冬木のクリア特典が星5だった件について   作:和尚我津

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それじゃあ……死んでくださる?

「デオン。貴女も少し休みなさい。そして願わくば、平和になったフランスで、また会いましょう」

「……ええ、是非ともです。王妃」

 

 白百合の騎士は、その言葉を最後に消滅した。

 マリー・アントワネットはその勇姿を見て、心中で労いの言葉を投げかけていた。

 

「やれやれ、あそこまで粘らなくてもいいだろうに。マジメだねぇ、まったく」

 

 溜め息を吐くのはアマデウス。

 デオンの極限の奮闘を見ての、彼なりの勝算だった。

 

「う~ん、途中で中断しちゃったせいで、不完全燃焼なのよね。ねぇもう一度コンサートしない?次はライブの最後まで歌いきって見せるわ!」

 エリザベートが不満を垂らす。アイドルとして、きっちり最後までやり遂げたかったのだろうが、その場合ライブの最後が、オーディエンス全員の最期になること請け合いだ。

 

「まったく、暢気なものね。……本当に」

 自身の若き日の姿に、まぶしい者でも見るかのように目を覆いながら、カーミラは消滅していった。

 手を翳したのは、太陽の光が目に痛かっただけ。彼女に尋ねてもこう答えられるだけだろうが。

 

「皆さん、急いでマスターの下へ向かいましょう」

 そんな彼らを急かすように、ゲオルギウスは先陣を切って歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 旗と槍が激突し、激しい衝撃が辺りを震わせる。

 

「あらあら、せっかちね。躾が出来てないのかしら、この犬は」

「御託は終わったんだろうが。なら死ね」

 

 アタランテを斃して間髪入れず行われた、クルタの神速の急襲を、黒のジャンヌは片腕一本で余裕を持って受け止めた。

 

 風景の揺らめきと共に、彼女の周囲に黒炎が巻き起こる。

 間一髪飛び退いたクルタを追い縋るように、炎の柱が断続的に吹き上がる。

 

転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)!」

 清姫から立ち昇る青い炎が竜を象り、黒のジャンヌを食らわんと迫った。

 

「あら、可愛い蛇だこと」

 裏拳一発。

 それだけで、清姫の最大火力はあっけなく霧散した。

 

「ッ!」

 青い竜の影に隠れて、クルタが接近する。

 カウンターの旗の一突きを、首を傾げるだけで回避し、無防備となった懐に飛び込み、

 空間を朱に染める神速の連続突き。

 旗を手放し、ガードを固めた両腕を、赤き魔槍が啄んでいく。

 

「チッ!」

 舌を打ったクルタが後退するのと、地面が弾け飛んだのは、ほぼ同時。

 竜の膂力を携えた竜の魔女の右腕が、大地に小さなクレーターを作っていた。

 

「ふふふ、痛い、痛いわぁ。鱗が取れちゃいそう」

 颶風もかくやという連撃に、まるで効果はなく。

 受け止めた体にはまったくの痛痒がなく、いつの間にか浮かび上がっていた鱗に、僅かに傷があるのみ。

 

『なっ、んて!デタラメなんだ!』

『悪竜現象による霊基の変化及び増大、そして先ほど取り込んだ聖杯(・・)が、あれだけの力を彼女に齎しているんだ!』

 

 まさに、人型の姿をした怪物、いや竜。

 今の彼女を例えるなら、最強のエンジンと無限の燃料を積んだスポーツカー。

 悪竜現象によって竜種の特徴の獲得と、基礎ステータスの増大を果たし、その結果、霊基が裁定者(ルーター)から復讐者(アヴェンジャー)へと変貌を遂げた。

 二つの聖杯(・・・・・)から供出される、膨大な魔力により、その凶悪な性能は十全に発揮されている。

 

 今の彼女に追随できるスペックを持つ存在は、この特異点にはいない。

 

『逃げるんだ立香くん!ボロボロの今の君たちで勝てるような相手じゃない!

 ロマンの叫びがこだまする。

 彼の言った通り、生まれ変わった竜の魔女に対して、立香たちカルデア勢は満身創痍であった。

 作戦の主眼は、あくまで邪竜殺し。

 ファヴニールを倒しさえすれば、後はクルタやゲオルギウスを始めとした、強力なサーヴァントによる横綱相撲を進めていけばいいと思っていたところに現れた、まさかのジョーカー。

 しかも令呪を始めとする各種切り札を使い切り、残り魔力も心もとない状況でだ。

 

 撤退し態勢を整えるべき場面。ロマンはそう提言していた

 

「だからといって、逃がしてはくれなさそうだ」

「そんなの言うまでもないことでしょう?貴方たちはここで全員潰す。それが私の裁定であり、復讐よ」

 

 竜の魔女は、それを許す相手ではなかった。

 今ここで復讐を果たそうとしている彼女に、逃がす気は毛頭ない。

 

 そして立香もまた、黒のジャンヌと同じ気持であった。

「今ここで逃げたら、またサーヴァントを、ファヴニールを呼ばれる可能性がある。そうなるとジリ貧になるのはこちらだ」

 

 時間は恐らく、黒のジャンヌの方に、有利に働く。彼はそう考えていた。

 

 奇しくも両者の気持ちは同じ。

 ここで決める。

 

「時間を稼げ二人とも!皆が来るまで耐えるんだ!」

 

 ここが二度目の天王山。

 立香は仲間の救援を待つ。

 皆が揃えば、竜の魔女すら打倒できるはずだと信じて。

 

「そんな長く持つとは思えないけどねぇ」

 

 彼の思惑と希望を嘲うかのように、ここで初めて、黒のジャンヌが動いた。

 再び、槍と旗がぶつかる――立香の目と鼻の先で。

 

「ぐわっ!」

 立香が衝撃の余波で吹き飛ばされる。

 余りの早さに、立香は何故自分が吹き飛ばされているのか理解が追いつかない。

 

 言葉にすれば極めてシンプル。

 黒のジャンヌが、立香をミンチに変えようとした所を、クルタが防いだ。

 ただそれだけだ。

 付け加えるなら。

 クルタですら間一髪という速度で、辛うじて防ぐことが出来たという威力で、襲い掛かったのだ。

 

「あはははははははははっ!!!」

 技巧を必要としない、純然たる力。

 竜の魔女は、それを持ってクルタを凌駕していた。

 

 旗を、炎を、腕を、足を。

 防ぎ、躱し、逸らし、捌いていく。

 されど避けきれぬ猛攻に体は傷を増やしていき。

 そしてついに、胴体を捉えた魔女の右拳により、クルタの身体は、あっけなく宙を舞った。

 

 黒のジャンヌの視線は、遮る物のなくなった空間を走り抜け、人類の最後のマスターの姿を射抜く。

 蛇に睨まれた蛙というのは、おそらくこういう状態のことを差すのだろう。

 思わず立香は、場違いにもそんなことを考えていた。

 

 冷静に、清姫に黒炎の牽制を放ったあと、彼女は立香に近寄る。

 一瞬で膨張した魔女の姿を、一歩も引かず睨み返す立香。

 その姿に僅かな苛立ちを感じつつも、彼女は旗を高々と掲げ、振り下ろされた。

 

「はああぁぁっ!」

 

 それを阻止するのは、立香の最初のサーヴァント。

 

「ご無事ですか!?マスター!」

「大丈夫!今日二度目の走馬灯を見ただけだから!」

 

 力強く声を掛け合う主従の二人。

 最も信頼できる(マシュ)の登場への安堵に。

 背後のに感じる頼れる(マスター)の存在に。

 

「また羽虫が一匹湧いたのね。少し面倒ね」

 始まるは人型の竜による蹂躙。

 襲い掛かる暴力の嵐を、マシュは正面から受け止める。

 

「くっ、うっ!」

 盾ごと潰さんとばかりの猛攻。思わず苦悶の声が口端から漏れ出る。

 傍からではその盾は、今にも砕けちらんと見えるだろう。

 

「は、あぁぁっ!」

 人の身を潰すにたる威力の攻撃は、しかして彼女の、人の心を挫くに足らず。

 なぜなら彼女の背後には、守る者が、守りたいものがある。

 しからば、この脆き盾、砕けることなく。

 

「あーもう!しつこいわね!さっさと死になさ、っ!」

 

 頭上からの攻撃を、旗で受け止める竜の魔女。

 絡み合う二つの旗は、ただ色が違うのみ。

 

「……ついにその身を、人ならざる領域まで堕としてしまいましたか、貴女は」

「……ふふふ、そう、そうよね。私が一番殺したいのは、やっぱり貴女なのよ、ホンモノノワタシ(・・・・・・・・)ぃ!」

 

 弾かれ、着地して、悲嘆する白のジャンヌ。

 睨んで、歓喜して、興奮する黒のジャンヌ。

 

「貴女は私ではありません。それはもうわかっているのでしょう?」

「ええ。所詮私は、ジルの想像から生まれたマガイモノ。貴方たちが勝利した暁には、この世に何一つ、痕跡すら、残すことなく、無意味に消滅する。その程度の存在ね」

 

 彼女(竜の魔女)の言う通り、もしこのまま特異点が修正されれば、この世界で起きたことはなかったことになる。

 歴史に存在しない彼女は、世界にすらその存在を認められることなく、無意味に消える。

 世界に痕跡を残せず、世界に認められることもない。

 空虚なる消滅。

 であるなら。

 

「私が無意味に消えるのなら、この世界が無意味に消えてしまっても、いいんじゃないかしら?」

 世界にとって私が無意味なら、私にとっても世界は無意味。

 世界が残ったなら、私は無意味になる。

「でも、世界が消えたのなら、私が世界を消したのなら!私には、世界を消した存在という意味が、証明が残る。ああ、なんて素晴らしいことなのかしらっ!」

 

 世界へ自分を証明するために、世界を滅ぼす。

 神に、世界に見放された彼女にとって、それこそが存在を証明する唯一無二の手段であると信じ切っていた。

 それが、彼女の出した結論。

 ――復讐するは我にあり。

 

 そんな彼女を、白のジャンヌは、憐みを持って見つめていた。

 

「なに?その視線は?同情でもしているつもりなのかしら?可哀想だとでも思ってるわけ?」

「いえ、ただ、貴女の有り様が、あまりに孤独で……寂しい人なのですね。貴女は」

 

 その言葉に、黒のジャンヌは怒髪天を衝いた。

 

「何の哀れみなのかしら、それは?ねぇ、教えてくれない?大勢の人に見守られて賑やかに死んだ貴女なら、何か分かるっていうの?」

 

 立ち昇る禍々しい魔力に髪を浮かせている彼女の姿は、憤怒そのものを表していた。

 踏み出す足から炎が噴き出し、草を一瞬にして灰燼に帰す。

 その視線は、白のジャンヌを捉えて離さない。

 

「刺し穿つ死棘の槍《ゲイ・ボルク》」

 その無防備な背中に、魔槍の呪いが突き刺さる。

 クルタは気配を殺しながら、二人のジャンヌのやり取りを観察し、必殺の機会を窺っていた。

 そして意識が完全に白のジャンヌに固定された瞬間を狙い澄ました。

 

 立香たちが勝利を確信する。

 呪いを携えた穂先は、背中に食いつき――そこで止まっていた。

 

「竜は神秘の塊よ。忘れたのかしら?」

 

 言葉と共に黒のジャンヌの剣が抜き放たれ、それと同時に、クルタがマシュと並ぶように一瞬で後退を果たした。

 彼の米神から流れる血とジャンヌの剣に付着する血は、同じ色をしていた。

 

 心臓を穿つ魔槍の一撃は、竜の鱗を穿つこと、能わず。

 最低限の魔力量では、竜の因果を操ることが、出来なかったのだ。

 

「決めたわ」

 

 まるで、良い事を思いついたかのように、黒のジャンヌは言葉を続けていく。

 

「本物の私を殺すのは、最後にしてあげる。貴女の仲間たちが一人また一人と消えていくのを、その目で眺めていなさい。ああ、その前に」

 

 言い終るや否や、彼女は瞬きの間に白のジャンヌの両手を掴み、そのまま握りつぶした。

 

「ぐっ!っうぅ!」

 

 それだけではない。潰された手には黒い炎のが纏わりついており、肉を焦がし、骨を溶かしていく。

 

「サーヴァントとしての能力は中途半端みたいだけど、貴女の(宝具)だったら、もしかしたら私を殺せるかもしれないから、まあ保険みたいなものね。そこで苦しみながら、目を見開いていなさい。ああ、ないとは思うけど、自害なんて勘弁してね。面白みがなくなっちゃうもの」

 

 まるで、お気に入りの人形で遊ぶ少女のような明るさと残虐さで、黒のジャンヌは口ずさむ。

 誰かに言い聞かせてるようで、その実自分に言っているのが分かる。

 

「ふふ、待たせちゃってごめんなさいね」

 

 腰の後ろで手を繋ぎ、片足を軸にこちらに振り返る。言動の端々に、精神的に未熟な、子供染みた所作が窺える。

 感じるのは、無邪気な子供に核ミサイルのスイッチを渡しているかのような、そんな不安感。

 

「それじゃあ……死んでくださる?」

 

 そして彼女は、宣言と共に、立香たちへと襲い掛かる。

 




翌日8/5(月)の12時ごろ、次話投稿予定
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