦闘能力は何枚も落ちる。致命的ではないが、戦力を削ぐ意味でも、デオン達も先に彼女を潰そうとした。

 

「っ!」

 

 デオンが清姫に多くの意識を裂いた瞬間、クルタの魔槍が迫ってきた。

 間一髪、剣を間に挟むことに成功した。

 視線をクルタに向けると、その場に既に彼は居らず。

 一瞬にして元のランスロットの眼前に戻っていた。

 

 いや、正確に言えば、清姫の前方に、だ。

 

 これが、デオンが化け物と呼ぶ理由。

 英霊たちの猛攻を凌ぎ、突破を許さず。

 意識がクルタから逸れたならば、見逃さず。

 有利な形勢を作ったのならば、それを決して崩さず。

 

 複数の英霊と同時に渡り合う技量、ヒット&アウェイを可能とする脚力、敵を仕留めるチャンスを嗅ぎ取る嗅覚、有利に戦闘を運ぶための戦術。

 何より、遊びなく全ての能力を活用し、敵を仕留めんとする、その機械の如き冷徹さ。

 

 難敵。強敵。

 

 本来、デオンたちは無理に首を取りに行く必要はない。

 ここで時間を潰しておけば、いずれはファヴニールのブレスがガラスの宮殿ごと彼らを――デオン達諸共全員を消し飛ばすだろう。

 

 だから、疑問が残る。

 ファブニールがいるのに何故、宮殿に引き籠ったのか。

 

 分からない。だがここまで周到にブレスを警戒していたのだ。

 何かがある。そう思って臨むべき。

 故に、勝負をしかける。

 

「このままではジリ貧だ、一気に攻めるぞ!」

 デオンの掛け声に、英霊たちが攻めかかる。

 

 クルタはそれを迎え撃つ。

 

 竜への一撃のために、力を温存しながら。 

 

 

 

 

 

 

「くぅっぅ、うるっさいわね!」

 城に城が乗った後、ライブが始まった。

 よく分からない(馴染みしかない)フレーズのせいで、黒のジャンヌは耳を塞いでいる。

 そんな中、アタランテがファヴニールの左手方向に弓矢を放った。

 何かネズミが居たのだろう。その程度にしか考えていなかったところ、新たなサーヴァントの気配が生まれた。

「な!?これは……マスターの令呪かっ!」

 突如として現れたサーヴァントの気配に、マスターの存在に行き着くジャンヌ。

 

 彼女は確信する。

 これが奴らの本命なのだと。

 

「ファヴニール!ブレスを左手方向に変えなさい!」

 

 しかしファヴニールはジャンヌの声に応えず、そのままブレスを吐き続ける。

 

「どうしたの!?言う事を聞きなさい!」

 

 されどファヴニールは動かず。まるで聞こえていないかのように。

 黒のジャンヌはファヴニールを蹴りつけて、意識を向けるようにするが、まったく聞いていない。

 突然の行動に見かねたジル・ド・レェは、彼女の肩を掴んだ。

 

「何をするのジル!?」

 

 そこで彼女は気付く。聞こえていないかのように、ではなく、本当に聞こえていないということに。

 原因はただ一つ。

 

「ぼえ~~~~~~~!!!!!」

 

 これだ。この声だ。これしかない。

 

「一体何なのよ!?あの声は!」

 

 黒のジャンヌは苛立ちを隠せない。

 とっくにファヴニールのブレスで終わっていたはずだったのに。

 もう一人のジャンヌと、盾の英霊の宝具、ガラスの宮殿。

 そして、このふざけた歌声。

 これらのせいで、ブレスは完全に弾き返されてる。

 

 その上、このふざけた歌声がこちらの声を掻き消しているせいで、ファヴニールに命令することもできない。

 腹立つことこの上ない。

 

 文句を言っても仕方がない。

 幸い、まだ手元に駒はある。

「奴らを射殺せ、アタランテ」

 

 届かない言葉は殺意となって、アタランテに伝わった。

 

 

 

 

 

 

 

 重くて、熱くて、強い。

 マシュが感じたことはそれだった。

 ファヴニールが放つブレスは、一人では到底防ぎきれるものではなかった。

 ジャンヌが、マリーが、エリザベートが、皆の力を合わせて辛うじて防ぐことが出来ている。

 一人でも欠けてしまえば、その瞬間瓦解してしまうような、薄氷の壁なのだ。

 そして彼女は思う。真っ先に崩れるのは、恐らく自分なのだ、と。

(怖い、ダメ、怯えては。守らなきゃ。でも、先輩が、後ろには居ない……!)

 壁の強さは使用者の心の強さで決まる。

 怯めば、臆せば、壁にはヒビが入り、土台は揺らぐ。

 その事実がさらにマシュを追い詰める。

(盾が、壊れる。先輩、助けて……) 

 現実に、目を閉じそうになった。

 

 ――テメェがどう思っているか知らねえが、何時如何なる時も、今この瞬間も、テメェはマスターの盾だ。こっから先、全ての戦場でテメェが守りきれなかったときが来た瞬間、そのときが、マスターの命運が尽きる時だ。それだけは分かっておけ

 

 脳裏に過ぎるは、先ほどクルタに言われた言葉。

 

 そうだ。守れなかったらどうなる。

 ブレスは私たちを吹き飛ばした後、どうなる。

 特異点を修復できなければ、グランドオーダーを完了できなければどうなる。

 

 ――怯むな!臆すな!

 ヒビは塞がり、揺らぎは収まり。

 ――私は、先輩を、マスターを守る盾なのだ!

 僅かだが、ふわりと、雪の花が舞った。

 

 盾が勢いを取り戻したその時、膨大な魔力がマシュの身を包んだ。

 突然の事態に戸惑う、が直ぐに疑問は氷解した。

 ――遠くに居ても、先輩の声が聞こえる。私の後ろには先輩が居る。

 盾に遮られて見えないが、それでも分かる。

 彼の言葉が命令が。

 

 ――マシュ・キリエライトに命じる!守れ!皆を!そして、俺を!

 

「イエス!マスター!」

 

 少年の言葉によって奮い立つ少女の背を、星の獣はじっと見ていた。

 

 

 

 

 ――イエス・マスター!

 聞こえるはずもない声を聴き、立香は掲げていた右手を下ろす。

 その手に残る令呪は、残り一角。

 

「あちらはもう大丈夫なようですね。ならば、あとは我々がやるだけです」

 ゲオルギウスは剣で矢を弾きつつ言葉を連ねる。

 アタランテから連射される迎撃の矢の対処はゲオルギウスに任せて、ベイヤードはひたすら真っ直ぐファヴニールへと突き進む。

 

 マスターたる立香を狙い打たんとするアタランテは、狙い違わず立香を射抜く矢を撃ち続ける。

 立香を庇い立てるように前に跨ったゲオルギウスがそれを見過ごすわけもなく、ただの一度として矢を通すことはなかった。

 

 ゲオルギウスの鉄壁の防御に攻めあぐねたアタランテは、次なる手を撃つ。

 正確無比な一矢で穿つことが困難ならば、防ぎきれぬほどの数で押し切らん。

 すなわち、本日二度目となる、アタランテの宝具が解き放たれた。

訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!」

 一度目の焼き直しの如き矢の大軍が、今度は立香たちに迫る。

「ベイヤード!」

 ゲオルギウスの声が届くより早く、ベイヤードは矢の雨へと躊躇いなく突っ込んでいく。

 等しい密度で降り注ぐ矢に縫う様な隙間などはなく、故に最短距離を最速で通過することが最善。

 

 ゲオルギウスは思う。この雲霞の如き弓矢の壁を突破することは、不可能であろうと。

「私が一人だったのならば、だがね!」

 そう、彼の背後には守るべき者がいる。

 誰かを守ること。その状況下でこそ、彼の力は最大限に高まっていく。

 誰かを守ること。それが彼の生き様であり、彼に期待する人々の願い。

 

 そして、彼が守るのは藤丸立香。焼却した世界における、ただ一つの希望。

 人類を救う、たった一つの可能性。

 

 すなわち、ゲオルギウスは今、全ての誰か(全ての人々)を守っている。

「負けるはずがない!そうだろう、ベイヤード!」

 ベイヤード(相棒)と共に、ゲオルギウスは絶死の空間を掻き分けていく。

 

 ベイヤードは一切怯むことなく、迷いなく前進していく。

 それだけではない。ゲオルギウスが動きやすいように重心の位置などを細かく操作していた。速度を一切落とすことなくにだ。

 完璧な意思疎通を果たし、互いが互いの役割を十全にこなす彼らの姿は、正に人馬一体と呼ぶに相応しかった。

 

「なん、ですって!?」

 

 背後に立香を抱えていたにも関わらず、いや立香を守っていたからこそ、守護騎士は終ぞたったの一矢さえ後ろに通すことを許さなかった。

 

 速度は緩むことを知らず、ついに彼らは、ファヴニールまで目と鼻の先という所まで迫る。

 

「舐めるなぁ!この匹夫めがぁぁっぁ!」

 ジル・ド・レェの叫びに応えるように、蛸のような姿をした海魔たちが、立香たちの行く手を遮らんと溢れ出す。

 

「跳べ!ベイヤード!」

 驚異的な跳躍力を持って、海魔たちを飛び越えていくベイヤード。

 勢いそのまま、ファヴニールに肉薄していき、そして――

 

 

 ――振り向いたファヴニールと目があった。

 

 

 事此処におよび、邪竜はブレスを中断し、立香たちの方へ顔を向けてきたのだ。

 宙に浮いて身動きできない彼らを見据え、口を再び開いていく。

 

(私の竜殺しとしての力に反応したか)

 ゲオルギウスは魔力を集中させながら、竜の行動に全神経を注ぐ。

 ブレスを放つ直前、ベイヤードから跳躍。自分を狙ったブレスを躱しつつ、邪竜の頭上を取り、宝具をぶつける。

 これがゲオルギウスがこの刹那で考えたプランであった。

 

 秒に満たぬ刹那の後、ブレスが放たれる寸前、これ以上ないという絶妙なタイミングで、ゲオルギウスは飛び出した。

 

 その行動にファヴニールは――釣られなかった。

「なに!?」

 

 爬虫類を彷彿とさせる細長い瞳は、最初から一人の人間のみを見つめていた。

 人類最後のマスター、藤丸立香。

 彼もまた、逸らすことなく竜の瞳を見返している。

 

 その瞳をファヴニールは知っている。

 恐怖も絶望も宿らない、その瞳を知っている。

 あの『(宿敵)』と同じ瞳を持っている。

 

 『(宿敵)』の気配がしたから振り返ると、そこには『(宿敵)』と同じ瞳を持つ『人間』が居た。

 

 竜は直感する。

 この場には、強力な力を持った『人間(英霊)』どもが沢山居る。

 だが、この場で一番厄介なのは、自らの意思()を動かすにたる相手は、間違いなくあそこに居る、何の力も持たない少年――藤丸立香なのだと、直感したのだ。

 

 ――そうか、お前が今世の『人間(宿敵)』かっ!!

 

 この世に現れた二人目の『人間(宿敵)』に、竜は自らの意思でもって相対した。

 

 二つ(・・)の魔力炉心から流れた魔力は殺意(歓喜)の色で染め上り、全身を駆け廻った後、口腔内へと収斂を果たす。

 

 漏れ出る咆哮を押し止め、殺意(歓喜)を示す一撃で歓迎する。

 

 この地に降りて初めて竜は、殺意(歓喜)を持ってブレスを放つ。

 その閃光は万物の生存を許さぬ、過去現在未来において比肩し得ぬ魔力を持って放たれた、落陽を招く一撃。

 

 

竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)!』

 竜殺しの力が込められた光の槍が刺さるのと同じく、禍々しい光の奔流に、藤丸立香はただ呑まれていった。

 

 

 

 

 

 蓋を開ければ呆気なかった。

 飲まれたカルデアのマスターを見た黒のジャンヌの、偽らざる本音である。

 確かに、聖人が放った竜殺しの力は見事と言わざるを得なかった。あのファヴニールに苦痛の咆哮を上げさせているのだから。

 だが言ってしまえばそれまでの話。

 致命にはまったくもって足りていなかった。

 邪竜の鼻先に刺さったまま輝いている光の槍を見るに、恐らく対国どころか対軍にすら満たない対人宝具なのだろう。

 特効ではあるのだろうが、純粋なる威力不足。

 

 生前のままであればこの一撃にて仕留められていたのだろうが、サーヴァントとして掛かった制限が、竜殺しとしての力を大幅に削いでいたというのが、彼女の見解であった。

 

 その事実に冷や汗を掻きつつ、同時に安堵していた。

 この場で唯一、その制限をどうにかできるマスターが、ついさっき、光に飲まれ蒸発していったのだから。

 

 拍子抜けの余り、失笑すらしていた。

 後は残ったサーヴァントたちを、皆殺しにすればいいだけなのだから。

 

 

 

 

 故に、竜殺しの力を食らい、激痛に悶えながらも、立香に追撃を掛けんとするファヴニールの様子に困惑し――

 

「礼装起動!コード『ガンド』ぉ!」

 

 ――光が晴れたその場になお、健在なままである立香の姿に、呆然となった。

 

 突き飛ばされ、宙を浮く体。

 振り向けば、どこか満足そうな顔を浮かべながら、黒弾に撃たれたジル・ド・レェの姿が。

 

 アタランテに受け止められつつ、視線は自然と立香へと向けられる。

 

 幻影戦馬(ベイヤード)

 我が身を犠牲に、騎乗した者に無敵の加護と奇跡を与える、ゲオルギウスの宝具(相棒)

 

 その加護が立香の命を繋いだ正体。

 その奇跡が今、ここに顕現せん。

 

「映し出せ、()が原罪。汝は竜なり(アヴィスス・ドラコーニス)!」

 

 ベイヤード(相棒)の最期を無駄にしないため、邪竜打倒の最後の布石をここに打つ。

 彼のサーコートが輝き、立香を、邪竜を、白黒の聖女を、宮殿内のサーヴァント達を。

 この戦場に居る、全ての者たちを照らし出す。

 対象に竜の特性を付与する、竜殺しとしての力を最大限に生かすことの出来る宝具

 

「コード『オーダー・チェンジ』!」

 

 

 そして、真打が現れる。

 ゲオルギウスが居た空間に、一人の男が入れ替わっていた。

 清廉たる気配を伴っていた聖人とは異なり、その男が纏うは激しいまでの殺意。

 それが今やこの場に居る誰よりも高い所から撒き散らされている。

 

 体は反り返り、握る魔槍には、魔力が充填されていく。

 

 ファヴニールもまた、その男の存在に気付く。

 

 ――これが、お前の、『人間(宿敵)』の武器か!

 立香を滅すために蓄えていたブレスを、頭上へと視線を向ける。

 

「令呪を持って命ずる――!」

 

 仕留めんとする男。迎え撃たんとする竜。

 両者を見て、自由落下していく立香は、右手を掲げて、叫ぶ。

 

「ぶち抜けぇ!クルタぁ!」

 右手の令呪から立ち上る魔力がクルタに集い、魔槍へと供される。

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 邪竜が、ファヴニールがブレスを放つ――その直前、必殺の槍が放たれる。

 

 放たれた槍は、ゲオルギウスの宝具で付けられた傷を狙い違わずに穿ち。

 ゲオルギウスの宝具で得られた竜としての属性()が、邪竜の身体を食い破るように突き進む。

 

「GYAAAAAA!!!」

 

 砕かれた鱗を、裂かれる体を、死へと推し進める激痛を、そのすべてを無視して、邪竜は再び立香を睨めつける。

 

 この槍は心臓を貫き、己を死に至らしめる。その確信が竜にあった。

 竜としての、頂点としての誇りから、見苦しくなく死を受け入れる。そういう選択も竜にはあった。

 ――『貴様《宿敵》』を前に、唯々諾々と死を受け入れるなど、出来ぬわ!

 それを感情が許さない。

 

 

 咢が割れ、ブレスが放たれようとするなか。

 身動き取れない空中で、迫り来る死の気配から、立香は決して目を逸らさない。

 彼は信じているから。

 

 自分が死なないことを?

 いや違う。

 

 放たれたブレスが、立香を消し飛ばす、その寸前。

 

 上空から降る黒い影が、立香の身体を浚って行った。

 

「死にてぇのか、バカ野郎が」

「いやー助かったよ。ありがとう、クルタ」

 

 ――此度も、我の負け、か。

 地に降りて、その足で立つ立香を見届けて、ついに、ファヴニールは地に倒れ伏した。

 

 竜殺し。

 ここに成せり。




次はもうちょっと早くあげれるよう頑張ります。
予定としては7/29の20時ごろ上げたいと思ってます。
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