「ローマの民よ!余は!!帰ってきたっ!!!」
皇帝の帰還に沸き立つローマの民衆。
先触れにより、城へと続く街道沿いには、数多の市民たちが駆けつけ、ネロの登場を今か今かと待ち侘びていた。
あの戦闘の後、立香達カルデア一行は、ネロ・クラウディウス
「見るがよい!ここが栄華を極めたこの世の楽園、ローマであるぞ!」
その歓迎を受けた赤きドレスを纏う五代皇帝、ネロ・クラウディウスが、カルデア一行を迎え入れた。
熱烈な歓迎の余波を受け、立香とマシュは酩酊したような高揚を覚え、クルタとエミヤは何事もなく周囲の警戒を続け、フォウくんは人垣の向こうから漂う香ばしい匂いを堪能していた。
「うひゃ~!物凄い人気だね!」
『通信越しでも伝わるほどの熱気だね!確かに歴史おいても、ネロ帝の人気は凄まじいものであったらしいからね。納得だよ』
――ただ、晩年においては。
ロマニはこの言葉を飲み込んだ。
狂躁たる人の道は、結局城にまで続いていた。
入城を果たし、人々の喧騒も壁の向こうへと遠ざかる。
ネロ先導の元、カルデア一行と荊軻は執務室へと至り、そこでようやく静けさを取り戻した。
部屋に入るなり、ネロは立香達に向き直る。
「まずは感謝を。貴殿らの助力によって、余は再びローマの地に立つことが出来た。ローマは貴殿ら勇者たちを歓迎する。そして、あの時はろくに名乗り上げることも出来なかったが故、改めて名乗らせもらおう」
――心して聞くがよい。
「余こそが五代ローマ皇帝、ネロ・クラウディウスである!」
その堂々とした名乗りに、立香は彼女の叔父に当たる人物の姿と、彼との戦いのその後を思い出していた。
カリギュラとの戦闘後、新たに現れたランサー・レオニダス一世と激突。
手負いの皇帝を仕留めんとするクルタの追撃を、三百の勇者と共に阻止していた。
変則的であっても、防衛戦は彼らの得意とするところ。
伝承に謳われるとおりの粘り強さを発揮し、エミヤのバックスタブで斃れるまで、立香たちの進撃を阻み続けた。
まんまとカリギュラに逃げられたあと、立香たちはローマ兵を率いるネロ・クラウディウスと合流。
自己紹介もそこそこに、彼らはローマへの退却を始めた。
強行軍だった故、ネロは兵士たちの統率を取ることで一杯であり、行軍中にもロクな会話が交わされることがなかった。
その最中ロマニが『あれぇぇ?ネロ・クラウディウスが女性だったなんて聞いてないぞぉ』などとほざいていたが、あいにく特異点Fで
歴史とは、常に人々の想像を超え、ロマン溢るるものなのだ。
休息もそこそこの進軍、兵の疲労もピークを迎えていたが、その後は敵との遭遇もなく、恙なく数日が経ち、無事にローマに到着し、今に至る。
ちなみに、立香のカルデアでの
即ち、
自らの成長に喜びたいが、喜べない立香であった。
「じゃあ、こちらも改めて。カルデアのマスター、藤丸立香です」
「マスターのサーヴァント、マシュ・キリエライトです」
「……」
「……」
『姿を見せぬ非礼をお許しください、ネロ陛下。僕の名前はロマニ。そこの無口で人相が悪い二人は、マシュと同じサーヴァントで、それぞれクルタとエミヤと申します。皇帝ネロよ』
「うむうむ。リツカにマシュに、クルタにエミヤ、おまけにロマニと申すか。喜ぶがいい。貴殿らの名前を余の心にしかと刻んでおく故な!」
「はは~っ、身に余る光栄でございます、ネロ陛下」
「は、はは~っ」
ネロの発言に悪ノリを決める立香。そのマスターの姿に、マシュも思わず追従してしまう。
自分から視線を外し、マスターへと顔を向ける二人を見て、ネロは納得したかのように首を縦に振る。
「余の尊顔を仰ぎ見て、口も開けれず、視線を逸らしてしまうほど恥じ入るその心境。手に取るように分かるぞ。なに、貴殿らが格別の勇者だということは、この目でしかと見た。余が名乗ったというのに、自ら名乗らぬその無礼。本来なら不敬罪として打ち首物なのだが、特に赦そう。感謝せよ」
勝手に罪が決定し、勝手に沙汰が下り、勝手に許された。
発言がナチュラルに暴君である。
それでも反発心が生まれないのは、屈託のない彼女の人柄が成せる技か。はたまた太陽のような眩しい笑顔に、毒気が抜かれる故か。
「ついでと言っては何だが、私も自己紹介しよう。荊軻だ。アサシンのサーヴァントとでも言った方が、そちらには通じるかな?」
今度は、ネロの隣に立つ女傑が名乗りを上げる。
西洋ではなく東洋の召し物の通り、古代中国・秦の国にて、始皇帝の命を後一歩というところで取りこぼした義侠の人物である。
『まさか、あの荊軻も女性だったとは。うーん、こう言っては何だけど、その容姿なら、寝所に招かれてから刃を翳した方が、成功率は高かったんじゃ……』
「……っぷ。あっはっは!勘弁してくれ!流石の私も、あのような肉塊に抱かれるなど御免被るぞっ!」
『に、肉塊……?』
「ははは!そう、肉塊だ!」
ツボに嵌ったのか、彼女は腹の底から呵呵大笑し続けた。
酒は一滴も飲んでいないことを、ここに伝える。
「――さて、余としては感謝しかないが、それでも聞きたいことがある。最初、エミヤはとある事情により余らに合力すると申して居ったが、その事情とは一体何だ?」
荊軻の笑いに一段落着き、皆が着席したのを見計らい、ネロが切り出した。
それを受け、ロマニが説明を始める。
とはいえ、人理焼却や特異点という、およそ荒唐無稽な話をするわけにもいかず。
カルデアという組織に所属していること。連合ローマ帝国なる組織がカルデアと敵対していること。その組織が保有するとある聖遺物を回収または破壊しなければいけない事。そして、その組織の目的が、ローマ皇帝であるネロの殺害だということ。
説明の内容をまとめると、以上となる。
「なるほど。全てを
あえて黙した部分があることは分かってはいたが、そこには深く踏み込まない。
先の話にて分かったことだけでも、ネロとしては十分だった。
「すなわち、敵の敵は味方、というわけだな」
『はい。その通りです陛下。相手側の目的が達成されるのも、聖遺物の処理ができないことも、加えて言うならば、いたずらに時を浪費することすらも、我々の敗北となるのです」
「ほう。となればそちらは、短期での決着を望む、と?」
『それも、出来る限り早く、です。先ほど述べた三つの条件をクリアするには、陛下が率いるローマ帝国――便宜上、正統ローマ帝国とお呼びいたしますが、そちらに助力することが最善であることは明らか』
以上が、我々が陛下、ひいては正統ローマ帝国に協力する理由となります。
その言葉で締めくくる。
ロマニは絶対の自信を持ってプレゼンを終えた。
目的と結果、それを繋げる経緯まで完璧に理を整えたと。
「一つ、質問がある」
『はい、何でしょうか?』
「……あれは、何だ?」
先程までとはまるで違う歯切れの悪さであった。
『申し訳ありません。あれとは?』
「決まっておろう。――叔父上のことだ」
ロマニは一瞬、言葉を失った。
ネロはそれを気にせず、言葉を続けていく。
「叔父上は、まだ余が五つにも満たぬころ、この世を身罷られた。そのことを、余ははっきりと覚えている。そして先日、そなたらと初めて会ったとき、余の前に叔父上が現れた」
『そ、それは』
「初めは他人の空似かと思った。かつての影武者か誰かが、恥知らずにも叔父上の名を僭称しているのかとも。だが」
奥歯を噛み締める音が、室内にやけに響いた。
俯いたその表情は、ローマに帰還する間の時に見せたものと同じく。
あまりに理解不能で不快な事実。決して認めたくないが、認めざるを得ない事実を、噛み砕き、飲み込まんとする表情であった。
「だが、あの声音は、あの気配は、あの笑顔は。間違いなく叔父上のものだった。幼い時の余に向けられたものと、まったく同じであったのだ。そう、威厳と慈愛に満ちていた叔父上が、そこに居たのだ」
――そして、ありし日の時と同じく、優しい口調で、わ……余を殺すと、言っていた。
上げた顔には、まるで泣きそうな表情が張り付いており。
先ほどまで見せていた爛漫とした皇帝の姿はなく、まるで親とはぐれて怯える幼子のような少女が、そこに居た。
「なあ?何か、知っているのではないか?貴殿らが現れた時と同じくして、叔父上が現れたのも、何か、関係があるのではないか?」
『そ、それはですね……』
「うん、あるよ」
ロマニが言い淀む中、立香がきっぱりと言ってのけた。
「俺たちが求めている聖遺物――聖杯には、人類史に名を遺した偉人を召喚する能力がある。おそらくあのカリギュラって人も、それを使って呼び出されたんだと思う」
「……
「違ぇ」
「違う」
ここで初めて、クルタとエミヤが口を開いた。
「テメェの身内は死んだままだ。生き返ったわけじゃねぇ」
「姿形は同一であり、死ぬまでの記憶を持ってはいるが、あくまでそれは生前のコピーでしかなく、死ねば灰すら残さず消滅する、身元不確かな存在なのさ。サーヴァントというのはね」
「サーヴァント?……っ!」
その単語に弾かれたように、荊軻の姿を見つめる。
彼女は知られたくなかったことを知られたように、苦笑を浮かべた。
「で、では、詰まる所、あの叔父上は偽物、ということでいいのか?」
「さてね。偽物とは言ったが、それはあくまで定義の話であり、魂とでも言うべきところは本物と言っても差し支えない。それを決めるのはアンタ次第といったところだ」
「偽物であり、本物でもある、か。中々難儀なことを言ってくれる」
言葉とは裏腹に、聡明なるネロは事態を把握している。
完璧な同一人物ではないが、全くの別人でもない。
つまり、今この世に居る誰よりも、あのカリギュラは
であるならば、彼が持っていた自身への殺意は、生前にも持っていたものなのではないか。
それはいつからなのか、最期の瞬間か、膝の上で話を聞かせてくれた時か、それとも、生まれた瞬間からなのか。
どんどんと思考がマイナスの方へと流れていくのが、彼女に分かった。
「奴は今、サーヴァントだ」
それに歯止めをかけたのは、クルタの言葉であった。
「サーヴァントはその名の通り従者だ。テメェの考えだけじゃなく、
『そ、そうそう!それにあのカリギュラ帝には聖杯が埋め込まれていた。それを使えば正気を失わせたり、人格を歪ませたり、意思を無視して操ることだって出来る!むしろ、そうされてる可能性の方が高い!』
クルタの言葉に乗っかって、ここぞばかりにロマニは捲し立てる。
嘘は言っていない。
ロマニは確信している。聖杯がカリギュラに何らかの作用を働いていることを。
「そう、か。そうなのか。……うむ、分かった。そうと決まれば話は早い!叔父上が操られているなら、余はそれを解放する!」
「そうだな。心配するなネロよ。その時が来れば、私がカリギュラ帝の首を獲ってきてやろう。あの者はかなりの猛者であったが、ならば尚の事、私の命をくれてやるに相応しい」
「うむ!頼りにしているぞ荊軻!そして、この神聖ローマ帝国に仇なし、叔父上を操る者たちを誅すのだ!」
ネロは残った違和感や疑問を飲み下し、気弱になってた自分を隠し、皇帝としての顔を取り戻して、気丈に判断を下していた。
「だが敵は巨大だ!リツカ!マシュ!クルタ!エミヤ!ついでにロマニ!カルデアの皆、先の提案、飲ませてもらおう!余と共に戦ってくれ!」
「ああ!勿論!」
「精一杯協力いたします。ネロ陛下」
「フン」
「言われずとも」
てんでバラバラだが、戦意に満ちた声が部屋の中に谺した。
『何で僕はついでなのかなぁ』
一名除いて。
次回は10/8(火)昼12時ごろ投稿予定です。