戦場の空に、鮮血が宙を舞う。
「二度も暗殺を喰らうほど、余はお人よしではない」
赤い薔薇を胸から生やした
クルタの胴体を狙って繰り出された一撃。
宝具発動後に一瞬硬直したが、辛うじて右腕を差しこむことが出来た。
「ぐっ!」
『えぇ!?ウソだろ?!』
クルタの右腕は、確かにカリギュラの一撃を受け止めた。
しかしその威力は、腕が
宙を跳ねるクルタの体。
「攻めよ!ローマの
「くっ!」
カリギュラの号令に従い、包囲していた兵たちがネロへと攻撃を仕掛ける。
ネロの身を守るために、荊軻とエミヤの動きが封じられた。
クルタを吹き飛ばしたカリギュラが視線を向ける先はただ一つ。
ネロ・クラウディウス――ではなく。
「っ!」
マシュの背後から付いてきた、カルデアのマスター、藤丸立香。
肉薄するカリギュラ。
マシュは決断する。
「
盾の英霊としての本能が告げていた。
このカリギュラの攻撃は、宝具を用いねば防げぬと。
現れたるは、未だ理想に到達し得ぬ、不完全な城壁の如き、守護障壁。
それを揺るがす剛腕の一撃が、振り下ろされた。
「ウォォっ!」
「くぅっ!」
カリギュラは止まらない。
一撃、一撃、一撃。
連続で撃ちこまれる両の豪拳。
宝具に匹敵する威力の拳の雨が、城門を砕く破砕鎚の如く叩き付けられる。
余りの衝撃に打ち付ける手の皮が捲れているが、まるで構うことなく。
「シャアっ!」
「見えているぞ!」
止むことがないのではないかという連打は、クルタの攻撃によって終わりを告げた。
横一閃。
魔槍の薙ぎ払いがカリギュラの背中を襲うが、これを彼は跳躍して回避した。
膝を抱えて丸くなり、爪先スレスレを魔槍が通過していくのと同時、体を伸ばし、マシュの宝具を思い切り蹴りつける。
地面と平行になった体はクルタの下へと滑空。体ごと回転させるようなバックブローが、正確にクルタの頭を狙って放たれた。
カリギュラの攻撃を見て、直に触れて、その威力を理解させられたマシュは、脳漿撒き散らすクルタの姿を幻視した。
だが致命の一撃と言えど、当たらなければ意味がないのが道理。
大地に刺した脚部の棘を支点に、強引に地面へとその体を引っ張った。
空振ったカリギュラは追撃を仕掛けようとして、横から加わった衝撃によって吹き飛んだ。
勢いよく大地を滑ったカリギュラの体は、突然停止し、その場で素早く体勢を立て直した。
その体に、目立った傷は付いてない。
彼は体の埃を払いながら、自らを吹き飛ばしたものの正体を見つめた。
「なるほど。尾による一撃か。これは貴重な体験をした。例を言おう」
高々と挙げられたクルタの尾が怪しく揺らめく。
観察を続け、潰したはずの右腕が既に回復していることにも気づいた。
並大抵の傷ではなんら痛痒がないことをカリギュラは悟る。
マシュの宝具は解除され、クルタの隣へと並び立つ。
その背後にはやはり立香が立っており、そちらを一瞥したカリギュラは、今度こそ意識を目前に立つ二人のサーヴァントへと移した。
一方、立香たちも目前のサーヴァントに最大限の警戒を敷いていた。
聖杯を取り込み、膨大な魔力と拡大した霊基を得たクルタならば、なまなかな英雄ではまず相手にならない。
こちらの攻撃は常に必殺となり、反対に宝具による攻撃でしか手傷を負わない。
伝説にて最強と位置付けられた英霊――トップサーヴァントと呼ばれる者で、やっと戦闘が成立するだろう。
それでも、苦戦どころか、拮抗することすら、まずありえない。
これが以前、ロマニから告げられた台詞であった。
翻って、眼前の敵はどうだろうか。
クルタと確かな干戈を交え、未だ傷らしい傷を負わず、それどころか、決して浅くはない手傷をクルタに与えるほどの存在。
戦闘が成立し、まず間違いなく拮抗している。
カリギュラとは、それほどの武勇を残した人物なのか?
違う。ローマ皇帝として歴史に名を残しはしたが、そのような人物では決してない。
常時の聖杯戦争ならともかく、聖杯をその身に取り込んだクルタに、善戦できるような英霊ではない。
何故、クルタとまともに戦えているのか。
その答えは、他ならぬロマニから告げられた。
『間違いないっ!皆、気を付けろ!そこにいるカリギュラは、クルタと同じように、
「なっ……!」
睨み合う両者の空気を裂くような絶叫だった。
告げられた事実に、マシュが思わず呻く。
そう、単純明快な
敵もまた、聖杯という圧倒的アドバンテージを有していただけの話。
それだけの、単純で恐るべき理。
「ほう、余の中の聖杯に気付くか。姿を現さぬところを見ると、魔術師かなにかなのだろうが、なかなか優秀であるな。そして、そこの戦士もまた、余と同じく聖杯を取り込んだものであったか。なるほど。初手の一撃で腹を突き破れなかったのを不思議に思ったが、それならば合点がいく」
カリギュラは感心したように言葉を続ける。
「僅かながら手合せしたが、どうやら貴様はかなりの使い手のようだ。見たところ、その得物も大層な魔槍であるようだ。さぞ名のある英雄なのであろう。これはいかに余といえど、苦戦は免れぬな」
やれやれといった様子で首を振るカリギュラに、ロマニは声を荒げる。
『い、いや!それでもおかしいぞ!どちらも聖杯は取り込んでいるんだ。条件は一緒のはず。であるならば、皇帝である彼がクルタと白兵戦でまともに勝負なんて、出来るはずがない!』
「了見が狭いな魔術師よ。その言は合っているが、間違ってもいる。余は皇帝ゆえに、そこな英雄と渡り合えているのだ」
カリギュラ。
悪名としての面が強いが、その名は間違いなくローマ皇帝として列せられたもの。
その事実は、彼に一つのスキルを与えた。
それ即ち、【
英霊固有のものを除き、、本人が持ちえないスキルを、短時間ながら自らのものとして取得できる、破格のスキル。
皇帝として、この世の全てを手中に収めた者に相応しいと言えるスキルである。
ここに至るまでの彼の戦闘は全て、このスキルを駆使した結果だ。
【気配感知】のスキルで、クルタの接近に気付き。
【直感】が、魔槍の危険性を告げ。
【スケープゴート】を用い、その危機から逃れ。
【怪力】に【魔力放出】、【勇猛】、そして【もう一つのスキル】を併用し、クルタの右腕を粉砕した。
通常ならば持ちえぬことが出来ぬ豊富なスキル群。
それを用いて、彼はクルタという大英雄との戦闘を成立させていた。
強力なスキルであるが、使いこなすのは難しいスキルでもある。
膨大な数に上るその中から、最適なスキルを選択し、組み合わせることが出来る判断力は、他ならぬカリギュラ自身によるものである。
そのスキルを知らないカルデアの皆には、カリギュラの発言の意味は分からない。
だが、分かることがある。
「よく分からないけど、これは逆にチャンスなんじゃないの?だって、今目の前にこの特異点の
そう。立香の言う通り、聖杯が目の前にある。
カルデアにとって重視すべきはそこなのだ。
「他の色々なことは、倒してから考えよう!」
ならばこの好機を最大限生かすのみ。
「二人とも!奴を倒すぞ!」
「イエス、マスター!」
「言われるまでもねぇ」
マスターから指示が出た。
それだけで、二人のサーヴァントが纏う空気が変わった。
明確に、こちらを倒すべき敵として、気を漲らせた。
それを見てカリギュラは、ほう、と唸る。
何ら力を持たないマスターの一言で、こうも英霊に変化を与えるとは。
彼に興味を抱かせるには、十分な光景であった。
「ふむ。余に名乗る栄誉を与えよう。貴様らの名は?」
「……藤丸立香だ」
「マシュ・キリエライトです」
「で、こっちの怖い顔したお兄さんはクルタ」
「なるほど。いい名だな、リツカ、マシュ、クルタ」
顎に手を当て、満足げに頷くカリギュラ。
僅か、空気が弛緩する。
その間隙を縫うように、四条の刃が、立香の身へ迫る。
それらは全て、マシュとクルタによって叩き落とされた。
「やはり、簡単に
「随分なご挨拶だね。名乗ったのに、名前じゃなくて刃が帰ってくるなんてね」
「おや、余の名前を知らぬとは。何という無礼者どもだ。無知とは罪。首を刎ねられようと文句は言えまい。だがローマ皇帝が礼儀を知らぬと思われても癪というもの。よろしい、心して聞くが良い」
彼の身から殺気とは違う、王のオーラというべきものが溢れだす。
「余こそが、連合ローマ帝国の皇帝が一人。カリギュラである」
威風堂々。これが悪名と言えど、一国の頂点に立った者が持つ威なのだと、百の言葉以上に分かりやすく伝えていた。
「なるほどな。真っ先にマスターを殺ろうとするのが、テメェが言う皇帝のやり方ってわけだな」
「そう言うな、クルタよ。余としても気は進まぬが、余が最も忌避すべき事柄を回避できるのであれば、それを躊躇う理由など微塵もない」
王の威を纏ったまま、カリギュラの目線が立香を射抜く。
「リツカ。貴様を殺せば、人理は燃え尽き、この特異点もまた終局を迎え、ローマ帝国は消滅するのだろう。――ネロを殺さずともな」
彼は知っていた。
立香を殺せば、その時点で人理焼却が完了することを。
ネロを殺さずとも。ローマが終わることを。
愛する妹の子を手に掛けずに済むということを。
であるならば、カリギュラが立香を狙わぬ理由などない。
「ネロのためとはいえ、ネロを殺すのは非常に心苦しい。身が裂け、魂が砕かれるようだ。そんな時だ、貴様が現れたのは。これこそ天佑。ネロを殺めずに済むのであれば、余は喜んで貴様を殺そう。フジマルリツカよ」
――そのためならば、そこな
カリギュラから、先ほどの王気すら霞む、強烈な殺気が立ち上る。
「……下がってろ、マスター」
「マスター、私の背後から、絶対に出ないでください」
それに応じるように、二人の気配もまた濃くなっていた。
闘争の空気が場に満ちていく。
「その魔槍。素手で相手するにはいささかキツイものであろうな。だが、だからこそ振るいがいがあるというものよ」
両者の気配がぶつかりあい、膨れ、そして弾けた。
「この【
次回は、9/23の18時少し過ぎたごろに投稿します。