竜の巨体が崩れ落ち、地に叩き付けられ衝撃で、宮殿を構成するガラスが激しく震える。
「どうやら作戦は恙なく完了したようですわね、アマデウス」
「そうだね。ならば演奏ももう必要はないだろう」
指揮者たるアマデウスの一振りで、彼の宝具は演奏を止める。
唾棄すべき芸術といえる音楽が止まった瞬間、彼は
「まあ、アマデウス!自分のお仕事が終わったからと言って、少し気を抜き過ぎですわ!」
「無茶、いうな、マリア。こんな、僕の人生の、全てを否定される、ようなことに、僕は手を貸したんだぞ。オエェ」
いっそ殺せ。偽らざる彼の本音だった。
「……人が消滅しかけているというのに、目の前で漫才を始められる側の気分も、少しは考えてほしいものなんだけどな」
エーテルとなり光となって消えつつあるサンソンは、思わず苦言を呈する。
この扱いはあんまりだと。
「この度はこのような出会い、このような決着と相成りましたが、またどこかで会う時は、もっと素敵なお話しをしましょう、サンソン」
「……ええ、そうですね。また違う形で、お会いしたく存じます。王妃様」
マリアの言葉に、居住まいを正して返答する。
彼女の言葉は、彼の本心でもあったから。
「そして、アマデウスは、ええっと」
「フッ、笑えよサンソン」
この宮殿内で、思わぬ七変化を遂げたアマデウスに、返す言葉を見つけられていない。
普段は憎しと思っているが、今回のアマデウスの痴態は、あまりにもあんまりだ。
根が善良なのだろう。思うところはあるが、それでも生前からの知人である彼を励まそうとした。
「安心しろアマデウス!今回のお前の姿は、座に戻っても絶対に!ゼッタイに忘れないから!」
「いや忘れろよ!?頼むからこんな無様な姿は忘れてくれよぉぉ!」
アマデウスを励ますなどという、生前では絶対にしなかったことゆえ、空回った発言を遺言として消滅し。
聞かされた絶望を嘆くように、アマデウスは虚空に向かって叫ぶのだった。
「光の御子が消えたと思ったら、今度は竜殺しの聖人か。まったく、つくづく荷が重い」
デオンは目の前の男を見て、思わず苦笑を浮かべる。
「ご安心を。流石に私は、光の御子ほどの力を持ってませんよ」
惚けた調子で語るのは、クルタと入れ替わり現れたゲオルギウス。
その手に携えた聖剣アスカロンの切っ先を、ゆっくりとデオンに向ける。
デオンは一歩後ずさる。竜種としての特性を得た故に、竜殺しとしての彼に脅威を覚えたがゆえに。
「やっぱり、さっきまでの不愉快な歌声はお前のだったのね」
「よかった~。まだ生きてて。アンタだけは、私がこの手で倒さなくちゃね」
他方、そちらでは別側面の同一人物が向かい合っている。
ライブが終わって急いで駆け付けたのだろう。
過去が未来を、未来が過去を否定せんと、二人のエリザベート・バートリーが火花を散らしていた。
そちらを見て、もはや助力は望めないとデオンは覚悟を決める。
ランスロットも剣を破損し無手となったのを切欠に仕留められていた。
サンソンが相手をしていた知己の二人も、いずれは参戦してくるだろう。
もはや手詰まり。
それを悟ったデオンは、それでもなお敵を打破せんと気勢を上げる。
その闘志に、ゲオルギウスも最早是非もなかった。
いざ刃を交えんと彼らが一歩踏み出そうとした、その直前、強烈な悪寒が空間を奔ってきた。
正体不明のそれに皆の動きが硬直する中、ただ一人、真の竜を討伐したことのあるゲオルギウスが、その原因に感づく。
「まさか、これは……!」
「私が奴の相手をしている隙に、逃げるなり何なりするといい。それで私の務めは終わりだろうさ」
アタランテはそう告げると、クルタに向かって仕掛けていく。
これでやっと終われると、心のどこかで辟易しつつも、その攻撃は実に果断であった。
そんな彼女の姿を視界に納めつつも、黒のジャンヌはただ呆然としていた。
最強だと自負していたファヴニールの死。それは彼女にとって泰山が崩れることに等しい。
圧倒的かつ絶対的存在である龍は、彼女の行動を支えるバックボーンであった。
強固な信仰心など
邪竜が倒れ伏した今、彼女が縋れるものはただ一つ。
「そうだわ、ジル。ねぇ、今どこに居るの!?ジル!」
副官であり、参謀であり、いつ何時でも彼女の味方であり続けた、ジル・ド・レェのみ。
「じゃ、ジャンヌ。ご無事でしょうか……?」
「ジル!そこに居る……っ!」
声がした方へ振り向くとそこには、見るも無惨な姿をしたジル・ド・レェの姿が。
クルタが放った宝具の余波により、半身は吹き飛び、まだ消滅していないのが不思議と言える有り様だった。
「に、逃げてくだされ……。逃げればまだ望みは繋がります。ど……どうかジャンヌよ、生きて――」
奇跡も長くは続かない。今際の言葉を残し、彼女の最後の拠り所は、この世から姿を消した。
「なんで……どうしてよ……」
彼女の心に絶望が宿るが、それ以上に湧き上がり広がっていく感情があった。
「どうして、どうして私ばかりがこんな目に……!」
その感情の名は、怒り。
常に彼女の奥の方で燻りつづけていたそれは、世界への嘲笑で覆い隠されていたそれは、
許せない。私を死に追い込んだ人間たちを。
許せない。私の大切なモノを奪っていった世界たちを。
許せない。私という存在を否定し、傷つけることを赦している、神を!
彼女の身を焦がさんばかりの怒りが、人間へ、世界へ、神へと向けられる。
享楽も、憐憫も、余分な感情を含まない、純粋なる怒り。
その怒りが、
「え?」
クルタとアタランテの闘いを固唾を飲んで見守っていた立香は、思わず声を挙げた。
戦闘で予想外なことが起こったわけではない。そもそも俊足を誇る英霊同士の戦闘ゆえ細部を把握することは彼にはできない。それでも両者の距離が離れたときに見えるアタランテの姿から、遠からぬうちにクルタの勝利で終わること予想が出来た。
『うそだろ!?作戦は完璧に決まったはずだ!』
『これが、真の竜の生命力なのか……!』
二人の戦闘の奥、黒い巨体が、鎌首を持ち上げていた。
ファヴニールが、生きていた。
目を背けたくなるような傷口から、多量の血を止めどなく流れさせ、今にも死にそうな姿をして、されど意思弱らぬ瞳で、立香のことを射抜く。
その目が語っていた。
――まだ終わらぬ。
と。
死に体に鞭を打って、牙を剥き出しにしたファヴニールは――黒のジャンヌに噛み付く。
「え?」
予想外の光景に、立香は再び驚愕の声を挙げる。
見れば、黒のジャンヌもまた呆然とした表情を浮かべているのが分かる。
彼らには、黒のジャンヌに噛み付くという暴挙が、理解できない。
「いけませんわ!」
邪竜が倒れた時とほぼ同じくして、いつの間にやら立香の傍へとやってきていた清姫が、焦りの声を挙げる。
過程は違えど、
クルタ達を飛び越え、襲い掛かる青い炎は、突如として現れた黒い炎で掻き消された。
「あ、ああ、ああああああああっ!!!」
ファヴニールの身体が徐々にエーテルの光となって、それがそのまま
奇声を発する黒のジャンヌは痙攣と脈動を引き起こす。
青色の光が体を走り。幾何学模様を描いていく。
『こ、これは?!霊基がルーラーから別の何かに、変化していってる?!』
彼女に起こった変化をロマンが伝えるのと同時、竜は遂にその姿を消滅させた。
そして跡に残った
「ふ、ふふふふふ、あーはっはっはっはっは!!!」
変化が止まり停止していた黒のジャンヌから、笑い声が巻き起こる。
「変だと思っていたのよね。私が見る
正面に戻った顔には、不敵な、されどどこか晴れ晴れとしたような笑みが浮かんでいた。
「でもまさか私が、
語る口調には如何なる感情を含まれているのか。自嘲なのか、いっそただただ愉快なだけなのか。
「それは世界も神様も、私のことを赦さないはずだわ。だって、自分以外の奴が作ったモノなんて、アイツらには欲しくないでしょ?」
立香は悟る。今の彼女にあるのはただ一つ。たった一つのシンプルな感情。
「そう、だから壊してやるの。貴方が作った本物は、偽物に劣るということを証明するために」
――そうすれば、私が本物になるでしょう?
彼女にあるのは、ただただ純粋な……怒りだと。
彼女が纏う空気が、邪竜のそれへと変化していた。
偽物が持つには過分なる怒り。
それに邪竜は応え、そして託した。
彼女に起こったそれは、霊基をルーラーからアヴェンジャーに書き換え。
彼女に起こったそれは、地域を問わず過去幾度となく発生し。
彼女に起こったそれは、彼女をいずれ竜へと変えてしまう。
彼女に起こったそれの名は『悪竜現象』。
斯くして、彼女は真なる竜の魔女と相成った。
カルデアの記録ではこの時の彼女を、こう称されている。
――邪竜憑依聖女 ジャンヌ・ダルク
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