協力を取り付けたカルデア一行は、より詳細な戦況を聞き出す。
「なるほど。戦況は一進一退。五分と五分だったというわけですね」
「ああ。向こうには戦上手な奴が居て、下手に手を出すと痛い目を見てな。しばらく膠着状態だったのだ」
「そこで余が直々に指揮を取り、事態の打破を試みた。当初は上手く言った。客将らと連携し、敵軍を徐々に食い破っていった。そんな折に現れたのが、叔父上――カリギュラだった」
破竹の勢いで進んでいく正統ローマ帝国軍。しかし今思えば、それすらも敵の策のうちであったのか。
敵陣深くまで喰いこんだところで、かのカリギュラが暴威を振るった。
正面から堂々とネロのローマ兵たちを打ち倒し、勢いを止め、その勇猛ぶりに背を押され連合ローマの兵の士気が奮い立つ。
その驚異的な猛攻を抑えるため、連合ローマ帝国の客将が一人、呂布が、カリギュラと戦い、そして討たれた。
それを機に、正統ローマ帝国の軍団は瓦解。二人の客将は殿を務め、ネロは荊軻と共に戦線を離脱していく。
道中思わぬ手助けもあり、カリギュラ率いる連合ローマ帝国の猛追を上手く躱していたが、遂に捕捉されてしまい、囲まれた。
カルデアが現れたのは、そんな絶体絶命の状況に置かれた時であった。
そう。先ほど、まるで凱旋パレードのような雰囲気で出迎えを受けていたが、真実は全くの逆。
徹頭徹尾、一部の言い訳もない、完全なる敗走であった。
「余が討ち取られていたかもしれない状況でありながら、五体満足で帰ってきた。これはもはや勝利である」
愛すべき偉大なる皇帝陛下のお言葉である。
「こうやって振り返ってみれば、そなたたちが現れたのはまさに天佑。改めて礼を述べておかねばならんな」
「俺のことは別にいいけど、仲間たちを褒めるのはどんどんやってくれていいよ」
ネロの謝辞を、フランクな口調で受け取る立香。
最初からではあるが、立場とか肩書とか考えれば噴飯ものの言葉遣いである。
だがネロはそれを逆に面白がり、その発言を許していた。
彼女の立場を考えれば、このような口調で話しかけてくる人物など激レア以外の何物でなく、気兼ねない彼の調子を、ことさら気に入っていたのだった。
「うむうむ。そなたらのような勇者たちの活躍は、余の心をいたく震わせる。特にマシュよ、遠目からであるが、見事な武者振りであったぞ。可憐でありながらまさに大木を思わせるその盾捌きに余は感服致した。そなたが良ければ余の側室にすることもやぶさかではないが、どうだ?」
「そ、側っ!?」
「その通り!余の隣で余を守り、そして共にこの世の栄華を味わわせてやろうぞ!なに、遠慮することはない。とりあえず向こうの部屋に行って――」
「い、いえ!申し出は大変ありがたいのですが、私はすでに先輩で間に合ってますので!」
「なんと!?既にそのような仲であったというのか!?未だ接吻すらしておらぬ清い身であると踏んでいたのだが」
「え?あ!いえ!そういうことではっ!」
止まらぬセクハラ発言で、場の空気はややピンクに色づく。
一世紀を生きる彼女に2016年代の倫理観などあるわけないが、場の空気を無視して自らの欲求を優先させるのは皇帝ならではなのか。
「これよさんか。まったく、本当にお前は節操がないな。私にも同じことを言っていただろう」
「おや、嫉妬であるか?気にすることはないぞ。ローマ皇帝たる余の度量を持ってすれば二人を同時に愛することも――」
「話に戻れ色ボケめ」
ネロの額に荊軻のチョップが振り下ろされる。
ただのチョップと侮ることなかれ。
サーヴァントが放つ一撃。その威力を知ろしめすように、鈍く重い音が部屋に響いた。
「ぐぉぉっ!頭痛が!余の頭痛が加速する……!」
「バカなことを言っているからだ」
荊軻は思わず溜め息を吐く。
そんなやり取りを無視し、ずっと地図を眺めていたエミヤが口を開く。
「現状を把握したい。この戦場でこちらはどれほどの損害を被った?また、殿を務めていたのはサーヴァントだな。そちらは無事なのか?敵軍は一体どこまで進軍しているんだ?」
その質問に居住まいを正したネロがスラスラと答える。
兵力の損耗は二割程度であり、これは想像以上に少なかった。
カリギュラの猛攻で大きく数を減らしたかと思われたが、その彼自身がネロの追跡を優先しすぐさま戦場を離脱。
敵兵も勢いに乗って攻め立ててきたが、二人の
以上の結果、兵の損耗を大幅に抑えることが出来たのだ。
カリギュラという
現在は戦線をマッシリアからメディオラヌム周辺――現在のマルセイユからミラノ――にまで下げている。
二人のサーヴァントも、現在はそこに陣を張っているとのことだ。
無論、痛手ということには変わらないが、それでも戦線は維持できており、軍隊として機能させるには十分なだけの数が残っている。
そしてこちらには少数だが
劣勢を跳ねのけるには十分な材料が揃っている。
絶望的な状況を想定した分だけ、肩透かしを食らった気分であった。
実際は、
ここで、立香が疑問を挙げた。
「ねえ、カリギュラが直ぐに追撃してきたって言ってたよね。それなのに、どうやって
素朴ながら、大きな疑問であった。
彼らはカリギュラの力を直に見たわけだが、まさに驚異的という言葉に尽きるものであった。
兵を率いていたとはいえ、彼ならば逃走するネロにすぐさま追いつき、その命を摘み取ることなど造作もないことだと思えた。
「最もな疑問だが、その答えは簡単だ。私たちを助けてくれた奴が居たのだ」
「……そうだった。あの者もそなたたちカルデアの者であったのだろう?」
「え?」
その発言に驚きの表情を浮かべる立香とマシュ。
自分たち以外のカルデアの人間などこの場に、いや、特異点に来てるはずがないからだ。
「違うのか?その者は余らを助けただけでなく、我々が出会ったあの場へと導く助言を授けてくれたものだから、てっきりそなたたちカルデアに所属するものだったのではないかと。むぅ……」
「その方はどんな人物だったんですか?」
「いや、それが私たちにも良く分からなかった。姿形が闇に包まれているようでな。雰囲気や口調は男のものだったと思うのだが」
ネロを助けた謎の人物。
彼女たちが語るには、その者は逃走ルートを指示したのち、その場で一人逆走し、カリギュラへと立ち向かっていき、その後、逃げる彼女たちの背後では多くの兵士たちの悲鳴と、激しい衝突音が聞こえたそうだ。
ロマニも含めて話し合ったが、結局正体は分からずじまい。
状況から類推して最終的に、この特異点に召喚された野良のサーヴァントが助太刀に入ったという結論に至った。
そのカリギュラから長く時間を稼いだことから、かなり強力なサーヴァントだと推測されるが、ネロが追いつかれた所から、そのサーヴァントは既に消滅している可能性がかなり高い。
立香とマシュはその声すらも知らぬサーヴァントに黙祷と感謝を捧げた。
「なるほど。随分と運がいいことだ。その何者かの介入がなければ、僕らが何かする前どころか、到着する前にジ・エンドだったというわけか」
「……運ねぇ」
「何だ?言いたいことでもあるのか、光の御子さん」
「いや、何やら上手くいきすぎだと思ってよ」
「……確かに。だが考えたところで答えが出る類のものじゃあない。考えるだけ時間の無駄だ」
「そうだな」
そんな二人を横目に見ながら、淡々と話し合うエミヤとクルタ。
二人は戦場における運というのものを軽視していない。才があろうが智慧があろうが力量があろうが、運がない者は時にあっけなく死ぬ。
その上で疑問が行く。この流れの良さに。薄紙一枚の頼りなさではあるが、破綻させなかったその正体不明のサーヴァントの正体に。
そして、考えるのを止める。
エミヤが言うように、そのサーヴァントに会えないのであれば、考えたところで答えが出るものではないからだ。
二人の思考は次なる戦場にシフトしていく。
「それで、次はどうすんだ?こちらから攻めて
「さてね。彼我のサーヴァントの実情から判断するべきなんだが。マスター、アンタはどうするつもりだ?」
エミヤはここで立香に話を振った。
彼からすれば、立香はまだ信用するに値していない。
人間としては好ましい人柄であり、信頼に値する。
だが、ここは戦場であり、彼はその戦地を共に駆け巡るマスターなのだ。
戦士として、戦う者として信用ができるのか。
出来なければ、シールダーの背後でただの
――お手並み拝見だ。人類最後のマスターさん。
そんな事とはつゆ知らず。
意外と話が通じている二人のサーヴァントに驚きつつ、立香は口を開く。
「とりあえず、その前線に行ってから決めよう。実際その二人のサーヴァントに会わないと、分かんないし」
場所を現場に移すという提案。
それ自体は間違いではない。
ここでグダグダと言ったところで、それは所詮机上の空論。
現場のことを知るには現場が一番だというのはエミヤも分かっている。
しかし、それではダメだ。
少なくとも――。
「ただし、俺個人の方針としては、攻め入るのがベストだと思う」
――少なくとも、最低限の方針を出すべきなのだ。
攻勢なのか守勢なのか、どちらを優先するべきなのか。
それだけは現時点ではっきりさせておくべきなのである。
向こうに着いた途端、即戦闘。話し合う時間など端から存在しないという事態も、十分にあり得る。
そうなった時、
無論、ただ何となくという理由で決められても困る。
その点今の立香は、攻め入るべきいくつかの理由を並べている。
カルデアの増援による戦力の増加により、先の戦場より優位に戦況を運べる可能性があること。
聖杯によって、向こうはサーヴァント並びに、兵たちの補充が容易にされる可能性があることなどだ。
十分とは言い難いが、状況に流されるだけでなく、しっかりと自分の考えを持って動けている。
この極限状態の中で、自分を見失わず動けるというだけで、評価に値する。
兵士として最低限には、だが。
「クククッ」
「……何が可笑しい」
「いずれ分かる」
含みを持たせた発言だ。
好いてはいないが、戯言を繰るような奴ではないと理解していたエミヤは、その言葉に訝しむ。
「余もリツカの案に賛成だ。今度こそ、ローマを騙る者どもに天罰を下してやろうぞ!……だが」
そこで言葉を切ったネロは、周囲を半目で睨みつけて――。
「だが、余は、眠い。そりゃもう物凄く、眠い。なので、進軍は、余の、ではなく、皆の疲れが、取れてから、ということで」
――訂正。ただ眠そうにしていただけだ。
その言葉に、立香も大きな欠伸をする。
だがそれも当然だ。
ローマに至るまでの強行軍。ろくに眠ることすらできていない。
立香もそうだが、ネロは彼の倍以上の日にち、逃走を続けていたのだ。
疲労もピークを迎え、話すべきことも終わり緊張の糸も切れた現状、眠りに誘われるのは仕方がないことであった。
「皆に、部屋は、用意して、ある。そこで、休むが、いい。マシュよ、明日は、余の、自慢の、テルマエに、一緒に……」
言葉途中で、ネロは夢の中へと旅立って行ったのだった。
「マシュ、部屋まで、運んで、く……」
立香もまた同じく眠りに落ちる。
マシュと荊軻は、仲良く椅子の上で眠っている、二人の気持ちよさそうな寝顔に、思わず苦笑を浮かべるのであった。
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