「初めて読んだけど、クルタ……クー・フーリンの伝説って凄いな。少年漫画の主人公というか」
「そうですね。その出自から能力、経歴、そしてその最期まで。まさに英雄と呼ぶに相応しい生涯だったと言えるでしょう」
クー・フーリンの伝説。
それは栄光と血に満ちた男の一生である。
「ゲイ・ボルグがそんなに使われてないこととか、城を押すとか、色々驚く所も多いけどね」
一人で戦争に勝利する点について驚愕しないのは、先の戦闘を見ているせいだろう。
「ケルト神話の頂点の一人と言っても過言ではない人物ですから」
彼は戦場にて散ったが、あくまで謀略の果てによるもの。
純粋な戦闘に置いて、彼は敗北せぬまま生涯を終えたのだった。
神話においてなお最強。それも踏まえて、ロマニ達は彼を召喚したのだから。
「フォウフォーウ」
立香の足を肉球でポンポンと叩く小動物が一匹。
その可愛らしい行動に対して、立香はビクリと体を硬直させる。
それが何の合図か、彼には分かっているからだ。
「あ、先輩。どうやら訓練のお時間が迫っているようです」
「え、いやー、まだ時間はあるんじゃないのかな~?は、ははは」
マシュの呼びかけに、視線をあらぬ方向に向ける立香。
まるで嫌なことから目を背ける子供のような仕草である。
「残念ながら逃亡は出来ませんよ、先輩。諦めて走りましょう」
訂正。まるで、ではなく、まさに、であった。
「う、ううっ。おかしいでしょ!何で毎日毎日ノルマが厳しくなっていくんだよ?!そんなにすぐにスタミナなんて付くわけないよ!」
エミヤの召喚を終えてから数日。立香は毎日走らされていた。
山や森や海辺など、コースはその時々で変わり、そしてノルマも日に日にきつくなっている。
常に限界ギリギリ、もしくはそれをちょっと超えた辺りに目標が設定されているのだ。
それを設定しているのは、新たに召喚されたアサシンのサーヴァント、エミヤであった。
彼は立香の限界を完璧に見極め、ちょっとだけ過酷な現代的トレーニングを施して、合理的に体力の増加を図っていた。
立香の地獄は留まることを知らない。最先端の魔術・科学によって、翌日には疲労が綺麗さっぱり消えているがために。
ただ立香はエミヤに感謝しなければならない。
もし彼が居なければ神代的ケルト流トレーニングによって、死ぬまで、いや死んでも走らされていたことは確実だからだ。
だがそんな事実知る由もない立香にとって、訓練の時間は杞憂なものでしかなかった。
クルタの伝承を調べているのも、ある種の現実逃避である。
彼の足は今、鉛のように重くなっていた。疲れはまるでないのだが。
そんな時、スピーカーからザッピング音が走る。
『立香くん、マシュ、サーヴァントの皆も。司令室に集合してくれ』
「集合命令かー。これは訓練は中止だなー。いやー残念だなー」
ロマニから掛かる集合の言葉を聞いて、立香は心にもないことを述べ始まる。
ロープで縛られたように椅子に固定されていた体は、あっさりと立ち上がり軽い足取りで扉へと向かっていく。その顔は何ともしまりがない。
その様子を少々複雑な表情で見つめる
『……次の特異点が発見された』
そんなふわふわした空気も、続いた言葉で完全に固まった。
遂に、次の特異点が、人理定礎が発見された。
すなわち、それは次の戦いを示すもので。
思わず生唾を飲み込むマシュ。
「……よし。それじゃ、行こうかマシュ」
立香は振り向く。
その顔を、先ほどとは違う、戦う者のそれに変えて。
「――はい!」
「フォウ!」
フォウくんを肩に乗せたマシュが、立香の後を付いていく。
マスターとサーヴァントは、次なる戦場へと赴くため、歩を進めた。
司令室内部には、重苦しい空気が満ちていた。
次なる特異点に向けての警戒や不安から、ではない。
赤き魔槍を肩に預けて、壁に寄りかかる黒いフードを被った男、クルタ。
反対の壁に背を付け、取り出したナイフの手入れをする、赤いフードを被った男、エミヤ。
向かい合う様な形で壁に背中を預けている両者。
二人から生まれるオーラが、この場に変な緊張を生み出していた。
加えて言うなら、二人のオーラは、お互いに向かっていた。
理由は分からないが、エミヤはクルタを毛嫌いするような節があり、それを感じとったクルタが、応えるように殺意を放つ。そしてまたエミヤが殺意を放つ。
結果、司令室は英霊の殺気に満ちた、異界の空間に成り果てた。
どうにかしようとロマニが口を開かこうとするも、二人の視線に晒されて黙らざるをえない。
使えない所長代理に溜め息を零しつつ、冷や汗と震えが止まらないスタッフたち。
そこに、遂に待ち望んだ福音が鳴った。
「あれ?二人とも殺気だってどうしたの?もしかして緊張してる?」
扉を開く音と共に入室したのは、人類唯一のマスター、藤丸立香。
その背後には彼のサーヴァント、マシュ・キリエライトと、フォウくんも付いてきている。
場の空気も何のその。
何事もないかのように、二人の殺気発信源に彼は声をかける。
「遅ぇぞマスター」
「事態は緊急を要するんだろう。焦りは不要だが、少しは急いだ方がいいんじゃないのかい」
「いやいや、二人が早すぎるだけだって。これでも急いで来たんだから」
話しかけるに伴い、二人の殺気は立香に向かうが、彼はまるで気にせず話を続ける。
「っていうか、むしろ二人は落ち着きなよ。ほら、皆が怖がってんじゃん。これから大事な任務だっていうのに、無駄な気疲れをさせるのは如何なものなの?」
うんうん、と力強く同意を示すスタッフたち。
「このぐらいで参ってるようじゃ、先はねぇぞ」
「……確かに、マスターの言う通りだ。謝罪しよう。バックアップメンバーの疲労は、作戦に支障を来たす恐れがあるね。……そこの英雄サマには分からないかもしれないけどね」
「――あ?」
売り言葉に買い言葉。
エミヤの挑発染みた発言に、クルタは当然反応した。
周囲には、先ほどより濃い殺気が充満していく。
「はいはーい。クルタ抑えて抑えてー」
どうどーう、などとまるで馬を扱うが如く立香は宥めていく。
その態度に、クルタはさらにイラッとする。
「少しは仲良くしてよ二人とも。こんなんじゃ次の特異点で困っちゃうよ」
「安心したまえマスター。仕事はきっちり果たすさ」
「知るか。そいつが売ってきた喧嘩だろうが」
それを聞きエミヤはこれ見よがしに溜め息を吐く。
「分かっていないな。ここのメンバーがレイシフト中のマスターを観測できなくなった瞬間、マスターはそこで消滅するんだ」
「え?そうなの?」
エミヤの発言に驚愕するのは消滅する当の本人。
思わず向けた視線の先、ロマニは困ったような笑みを浮かべながら、一つ頷いた。
「そうか、それは悪かった。許せ」
一転、場に静寂が下りた。
皆が驚愕の眼差しで、クルタを見つめる。
まさか、彼が謝るなどと。
信じられないものを見た、とはまさにこのこと。
「え、あれ?いつの間にか世界線変わった?」
「どういう意味だテメェ」
「そりゃ、ジャ〇アンがアニメと映画では違うみたいな感じで――」
「分かった、死ね」
失言により追われるロマニ。それを見て司令室には笑いが溢れる。
だが、クルタからすれば当然のこと。
サーヴァントは戦い、マスターを守る存在。
無暗に危険に晒す愚を避けるのは当たり前なのだ。
「さ、さあ、早速レイシフトしよう!そうしよう!」
追い込まれたロマニの叫びが司令室に響き渡った。
第二特異点。
時代は一世紀。待ち受けるは古代ローマの地。
人理定礎を崩壊させる要因は不明。特異点化させている聖杯の所在も同様。
この二つについての調査を行い、聖杯の回収または破壊を行うこと。
「要は
「身も蓋もない言い方をすれば、そうなりますね」
『うう、迂遠に責められてる気がする』
「大丈夫。今回もちゃんと、無事に帰ってくるよ」
『うん、その心意気だ立香くん。安心したまえ。この私が君たちの存在証明についてはばっちりサポートするんだからね。ついてはネロ帝やカリギュラ帝にあったときは、仲介よろしく』
「任された!」
『あー、もうなんかグダグダだけど、それじゃ行くよ!』
そしてついに、立香たちは新たな特異点の地に降り立った。
次話は日付が変わるころに投稿します。