「それがどうしたの?」
『えぇ……?』
立香のあっさりとした答えに、ロマニは困惑した。
所は現在ローマの外。帰還後数日の休息を経て、先の戦争で残った軍が待機しているという場所へ、援軍と共に進行していた。
ネロは全体の指揮を執るため傍に居らず、彼女の傍には荊軻と、姿を隠したエミヤが護衛として張り付いている。
そのため、立香の周囲にはローマの兵士を除けば、マシュ、クルタといういつもの面子のみがいるばかりであった。
先程ロマニが語ったこと。それは『バーサーカーたるカリギュラに理性があるのはおかしい』という点。
それについての返答がこれである。
だが
彼が最初に認識したバーサーカーはクルタ。
凶暴でぶっきらぼうでつっけんどんな面が目立ちはするが、普通に話せる。会話ができる。つまり理性がある。
幼少時から数多くの友人を持つ立香からすれば、精々がちょっとグレてキレやすくなったヤンキー程度の認識であったのだ。
フランスにおいても同様だ。清姫もバーサーカーであったが、ちょっと重い――もとい、思い込みが強すぎるだけで、狂っているとは到底思えず。
敵として出てきたバーサーク・サーヴァントも、なんやかんや言葉や意味が通じていた。狂人と言えるファントム・ジ・オペラやジル・ド・レェとは会っておらず。
立香が出会った中で、まともに
以上の結果、立香にとってバーサーカーの定義は決定された。
すなわち『狂戦士とは名ばかりの、全然狂ってないのがバーサーカー』なのだと。
ランスロットなんてむしろ、『本当に狂ってるバーサーカーらしくないバーサーカー』だとすら思ってるのだった。
『えー?あー、うん、そうなのかなー?』
そう説明されたロマニは、反論しようとして、出来ない。
サンプルが多いとは言えないが、言われれば確かにと思うしかなかったのだ。
そして思うのだ。『狂化仕事しろ』と。
「ですが、肉親を自らの手で、進んで殺めようとするのは、狂っていると言えるのでは?」
そんな中、マシュは疑問の声を挙げる。
彼女の常識の中では、血の繋がった人物を殺すのは並大抵のことではないと刻まれている。
苦悩した様子を見せれども、それを望んで行うのは、狂っていると言えるのではないか。
そんな疑問を、クルタは鼻で笑う。
「人間なんざ、テメェの地位や権力に対して邪魔だ不都合だと感じたら、誰であろうと殺そうとするさ。それが仲間だろうが肉親だろうがな」
「で、ですが……」
「でももクソもねえ」
歴史を振り返れば元より、肉親を殺した例など枚挙に暇がない
今回も、その前例の一つになる。それだけだ。
権力闘争において、骨肉の争いなど珍しくもなんともないことなど、マシュも知る所である。
だが、知ることと実感することは、全くの別物でもあった。
そして、マシュは思い出す。
皇帝カリギュラ。その血と裏切りに塗れた歴史を。
「それをさせないために、俺たちが居るんだよ。マシュ」
「っ!はい、そうですねマスター」
俯かせていた顔を上げる。
そう。自分たちは皇帝ネロを守り、ローマを守り、人理を守る。
その結果、カリギュラを斃すことになるだろう。
だが、それでも、ネロとカリギュラを殺し合わせるより、ずっとマシだ。
成すべきことをはっきりしているのだ。
「俺たちで、カリギュラを止めよう」
※※※
「クルタなる槍使いの英雄、か。聞いたこともないな」
「そうか。其方が分からぬことなら、最早どうしようもあるまい」
とある城塞の一室。そこに集まるは連合ローマ帝国が皇帝たち。
先のカルデアとの一戦、その詳細についての報告と対策が協議されていた。
その中で特に詳しく語られたのが、カリギュラと矛を交え痛み分けへと持ち込んだ英雄、クルタについてである。
ネロを助けるための時間を稼いだ正体不明のサーヴァントについても報告していたが、そちらについての興味を持つものはいなかった。
脅威ではあったが、
「宝具の名前からして、ケルトやガリアの伝説や神話に属する英雄なのだろうがなぁ」
クルタの情報は、委細漏れなく伝えられていた。風貌、力量、聖杯の存在、そして英霊その者と呼んでも過言ではない宝具。
されど一同に会するローマ皇帝たち――とはいえ、残るは既に三人のみ――には、とんと見当がつかないでいた。
召喚されたサーヴァントは、その地域や時代における基礎知識が世界から与えられる。
特異点においてもそれは変わらないのだが、皇帝たる彼らにとってこの
精々が生前と現在との時代による差異が知れる程度であるが、それすら皇帝たちにとって然して意味を成していなかったが。
「ケルト共の神話か。だが其方が生前聞いたことのないのであれば、ガリア周辺ではなく、ブリタニアのさらに向こうの島国に伝わる英雄なのかもしれんな」
カリギュラが腕組みをし呟く。
ガリアを侵攻しケルト人の文化に一番触れたであろう男が知らないと言った以上、その正体を掴むのは不可能であると悟ったのだ。
ローマ皇帝の彼らが知らぬのもの無理からぬ話。
ローマ帝国が統一した版図の中に、アイルランドは含まれていない。
その地を支配するケルト人たちとの交流も、また略奪と闘争以外にはなく。
結果クルタ――クー・フーリンの活躍や伝説は、未だローマに届くことはなかった。
故に、この
「クー・フーリンだ」
だがそこに待ったの声が掛けられた。
「魔槍ゲイ・ボルクを携える英雄。スカサハの可能性も考えられるが、男であるならばまず間違いなく、ケルト神話がアルスターサイクルにて最大の英雄、光の御子クー・フーリンだと考えられる」
言葉を紡ぐのは、この場にてオブザーバーとして参加を許された二人の英霊の片割れ。
長身痩躯。赤きコートを身に纏い、秀麗な相貌を険のある表情で覆っている男であった。
「ほう。軍師殿はその英雄について詳しく知っているのか?」
「その通りだ
ユリウス・カエサルの質問に是と答える。
古代中国・三国志の時代の大軍師、諸葛孔明の器となった彼、
彼の知識は、この特異点に収まらぬ。
通常のサーヴァントであれば、例え未来から呼ばれていようと、その知識に制限が掛けられていただろう。
だが彼は疑似サーヴァント。その肉体は
この時代を生きる者たち。この時代に呼ばれたサーヴァント。彼らが知らぬ知識、知るべきではない知識を消されずに持つのも、全ては未来を生きる人間の肉体を利用した、疑似サーヴァントという特殊性ゆえだ。
「いやはやなるほど、凄まじき英雄だ。それが真実ならば、個人の力量では到底叶わぬだろうな」
クー・フーリン伝説を聞き終えたカエサルの評がそれだ。
武勇という点においては、この場にいる誰も敵わないだろうと。
「そうでもない。現に、余は戦えた」
その言に待ったを掛けたのは、実際にクルタと戦った皇帝カリギュラ。
激情を交えることなく、冷静に、冷徹に、事実を述べた。
「そうだ。伝説では比較にならんほどの武勇を持つ人物であっても、カリギュラは互角に戦えた。何故戦えたのか?それこそが恐らく――」
※※※
「――知名度補正と、土地補正?」
『そう。言うなれば、だけど』
立香たちの話題は、自然とカリギュラへの対策にシフトしていった。
そこでマシュは抱いていた疑問を口に出していた。
マシュが知るカリギュラの伝説や逸話において、その武勇はさして語られていない。
幼少の砌より父が率いる軍に帯同し、『
幾多の困難と怪物、戦争を潜り抜けてきたクルタとは、はっきりと言って物が違う。
同条件の戦いにおいて、クルタが苦戦することはないと言える。
だというのに、先の戦闘では、両者痛み分けの結果に終わった。
その疑問に対しての答えが、ロマニが語るところの二つの補正である。
『英霊とは、人々の信仰や願いによって成り立つものでもある。その英霊の存在を知っている人が多ければ多いほど、その英霊は力を増すんだ。これが知名度補正。この古代ローマ帝国という時代と地域において、先代皇帝たるカリギュラの知名度なんて、語るまでもないだろ?』
それだけではないとロマニは語る。
その英霊の舞台となった場所、すなわち土地と縁が深いほど、その力はさらに強化されていくと。
『つまり英霊、ひいてはサーヴァントという存在において、カリギュラ帝は、最大限の恩恵を受けているに他ならない』
「なんか、ズッルー」
ズルいと感じるのもむべなるかな。
この特異点において、クルタはその二つの補正を受け取ることができない。
より正確に言うと、カリギュラと比べると微々たる程度しか受け取ることができないのだ。
同じ時代の日本で戦うことと比べたら、幾分かマシ。その程度である。
されど、クルタは特に何も感じない。
「気にするな。皇帝も怪物も変わらない。殺せば死ぬ。それだけだ」
狂った槍兵は語る。
興味がなく、無感動に。
怪物だろうが、皇帝だろうが、英雄だろうが。
如何様にも殺すのみだと――。
※※※
「――そうだ。つまりサーヴァントであるならば、いかな大英雄とて、殺せるということだ。如何様にもな」
ニヤリと、ローマ帝国史に燦然と輝く政治家であり、軍略家である彼は笑った。
ローマ帝国の滅亡を目指さんとする現状に不服とする所はある。だが斯様な英雄を前にして心躍らぬわけはなし。
ならば、それを打倒するために全力を振るうのに是非もない。
「案ずることはない。天の時は今まさに。地の利は我らにあり、人の和ならば私が
大言壮語である。確証もない。だがその言葉に不思議と説得力が伴うのは、彼が扇動家とも呼ばれる所以のなのかもしれない。
「さて、貴重な話をありがとう軍師殿。ここから先は我らのみで話し合うとしよう。貴殿たちは下がっていてくれたまえ」
「おや、聞かれて困る話でもあるのかい?」
退出を促された者の内、小柄な少年が問いかける。
隣に立つ長身痩躯の部下と比較すると殊更小さく見えるはずだが、その身に纏う覇気が、そうとは感じさせない。
歴史に名を刻んだ偉大なる王のみが醸し出せるその気配に、何よりその真名に、さしものカエサルといえど敬意を払う。
「偉大なる
「なるほど。他所の王様は口を挟まず黙って出ていけ。そういうことだね」
「はははっ。解釈はご自由に。ですが先も述べたように、ここはあくまで我らの国、連合ローマ帝国。速やかに退出されよ。……それとも、この国を征服せんと欲するのかな?」
「ははっ。それもいいかもね」
その言葉と共に、部屋に剣呑な空気が満ち、せめぎ合う。
いや、殺気を出しているのはカリギュラ帝、ただ一人であったが。
「けど、あいにく僕が欲しいのは、こんな小さな
一層強く向けられる殺気。それを受け止め、無視し、踵を返すアレキサンダー。
彼の背後を守るように、ロード・エルメロイⅡ世が付き従った。
「気を静めよ」
征服王とその臣下は部屋を後にしたあと。
最後の皇帝が、口を開いた。
言葉に従い、すぐさま気配を納めたカリギュラ。
カリギュラとカエサル。その二人の視線が、その皇帝へと向けられる。
「彼の大王の言葉も最もよ。なぜなら、我らが手で終わらせるのだからな――我が愛しいこの
その皇帝は尊大に、気高く宣言した。
憎悪と――それ以上の愛情を持って。
次回更新は、明日10/23、12時ごろを予定してます