――
――愚問。
――それは、ローマを滅ぼそうとする余たちであっても、ですか?
――左様。
――ただ、感謝を。貴方様の子供である。そのお言葉を頂けただけで、余には最早、何の憂いもなくなりました。
――そう、汝らは愛しい子供たちである。故に――
カリギュラは城壁の上で、神祖との問答を思い出す。
全てを許し、全てを受け入れる、その広大なる器。
かの神祖と比べ、自身の余りの矮小さに密かに嘲笑する。
それでも、我が身はローマ皇帝。
眼前、城外にて立ち並ぶ連合ローマ帝国の兵士たちの手前、情けない姿など見せられない。
「括目せよっ!!」
理路整然と立ち並ぶ兵たちの手に、力が籠るのを感じる。
「ローマの兵たちよ!余に付き従いし勇者たちよ!これよりのち、東方よりローマを騙る敵兵が大挙して攻め来たる!!」
足が一斉に踏みしめられ、その勢いに押され、大地が恐れ震える。
「当然!我らはそれを迎い撃ち、返す刃で、ネロ・クラウディウスを名乗る逆賊を誅陸する!」
彼らの目には、一片の揺るぎも見られず。
「逆賊どもには、一騎当千という言葉ですらなお足りぬような猛者が集っている!」
大きく裂けた口元から犬歯を剥き出しにして笑っていた。
「すなわち!ローマの偉大さを!勇猛さを知らしめるには!うってつけの相手である!!」
武器を掲げ、内から湧き出る衝動のまま武器を掲げる
「見せつけよ!貴様らの力を!恐れるな!我らには、神祖ロムルスの加護が付いているのだ!」
兵たちが吼えた。
咆哮が谺し、世界が揺れる。
「そしてローマの最期に、勝利という栄光の華を捧げるのだ!」
※※※
「マスター。不自由とは一体、何なのでしょうか?」
「いきなりどうしたのマシュ?」
連合ローマ帝国が待ち受ける城へと進軍を進める、ネロ率いる神聖ローマ帝国。
前線から出発して数日が経つ。アサシンの二人が持ち帰ったルートに従い、何事もなく順調に軍は進んでいっている。
その行軍の最中、マシュが突如として質問を放った。
余りに突拍子もない質問に、立香も思わず質問で返してしまう。
「実は、スパルタクスさんに言われまして。私は未だ“不自由”を知らない、と」
それは
出くわしたバーサーカーのサーヴァント・スパルタクスとの会話の中から出てきた言葉であった。
彼女自身、その言葉に違和感を覚えている。
自身の生い立ちは、一般的に見て、限りなく不自由であると自認しているがゆえ。
だというのに、彼の口から語られたのが、それなのだ。
どのような意図を持っての発言であったのか。
彼女はその悩みを、立香に打ち明けたのだった。
『うーん、相手はバーサーカーだからねぇ。もしかしたら何の意味もないかもしれないよ?」
「はあ。そう、なんでしょうか」
通信機越しに聞いていたロマニの意見に、しかし納得した様子はみせない。
果たして、そんな安易に、聞き流していいものなのか。
「いやいや、だからバーサーカーっていうのは関係ないでしょ」
それにきっぱりと反論を下すのは、バーサーカーは理性ある者としか認識していない立香。
『でも、彼、まともじゃなさそうだし、バーサーカーっぽいし……』
「語り口が難解で、ちょっとコミュニケーションが取りづらいだけで、普通に話せるし、まともだってば」
立香の言う事にも一理あるとマシュは思う。
確かに会話はしづらい。しづらいが、決して考えなしに喋っているわけではない。
であるならば、彼自身による確かな根拠が、そこには存在しているはずだ。
それは一体、何なのか?
「皆、あれを見よ!」
思考の海に沈みかけていたマシュを引き上げたのは、皇帝ネロの号令であった。
大軍の中にあって良く響くその声に従い、視線を向けた先にはあるのは、太陽の輝きを照り返す白亜の城。
荊軻とエミヤ、二人の報告にあった、連合ローマ帝国の軍団が籠る城である。
ただ一人の斥候とも遭遇していないが、城壁の前に円形状に立ち並ぶ敵の兵士たちを見て、自軍の動きを悟られていたことを、ネロを含む英雄たちは察する。
だがそれは元より承知の上。
大軍が動いている以上、気付かれず動くことなど土台無理な話である。
むしろ、城に立て籠もって防衛されるのではなく、野戦を選んでもらえるのならば、願ったり叶ったりと言ったところだ。
両軍がぶつかるのは、城の前にぽっかりと空いた平野。そこと相成るだろう。
ネロ、ブーディカの指示の下、兵士たちは隊列を組み直す。
攻城戦ではなく、平地での戦闘に適した陣形を整えていく。
編纂も終わり、再び進軍を開始する。
ネロの近くへと移動していたマシュは、敵陣の奥、一台の豪勢な
「マスター、ネロ陛下。敵軍中央にいる人物――戦車の上に立つお腹周りが充実している男性は、サーヴァントです。正確な場所は分かりませんが、敵軍内部にも二人います」
「了解。誰かまでは、分からないよねぇ」
「すいません、流石にそこまでは」
「なに、余は気にせぬ。あの者が皇帝であるならば、遠からず知ることになるだろう」
ネロの言葉は正しい。
進軍が完全に停止する。
平地を挟んで対立するように両軍が並び立つ。
距離は約一キロ。サーヴァントならば、瞬時に踏破できる距離である。
しかし、声を届けるには些か遠すぎる。
だというのに、その声はこの広大な空間に置いてよく響き、居合わせる全ての者の耳に届いた。
「あ、あ、あー。聞こえるかね。ローマを騙る不届き者の諸君。私の名前はガイウス・ユリウス・カエサル。皆の中には聞き覚えのある者も居るのではないかね?」
その名前に、兵士たちの間に衝撃が走った。
聞き覚えのある者がいる、どころの話ではない。その名を知らぬものなど、今この戦場の中にいるわけがなかった。
「私は連合ローマ帝国の皇帝の一人である。まあ私が生きた時代に皇帝など存在せず、私も皇帝などではなく、列せられる資格はないのだが、まあそこは些末なことである」
そう、彼は皇帝ではない。彼こそが、帝政ローマの礎。皇帝と呼ばれる者を生んだ人物なのだから。
「本来ならば降伏勧告でもするべきところである。ネロ、貴様もまた皇帝ゆえ、連合ローマ帝国の皇帝に列される資格はあるのだから――本来ならば。そう、本来ならばだ」
兵士たちの動揺など知らんとばかりに、なおも朗々と語り続ける。
扇動家としての才覚であろうか。その声量は他を凌駕し、言の葉は耳に優しい。
「至極申し訳ない話ではあるのだが、貴様が座るべき椅子は、もうすでに埋まっているのだ。空席はあれど貴様が座れる余地はないのだ。故に、残念な話なのだが、貴様がいくら弓の弦を切ろうが、我らにそれを受け入れる余地はない。ただ貴様が殺されるだけなのだ」
カエサルは剣を抜き放ち、ネロへと切っ先を向ける。
途端、カエサル旗下の兵士たちの士気が膨大する。
「そう、どちらに転んでも死ぬしかない。ローマは潰えるしかない。世界は滅びるしかない!であるのなら、最期に華々しく散らせてやるというものが、親心というものだろう!さあ剣を取れ!そのローマの華の輝きを、私たちに存分に見せつけるがいい!」
ネロはその言葉に、瞑られた目をゆっくりと開き、そして鋭く睨みつける。
対抗するように、抗うように、剣の切っ先をカエサルへと向ける。
「言われるまでもない!余はローマ皇帝、ネロ・クラウディウス!例え父祖が相手だろうと、ローマの敵となったのなら、それを排除するのみである!ローマを守るため、剣を取るのだ
「よくぞ言った!さあ、挑んで来い皇帝ネロ!勇敢なるローマの兵士たちよ!燦々と輝く英雄どもよ!我らはその一切合財を蹴散らさん!」
剣を天に掲げ、叫ぶ言葉は等しく。
――全軍、突撃せよ!
今ここに、正統ローマ帝国と連合ローマ帝国、その戦いの幕が切って落とされ。
クルタとカリギュラ、その二度目の激突の舞台の幕が、上がった。
次話投稿は、11/14(木)、18時ごろを予定しております。