一万に及ぶ不死者の軍勢を率いて攻め立てる、ダレイオス三世。
対するは、守護を本質とする
その戦いは、早くも佳境に入ろうとしていた。
「くっ、ううっ!」
幾度となく繰り返される、戦象による突撃。
度重なる超重量の突進により、堅牢なる守護を与えるブーディカの宝具も、限界を迎えつつある。
だが突如として、その威力が、僅かに弱まった。
――今だ!
「
刹那、ブーディカは第二の宝具を解放した。
ダレイオスに向けた切っ先から、魔力の弾丸が連射される。
その弾幕はカーテンのように、大王の視線を遮る。
「ラァァァァィっ!!!」
それがどうしたと言わんばかりに、一際気炎を上げ、戦象を駆けさせる。
体に当たろうが、象にぶつかろうがおかまいなく、愚直なまでに前進を続ける。
厳戒してからずっとその目に捕え続ける、幼い姿をした宿敵の下へと向かって。
そのためなら、この程度の雨と壁など、大したことでもないと言わんばかりに。
もしこの場に居るのが、狂うことなき真なる大王であったなら、見逃すことはなかったろう。
自らの首筋に迫る、暗殺者の刃の煌めきを。
「その首、もらったぞ」
ブーディカの
宿敵だけを見つめ続けた、理性なき大王は、終ぞ敵と認識しなかった者たちの手で、葬られたのだった。
「あちらも無事に片付いたみたいだな。敵の圧力が減った所を見るに、どうやらカエサルが死んだみたいだ」
その戦闘を遠方から眺めていた人影があり。
彼の足元すぐ傍。そこに、膝を付くのはロングコートを纏う、黒い長髪の男性。
「ゴフッ!まったく、あの魔術師殺しが相手とは……つくづくツイていない、私は」
アレキサンダーの傍にいたキャスター、諸葛孔明が、全身を血塗れにしていた。
表面のみならず、その内側に至るまで、彼の肉体は傷だらけとなっていた。
衛宮がエミヤに至る前、用いていた対魔術師用魔術礼装、起源弾。
それと同じ効果を秘めたナイフこそが、彼の宝具が一。
もう一つの宝具を用いて超高速で迫るエミヤを迎撃するために発動した魔術。それが致命の一手であった。
ナイフに裂かれた魔術を介し、孔明の内部に宿る魔術回路をズタズタに引き千切り、無秩序に縫合した。
「懐かしい名前だ。その名を知ってるアンタも、相当特殊な事情みたいだがな」
まるで感慨のない言葉と共に放たれた、コンテンダーの銃弾が、孔明の心臓を食い破った。
「敵兵の圧力が減っている今が、逆襲のチャンスだ」
それより先にやることがあるとエミヤは、未だ大王に至らぬ少年に目線を向ける。
「お疲れ様、先生。僕ももう少ししたら行くと思うから、待っててほしいな」
「この戦場こそが我が愛を示す叛逆の舞台!!その首を以て高らかな凱歌を謳おうぞ!圧政者よ!」
件の彼は、叛逆の勇者と剣を交えていた。
スパルタクスがアレキサンダーの下に辿り着いたときには、既に満身創痍と言った風体であったが、その言動には些かの変化も見られない。
最も困難な道を歩む彼の性質からすれば、この傷もまた超えるべき試練でしかないのかもしれない。
馬の身でありながら、英霊にまで至ったブケファロスの踏み付け。
その一撃を躱すのではなく、棒立ちとなり正面から受けとめる。
常人であれば内臓が潰れ、ただの肉塊と成り果てるそれを受けて、恍惚の笑みを浮かべるのは、端的に言って、気色が悪かった。
アレキサンダーがやり辛そうな笑みを浮かべながら、手綱を捌き、刃を振るう。
その刃もまた身体で受け止め、スパルタクスは叛逆を成すため、また一つ歩みを進めた。
「敵の力が弱まった、今ここが勝負の時だ!我が精兵たちよ!今一度奮起せよ!」
軍全体の指揮を執るネロが号令を上げる。
猛威を振るっていた敵の力が弱くなったことを察し、迅速に命令を発した。
機を見て敏としたその指示に、配下の兵たちも速やかに応じた。
当初は一方的に攻められ、防戦一方であったが、折れることなく耐え続け、押し返し、そして反撃の機会がやってきた。
兵士たちも、サーヴァントも、そしてネロも、戦はこれからだと気勢を上げる。
――その彼らの前に、巨大な樹木が現れた。
戦場の至る所から、突如として生えてきたそれに、現場は混乱を極めた。
『見事な演武であった。このローマの最期を彩るに相応しき、益荒男どもの激突。余の心に感じ入るものがあったぞ。褒めて使わす』
――不意に、戦場に声が響いた。
狭い部屋で反響するように、すべての方向から声が聞こえてくる。
『無論、戦場を駆ける
声を聴いた全ての者の動きが止まった。
それはネロが率いる者たちも例外ではなく。
『カエサルは亡くすには惜しい男であったが、このような素晴らしい戦場において、華々しく散ったのは誉れ以外の何物でもない。その死を悼みはすれど、嘆くことはせん。またそちらの戦士の槍捌き、真に見事であった』
威厳に満ちていたから。
皇帝としての風格が備わっていたから。
支配者としての発言に、聞き入っていたから。
『惜しむらくは、余が此度の戦場に立つことが出来なんだことであるが、
違う。そうじゃない。
彼らが動けないのは、もっとシンプルな答え。
その声は、彼らにとって、とても馴染みのある人物のものと、一緒だったからだ。
「あ、ありえぬ。なんだ……それは?このようなこと……あってはならぬっ!」
ネロの激昂した声が、静寂に満ちた戦場を駆け抜ける。
誰も彼もが動けぬ戦場で、その声は良く通り、ネロの兵士たちの耳朶を打つ。
彼らの心境も同じだ。『ありえぬ』と。驚愕と困惑に満ちていた。
そんなネロの叫びに、まるで頓着することなく、声の主は話を続ける。
『しかしながら、最期まで顔すら見せぬのは、奮闘した兵の忠を蔑ろにし、敵とはいえ礼を失する行い。ゆえに、ここに集まる勇者たちに、余の相貌を仰望することを赦す。とくと見るが良い』
その言葉と共に、彼方にある城壁の上に、瞬く間に建物が作られていく。
豪華絢爛、荘厳美麗。
遠方に有れど、その詳細が窺えるという不可思議。
大胆にして精緻。見る者の心を奪う、
その壇上へと一歩、また一歩と、歩みを進めていく人物が居た。
焦りや緊張などと無縁と言えんばかりに、しっかりと一歩、また一歩、壇上へと向けて登っていく。
その人物の脳裏に過ぎるのは、過日の神祖との会話。
――
――愚問。
――それは、ローマを滅ぼそうとする余たちであっても、ですか?
――左様。
――ただ、感謝を。貴方様の子供である。そのお言葉を頂けただけで、余には最早、何の憂いもなくなりました。
――そう、汝らは愛しい子供たちである。故に――
――故に、
――残念です、神祖。貴方様に、最後にこの
おそらく、最期に生まれた心残りを振り返り、もはやせんのないものとして斬り捨てた。
階段を上り切り、平地から自らを仰ぎ見る兵士たちを睥睨する。
壇上に現れたその人物に、ネロの軍団の者たちが、ひっと息を飲む。
知っている。その声を。
知っている。その姿を。
聞いたことのある声が、居るべきはずのない場所から聞こえた。
見たことのある姿が、居るべきはずのない場所から現れた。
小柄な肉体。明るい金髪。少し甘ったるい声。あどけない風貌。
彼女が纏うは、例えるならまるで、花嫁衣裳。
純白を連想させるべきでのそれが、今は夜より黒い、漆黒に染まっていた。
その手に持つは、彼女が手ずから鍛えたという、
「なんだ……?何者なのだっ!?貴様はっっ!?」
「これは異なことを。そんなもの、
悲痛な叫びを伴うネロの問いに、同じ顔をした少女は、何でもない事のように軽く返した。
「とはいえ、事情も知らぬ民草たちを混乱させているのもまた事実。いいだろう。死出の旅への慰めとして、余の名前を送ろう」
――心して聞くが良い。
「余こそが連合ローマ帝国が盟主!ローマ最後の皇帝である末帝!ネロ・クラウディウスである!」
斯くして、彼女は彼らの前に現れた。
ローマを滅ぼし最期の皇帝とならんとした、最悪の皇帝。
カルデアの記録にて彼女の名は、こう称されている。
――終末希求皇帝 ネロ・クラウディウス
区切りが良さそうなので、ここまで続けてみました。
次回更新は未定です。