「話を戻すぞ。感じられた気配からして、敵陣営内には少なくとも五人のサーヴァントが居ることが予測される」
ネロが落ち着きを取戻し、空気が改まった幕営内にて、荊軻の報告を一同は黙って聞いていた。
敵方にもアサシンのサーヴァントが居る可能性、また聖杯による追加召喚も考えられるため、いざ戦争となると、もしかしたらそれ以上の数のサーヴァントがいるかもしれないと、エミヤは補足する。
「その五人についての情報は?」
「断片的情報のみに留まっている」
二人の諜報活動を阻害した要因に、カリギュラの存在が上げられる。
皇帝という立場でありながら自ら動き回り、目を光らせていたからだ。
カリギュラという
事実、その懸念は正しい。
彼が発動させる【気配察知】のスキルは、
クルタの奇襲の経験から、彼は絶えずこのスキルを発動させていた。
結果、二匹のネズミが庭に忍び込んだことを察知したカリギュラが、こそこそと情報を盗まんとする
幸いにして、気配遮断のおかげで詳細な位置まで掴まれることがなかった故、二人は生還を果たすことが出来たのだった。
もし、欲張り近づこうものなら、忽ちのうちに看破され、その躯を晒していただろう。
知れず行われた命懸けの偵察は、こうして終了を告げる。
「流石に纏う気配が他とは違いすぎた故、カリギュラから距離を取るというのは、然程難しくはなかったがな」
「だが、詳細な情報を得ることは出来なかった。防諜としての役割は果たしたのさ。本来なら兵士たちの会話から、どんな皇帝が居るか把握する予定であったが、それも叶わなかった」
「じゃあ、他にどんなサーヴァントが居るのかは、分からずじまい?」
立香の質問に、荊軻は首を横に振る。
「聞き取ることはできなかったが、読み取ることは出来た」
そう言って、唇に手を当てる荊軻。
読唇術によって、僅かながら会話の内容を把握することが出来たのだ。
「敵にはかのガイウス・ユリウス・カエサル。そして“
『カエサル!こりゃまたビッグネームが出てきたな!いわば戦争の達人だ!いざ争う時には、十二分に気を付けた方が良さそうだ。それで……末帝、だっけ?ローマにそんな皇帝いたっけ?古代中国の皇帝のこと、ではないよなぁ。マシュは?』
「すいませんドクター、私にも心当たりはありません」
カエサル。
その知名度たるや、世界の裏側まで轟く、まさにローマを代表とする偉人。
かの九偉人に名を連ねる、大英雄である。
しかし、ロマニたちの知識にも、末帝なるローマ皇帝の存在は知らない。
もしかしたら、帝政ローマに幾つもあった王朝最期の皇帝の誰かが呼ばれているのかも。
そう予測したロマニであったが、それは口にしないことにした。
そんなことを言えば、またネロが混乱するやもしれないからだ。
「む。今のローマを形作ったとも言われるかのカエサル候が、まさか敵陣にいるとは」
「仕方ないよ。サーヴァントってのは、そういうもんだ」
「左様。そしてその身が圧政者であろうと、それ以上の圧政に虐げられているのならば、それもまた叛逆の徒とならん。その軛を外すため動くのも、これ叛逆である」
「そうそう。そのカエサルだって、きっとローマを滅ぼしたいわけじゃないさ。俺たちでそれを止めるんだ。それが叛逆だ」
『ちょ!?立香くんがなんか染まってる!?』
立香のコミュ力が留まる所を知らない。
意思疎通が難しいスパルタクスの言わんとする所すら、彼には読み取れていたのだ。
より一層、バーサーカー=意思疎通できる者という認識が強固となっていくのであった。
「うむ!であるな!祖となる先達だちを助けることが出来るのは余らだけなのだから。そして、敵が彼のカエサル候であるならば、時を与えることは上策とは言えぬ。ゆえに今より三日後!部隊の再編を終え次第、我らローマ帝国は敵軍に向けて進軍する!」
ネロは覇気を込めて宣言する。
「戦場での兵の指揮は余とブーディカが執る。皆もその指揮下に入ってもらうが、敵対するサーヴァントたちが現れた場合、その撃破を優先するべく動いてくれ。特に、叔父上……カリギュラに関しては、クルタ、貴殿に頼みたい」
「言われるまでもねぇ」
当然のように応えるクルタ。
実際、この場において、聖杯を取り込んだカリギュラと互角に戦えるのは、同じく聖杯を取り込んでいる彼だけなのである。
「リツカ、そなたはその際、サーヴァント達に指示を出してくれ。そなたの方が経験があるのだろう」
「分かった、任せてよ」
サーヴァントへの指示。それはマスターの本分とする所。
立香に否はなかった。
「こと兵力という意味では、我らが劣っているかもしれん。だが案ずるでない。最後には我々が勝つ!何故ならこのローマ皇帝、ネロ・クラウディウスが居るが故に!」
こうして、正統ローマ帝国の進軍は決まった。
その日の夜。
立香は陣営内部を出歩いていた。
篝火のみを光源とした不確かな視界の中で、ぼうっとしたかのように頼りない足取りで歩を進める。
夜空を見上げ、当て所なく彷徨う彼には、周囲への注意というのがまるでなかった。
「オイ、テメェは一体何してやがる」
己一人だと思っていた所に突如として声を掛けられ、ビクリと肩を震わせながら振り返る。
そこには、闇に溶け込んでしまいそうなフードを被り、闇の中で尚赤く輝く魔槍を携えるクルタの姿が。
「なんだ、クルタか」
「なんだじゃねぇ。テメェは何一人で出歩こうとしてやがるんだ。さっきからうろちょろしやがって。マスターとしての自覚はねぇのか?」
声の主が自分の知る人物であることに安堵の息を吐く少年と、戦地にて単独行動を取ったことへの怒りと呆れを抱く青年の姿が、そこにはあった。
「はは、ごめんごめん。なんかちょっと、寝付けなくてさ」
「ほう。テメェでも何か気負うことでもあんのか?」
クルタは意外なことを聞いたとばかりに、歯を剥いた笑みを浮かべた。
「なにその“俺でも”っていうのは。酷くない?」
「ファヴニールに物怖じせず突っ込んだ野郎にゃ妥当な評価だ」
彼の知るマスターとは、人懐っこく、物怖じはするが自己を見失わず、緊張とは縁が遠い
勇者であっても戦士でなく、礼装は使えど魔術師ではなく。指揮官であっても将ではない。
まさに、マスターというべき存在であった。
そんな風に思われている少年の顔色は、しかし優れない。
「なんかさ、俺って、都合がいいなぁ、って思っちゃってさ」
「……何の話だ?」
彼の言っていることに、クルタはまるで要領が掴めない。
立香は苦笑を浮かべ、篝火を見つめる。
明かりが強すぎるのか、その目元は細く引き絞られ。
紅蓮の炎が、立香の顔を赤く照らしていく。
「冬木の時は、とにかく無我夢中だった。周りは火の海だったし。気にする余裕もなかったんだと思う。出てくる敵も骸骨だったり、人影みたいなのが大半だったし。生き残ろうとするのに、とにかく必死だった」
次いで、夜空を見上げる。
夜であっても光帯は燦々と輝き、星の光を塗り潰していた。
「オルレアンの時にも、特に何も感じなかったんだ。多分、サーヴァントっていう存在を詳しく知ったから。戦う相手は全てがサーヴァントだったから……もう死んじゃってる人が相手だから、気にすることなく戦うことが出来たんだ。死んでる人を殺すことなんて、出来ないから。心のどっかで、そんな風なことを考えてたんだと思う」
そして、陣営内に設けられた、幾つものテントへと、視線を動かす。
「でも、今度戦う相手は違う。サーヴァントだけじゃない。この時代を生きている人を相手に戦い、そして、命を奪う」
戦争。
ネロに告げられた言葉は、立香にその事実を突きつけた。
「サーヴァントも人の姿をしているのにさ、彼らを斃すのに何も感じなくて、この時代を生きる兵士を殺すことに、こんな悩んじゃってさ。都合がいいでしょ?」
クルタは聞き捨てることなく、鼻で笑うことなく、淡々と事実を告げていく。
「俺たちは既に、この世界の人間と戦い、殺しているぞ」
カリギュラとの対峙時に、クルタの槍は、エミヤの銃は、すでにこの時代に生きる人の命を奪っている。クルタからすると、今更な話なのだ。
立香は苦笑を浮かべる。
「そう、今更。いや、今になってようやくそのことを自覚したんだ。俺たちは、人類史を守るために、この時代の人間を殺さなきゃいけないってことを」
ホント、遅いよなぁ。自嘲するように、彼はそう呟いた。
立香にも分かっている。特異点を修正すれば、ここでの出来事は全てなかったことになることなんて。
理解はしている。だからといって、はいそうですかと流すことなど出来なかった。
殺した
戦士であれば覚悟の上。魔術師ならば余分なことだと切り捨てることが出来るであろう。将であるならば弁えて当然のことである。
だが彼は戦士でも、魔術師でも、将でもない。
殺し合いなどとは無縁な生活を送ってきた、一般人である。
人の死を受け入れる心構えはあっても、人を殺す覚悟なんて、出来ていなかったのだ。
「勘違いするなマスター。戦って殺すのは、俺たちサーヴァントの仕事だ。お前が殺すわけではない」
ぶっきらぼうな言葉であった。
手を血で染めるのはサーヴァントであり、マスターではないと。
「優しいなぁ、クルタは」
ぶっきらぼうではあるが、そこには間違いなく優しさが含まれていた。
思わず笑みを浮かべ、されど、その誘惑を敢然として跳ね除ける。
「けどクルタ。俺はマスターなんだ。マシュの、クルタの、エミヤの。サーヴァント皆の、マスターなんだ。人類の為だけじゃない。俺の願いのためにも戦ってくれてるんだ。だったら、それはやっぱり、俺が殺してるっていうことなんだ」
自らの願いのため、殺される人がいるのなら、それは自分が殺したに、等しいのだ。
人類最後のマスターは思うのだ。であるならば、その事実から、決して目を背けてはいけないのだと。
立香はクルタに近づく。
ゆっくりと、されどしっかりとした足取りで。
「だから、これだけは譲れない。これを捨てたら、皆のマスターなんて、名乗れないから」
自棄か、意地か、はたまたそれ以外の何かか。
そこに、先ほどまでの苦悩を抱えた表情は、ない。
見つめ返す目には、力強さが戻っていた。
「改めて言うよ。戦ってくれ、クルタ」
「――ケッ。俺はテメェの槍だ。言われるまでもねぇよ」
その
「……まあ、上官としては、及第点かな」
夜影に紛れ、人知れず見守っていたアサシンは、そっと呟いた。
ちなみにこの時、マシュは
次回更新は未定です。