火の粉が舞いあがり、旗は揺らめき、打ち鳴らされる金属音。
そのすべてが、黒のジャンヌの怒涛の攻撃を物語っていた。
清姫の炎は相殺され、クルタの槍は痛苦を与えず、マシュの盾はまるで打楽器の如く撃ち続けられている。
辛うじて戦線は維持されているものの、一人でも欠けた瞬間崩れかねない綱渡りのものだった。
「流石は光の御子。この短時間で私の力に対応するなんて。褒めてあげるわ」
「そうか。なら褒美替わりに、さっさと死ね」
言葉の通り、クルタの技量によってこの戦線は成り立っていた。
その分、彼が負うダメージも凄まじく、無事な箇所を探す方が難しかった。
「クルタさん!私も!」
「前に出てくるなシールダー。そこで守っていろ」
クルタの隣に並ばんとしたマシュを制止する。
彼女にマスターの守りを任せているからこそ、クルタの攻めの姿勢は維持されている。
それはマシュも分かっている。しかし、一向に良くならない現状に、焦りを隠すことができない。
「くぅ、私も、一緒に……」
「無理しちゃダメだジャンヌ!」
聞かぬ体に鞭を打って戦いに加わろうとしたジャンヌを、立香が止める。
未だ両手に纏わりつく炎は、燻り肉を焦がしていた。
呪われているのか、弱まれど消えるそぶりは見せていない。
「わたくしの炎も、お邪魔虫程度の役にしかたっておりません。なんと口惜しい」
マシュの背後、立香の傍に立つ清姫も悔しさに顔を顰める。
彼女が傍に居る理由。マスターの傍に居たいからという理由も多分にあるが、マシュの守りを抜かれた時、身を張ってマスター守るためでもあった。
そして、その時は思いのほか早く来た。
力づくで吹き飛ばされるクルタ。
旗を振り上げ迫るジャンヌに向けて、マシュが盾を力強く握り、衝撃に耐えるため一歩、足を後ろに下げた。
それを見て、黒のジャンヌは笑みを浮かべる。
その一歩は彼女に、迎撃が来ないことを示していた。
ジャンヌは旗を振りおろし――そのまま地面に突き刺し、叫んだ。
「
それは、白のジャンヌが決して持つことのない、
怨念という負のエネルギーを持って、敵を燃やしつくす、
対軍に位置するその宝具を、彼女はたった一人の人間を対象に発動する。
とん、という軽い音とは裏腹に、再び地面を滑っていく立香。
「ますたぁ、どうか、お元気で」
「え、清ひ――」
足元から突如として伸びた鉄の杭が、彼女の身体を穿っていく。
「あ」
不死に値する能力や宝具を持っていない彼女に、生き延びる理由はもはやなく。
光となり、消えていった。
「マスターを狙ったつもりなのだけど。まあいいわ。まず一人」
予想とは違った結果に、黒のジャンヌは特に気にも留めてはおらず。
「清姫さ――!」
「マシュ!前を向くんだ!敵は、まだ前にいる!」
立香は悲痛な声を挙げて、マシュに指示を出す。
彼の言う通り、戦いはまだ終わっていないのだ。
「あら、随分と冷たいマスター様なのね。」
それを聞いた黒のジャンヌは、冷酷だとマスターをなじる。
「な!なにを――」
「そうだね。俺もそう思うよ」
マシュは一瞬にしてカッとするが、立香はそれを甘んじて受ける。
「悔やむし、嘆くし、泣き喚きたいさ。けどね……」
何の力も持たない少年が、黒のジャンヌに、屹然と睨み返す。
その目を見て、ジャンヌは思う。
「そういうのは、全部、全部終わってから、たっぷりするつもりさ。だから、そのために、この戦いに、勝たなきゃいけないんだ!」
ファヴニールへと立ち向かった時と、暴力の化身に挑んだ時と同じ、折れない瞳をしていた。
「だから、頼む!戦ってくれ!皆ぁ!」
その叫びに応えるように、黒の旋風が空に赤い線を引きながら、黒のジャンヌに襲い掛かる。
「ったく!本当にしつこいわよ!この死にぞこないがぁ!」
言葉の通り、襲い掛かったクルタの身体は、まさに半死半生。
常人では動くことすらできない傷を負いながら、その動きに陰りはなく、淀みなく。
立香の叫びに応えるのは一人ではない。
「やぁぁぁっ!」
「ッ、チィ!」
「ちょっとアンタ!
「なにワケわかんない事、言ってるのよ!」
乱入したエリザベートの言葉に、律儀に反応する黒のジャンヌ。
その彼女を囲うように、楽団が現れる。
「なっ!」
「よしっ!アタシの歌の出番ね!」
「完全無欠にまったくもって違うっ!黙ってハケてろ!!」
アマデウスの怒鳴り声を皮切りに、演奏が始まる。
それは耳に心地よく、なのにいやに心をざわつかせる。
「うるさいわね!」
体から溢れだした炎が、演奏と楽団を燃やし尽くす。
「これで、っ!?」
炎が収まった瞬間、足元から湧き上がったガラスの水晶が、ジャンヌを捉えていく。
「ヴィヴ・ラ・フランス!
足が取られ、動きが止まった瞬間、突撃してくるはガラスの馬。
「
マリーの宣言通り、黒のジャンヌの身体に馬の蹴撃が襲う。
その速度は馬車の時と比較にならず。
馬の重量と速度を掛け合わせた攻撃は、強力無比。
されど竜の力はそれを上回る。
勢いに押され、地面を抉るが、そこで止まった。
その両手は馬の脚を捉えはなさない。
不発に終わった攻撃を、彼女は嘲う。
「残念ねぇ。狙いが外れて」
「いいえ、狙い通りです」
ゲオルギウスが、剣を振りかざし黒のジャンヌの背後に迫っていた
「だから言っているでしょ、残念だってね」
彼女は素早く片腕を離し、旗を持って後方に突き出した。
竜として目覚めた彼女には、竜殺しの気配がよく感じ取れていた。
背後の気配に気づくことなど、朝飯前だった。
旗の穂先は、過たず、ゲオルギウスの胸を貫いた。
「言いましたよね。狙い通りだと」
胸への傷を無視し、足を止めることなく前進する。
穂先は背中を突きやぶり、旗が体に入りこみ、血で汚していく。
驚愕に目を見開く黒のジャンヌ。
ついに、彼の聖剣が刃圏に、彼女を捉えた。
「これこそがアスカロンの真実!」
宣言と共に、輝きを放つ聖剣。
ジャンヌは力づくでガラスの馬を放り投げ、空いた片腕で剣を抜き放つ。
「汝は竜!罪ありき!」
彼女が首を刎ねんとするのと同時、彼の宝具は、その真価を見せた。
「
二つの剣線が宙を踊った。
ジャンヌの剣は、ゲオルギウスの首を捉え、跳ね飛ばし。
ゲオルギウスの剣は……彼女の頭上を通過し、空を斬った。
「は、はは。何よ。宝具まで発動しておいて、まさかのこけおどし?一体何の冗談よ?はは、ハハハッ!……は?」
突如感じる違和感。
自らの力が急速に萎んでいくのを感じ取る。
いや、萎んでいるのではない。
力を齎していた存在が、徐々になくなっていくかのように。
『これは!?彼女の竜としての因子が、減少している?』
ロマニの言う通り、彼女が感じている通り。
強固な力を、固い鱗を与えていた竜としての力が、彼女の身体から抜けていっていた。
「な、何で?!――っまさか!」
そう、それこそが
竜を滅し、
竜とは罪。罪とは竜。
竜という罪を斬り捨て、罪を竜として斬り捨てる。
すなわち
彼は、黒のジャンヌに憑いたファヴニールという竜を、そして『悪竜現象』という、竜に堕ちる罪を、斬ったのだ。
「ふ、ざけるなぁ!」
――消えたのなら、また罪を重ねればいい。
――魔力はある。方法は分かる。もう一度、あの力を。
「全呪解放――
それを見逃すほど、クルタという男は、お人よしではなかった。
槍が消失し、外骨格がクルタの全身を覆う。
その姿は、まさに異形の化け物。
全身から生やしているのは爪なのか棘なのか、はたまた刃なのか。
五体の全てが凶器に変わった、狂気の姿。
その怪物が今、露わになった魔女の柔肌に、牙を立てる。
「あっああぁあぁぁ!!」
吼えたて、守りを固める竜の魔女。
消えつつある竜の因子をかき集め、鱗を纏い、身を守る。
されど、獣の牙を守るには能わず。
クルタの一撃は鱗を砕き、肉を裂き、心臓を貫き。
そして、花が開くように、死を招く赤い棘が、ジャンヌの身体を内側から、食い破っていった。
爪を抜き、元の姿に戻るクルタ。
同時に落下する、黒のジャンヌの体。
誰がどう見ても、長く持たないことは明白だった。
「っかふ、あ、あーあ、結局、何も、残せない、まま、ここで、死ぬのね」
――このまま、誰の記憶にすら残らず、たった一人で。
口から洩れるのは、今までのように怨嗟に満ちたものではなく、諦観を多分に含んだ言葉。
歴史は修正され、彼女という存在が残るものは何一つとして、ない。
「待っていてください」
そんな彼女の手を握るのは、もう一人のジャンヌ・ダルク。
焼け爛れているのもおかまいなく、死に瀕した同じ姿の少女に声をかける。
「……待つって、何をよ?」
「『座』に居る私が、必ず貴女を迎えに行きます。ですから、待っていてください。世界の裏側だろうがどこだろうがご心配なく。私、そういうのの経験者ですから。へっちゃらです。だから――」
「――絶対に、一人にはさせませんから」
黒のジャンヌは見開き、笑い、そして思う。
やはり自分は、コイツが嫌いだと。
そこにもう一人、近づいてくる人影があった。
「そんなに寂しいならさ、いつか、カルデアにおいでよ。歓迎するから」
「……バカなの?私、アンタの、仲間を、殺したのよ?」
「その時は、ちゃんと清姫とゲオルギウスに謝ってね」
そのあっけらかんとした態度に、コイツはどういう神経をしているのか、彼女は心底疑問に思った。
偽物の自分より、本物のこいつらの方がよっぽど、イカレている。
それが今の彼女の、偽りない本音だった。
「こんな罪人に、よくそんなことが、言えるわね」
「罪はさきほど、ゲオルギウス様が切って捨てました。どのような罰を受けるのかは、まだ分かりませんが、その時は一緒に償いましょう」
「また、世界を滅ぼそうと、するかも、よ?」
「その時はまた、力づくで止めるよ。ね、クルタ?」
「マスターの自業自得に付き合うつもりはねぇよ、テメェ一人でやってろ」
「酷い!」
まったく、本当に嫌いだ、こいつら。
「だれが、『座』にいるアンタの、世話になるか」
でも、まあ、本物より、少しだけ、マスターの方がマシかもしれない。
だから、いつか、カルデアに行ってみるのも、ありかもしれない。
――そこは、古今東西、あらゆる英霊が集う、唯一の場所。
「ああ、――
その言葉を最後に、竜の魔女は、儚く消えていった。
救国の聖女に、抱かれながら。
ゲオルギウス先生の設定はオリジナルです。
他にもオリジナル設定一杯あって今更な感じですが、一応報告しておきます。
次回は8/6(火)の12時or夜に更新予定です。