冬木のクリア特典が星5だった件について   作:和尚我津

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第二特異点
戦時中だから


 木々が疎らに自生している林の中。

 そこでマシュ・キリエライトは、最大限の集中を持って、眼前の男と相対していた。 

 

 赤き魔槍を携え、新たにファーが付いたフードから覗く視線は、平時と変わらぬ冷徹さを感じさせる。

 

 男――クルタの上体が、僅かに沈む。

 

 それを感じ取るや否や、彼女は右手に持つ巨大な盾を前方に翳す。

 

 直後、盾に強力な衝撃が加わる。

「うっ!」

 その強さに思わず声を漏らすが、それをまったく斟酌しない連撃が、彼女へと襲い掛かる。

 

 一撃加わるごとに吹き飛ばされそうな体を踏ん張り、盾を器用に使って、衝撃を上手く逸らしていく。

 

 前方だけではなく、左右にも回り込むよう高速で動きながらクルタは攻め続けるが、マシュは先回りするように盾を取りまわす。

 

 連撃の中にも僅かな緩急があることを見抜いた彼女は、その緩を使い、息を吐いて体勢を整えていた。

 

 幾度目かの緩い攻撃。そのタイミングを見計らい、呼吸をしたその時。

 

「っ!」

 

 今までとは重みが違う一撃が、マシュを襲った。

 

 予想外の一撃により硬直する体。

 続けざまに放たれたクルタの蹴り上げは、盾をかちあげる。

 

「しまっ!?」

 彼女の口から失策を悔やむ声が漏れたが、もう遅い。

 クルタの尾は地面スレスレを這っていき、盾と大地の間に出来た隙間を縫い、彼女を足を払った。

 

 宙に浮くマシュの体。

 体を捻り態勢を直そうと試みるが、クルタのかかと落としにより、盾ごと地面に縫い付けられてしまった。

 

 背中を(したた)かに打った衝撃を無視して、転がって強引に立ち上がろうとするマシュ。

 だがそれより早くクルタの槍が、彼女の首の横を通過して地面に突き刺さった。

 

「これで今、貴様は死んだ。シールダー」

「……はい、参りました」

 

 言葉とともに、マシュの体から力が抜ける。

 緊張が解け、全身から汗が噴き出していく。

 クルタが放つ殺気は実戦そのもので、彼女の心身に多大な疲労を掛けていた。

 

 冷たい視線で見降ろしてくるクルタの姿を見上げながら、彼女はクルタにこの訓練を願い出た時のことを思い出す。

 

 

 

 時は聖杯を取り込んだクルタの渾身の一撃が、レフ・ライノールだったものを抉り穿った直後。

 レフが取りこんでいた聖杯を再び回収し、特異点化の原因が無くなると、世界が元に戻るべく動き出した。

「私の力が必要な場合は呼んでください。必ず貴方達の助けに向かいます」

「是非またフランスにいらしてくださいな。勿論、世界が平和になった時に。そのための助力は惜しみませんわ。ヴィヴ・ラ・フランス!」

「僕の力が必要になるとは思えないが、まあその時は少しぐらい手伝ってもいいかな。あ、メンバーによっては行かないから、そこんとこよろしく」

「アタシの歌が聞きたくなったらいつでも呼びなさい!」

 

 協力してくれたサーヴァント達から協力と別離の言葉を頂戴した彼らは、特異点を後にした。

 

 

「わっ!?」

「み、皆さんどうされましたか!?」

「どうもこうもねえだろって!本当にスゲェことをしたんだぞお前ら!」

 

 カルデアに帰還した彼らを出迎えたのは、爆発したように鳴り響いた拍手と歓声。

 カルデアのスタッフたちによる、惜しみない称賛と祝福の嵐であった。

 

「立香くん。マシュ。よくぞ無事に帰ってきてくれた……!」

「期待通りなんてもんじゃない。期待以上の活躍だったぜ、二人とも」

 

 当然、ロマニとダ・ヴィンチも例外ではない。

 彼らも労いの言葉をかけ、また立香たちもそれを受け取る。

 

 他のスタッフたちも代わる代わる声を掛けていく。

 感謝の言葉は当然、 立香、マシュと同じく今回の功労者の一人である、クルタにも向かった。

 

「く、クルタさん!アンタも本当にありがとう!光の御子ってのは、やっぱスゲェんだな!」

「……くだらねぇ。俺は部屋に戻るぞ」

 

 クルタは素っ気なく返答し、踵を返す。

 

「クルタ、少しは付き合ってもくれてもいいんじゃない?」

「戦場以外での命令は聞くつもりは無い」

「で、でも、せっかくの戦勝祝いなんですし……」

 

 マシュの言葉に、ガンを飛ばす。

 まだクルタの雰囲気に免疫が出来ていないカルデアスタッフの面々は、一歩後ずさる。

 

 

「テメェも温いこと言ってんじゃねぇぞ。勝利したと言っても、せいぜいが相手の出鼻を挫いただけだ。戦争はまだ終わってねえんだ。浮かれる余裕がどこにある」

 

 その言葉に誰も返す事が出来ない。

 クルタの圧に押されているだけではない。彼の発言は、まさに正鵠を射たものだったからだ。

 

 現状を改めて突き付けられて、スタッフたちの意気も消沈していく。

 

「勝って兜の緒を締めよ、って奴か。確かにその通りだ」

 

 その沈黙を破ったのは、マスターたる立香。

 特異点という常識外の戦場を、只人の身で駆け抜けた少年。

 

 まるで何事でも無いかのように、彼は口を開く。

 

「でもさ、皆今まで、不安だったと思うんだ。こんな異常事態にいきなり突っ込まれたわけだし。それを解決できるのは、何も知らない素人マスター。ほら俺、基本何もできないし、いつ死んでもおかしくないような存在だからさ。自分で言うのも何だけど、絶望的だったと思うよ」

 

 否定的な言葉を重ねる彼の表情にはしかし、微かな笑みが浮かんでいた。

 

「けど、俺たちは戦って、生き残って、勝ってきた。カルデアが勝利した。完敗した人類が、やっと手にした勝利だ。この事実は、少し、ほんの僅かかもしれないけど、皆の希望になったんじゃないかなって、思うんだ。その希望を共有するのは、凄く大事なことだと、俺は思うよ」

 

 今この時ぐらいは勝利の美酒に酔っちゃっても、罰は当たらないさ。

 彼はそう締め括り、笑顔でスタッフたちを見回した。

 

 その言葉に、顔を俯けるスタッフたち。

 

 マスターの存在証明のため、特異点での活動を観測し続けていた彼らには分かっていた。

 立香たちが、どれだけの死線を潜り抜けてきたのかを。

 

 聖杯を飲み込んだ、ニーベルンゲンに謳われし邪龍、ファヴ二ール。

 それを従える竜の魔女は、聖杯の力を使い、数多のサーヴァントを召喚しており。

 果てには魔女は、二つの聖杯を取り込み、|『悪竜現象』すらも引き起こした。

 

 人類史において類を見ない強敵たち。

 

 越えなければならない壁の強大さを知って、カルデアのスタッフたちは諦めていた。

 言葉にはせずとも皆思っていた。

 これは無理だ、不可能だと。

 

 絶望していたのだ。

 

 その悉くを、人類最後のマスターは踏破した。

 

 困難という言葉では、まるで足りない、このグランド・オーダー。

 到底不可能なそのミッションを、彼らはクリアしたのだ。

 

 勿論、グランド・オーダーは完遂されたわけではない。

 クルタの言う通り、たった一つ。この先幾度も待ち受けている特異点のうち、たった一つで勝利したに過ぎない。

 しかしその一勝は、絶望を打ち砕いて得た勝利であり、カルデアスタッフが希望を抱くには十分な、限りなく大きな功績であった。

 

 立香の言う通り、絶望の後に得た希望を得たのだ。

 

 その事実を改めて言葉にされたことで、彼らは涙を流していたのだ。感謝やら、悔恨やら、後ろめたさなどで。

 

 立香はそれに触れず、クルタを指差し宣言した。

 

「というわけで、改めて命令します。クルタ、俺たちに付き合え」

「……聞いてなかったのか?俺は戦場以外での――」

「ねえマシュ、さっき誰かから聞いたんだけど、戦争はまだ終わってないんだよね?」

「は、はい。先ほどクル……ではなく、どなたかが仰ってました」

「っていうことはさ、この祝勝会もまた戦場という事で過言は無いよね?戦争中なんだから」

「あ!はい!そうですね!完璧な論法です!先輩!」

「ということで、ねぇ、クルタ?」

「――ッチ!付き合えばいんだろうが!」

 

 納得はしていないのは丸分かりだが、諦めたかのように壁に背を付けた。

 その様は言葉無く参加の意を示していた。

 

「よ~し!それじゃ皆、乾杯だー!」

 

 ロマニの音頭で、宴が始まった。

 

 

「先ほどは失礼しました、クルタさん」

「いやーマシュもあくどくなったよねぇ」

「ッケ」

 

 壁の華ならぬ壁の棘と化したクルタに、マシュとダ・ヴィンチが近寄る。

 立香は現在スタッフたちに囲まれて、絶え間なく話しかけられていた。

 彼のコミュ力の高さによって、その会話は途切れることはない。

 

「そんなに不貞腐れなくてもいいじゃないか。ほら、ご飯だよ」

「サーヴァントに飯はいらねぇよ。テメェも分かってんだろうが」

「半分受肉しているようなもんだから無駄ではないさ。うん、美味い美味い」

 すげなく突き返された料理に、舌鼓を打つダ・ヴィンチ。

 

「へーい三人とも!楽しんでるかーい?」

「あ、ドクター」

 ロマニが三人に絡んでくる。ちなみに酒は一滴も入ってはいない。

 

「どうしたんだい?立香くんの人気が凄すぎて誰からも相手にされてなかったロマニ」

「的確な状況説明どうもありがとうレオナルド!」

「ッチ、ぞろぞろとうぜぇな」

「わあ、まるで歓迎されてないや」

 

 皆の反応に乾いた笑いを浮かべるしかできていない。

 

「にしてもクルタは、もうちょっと言い方を考えてほしいというか、空気を読んで欲しいというか」 

「間違ったことを言ったか。戦果を上げたものを歓待するのは構わん。長丁場となることも分かっている以上、適度に休息を入れるのもいいだろう。だが『浮かれる』余裕などはないと言ったんだ」

「それはそうなんだけどなぁ……」

 

 余裕がない。

 その言葉を聞いて、マシュは改めて決意した。

 

「クルタさん、お願いがあります。私に稽古をつけてください」

 マシュの願いに、一瞬、沈黙が下りる。

 

「どうしたんだいマシュ?いきなりそんなことを」

「……フランスでの戦闘で思ったんです。私はまだまだ力不足です」

「いやいや、そんなことないよ!ちゃんと戦えてたじゃないか!」

「それは、ひとえにクルタさんのおかげです。もしクルタさんが居なかった場合、私だけで先輩を守るのは不可能だったはずです。反対に、私が居なかった場合でも、クルタさんは守り抜けたでしょう」

「いや、それは……」

 ロマニが言葉に詰まる。

 他の誰も言葉を発さない。暗に認めているのだ。マシュが言ったことが正しいと。

 

 故にマシュは決心したのだ。

 

「どんな状況になっても先輩を守り抜く力が、今の私にはありません。だから、強くならなきゃいけないんです……!」

「了承した」

 

 クルタの即答に、マシュは思わず声を漏らしそうになった。

 断られても粘るつもりではあったが、すぐに受けてもらえるとは思ってなかったのだ。

 それはダ・ヴィンチも同意であった。

 

「意外だねぇ。君の性格なら断りそうなものなのに」

「……今の俺とシールダーは同じ立場だ。シールダーが強くなればそれだけマスターを守れることに繋がる。サーヴァントである以上、マスターを守るのに最善を尽くすのが当然だろうが」 

「……ふーん、筋は通ってるねぇ」

 

 ダ・ヴィンチの含みのある発言も、今のマシュには届いていない。

 彼女はクルタに向けて勢いよく頭を下げた。

「ありがとうございます!それでは早速――」

「待て。やるのは明日だ。さっきも言ったが、休息は取っておけ」

「――は、はい。そうですね。分かりました」

 

 そこで、クルタはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「そう、最善を尽くさねえとな」

 

 その視線の先には、談笑する、立香の姿があった。

 

 

 

 

 

 

『うわはぁ~。マシュがこんなあっさりやられるなんて、信じらんないよ。ただの人間じゃなくて、デミ・サーヴァントなんだよ?』

 

 時は戻り、シミュレーター内部。

 

 戦闘を観察していたロマニの声が、スピーカー越しに響いていた。

 

 その発言に、マシュは歯を食いしばる。

 手加減されていたというのに、完全に掌の上で遊ばれていた。

 力量差は分かっていたつもりだが、改めてそれを突きつけられた結果となったのだ。

 このままでは、立香を守り抜くことなど、夢のまた夢。

 焦りと悔しさを胸に、彼女は立ち上がった。

 

「すいませんクルタさん!もう一度お願い――」

「何故攻めなかった?」

「――しま、え?」

 

 鍛錬を再開させようとした所に、クルタの声が掛かった。

 

「先ほどの戦闘、俺は幾つか隙を作っていた。貴様もそれには気付いたはず。何故、その時に攻めてこなかった?」

「そ、れは……」

 

 クルタが言う隙には心当たりがあった。

 連撃の間にあった緩急。今思えば、不自然に弱くなった攻撃。それのことを言っているのだ。

 

「守るという意味を、額面通り受け取りすぎだ」

 

 クルタは続ける。

 

「お前が守るのはマスターであり、お前自身ではない。危険を排除するための攻撃とはすなわち防御。守って(攻めて)攻めれば(守れば)いい。それだけだ」

 

 マシュは盾を見る。

 大きくて重いそれは、フランスでは終ぞ、敵からの攻撃を防ぐことだけにしか使ってなかった。

 

 守るために、攻める。

 そのことについて、マシュは考え始めた。

 

「クルタさん、改めてもう一度お願いします!」

「要らぬ御託を並べる前に、さっさとかかってこい」

 

 その言葉と共に、再び二人は戦い始めた。

 

『いやぁ、なんかよくわかんないけど、いい感じだね二人とも』

 

 もはやロマニの声すら二人には入らぬ。

 

「は、は、そ、そりゃ、良かっ、た」

「フォウフォーウ」

 故に、息も絶え絶えに返事を返すのは、この場に居たもう一人の人物。ついでにもう一匹。

 二人が矛を交える前から、延々と木々の合間を縫って走り込みをしていた、我らが最後のマスター、藤丸立香。その彼を先導するかのように、フォウくんが走っている。

 

 逃げる時、体力切れなんて笑い話にもならん。

 クルタのその言葉で、彼はひたすら走らされていた。

 

 拒否権は認められなかった。曰く『戦時中だから』とのこと。

「フォウフォフォーウ」

 自業自得だよね。

 立香には、彼の鳴き声がそう言っているように聞こえたそうな。

 




次回は明日8/25、12時ごろ更新します。

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